42 / 130
アルバート湖の死闘2
しおりを挟む「強いな…」
血の雨のなかギロッと目線をむけてくる彼女に、アルバートは怖気付く。
今更ながら、毒を盛るんだった、と若干の後悔を感じる。ただ、本当に今更だ。
仕方ないので、アルバートは冷静に、次に襲ってくるだろう脅威に備えた。
こんな時のために用意していた銀の鞄から、ブラッドファング×3、トレント×5を掛け合わせたキメラを放つ。
三つの首をもち、不恰好に接合された身体の崩壊を木の根っこが裁縫するようにおぎなっている歪な命。名もなく、安定もせず、怪書にも正式登録できていない闇の魔術の成果物だ。
儚く散る命だとしても、彼は生み出してくれた主人のため肉体から生える木の触手を、襲ってくる脅威に振るった。
「貴様ぁああああ!」
「やっぱり来た」
アルバートの予想通り、陸地へもどるなり、血の刃が彼の首を取るために振りぬかれる。
それをキメラの木根の触手が受け止めた。
「アルバート・アダンッ、なにか怪しいとはずっと思っていたが……まさか、これほどまでの狂行に及ぶとは…ッ!」
「88号、そいつは軽くあしらっておけ」
「こ、こら! 待てッ! なんでわたしばかりそんな雑なんだ貴様! 私は貴様のそういうところも──」
アルバートはサアナの事をうっとおしく思って無視し、彼女の相手をキメラに任せて走りだす。
「セカンドプランだ」
怪書を手に、すぐさま湖付近に待機させていた1,000体のトレントを動きださせ、さらにはブラッドファング50匹を戦術的に配置し直して、アイリスの退路を完全にふさぐ。
ニア・リヴァイアサンでのファーストアタックが失敗した時点における、最悪な結末はアイリスの機動力を使われてアダンの秘密をもったまま逃げられることだ。
それだけは何としても防がなくてはならない。
「全部トレント……だったんですか」
アイリスは湖面にうかぶサメの遺骸のうえで草むらに隠していた銀の鞄2つを両手にもったアルバートを見つめる。
徹底して準備されている──。
アイリスは自分へ向けられた殺意の高さに、困惑するとともに、深い悲しみに襲われていた。
しかし、敵は自分を殺す気だ。
かの『エドガー・アダンの再来』とうたわれた天才魔術師にたいして、手を抜いてどうこう出来るわけがない。
「アルバート、どうしてそんなに辛そうな顔をしているのですか……?」
アイリスは訳がわからぬまま、とにかく目の前の彼に殺されないため、足元の遺骸から、触媒を補給しはじめた。
彼女の手のひらを起点に、血が吸い上げられるように集約されていく。
特別な溝の掘られた短剣の柄は、機械仕掛けが作動して、真ん中で分かれて、2つの持ち手となった。
アイリスの手元に集まった血は、それら2つの剣身のない柄に凝縮されていき、太く分厚い刃を形づくった。
風に聞く『赫の双剣』のお披露目だ。
「アルバート、わたしの本気をすこし見せてあげます」
「フッ…スライムに逃げ帰ってきたお嬢様がやけにたくましいことだ」
この時点で単体戦闘能力で勝ち目がないのは自明であったが、アルバートは負けじと煽る。まだまだ負ける気はしなかった。
結果──。
「訂正します、アルバート。わたしの120%を見せましょう」
アルバートの心中を「…怒らせたか?」とざわめく音が抜けていく。ごくりと唾を飲みこむ。大丈夫、まだまだ勝てる。
剣を両手にもったアイリスは、ほんの軽い調子で湖面にうかぶ肉のうえをぴょんぴょん飛んで移動をはじめた。
一際おおきな肉塊のうえに着地すると、彼女はそこで膝を曲げることなく、足首の筋力だけで、思いきり跳躍をした。
踏切の反作用に湖面が水飛沫をあげる。
ひとっ飛びで岸辺までく来る気らしい。
ぴょーんっとよく伸びる大ジャンプ。人間をやめた動きに唖然としながらも、アルバートは「相手になろう」と、すぐさま手にもつ2つの銀の鞄からキメラたちを展開した。
1匹目は『3つ首のケルベロス、トレントの縫合を添えて』。現在サアナを相手するキメラと同時期に量産した個体のひとつだ。
2匹目は『シャクトパス~サメ頭のタコ~』。水辺で使う事を想定して、水中戦にすぐれた水辺の大型モンスターを合わせた個体だ。
アルバートは2体のキメラを展開するなり、銀の鞄を投げ捨てて、怪書を片手にモンスター強化魔術──記録焼化をおこなった。
ページのうえに紡がれたキメラとアルバートの絆が焼けて、モンスターをより逞しく、より速く、より硬くしていく。
「さて、次が本命だ──スラトゥレンスィ、ハエを撃ち落としてやれ」
使役者の一言で、湖の外周を囲うように配置されていた新型キメラがぴょんっと草むらから飛び出した。
スラトゥレンスィ。
怪書登録済み。安定個体。ジャンボスライムから着想を得て、トゥレンスィに備わっていた、木の枝の触手をだす能力を改良し、50匹ものスライムを合成することで、液状のボディを常に超高密度にたもち、体の一部を撃ち出せるようになっている。
「撃て」
空中をふわっと飛んで的となるアイリスを、湖を包囲しているスラトゥレンスィたちは一斉に、体から触手を射出して狙い撃った。
精度は期待できないが数が数だ。
弾幕は空中のひとつの的に一斉に着弾して爆発を起こした。
アルバートはほくそ笑む。
彼はそのまま隙をつかい、縫合ケルベロスとシャクトパスをかたわらに引き連れて次なる銀の鞄を回収しにいく。
湖のどこへ飛ばされても平気なように、周囲に満遍なく隠している分だ。
魔術工房の外での開発だったため『灰塵のアルガス』を抹殺したほどの個体は、残念な事につくり出せてはいない。
だが、それでもすべてが超一級品のキメラたちだ。
加えて──、
「どうせ死んでないんだろう? 湖から出すな、お前たち。剣士に足場は与えない」
怪書を片手に湖面に落下したアイリスを釘付けにするべく、最適な陣形でブラッドファング10体の前衛、トレント200体による壁、スラトゥレンスィ50体による後衛──という具合に、ユニットを作成して対応させる。
簡略化された指揮系統は、アルバートの頭のなかをクリアに保つ効果がある。
増えすぎた繋がりのせいで、個々の操作性が大きく欠けてしまっているため、単純な命令で動くように配置することが、大量のモンスターを一斉に動かす上では必須なのだ。
「これで5つの迎撃部隊が編成できたな。足りれば良いが……」
アルバートはトゥレンスィたちの猛烈な射撃で、水飛沫が絶えない湖面をみすえる。
新しいモンスター。
