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第八章 迷宮に潜む者

怪物に通用する力

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 元気になったキサラギはさっそく活発に作業を開始していた。
 なにかを組み立てているようだ。

「キサラギちゃん、なにを作ってるんですか」
「キサラギは新しい武器をクラフトするための設備を作成中です」
「新しい武器ですか」
「絶滅指導者との戦闘は避けるべきですが、その時が向こうから来た時のため、ある程度の準備は必要であると、キサラギは自衛の必要性を説きます」

 拠点部屋のなかに旋盤加工装置を1時間で組み上げたキサラギは、どこからともなく持ってた金属類をウィーンっと加工しはじめた。
 この船には地球産のテクノロジーが詰まっている。
 船を解体して部品を集めれば、キサラギの創造性は爆発し放題のようだ。

「それは?」
「銀の噴霧装置です。これを用いて水銀を広範囲に散布することで吸血鬼に空気感染させます。効果は未知数です。役に立たないかもしれませんが、試す価値はあるとキサラギは希望を口にします」

 キサラギが凄すぎる。
 何の設計図も見ずに、いきなり複雑な装置を1ミクロンの誤差なく加工したパーツで組み上げるなんて。人間ではとうていマネできない。
 俺もなにかできないかと、いくつかの部品を手に取って見るが、コンピュータも使えない現状では俺は設計者としての力は発揮できそうもなかった。

 キサラギを見やる。
 彼女を知るほどにその素晴らしさに感慨深くなる。
 天才たちが作りあげた唯一無二の最高傑作。
 人間である俺はどんなに知識や科学力を持っていようと、コンピュータや道具が失われればさしたることも出来ないというのに、彼女にはすべてが内臓されている。
 俺も彼女のようになれたら何か新しい武器でもつくりだして前向きに準備をしたいのだが。

「ん……新しい武器……」

 キサラギがモノづくりをする姿をまじまじと見つめる。

 そうさ。
 なぜ忘れていたんだ。
 人間の力とはすなわち道具の力じゃないか。
 すっかり異世界で過ごすうちに忘れていた。
 数多の超人的戦士や怪物を目にして彼らと同じベクトルで物事を考えるようになっていた。

 樹を切るなら斧を使え。
 火を起こすならガスを使え。
 料理をするなら包丁を使え。
 演算をするならコンピューターを使え。
 怪物を殺すならば武器を使え。

 俺はいままで素手で怪物を殺そうとしていた。
 科学があるというのに。

「どうしました、兄様」

 キサラギを見つめる。
 人類を遥かに超えた知能・パワー・正確さ……これらは人の手で創り出された。
 彼女は絶滅指導者にこそ敗れはしたが、魔術王国ではひとりで人狼を封殺し、終末へ続く河では海竜を一刀で追い払い、ウィザーズパレスでは無数の兵士を無力化した。
 
 彼女の能力はすべてマシンによるものだ。
 天才剣士やら天才魔術師やら、再現性のないものではない。
 ならばできるはずだ。またその能力を造り出すことが。

 俺はキサラギの手を撫でる。
 
「第4世代カーボンナノチューブ筋繊維。キサラギのパワーの元ですよね」
「正確には第3世代CNT筋繊維です、とキサラギはやや時代遅れな兄様の言を訂正します。第4世代は大量生産が難しくコスト面で劣り、また十分なエネルギー供給を受けられなければその性能を発揮できないため、人間サイズに搭載できる小型のエンジンと相性が悪く、結果として第3世代でも第4世代でもパフォーマンスに差が出ないことから、コストの安い第3世代にコスト面で遅れを取ります。そのためアンドロイドおよびサイボーグに使用されるCNT筋繊維は第3世代によって1世紀に渡る研究にひとつの完成を迎えたのです、とさらに兄様に追い打ちをかけます」
「ごめん、僕が無知でした、許してください」

