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ノブリス・オブリージュ

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「それじゃ僕はこれで」
「本当にひとりで大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。アーサーだって近場にいるんですから」

 アルバートはそう言い、迎えにやってきたサアナをチラリと見やる。

「お待たせいたしました、アイリス様。では、屋敷へ引き上げましょう」
「そうですね……。アルバート、気をつけて」

 特段危ないことをするわけでは無いのだがな。

 サアナと連れたって帰っていく彼女の背中を見送った。キリッと睨まれたが気にしない。

「さてと……アーサー」
「はい、坊っちゃん」
「モンスターを揃えるぞ」

 アルバートはそう言い、徒歩でジャヴォーダンの通りを歩きはじめた。

 やって来たのは、モンスターを取り扱う店のひとつだ。

 本日のジャヴォーダンでのミッションは、ひとつが冒険者ギルドへの登録。
 そして、もうひとつが怪物取引というニッチな業界での影響力を高めることだ。

 また、怪書の運用方法について、いっていの指針が出来てきたため、そろそろ本格的にモンスターの種類を増やしたいのも、アルバートの本音である、

「ジャヴォーダン内にある13の専門店、すべてにアポイントメントを取り付けてあります」
「よくやった、アーサー」

 アルバートはアーサーを連れて、その日の午後をモンスター専門店視察に費やした。

 ──夕方

「お疲れ様でした。この店で最後となります」
「どこもアダン家の情報は掴んでいるようだったな。おかけで交渉がうまく進んだからいいが」

 少し肌寒い空気を感じて、アルバートは外套を着込む。

「いくつか定期的にモンスターを卸せる場所もできた。次は……」
「ジャヴォーダンの外ですね。明日にでも原稿をあげられるかと思います」
「助かる、その調子で頼む」
 
 アルバート「さて、用事は済んだな」と手をこすりあわせて空を見上げる。

 もうじき、アーケストレス魔術王国にも冬がやってくる。

「やれやれ、最悪の時期だ。まさかテントで冬を越すことになろうとは」
「優れた魔導具はすべて屋敷とともに燃えてしまいました。屋敷の快適を保つ為魔導具を新調するべきだと愚考いたします」
「愚考でもなんでもない。暖炉なんてないんだ。そうするしかあるまい」

 話はまとまったようだ。

 アルバートとアーサーは、屋敷へ帰還する前に凍える寒さからテントを守るための魔導具をさがすことにした。

「ここは? なかなか繁盛してるようだが」
「坊っちゃんには不相応な場かと」
「いいから教えろ。なかなか愉快そうな外観じゃないか」

 アルバートは人の出入りが盛んな、大きな建物を見てワクワクしていた。

「『ギャザラーガーデン』、ジャヴォーダン最大の魔導具店でございます」
「我々にうってつけじゃないか」

 アルバートはそう言い「行くぞ」と、軽快な足取りで『ギャザラーガーデン』へ入っていった。

 店のなかは騒然としていた。

 どうやら、庶民や冒険者用の安価な魔導具などをあつかう店だったらしい。

 アルバートはウッとして眉根をひそめる。貴族として舐められるわけにはいかない。庶民派の魔導具? そんなものを使えば舐められるに決まっている!

 ──といういつもの思考が働いた。

「でも、安いな……質もまったく悪くない……なんだこのアイディア商品は……」

 アルバートはおぼつかない手つきで、見たことも無い魔導具を手にとっては、黙って買い物カゴをもつアーサーに渡していく。

 鋼の執事と貴族礼服をきた場違いな2人は、しっかりとまわりの注目を集めていた。

 実用性に富んだ魔導具たちを、アルバートは真面目な顔で吟味する。
 その姿は貴族だって「俺たちの同じなんだ!」と、まわりの来客たちに思わせるものだった。

「ふん、平民のつくる魔導具なぞ、貴族の生み出した成果の二番煎じばかりと思っていたが……存外悪くないじゃないか」
「坊っちゃん、二つ目のカゴをもって来ましょうか?」
「……いい。流石に今日のところは引き上げよう」

