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関わらない方が良い奴
しおりを挟む魔術協会とは違う、まったく新しい魔術組織として『怪物学会』が設立された事は、ここ1,000年の魔術史における、もっとも大きな転換だったのかもしれない。
その設立を語るには、3年前に起こったテロリズムについて言及する必要がある。
空から星が降って来た事件のことだ。
『蒼花の彗星事件』と呼ばれる、かの最悪の事件の発端は、魔術師たちのなかでも貴族の魔術のみを唯一の本物の魔術であるとする『純血学派』の一部過激派の者たちの手によるものであった。
純血学派の魔術師たちは、近年、”軟化”の進むドラゴンクランへの攻撃を成功させるため、空の向こう側から星を呼んだ。
高天からの狙撃は、ドラゴンクランに建造された、特に詠唱者──貴族ではなく、秘術を持たない魔術の徒──たちの学生寮もろとも、白き竜峰の中腹を破壊するはずだった。
しかし、テロは失敗した。
「学芸は往々にして大衆が発展させるモノだ」
そう詭弁じみた語りをしながら、たまたま山頂付近にいた何者かは星を破壊した。
その手段は情報が交錯して定かではない。
山の向こうから現れた巨人が受け止めたとか。
何かが強烈に煌めき、星は粉砕され、細かな流星となったんだとか。
遠方から何者か、とその使役モンスターの一部始終を目撃した者は「あれは誰だ?」と疑問をかかげ、近場で目撃していた登山家たちは畏怖畏敬の念に刈られた。
『謎の救世主』は、この事件を境に、急進的にその名をドラゴンクランの生徒たちの間で噂され始める事になる。
いわく、山跨ぎの巨人を使役する者。
いわく、古代兵器発掘者。
いわく、得体の知れない胡散臭い奴。
様々な憶測が飛び交ったが、総じて『謎の救世主』が強大なモンスターを使役する能力をもった、魔術の専攻者であることはわかっていた。
──────
「馬鹿野郎、目を合わせるなよ……」
誰かが言った。
大講義室に遅れて入ってきた『怪物』アルバートの姿には、皆がざわめく。
されど、講義室の誰も視線を半瞬とて向けはしない。
別に眼つけていたからと言って、くびり殺された事例がある訳ではなかった。
ただ、ごく自然と、誰も彼もが、アルバートには関与しないようにしていた。
それは彼が魔術協会に属する魔術師であり、ドラゴンクラン大魔術学院という、権威の足元にいながら、別の地位を持ってるからだ。
隠す気の微塵もなき魔術協会の対抗組織『怪物学会』。
その学会長という肩書きが彼にはあった。
他の生徒たち顔を伏せ、火属性式魔術の知識が黒板に書き写されるなか、授業が終わる。
鐘の音が鳴れば、魔術師や、詠唱者たちのおしゃべりと、生徒たちの席を立つ音で、妙に張り詰めた空気は霧散した。
アルバートは近くの席の生徒たちが足早に席を立つのを気にもとめず、ノートをまとめる。
ノートの内容は、ただいまの授業のものではない。14回先の授業までの課題──つまり、今学期の課題を完成させたものだ。
学校の授業はアルバートには退屈すぎた。
アルバートは、ドラゴンクラン大魔術学院に入学して1週間も経たない、1年生ではあるが、一般家庭の出立ちではない。
魔術師であり、稀代の勤勉家だ。
属性魔術への造詣は、各々の属性魔術の専門家と議論を重ねられるほどに深かったのだ。
アルバートが学校へ通っているのは、体裁を整えるために過ぎない。
とはいえ、授業そのものから学ぶことが無い、というわけではない。
「誰でも使える魔術。特別感はないが、だからこそ意味があるとな」
以前は一家にのみ伝えられる秘術のみを、真の魔術だと信じて疑わなかった。しかし、近頃は、アルバートの考えは変わっていた。
達筆で書き上げられたノートをそっと閉じて、彼は顔をあげる。講義室にはすでに次の授業のために来た生徒が流入してきていた。
次の授業が始まる前に講義室を出る。
本日の授業は残すところあと一つだ。
それが終われば、とりあえず生徒の役目は終わる。
次に待つのは、学会長として役目だ。
「しかして、次の講義まで少し時間があるか」
アルバートは懐中時計を確認して言う。
想像以上に今学期分の課題制作がはやく終わったので、彼は時間を持て余していた。
ふいに、背後に気配を感じる。
アルバートは懐中時計を胸元にしまい、振り返った。
長机がならぶ講義室を横断する路に、銀色の髪の少女が立っている。
年はアルバートと同じくらい。
制服の下には白いパーカーを着込んでいて、白いフードがローブから出た現代の若者ファッションだ。
銀色の短い髪は、高貴な貴族令嬢のように美しい。ただ、たたずまいは洗練されているわけでもなく、どこか庶民感が漂っている。
「あ、あの……」
少女はアルバートに声をかけるが、アルバートはそっと瞳を閉じて、肘を抱いてしまう。
アルバートは思案する。
自分には友達と呼べる人間が少ない。
否、少ないのではなく、いない。
ドラゴンクランに入学し、早いもので1週間が過ぎようとしてはいる。
貴族魔術師の特権を使い、2年次までの学科──基礎教養なため、魔術を修めてきた貴族には物足りない授業──をすっ飛ばし、16歳での学生デビューを果たしたアルバートには尚更、友達と呼べる者はいない。
「貴様の正体がわからないな」
瞼を閉じて2秒ほど記憶をたどったアルバートは、そう結論を出した。
「俺を殺しにきたという訳ではなさそうだが」
「こ、殺す?! ま、まさか!」
少女はアタフタと手を振る。
「色々な意味でありえないですよ、そんなこと!」
「だろうな。お前みたいな凡人には寝てても殺されそうに無い」
「むっ……そ、それは分かりませんよ……アルバート様とは言えど、油断していたらもしかしたら……いや、冗談です…ユーモアです…嘘です、ごめんなさい!」
一角の魔術の学徒として、ちいさな矜持を守ろうとした少女は、感情の無い紅瞳に、速攻で後悔する。すみません、私は凡人です──と。
アルバートは怯える彼女の顔を見て、数年前の記憶を思い出した。
「お前……あの時の詠唱者か?」
ピクっと体を震わせる少女。
フードをまくり、少女は恐る恐る「お久しぶりです……」と言った。
「昔、ジャヴォーダンでお世話になった……その詠唱者です」
「二回目に会いに来た時は恩を仇で返しに来たがな。スパイとして」
「ひい! あの時は、すみませんでしたあ!」
「冗談だ、何も気にしてない。今まで忘れていたしな」
アルバートは肩をすくめて「で、何の用だ」と言う。
少女は「折り入って話がありまして……」とあたりをキョロキョロした。
「その……アルバート様、いっしょに使役術サークルに入ってくれませんでしょうか?」
少女の問いにアルバートは目を丸くする。
「サークルだと? この俺が? ハハ」
アルバートは一笑にふして少女の横を通り過ぎる。
「お、お願いです! 見学だけでも!」
「俺は学生ごっこをしに来てるわけじゃない」
歩き去るアルバートの背中に少女は声をかける。
「アイリス様が!」
アルバートは足を止める。
「お話をしたいそうです……」
語尾をちいさく、少女はそう言った。
アルバートは振り返り、険しい顔をする。
やがて彼は「見学だけだ」と、返事をした。
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