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再会
しおりを挟む「私の名前はノエルです、改めましてあの時はありがとうございました」
「確かにその気になれば俺を殺れそうな名だ」
「うっ……さっきのは冗談ですって……」
アルバートを案内する件の詠唱者──ノエルは、バツが悪そうに苦笑いをする。
「あ、ここです」
ノエルは教室棟から伸びる渡り廊下を指さす。
「学生寮へ行くのか?」
「使役術サークルは学院側からの許可を得た学生たちの課外活動ですから、教室は使えないんです」
「それは俺の質問に対する答えになっているのか?」
「えっと……行けばわかります」
ノエルはアルバートの袖をちょんちょん引っ張って「抵抗しないでください……!」と、足取りの重たい彼を、学生寮へと連れていく。
学生寮でのアルバートは、やたら視線を集めていた。
遠方から来た庶民や、学院側から支援を受けている詠唱者たちの住まいであることも相まって、貴族然とした赤黒い礼服を着こなす彼の姿はどうしても目立った。
「魔術師だ……」
「どうしてが詠唱者の学生寮なんかに?」
「いっしょに歩いてるのはノエルじゃないか?」
「あいつまたなんかしたのか」
アルバートは一緒に歩くノエルが詠唱者たちの間では、割合と有名なのだと認識する。
「ここです」
ノエルに案内されてきた扉横に「使役術サークル」と彫られた金属板がかけてある。
その隣には「詠唱者大歓迎!」とも書きくわえられていた。
「歓迎も何もないだろう」
「サークル活動は魔術師たちのモノじゃないですか」
「……そうなのか。興味がないから知らなかったな」
「ええ……」
「んっん。で、なぜ詠唱者を歓迎してる」
「最近、使役術サークルは、こっちの学生寮の空き部屋に引越ししたんです。このサークルもとは純血学派の所有でしたし、部室も貴族の学生寮にありましたから」
「その言いぶりだと、今は貴族の手を離れたか」
「今は現部長がサークルを買い取りました。……まあ、その方も貴族ですし、純血学派なんですけどね」
「詠唱者の学生寮はそんな危険因子ありきのサークルの引っ越しを認めたのか? みな彗星事件の事を忘れてしまったようだな」
アルバートの皮肉にノエルは苦笑いをし「力がなければ忘れるしかないんです」とため息をついた。
「『謎の救世主』様が純血学派ごと痛い目見せてくれれば、詠唱者たちの抗議する勇気が生まれるんですけどね……」
チラチラ、とノエルはアルバートを盗み見る。
アルバートは無視して、部屋に入室する。
広い部屋だった。
学生寮の空き部屋なので、てっきり個人部屋サイズと思っていたアルバートは目を丸くした。
しかして、すぐに納得した。
壁をいくつか破壊して、強引な拡張工事をほどこした跡があったからだ。
この工事の仕方にはアルバートは馴染みがあった。
「部長が改造したんですよ。素手で」
「わざわざ学校の所有する寮を破壊するとは。自宅を改造した俺とは違って、相当に野蛮な人間の仕業だと催促できる」
アルバートはサークルの生徒たちが茫然と彼を見つめる中、首を右へ、左へ。
「部長とやらはどこだ。貴族なら顔くらい覚えておきたい」
ノエルにそう聞きながら彼女を見る。
すると、アルバートはノエルが背後を見ていることに気が付いた。
振り返り、少し固まった。
視界に入ってきた人物のせいだ。
時間が止まったような感覚から抜け出して、アルバートは「ああ、なるほど……」と言って咳払いをする。
「あら、感動の再会なのにそんな塩反応でいいの?」
入り口には赤い少女が立っていた。
厳密に言えば目が鮮やかに紅く、髪の毛は輝く金髪だ。
彼女のことを知らない者は、この学院にはいない。
魔術世界で近年、飛躍的な成長をとげているサウザンドラ家の令嬢。
彼女こそ、世界法則の悪魔に関する学問、理論法則学の諸研究ですでに論文を発表し、賞をいくつも受賞している稀代の天才魔術師である。
名を──
「アイリス……」
アイリス・ラナ・サウザンドラ。
アルバートの脳裏を記憶がかすめる。
アダンの秘術の奪取、傷心を弄ばれた屈辱、湖での死闘──。
美しく、可憐なその宝石のような瞳に見つめられていると、アルバートははらわたが煮えくり返るような、かつての憤怒を思い出してしまいそうだった。
舐めやがって。
よくものうのうと俺の前に姿を晒せたな。
それは余裕か?
