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第六章 怪物派遣公社

異端審問

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 階段を降りた先は怪しげな地下室となっていた。
 いかにも秘密が隠されていそうな雰囲気だ。

「お前、本当に勘がいいのだな」
「自分でも信じられない程度には」

 俺は黒い魔導書を手に取り、フラッシュと顔を見合わせた。


 ──数日後


「して、話があるそうだが。今更、なにを語ると言うのかね、ミスター・アルドレア」

 カンピオフォルクス家の書斎で俺はノーラン教授に対峙していた。
 ゆっくりと黒い魔導書を机のうえへと置く。

 それを見てノーラン教授の顔色はみるみるうちに変わった。

「……」
「この魔導書、調べさせていただきました。闇の魔術に関する諸儀式についての記載があり、こちらの魔導書の魔術を行使したと思われる痕跡もこの屋敷の地下で発見しました」
「……。貴様、盗みに入ったというか?」
「さて、どうでしょう。それよりも重要な事実があるのでは」

 ノーラン教授は目を見開き、静かな足取りで書斎机の椅子に腰をおろす。
 腕を組み、思案した表情になる。

「言うまでもなく悪魔との契約は許されざる禁忌です、ノーラン教授」
「……。はて、なんのことだか。それより、ミスター・アルドレア。大人の話をしようじゃないか」

 ノーラン教授はゆっくりと前かがみになり、書斎机に肘をつく。

「先日の件だが、我々はすこしばかり熱くなりすぎた。お互いの気持ちを理解しようとせず、歩み寄る姿勢を放棄し、頑なだった。私は君の家を愚弄する言葉を使った。それは許されないことだ。同時に君も我がカンピオフォルクスの名を蔑んだ。私はそのことに感情的になりすぎてしまった」
「なるほど。確かに、あの時は互いに譲れない物があったでしょう」
「そう、その通りだ。ミスター・アルドレア、もしよければ謝罪の機会をくれないかね。そのうえで、君の友人である暗黒の末裔、ヴォラフィオーレ殿らとの魔力結晶に関する取引について見直しをさせてもらいたいと思っていたんだよ」
「それはよい心掛けですね。あなたが行っている取引は到底正当化できないものです。彼女たちの誇る才能と技術に見合った報酬の10分の1も提供されていないのですから」
「ああ。本当に申し訳ないと思っているよ」
「では、早々に草案をまとめてください。取引の正常化においてどういう譲歩をするのか知りたいですから」

 俺は腰をあげ、部屋を出て行こうとする。

「待った。それは置いていってくれたまへよ。私が取引についての見直し及び謝罪をする条件だ」
「異なことを申しますね、ノーラン教授。あなたが真に心から謝意を示すのであれば、そこにどうして条件などがありましょうか」

 俺は振り返る。
 
「その魔導書を置きたまへ。より直接に言わなくてはわからないか。私は君という格下の貴族の交渉の席についてもよいと言っているんだ。ただし、それはその魔導書を返還することでのみ達成されることだ」

 ノーラン教授は立ち上がり、書斎机をまわりこんで近づいてくる。

「大方、あの畜生に公社との繋がりを吹き込まれたというところだろう。それで我が家から証拠を探した。なるほど。確かにただ者じゃないようだな、君は。それを持ち出すのは簡単なことじゃなかったはずだが。どうやって見つけた、どうやって盗み出した、どうやって人形を回避した。聞きたいことはたくさんある。だが、それをせず、君の舐めた犯罪行為に目をつむり、目線の高さをあわせてやろうと言っている。これは君の望んでいた事だろう?」
「ノーラン教授、あなたはふたつ大きな勘違いをしている。ひとつ目。僕はあなたを許すつもりなどありません。ふたつ目、あなたはもう僕の交渉を受けるか受けないか、そんな選択をしているほど悠長な立場じゃない」

 言うと、部屋の外が騒がしくなり、扉が開いた。
 カンピオフォルクス家の仕様人や魔術師たちがあたふたしながら、止めに入るなか、ごく身勝手に、あるいは貴族らしい傲慢さで乗り込んできた者たち。