圧倒的な戦力、
数の暴力。
完封の陣形。
あわや勝負はついたかのように思われた。
しかし、その期待は水飛沫を剣を振るだけで払いのけ、スライム弾をはじきながら、″水面を走りだした″少女によって否定された。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします
藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です
2024年6月中旬に第一巻が発売されます
2024年6月16日出荷、19日販売となります
発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」
中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。
数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。
また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています
この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています
戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています
そんな世界の田舎で、男の子は産まれました
男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました
男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます
そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります
絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて……
この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです
各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます
そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます
カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております
良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました
ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。
そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった……
失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。
その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。
※小説家になろうにも投稿しています。
ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~
ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」
ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。
理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。
追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。
そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。
一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。
宮廷魔術師団長は知らなかった。
クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。
そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。
「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。
これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。
ーーーーーー
ーーー
※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。
見つけた際はご報告いただけますと幸いです……
解体の勇者の成り上がり冒険譚
無謀突撃娘
ファンタジー
旧題:異世界から呼ばれた勇者はパーティから追放される
とあるところに勇者6人のパーティがいました
剛剣の勇者
静寂の勇者
城砦の勇者
火炎の勇者
御門の勇者
解体の勇者
最後の解体の勇者は訳の分からない神様に呼ばれてこの世界へと来た者であり取り立てて特徴らしき特徴などありません。ただひたすら倒したモンスターを解体するだけしかしません。料理などをするのも彼だけです。
ある日パーティ全員からパーティへの永久追放を受けてしまい勇者の称号も失い一人ギルドに戻り最初からの出直しをします
本人はまったく気づいていませんでしたが他の勇者などちょっとばかり煽てられている頭馬鹿なだけの非常に残念な類なだけでした
そして彼を追い出したことがいかに愚かであるのかを後になって気が付くことになります
そしてユウキと呼ばれるこの人物はまったく自覚がありませんが様々な方面の超重要人物が自らが頭を下げてまでも、いくら大金を支払っても、いくらでも高待遇を約束してまでも傍におきたいと断言するほどの人物なのです。
そうして彼は自分の力で前を歩きだす。
祝!書籍化!
感無量です。今後とも応援よろしくお願いします。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる