上 下
35 / 130

暗殺ギルド7

しおりを挟む
 アルバートがアーサーに追いついた時、あたりはすこし明るくなっていた。

 隠し通路の出口である岩場の隙間から、彼はニャオの案内にしたがって、森の浅域まで徒歩でやってくる。

「歩かせるなよ」

 アルバートは悪態をつきながら、木陰で両腕をなくしたアルガスを見下ろす。

「ん、腕を怪我したのか。平気か?」
「問題ございません。多少しびれる程度です」
「そうか。悪化するようだったら言えよ」

 アルバートはアーサーへそれだけ言い、アルガスのすぐとなりの木の根に腰を下ろした。

「俺は時間を無駄にするのが嫌いだ。言っている意味はわかるな?」
「ぅ、ぅぅ……」
「俺はお前たちに被害を受けさせられた、家を燃やされ、父親を殺された。あまつさえ母親すら失うところだった。あの屋敷に仕えていた大切な使用人たちも殺された。俺の乳母だってなかにはいた」
「ゆる、してくれ……悪かったと、思っている……」
「いいや、違う、全然違う、アルガス。俺が聞きたいのは命乞いじゃない。お前がもし生にしがみ付きたいなら、俺の機嫌をとってみせろ」
「……頼まれた、んだ、仕事だった……俺の仲間も、6人も死んだ……」
「だが、すべて長であるお前の選んだ道だろう? 違うか?」
「そうだ……だから、手は引いたんだ……割に合わない…から……それに、詳しく調べれば…あのアーサー・アルドレアまでいるって話じゃねえ…か。騙されてたんだ、『アルガス』も……だから、俺は、仲間の死は忘れて…この仕事から、手を引いて……ぜんぶ忘れようと──」

 アルバートはアーサーの顔をみる。

 彼はひとつうなづき、懐から金属杖の柄をとりだすと、魔力で杖身を構築し、流れるようにアルガスの顔をなぐった。

 アルバートは瞳の奥に怒りの炎を隠せない。湧き上がる激情に刈られていた。
 死にかけのアルガスの胸ぐらをつかんで、顔を近づける。

「いいか良く聞けよ、ドブネズミ。俺はてめえの事情は知らない。てめぇが自分で選んだ稼業にどんな姿勢だったのかも知らない。心底どうでもいい。俺はただ、俺たちがこうむった被害の話をしてるんだ。これは全部お前自身で招いた結果だ。それを忘れるな。同情さそおうなんて……今更、都合が良すぎるだろう? 時間の浪費に俺を付き合わせるな」

 アルバートのイラつきを間近で感じて、アルガスは話をする猶予が自分に残ってないことをようやく理解する、

 口をパクパクさせ、声を出そうとするも、恐怖と体力の低下で、思うように言葉がでない。

 されど、彼は一言絞り出すように言った。

「サウザン…ドラ、サウザンドラ家がワルポーロ・アダン…とアルバート・アダン殺害の依頼主だ……」

 魂の抜けたように声を絞り出したアルガスは瞑目して自分の弱さをなげく。
 アルバートは目を見開いて、ありえない事態──否、あってはならない返答に狼狽した。

 どういうことだ……?

 どういうことだ?

 どういうことなんだ!

 アルバートはあれほど渇望した答えを、強く否定しようと必死だった。

「嘘をつくなよ」
「この状況で…嘘なんて…つきゃしない」
「……サウザンドラ家について知ってる事を話せ。まだ何かあるだろう」

 アルガスはうつろな眼差しで一点を見つめる。
 ふと思い出したように「令嬢」とつぶやく。

「当主から鳥便が来たな……もう文面は燃やしたが……たしか、家の令嬢を送り込んだとか……サウザンドラの意志で現場に居合わせるかもしれないから、その時は決して危害をくわけないように、とか……依頼内容の微妙な修正は…よくあるんだ…」
「そんな、まさか……」

 アルバートは天を仰ぎ見て、顔を両手で押さえる。ふらふらと全ての終わりを悟ったようにさまよい、胸の内側からこみ上げてくるいくつもの感情を木に叩きつけた。

 木を揺らす轟音があたりに響く。

「クソッ!」

 騙された!
 欺かれた!
 拐かされた!

 アルバートは唇を噛みきり、血が流れ出るほどに打ち震える。
 
 必死になって冷静になれと自分の理性がうったえかけてくる。
 しかし、一度爆発した裏切りへの、怒り、悲しみ、失望、悔しさは隠すことなどできない。

「落ち着け、落ち着くんだ、アルバート。多角的に物事を見なければ、本質を見失うぞ」

 自分に言い聞かせ、この重大な事実を確定という枠組みからすこし浮かせる。

 アルバートはその後、アルガスから聞き出せるだけの情報をひきだした。

「すべて話したぞ……だから、頼む、もう放っておいてくれ……あんたたちには関与しないから」
「……アーサー、行くぞ」
「はい」

 アルバートは最後にアルガスを一瞥し、背を向けて歩きだす。

 アルガスはほっと安心したように息をついた。

「アーサー」
「はい」

 主人の一声ですべてを察した執事長は、金属杖を一本アルガスのすぐ近くに投擲した。

 勢いよく幹に刺さり、おじけづくアルガス。
 しかし、何のためにこんな事を?
 そんな風に彼が思った時──。

「言い忘れていましたが、『聖歌隊』において、聖火杖は別名:爆裂杖とも呼ばれていました」
「……は?」

 アルガスは間抜けな声をもらす。
 瞬間、彼はあたりをふきとばす強烈な熱と爆発に巻き込まれてしまった。

 ──数日後

 馬車の中。
 アルバートは険しい顔をして窓の外を眺めていた。

 彼の横にはいつもどおりアーサーが座っている。しかし、ローレシアへの行きとは違い、灰色の髪をしたメイド服の少女が──それも2人、追加されている。

 顔色ひとつ崩さずに座っているが、内心では新しい主人であるアルバートに完全に怯えきっている。

 自分の屋敷に帰るというのに、とてつもなく不機嫌なことも拍車を掛けていた。

 しかしながら、当の本人は不機嫌かと聞かれれば「不機嫌ではない」と、すっごく険しい顔で答えてくる始末。

 手の施しようがなかった。

「お前たちはただのアンチ暗殺者だ。常より貴族は暗殺に対して一定の対処法を常備しておくもの。お前たちにはそれ以外期待してないし、何もして欲しくない。だから、変な目で俺のことを見るのをやめろ」

「……すみません」
「……ごめん」

 双子の少女はぺこりと謝って、アルバートの背中から視線を外す。

 実際のところ、アルバートは不機嫌ではなかった。

 ただ、理性と本能の間で揺れるアイリスという少女への信頼をどこまで持っていいのか、優秀な頭脳を数十時間動かしつづけて計算したいだけなのだ。

 もちろん答えなど出るはずがない。

 アイリスを信じたい気持ち。
 アイリスが信じてくれた自分の気持ち。
 追い求めた結果たどり着いた解答。
 邪智暴虐の魔女である彼女ならば自分のことをどうにでも操っていた可能性があるという推量。
 だとしても、魔術研究での献身的なふるまいはなんだったのか?
 湖を散歩した記憶、ともに汚濁を頭からかぶった記憶、夜中にテントに忍びこんで双方怒られた記憶──全部、嘘だった?
 
 アルバートはもうわからなくなっていた。
 涙がとまらなかった。
 毎晩、ひとりで宿屋をぬけだしてはニャオをかたわらに飽くまで泣いた。

 アダン家の当主として、アーサーにも使用人にも涙は見せないと決めている。
 ゆえにワルポーロの墓前で、決して泣かない、と誓った。しかし、アイリスの裏切りはそんな誓いすら破らせてきた。

「……ぁぁ、ジャヴォーダンだ」

 アルバートは瞳の水面に霞んで、はっきりとしない、されど見慣れた辺境都市のシルエットをみて言葉をもらす。

 この日、ローレシア魔法王国へのアダン遠征隊は、10日間の旅を終えて屋敷へと帰還した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...