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第六章 怪物派遣公社

仕事探し

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 宿屋に戻り、キサラギたちと合流をする。
 ふたりはしっかりと待っていてくれた。

「特に異常なし。そっちは大丈夫だった、あの女、なんだか嫌な感じだったけど」
「問題はありません。ちょっと拳が出そうになりましたけど」
「そう。わかった。アーカムの代わりに私が始末しておくよ」
「あはは、またまた。……本当に大丈夫ですよ? お願いだからやめてくださいね?」

 アンナを押しとどめる。
 コートニーさんはまあムカつくけど、そんな悪い人じゃないと思う。
 だから、アンナっちの剣は勘弁してあげよう。

「報告があります。ご清聴願えますか」

 俺はキサラギとアンナへいくつかの連絡をした。

 宿屋の前でもめていた女学生がコートニー・クラークというドラゴンクランの魔術師であること。
 彼女の協力のおかげで『結晶の魔術師』ノーラン・カンピオフォルクス教授に出会い、魔力結晶を融通してもらえることになったという事。
 そのためにお金が必要だということ。

「もう解決策を見つけて来るなんて。流石はアーカム」

 アンナさんにさすアーもらったところで、我らの財布事情を確認してみる。

 この旅のなかで、主な収入はふたつあった。

 ひとつ目は、ドリムナメア聖神国でルールー家継承戦においてエレントバッハ・ルールー・へヴラモスを当主に導いたことへの報奨金。
 200万マニーを受け取り、一部を魔力結晶という物品で受け取った。
 この魔力結晶に関しては都市国家で換金済みだ。
 執事長のビショップさんはこのほかにも旅の物資の大半を用意してくれて、俺とアンナはおおいに助けられた。

 ふたつ目は、ペグ・クリストファ都市国家連合がクリスト・カトレアにて、ブラスマント家より賜った報奨金だ。これが400万マニー。
 お金のほかにも、カトレアの祝福(宝剣)を借用させてもらったり、秘術を教授してもったり、大変に世話になった。
 
 旅の経費で200万マニーを使っているので、残りは400万マニーである。

 ノーラン教授が見せてくれた魔力結晶取引に関する価格規定によれば、400万マニーあれば相場500万マニーのA1ランクの魔力結晶を買う交渉の席に着くことくらいは出来る。
 ノーラン教授はマナ導体を下取りしてくれるだろうから、実際はもっと安く済むかもしれない。
 ただ、それでもやはりちょっと不足だ。

「あのわんわんを助けておいて正解だったね。もう魔力結晶を買えるじゃん」

 アンナは壁に背を預け、一安心とばかりに鼻を鳴らす。

「まさか。お金が足りませんよ」
「そうなんだ」
「はい。まだローレシアまでは時間がかかります。この宿だって二部屋で少し割安にしてもらって7,500マニーかかってるんです。この先の帰路を考えれば、ここいらで冒険者としての稼業を再開してもいいかもしれません」

 旅は金がかかる。
 ここは王都の宿なのでちょっと高い気がするが、寄る町々でも宿は取らねばならない。アンナの好きな乾燥肉だって買い忘れれば無言の非難をされるので切らさないようにしているし。

 財布をすっからかんにするのは流石にまずい。

「兄さま、キサラギが冒険者として活躍すれば迅速に目標金額を稼ぐことができます」

 キサラギは懐からS級冒険者に与えられるメダリオンを取り出して見せて来る。
 白金の豪奢な縁の内側に深い蒼の金属が嵌っている。
 アダマス。そう呼ばれる最高硬度の金属であり、アダマスにより鍛えられた武具は同様に世界最高の武具とされる。
 つまるところ、キサラギの持つ冒険者メダルは『アダマスのメダリオン』。
 彼女が最高の冒険者であることの証左である。

 ちなみに俺とアンナの冒険者メダルは『ブロンズのメダリオン』。
 C級冒険者にふさわしい簡素すぎず、あんまり特別感はないメダルだ。

 キサラギの力を借りることができたらそれに越したことはない。
 だが……今は借りるべきではないだろう。
 
「キサラギちゃんに機能停止されたら大変なので、残されたエネルギーは大切にしてください」
「わかりました。キサラギはここで惰眠を貪るのでどうか外で稼いできてください」

 すごく素直な子でお兄ちゃんは嬉しいです。
 でも、言い方よ。その言い方は、なんだかなぁって感じだ。
 今更やっぱり力貸してなんて言えない……調子悪くて寝込む妹に「おら、てめえも働くんだよ!」なんて鞭打つなんてできない。
 
 仕方ないので「それじゃあ、良い子でお留守番してるんですよ」と言って俺は宿屋をあとにした。
 なお、キサラギひとりだと不安なので安心と信頼のアンナさんにキサラギの御守と監視の任務を密かに与えておきました。

 冒険者ギルドがどこにあるのか道行く人にたずね、段層の一段目にあるとのことだったので、再び魔球列車に乗りこんだ。
 待つこと数十分、揺られること数分、一段層にたどり着く。
 聖神国や都市国家連合に比べて、魔術師の往来が多い。
 通りの店の窓から店内をのぞけば、おかしな霊薬を売る店や、色の変わるドレスが飾られたショーウィンドウ、怪しげな植物が陳列するちょっと入りたくない感じの店などなど。
 この古い都では連綿と知識の継承と進化が行われつづけ、数多の魔術師が紡ぎあげた神秘が宿っている。
 俺はそこに人の強かさを感じた。

 通りを抜けると、見上げるほどの高さの冒険者ギルドが見えて来る。
 これまでに見たどの冒険者ギルドよりも立派な建物で、開けっ放しの両開き扉の左右には高さ5mはあるだろう賢者の石像が聡明な眼差しをたたえている。
 魔術の本場にふさわしい。

 冒険者ギルドという組織には当初の予定ではもっと関わりがあると思ったが、さほど利用することはなくここまで来れた。
 計算外ではあったが、すべては良い意味での計算外だ。
 おおきく旅の日程を短縮できたのだし。

 昼下がりの冒険者ギルドは人でごった返していた。
 かつてドリムナメア聖神国最北の町ルールーでは、こんな時間にクエストを受けにこようものなら、まともな依頼など残ってはいなかったものだが……。

 依頼掲示板に近づく。

 下水道のスペシャリストと呼ばれ、ネザミーマウスハンターに成り下がった経歴を持つ俺なので、たとえどんな依頼であろうと受けるつもりであった。

 ただ、思いのほか依頼はたくさんあった。
 大国の王都ともなると、依頼の数>冒険者の数となるようだ。
 なるほどこれなら早朝にけん制し合って、依頼を奪い合う必要もない。

 ゆっくりと依頼を眺めていく。
 俺が求めるのは短時間で高い報酬を得られるもの。
 メリットしかないので人気な依頼だろうし、たぶん残ってはいない。

「やっぱないな」

 次点は短時間でそこそこの報酬を得られるもの。
 これも残ってはいなかった。

 迷子のニャオ探し、下水道ネザミー駆除、隣町までの行商護衛、森でのモンスター討伐&素材集め(長期)、魔術家庭教師(長期)、算術家庭教師(長期)、魔力結晶採掘派遣(長期)──
 
 レパートリーが豊富だ。
 とはいえ、危険性の低い仕事は、だいたい報酬が低く設定される。
 依頼人との交渉で多少吊り上げることはできるだろうが、命を張り、怪物に挑むクエストより大きな報酬を用意しろというのは難しい話だろう。

 諦めておとなしくネザミー狩りをすることにした。
 まあ、下水道のスペシャリストだしな。
 それがお似合いなのだろう。

 そう思って依頼書を手に取ろうとする。

「ちょっと失礼します! すみません!」

 受付嬢が大慌てでやってきて、依頼書を一枚貼り付けていく。
 そのあと「失礼しました!」と足早に戻っていった。

 今朝のうちに掲示しなくちゃいけない依頼を貼り忘れていた……とかだろうか。
 益体のないことを思いながら、今しがた追加された依頼書に視線をやる。

「B級クエスト、決闘大会運営の手伝い」

 パッと目についたその依頼。
 報酬は45万マニー。とても良い。すごく良い。
 依頼概要は大会当日の運営お手伝い、とある。
 大会日は明日。ずいぶん急な話だが、こちらには都合がいい。

 イベントスタッフみたいなものだろうか。
 素晴らしいじゃないか。そんな楽そうな仕事で45万マニーも稼げるなんて。

 俺は辺りをキョロキョロし、がっついてると思われない程度に落ち着いた手つきで、されど誰にも横取りされないように、サッと依頼書を剥がした。

 今日はラッキーデイだ。

 
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