 相当量の魔道具を買おうとしてることに、ようやく気がついたアルバート。
 優れた頭脳で金額を暗算して、ギリギリ持ち金で足りると判断して、ホッと胸を撫でおろした。

 貴族が一度買い物カゴに入れた物を戻すなど、許されないのだ。カッコ悪いからな。

「殺すぞ、てめえ」

 不穏な声にアルバートは顔をあげる。
 
 カウンターの方で、なにやら小競り合いの予感がしていた。

 声をたよりにやってくると、少女と腹の出た脂こい中年が言いあってるのが見えた。

「詠唱者の分際で、貴族さまに逆らってんじゃねえよ、雑魚ムシ」
「魔術使いは平民なんですよ、知らないんですか、かわいそうな人ですねっ!」
「なんだとこのガキィイ!?」

 中年は腕をまくり、手の甲にだけ刻まれた刻印を誇らしげに見せびらかす。

「後悔するなよ、平民がァア!」

 刻印があわく輝きをはなつ。

 詠唱者──と呼ばれた少女は、ごくりと喉を鳴らして、腰のホルダーに掛かっている呪文を行使するための杖に手を伸ばした。

 しかし、中年魔術使いのほうがはやい。
 彼の刻印をせおった拳は、容赦なく少女のちいさな顔へ振り下ろされた。

「アーサー、止めろ」

 見かねたアルバートはそう言った。

 鋼鉄の執事は買い物カゴに床に置くと、一瞬で人混みをぬけて中年魔術使いの腕をつかみ取っていた。

「ふぇ? っ、な、なんだこのジジイ!」

 野次馬をしていた客たちがどよめく。
 騒ぎが大きくなる渦中へ、アルバートはコツコツと靴音を鳴らしながら参上した。

「またガキか! 俺は『自分は優秀です』って顔して、俺様のことを見下してくるやつをぶっ殺してやりたくて仕方ねぇんだよ!」

 中年の判断基準において、アルバートの冷めた軽蔑の眼差しは、まさしくぶっ殺したい奴に当てはまっていた。

「アーサー、下がってろ。俺がやる」
「御心のままに」

 アーサーは数歩下がり、すぐに人々の視線からフェードアウトするように消える。

 血走った目をする中年は、かまわずアルバートに刻印を乗せた拳で殴りかかった。

 あらかじめ強化魔術を発動していたアルバートは、慣れた手つきでパンチをさばき、お返しにボディへ左フックを叩きこむ。

「ぼべぇ、ぐ、ぁ……?!」
「興奮剤は酒精を分解する臓器の働きを弱める」

 痛烈すぎる短剣のひと刺しのような一撃に、中年男は息ができないようだった。
 あまりの痛みに床のうえをのたうちまわる。
 野次馬たちはそんな彼から、病気がうつるのを恐れるように避けていた。

「刻印は本物だが、とっくに有効期限がすぎている。この男は貴族でもなんでもない」

 アルバートは腰をぬかして座りこむ少女に向きなおる。
 床がじゅわーっと濡れており、湯気がのぼっていた。

 アルバートは顔色ひとつ変えず、少女の黒歴史の1ページに気がつかないふりをして、シルクのハンカチを取りだした。

 そして、ハンカチで涙をポロポロ流す少女のそれをぬぐってあげる、

「仮にも魔術の教えを受けた詠唱者ならば、くだらん暴力に敗北することは許されない」
「ぐすんっ…ぐすんっ…ぅ、ぅ……」

 鼻水も出てきたな。

 アルバートはため息をつきたくなったが、こらえてハンカチで鼻水も雑に拭いてあげた。

「それはやる。返さなくていい」
「あ、あの……」
「返さなくていい」
「そ、そうじゃなくて! ……なんで、助けてくれたんですか……?」

 少女は不思議そうな顔をする。

「偉大な力には偉大なる責任がともなう。すべての貴族がかくあるべきだと、私はそう思うがね。貴様はどう思う」
「ぇ? 貴族が、ですか、それは、その……よくわかりません……」
「もっと勉学に励め」
「…は、はい…すみませんっ!」

 アルバートはそれだけ言って、さっそうとギャザラーガーデンを後にした。

「坊っちゃん、魔導具はよろしかったので」
「あの流れで呑気にカウンターに並ぶわけにはいかないだろう。……貴族とは難しいものだな」
「お察しいたします」

 執事と主人は雪のふりはじめたジャヴォーダンを隣立って歩き帰路についた。
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