 間違いに厳しい妹だ。

「兄様、なにをするつもりですか、とキサラギは疑問を投げかけます」
「僕もキサラギと同じ能力が欲しいです。頭は流石に無理なので、ハードウェアのほうを」
「サイボーグのボディにしたいと言う意味ですか、とキサラギは兄様へたずねます」
「それが一番良いような気はしますけど……流石に異世界じゃそこまで高度な外科手術は難しそうですね」
「不可能ではないですが、リスクは大きいと思われます」
「それにいくつかの懸念もあります。魔術の干渉範囲が不透明である以上、サイボーグ化したら魔術が使えなくなるでしょうし、身体の感覚器官がすげ変われば間違いなくそれまでと同じように魔術を使えない」
「怪物を殺すためだけに人間の肉体を捨ててほしくはないと、キサラギは兄様へ希望を伝えます」
「大丈夫ですよ。最初からサイボーグになるつもりはありませんから。でも、代わりのプランはあるんです」

 ──2日後

 俺とキサラギは試作機1号を完成させた。
 武骨な金属に人口筋繊維がまとわりついた厳めしき機械腕を、革製のベルトで胴体に固定し装着する。
 
「パワードスーツと呼ぶにはすこしスマートさに掛けますね」
「21世紀中ごろの強化外骨格のようです、とキサラギは自分だけのフォルダに収めた画像と見比べて納得感を得ます」
「重量は腕だけで14kg……これは疲れそうです。それによくよく考えたら、キサラギと同じ筋力を出しただけじゃ、生身の肉体が邪魔な劣化版にしかなれないですね」

 俺はクソ重たい試作機1号を外して作業台に戻す。
 改善するべき点は山のようにある。
 
 俺とキサラギはアイディアを出しあい、寝ずにひたすらに構想を膨らませ作業をし、いくつもの試作機を短期間で完成させてはバラシて、組み直し、組み直すだけでは構造的な欠陥を克服できないと思えば、またアンドロイドの遺骸を拾ってきて、必要なパーツをクラフトし、新しい型で製作をし、と工作を続けた。

 数日後、Type.7にてひとつの結論に至った。
 俺は作業台のうえの機械腕を装着しベルトで胴体に固定する。
 重量は感じるが最初に比べればずっと軽い。4kg前後だろう。

 超粒子動力炉を採用することでまるで原子炉を搭載しているような出力で人工筋肉を動かせるようになった。
 これにより可動部の機械部を減らすことができた。
 さらに装甲も取っ払って軽量化。
 マナニウムエネルギーを流すことで起動する人工筋肉というシンプルでスマートなマシンになった。
 筋繊維にはキサラギに使われている第3世代CNT筋繊維では、もし完成したとしても性能面で劣化版キサラギになってしまうため、4CNTを採用した。
 カーボンナノチューブは石炭からキサラギがクラフトした。
 なお本来、第4世代という人型のロボットには搭載しても意味はないと言ったが、それは22世紀でさえアンドロイド及びサイボーグを動かす”エンジンが未熟だった”からに過ぎない。

 もし仮に人型のサイズに十分なパワーのエンジンを積めれば、第4世代は新しい夜明けを導くことにある。問題は人型サイズに十分なパワーのエンジンを積む方法であるが……実のところ積む必要はない。
 否、異世界人には積む必要が無いと言うべきだろうか。
 
 この世界の人間は質の良し悪しは問わずとも、皆がエンジンを持っているのだ。
 すなわち魔力──マナニウムでも、超粒子でもいいが──を蓄え放出する能力だ。

 その能力をエンジンとした場合、質を図る指標はごくシンプル……魔力量である。
 俺は魔力量には自信がある。ゲンゼのお墨付きだ。
 俺に搭載されたエンジンは天然物で、それゆえに唯一無二かつ最高だ。
 これは余裕で第4世代CNT筋繊維のスペックを引き出せる。

「どれ」

 俺はType.7を装備して隔壁扉に拳を当てる。
 グググっとごく軽く押しこむと隔壁は悲鳴をあげて、ひしゃげてへこんだ。

「すごいパワーだ……素晴らしい」

 機械の腕を見下ろす。
 この力は間違いなく怪物に通用する。 
 俺は新しい武器を見つけたかもしれない。
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