俺があの時と同じように、何もできないとでも?
アルバートは思わず汚い言葉で罵倒したくなった。
だが、そうはしない。
彼は誇り高き貴族だからだ。
真の紳士であるからだ。
相手がどれほど汚い裏切り者でも余裕を崩さない。
礼節をもって対応し、品格でもって応える。
これはアルバートの”極力守りたい”信条だ。
表情を崩さず、アルバートは深呼吸をする。
一方、アイリスは調子い挨拶をしたのち薄く微笑みながら、アルバートの頭の先から、足の先まで品定めするように見る。
そして、ひとつ頷いて、思わず口に手を当てて、特別な感情にニヤけそうになる顔を押さえた。とても機嫌が良さそうだが、きっと貴族特有の演技に違いない。
「アイリス殿……まさか、こんなところで会うとは、奇遇ですね」
「そうでもないわ。わたしがノエルにあなたを連れてくるようお願いしたんだもの」
微笑むアイリス。
アルバートはその余裕そうな顔が気に入らない。
「一生徒を、それも立場の弱い詠唱者を使い走りにするなんて。どうやら『朱の令嬢』殿はひとりの人間を眷属かなにかと勘違いしておられるだろうか」
アルバートは周りの生徒たちに聞こえるように大袈裟に驚く。
アイリスはキョトンとしている。
二人に挟まれたノエルは、冷汗をかきながら、不穏な展開になる事を止めようとする。
「あ、ああ、アルバート様、わ、私は大丈夫です……! 私はサウザンドラ家の、いえ、アイリス様の設置した奨学金に助けられていますのでこれくらいの雑事、どうってこと──」
「いいや、良くない。貴族の横暴は糾弾されてしかるべきだ」
「いやいやいや、そんな大袈裟な……」
紳士に野蛮なマネは許されない。
だが、さっきからちょっとニヤニヤしてるアイリスの顔を、どうにか歪めさせたい気持ちが自然と消えることはない。
「ノエル、君はたしか、怪物学部使役科の生徒だったな? であるならば、アダンの奨励する給付型の奨学金を受けると良い。サウザンドラは純血学派筆頭の魔術家。嫌々に恩を着せられ、奴隷扱いされることはない」
「い、いえ、別にそんな酷いことされてるわけじゃ──」
「いいや、主張するべきだ。君がしないのなら、俺がこの貴族の何たるかを忘れた薄汚い裏切り者……んっん、アイリス殿を懲らしめるとしよう」
「ええ?!」
ノエルを含めたサークルの詠唱者たちはざわめく。
ぽかんしていたアイリスは、両腕を組み、ふふっと微笑むと、嬉しそうにして「私は懲らしめられてしまうの?」と穏やかに聞く。
「ああ、ぶっこ、らしめる」
「それは困るわね。あなたは怪物学会の学会長様だし、『謎の救世主』候補のひとりでもあるわ。あなたがその気になれば、わたしなんてコテンパンにされちゃうでしょうね」
悲しげなアイリスの表情。
眉をピクつかせるアルバート。
「うんうん、貴族の鑑であるアルバートを見習いましょう。横暴は良くないわね。反省したわ。さあ、ノエル、怪物学部で学ぶのならアルバートの提案を受けた方が良いわよ」
「え、いや、でも、アイリス様にはこれまで何度も……」
「わたしの気持ちを汲んでちょーだい、ノエル」
アイリスはノエルに耳打ちする。「彼と喧嘩したくないわ」と。
ノエルはこのやけに好戦的なアルバートに合わせた方が恩人のためになると思い、「それじゃ、アルバート様、よろしくお願いします」と、ぺこりと頭をさげた。
こんなのおかしい。
なぜだなぜだ。
アイリスとしては、メンツを潰されたくないはずなのに。
アルバートはいつの日か経験した、どこかボタンの掛け違ったような感覚に襲われた。
「あ、そういえば、言い忘れてたわね。わたしがこの使役術サークルの部長で、あなたをサークルに招待したのよ」
「っ」
お前が部長なら、なおのこと俺の調子乗った態度は看過できないはずだろう。
アルバートは殊更わからなかった。
アイリスの考えていることが、邪知暴虐の結果が、どんな事なのか。
敵意のない手を差し伸べる彼女の姿勢。
この手をとって握手したら血の剣でぶった切られるのか。
もはや行動のすべてが読めなり、アルバートはごくりと生唾を飲む。
やはり、スーパーナチュラルで読み取るほかないか──だが、今、あれは国内にない。
アルバートは超常の能力を保有する、かのキメラを常備してない事を悔やんだ。
「握手してくれないのね」
アイリスは沈黙を破る。
「あなたの手を取ることは二度とないですよ」
アルバートは冷徹に言い放つ。
「……まあ、そうよね」
アイリスは寂しげにため息をついた。
「まあいいわ。アルバート、本題に入りましょう。あなたにここへ来てもらったのには理由があるの」
「俺にはない」
スーパーナチュラルが無い以上、相変わらず思考の読めない邪知暴虐の魔女に相対することは危険であった。
ゆえにアルバートは撤退を選んだ。
帰り際、アルバートはアイリスの顔を見やる。
「あんたから謝罪と罪の告白でも聞けるかと思ったが……そんな感じじゃなさそうだな」
「アルバート……わたしたちには、話をする必要があると思うんだけど」
「何を今更」
「……」
「あんたと話すことは、なにも無い」
アルバートはそう言い残し、少しアイリスの言葉を待つ。
しかし、悲しげな彼女がなにも言わないのを確認すると、彼はそのままローブを翻し、足早に部室をあとにした。
──
アルバートが去ったあと、部室は一層のざわめきを得ていた。
部室に残されたノエルは、いきなりの剣呑な雰囲気にオロオロせずにはいられず、のんびりと読書を始めたアイリスに詰め寄らずにもいられない。
「す、すみません、また失敗しちゃいました……」
ノエルとしては見学させるまでが、今回のおつかいだと思っていた。
前回、ジャヴォーダンでの重大なミッションも、追い払われる形で失敗している身だ。
簡単なミッションをこなせない自分に、ノエルはひどく落ち込んでしまっていた。
「ん、ああ、全然気にしてないわよ?」
アイリスは「そんな落ち込まないで」とノエルの頭をポンポンする。
「でも、アイリス様には大事なお話が……」
「ううん、大丈夫よ。わたしが楽観的だっただけ。時間がすべて解決してくれると思ったけど……彼はあの時の炎をまだ絶やしてなかったみたい」
アイリスは憂いの瞳で窓の外を見つめて言う。
「ま、第一目標は達成かな!」
「あれで達成できてましたか……?」
「ええ、十分。あーあ、……元気そうで本当に良かったわ!」
アイリスの目的は彼に会えた時点で達成していた。
五体満足、口は達者、魔力の練度は次元が違う……そして、血の呪いは自力で克服済み──。
ちゃんと素敵に成長した姿は、長きにわたる心配を十分に取り除いてくれていた。
世界に代償を支払い終え、先日ようやく病床を出れたアイリスにとって、アルバートとの死闘はつい先日の出来事である。
人の声を伝え聞いて、部屋からではわからない様々な世の動きを把握してはいた。
もちろん、アルバートが何やら活発に国内と国外を行き来していて、怪しげな魔術組織を設立したとも知っていた。
だが、やはり、どうしても会いたかった。
「流石はわたしのアルバートね」
アイリスは、校門でブラッドファングの怪車に乗り込みアルバートの姿を見ながら、誇らしげな笑顔を浮かべた。
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