 ひとりは40代前半歳の年若い当主さん。
 モノクルをかけた聡明な男性で、落ち着いた雰囲気の持ち主だ。
 フバルルト・クリスタ。御三家クリスタ家の当主である。

 ひとりは皺だらけの大老の婆。
 背筋をピンと伸ばし、大杖をつきながら威厳を放っている。
 マチルダ・エメラルド。御三家エメラルド家の当主である。

 2人の魔術貴族らは騎士をたくさん引き連れて、この場に参上した。

 ノーラン教授は目を丸くして、口をちいさく開いたまま固まった。
 彼にとってフバルルトとマチルダ婆の登場は想定外の事態だったようだ。
 
「フバルルト殿にマチルダ様……いったい、これは何のつもりでしょうか」

 ノーラン教授は慎重にたずねる。

「ノーラン、あんたぁ、やりすぎたねぇ」

 マチルダは多くを語らず、ただそれだけ告げると、俺の隣に来て、黒い魔導書を手に取った。

「どこでこんな禍々しい闇の魔術を見つけて来たか知らないが、こいつは魔術協会が認めてない禁忌の魔術じゃないかい。闇の魔力。それにを術式に使用する魔術はすべからく根絶し、葬り去る。まさかぁ、名家25家入りしようっていうカンピオフォルクス家が知らないわけがない」
「ノーラン様、当家とマチルダ様のエメラルド家は共同著名にてカンピオフォルクス家の異端審問を協会へ申請いたしました。すでに手続きは終わっております。そちら魔導書は極めて重要な証拠品であり、またこの屋敷もまた同様です」

「……。ふむ、ふむふむ。なるほど」

 ノーラン教授はこめかみを押さえ、ゆっくりと思案している。
 
「私たちが本日参上しましたのは、ノーラン教授およびカンピオフォルクス家の全魔術師の身柄拘束を記憶司法裁判所長官フェリア・コスモオーダー卿より通達され、ここに令状をお持ちしたからにほかなりません」

 言ってフバルルトはスクロールを開いて見せる。
 ノーラン教授はフバルルトを睨みつけ、ひったくるように令状を確認する。
 
「……本物だな」
「当たり前でしょう」
「卑しいクリスタ家のことだ。偉大なる我が家を妬んで盛大な茶番を仕組んでもおかしくないではないか」
「ノーラン様、侮辱はおやめください。私もクリスタ家を預かる当主としてそれ以上の狼藉を看過することはできません」
「はっ! つい先日まで床に額をこすりつけ、生かしてもらっていた没落貴族が、このガキにそそのかされ、魔術王国の同胞を裏切るとはな!」

 ノーラン教授は令状をフバルルトの胸へ押しかえすと、すごい剣幕で怒鳴り散らした。

「不愉快だ、本当に不愉快だ! なあ、マチルダ婆さん、あんたまでこんなガキの言いなりとはな! 魔術貴族の誇りはどうした!」
「あんたが誇りを語るんじゃあないよ、このくそったれが。悪魔との取引で財を築くなんて、よりにもよって魔術協会の貴族が」
「っ……、エメラルド家が没落し、クリスタも能無しの若造のせいで没落、みんな落ちぶれて利権を売り払うしかなかった危機をなんども救ってやった! 全部、我々の誇りを守るためだ! 誇りの為なら悪魔だろうが、なんだろうが利用する!」

 ノーランは一息に言い放ち、スンっと落ち着いた。
 呼吸を整えると、俺のほうを見て来た。

「いいだろう。ミスター・アルドレア、私を本気にさせたいと言うのならお望み通りにしてやる」
「なにかするつもりですか」
「記憶司法裁判所がなんだ。屋敷を捜索される前なら、いくらでも金を出して抱き込めばいい。今ここにいる馬鹿どもを消せば、あとはどうにでも修正できるだろうさ」

 おいおい、とんでもねえこと言い出したぞ。

 ノーラン教授の横の空間が歪む。
 皆がハッと息を呑んだ。

 そこから異形の悪魔が姿を現したからだ。
 長身で細い体、黒いスーツ。
 首から上、顔があるべき場所には、水銀のような球体が独立して浮いている。

「なん、だ、あれは……」
「悪魔だ……っ」
「まさか、ノーラン様は本当に悪魔を……!」

 騎士たちがざわつき、空気が緊張する。

「おやおや、ノーラン・カンピオフォルクス。大変なことになっていますね」
「空間を閉じてくれ。誰も逃がすな。ここで殺せ」
「いいでしょう。我々も表世界での活動拠点を失うのは損失ですから」

 言って、公社の悪魔は指をパチンっと鳴らそうとし──

「させないよ」
 
 マチルダ婆が先に動いた。
 公社の悪魔のあしもとから深緑の結晶がふきあがった。
 彼女は卓越した魔術により、一瞬で悪魔を結晶のなかにとじこめてしまった。
 
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