24 / 130
ノブリス・オブリージュ
しおりを挟む「それじゃ僕はこれで」
「本当にひとりで大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。アーサーだって近場にいるんですから」
アルバートはそう言い、迎えにやってきたサアナをチラリと見やる。
「お待たせいたしました、アイリス様。では、屋敷へ引き上げましょう」
「そうですね……。アルバート、気をつけて」
特段危ないことをするわけでは無いのだがな。
サアナと連れたって帰っていく彼女の背中を見送った。キリッと睨まれたが気にしない。
「さてと……アーサー」
「はい、坊っちゃん」
「モンスターを揃えるぞ」
アルバートはそう言い、徒歩でジャヴォーダンの通りを歩きはじめた。
やって来たのは、モンスターを取り扱う店のひとつだ。
本日のジャヴォーダンでのミッションは、ひとつが冒険者ギルドへの登録。
そして、もうひとつが怪物取引というニッチな業界での影響力を高めることだ。
また、怪書の運用方法について、いっていの指針が出来てきたため、そろそろ本格的にモンスターの種類を増やしたいのも、アルバートの本音である、
「ジャヴォーダン内にある13の専門店、すべてにアポイントメントを取り付けてあります」
「よくやった、アーサー」
アルバートはアーサーを連れて、その日の午後をモンスター専門店視察に費やした。
──夕方
「お疲れ様でした。この店で最後となります」
「どこもアダン家の情報は掴んでいるようだったな。おかけで交渉がうまく進んだからいいが」
少し肌寒い空気を感じて、アルバートは外套を着込む。
「いくつか定期的にモンスターを卸せる場所もできた。次は……」
「ジャヴォーダンの外ですね。明日にでも原稿をあげられるかと思います」
「助かる、その調子で頼む」
アルバート「さて、用事は済んだな」と手をこすりあわせて空を見上げる。
もうじき、アーケストレス魔術王国にも冬がやってくる。
「やれやれ、最悪の時期だ。まさかテントで冬を越すことになろうとは」
「優れた魔導具はすべて屋敷とともに燃えてしまいました。屋敷の快適を保つ為魔導具を新調するべきだと愚考いたします」
「愚考でもなんでもない。暖炉なんてないんだ。そうするしかあるまい」
話はまとまったようだ。
アルバートとアーサーは、屋敷へ帰還する前に凍える寒さからテントを守るための魔導具をさがすことにした。
「ここは? なかなか繁盛してるようだが」
「坊っちゃんには不相応な場かと」
「いいから教えろ。なかなか愉快そうな外観じゃないか」
アルバートは人の出入りが盛んな、大きな建物を見てワクワクしていた。
「『ギャザラーガーデン』、ジャヴォーダン最大の魔導具店でございます」
「我々にうってつけじゃないか」
アルバートはそう言い「行くぞ」と、軽快な足取りで『ギャザラーガーデン』へ入っていった。
店のなかは騒然としていた。
どうやら、庶民や冒険者用の安価な魔導具などをあつかう店だったらしい。
アルバートはウッとして眉根をひそめる。貴族として舐められるわけにはいかない。庶民派の魔導具? そんなものを使えば舐められるに決まっている!
──といういつもの思考が働いた。
「でも、安いな……質もまったく悪くない……なんだこのアイディア商品は……」
アルバートはおぼつかない手つきで、見たことも無い魔導具を手にとっては、黙って買い物カゴをもつアーサーに渡していく。
鋼の執事と貴族礼服をきた場違いな2人は、しっかりとまわりの注目を集めていた。
実用性に富んだ魔導具たちを、アルバートは真面目な顔で吟味する。
その姿は貴族だって「俺たちの同じなんだ!」と、まわりの来客たちに思わせるものだった。
「ふん、平民のつくる魔導具なぞ、貴族の生み出した成果の二番煎じばかりと思っていたが……存外悪くないじゃないか」
「坊っちゃん、二つ目のカゴをもって来ましょうか?」
「……いい。流石に今日のところは引き上げよう」
相当量の魔道具を買おうとしてることに、ようやく気がついたアルバート。
優れた頭脳で金額を暗算して、ギリギリ持ち金で足りると判断して、ホッと胸を撫でおろした。
貴族が一度買い物カゴに入れた物を戻すなど、許されないのだ。カッコ悪いからな。
「殺すぞ、てめえ」
不穏な声にアルバートは顔をあげる。
カウンターの方で、なにやら小競り合いの予感がしていた。
声をたよりにやってくると、少女と腹の出た脂こい中年が言いあってるのが見えた。
「詠唱者の分際で、貴族さまに逆らってんじゃねえよ、雑魚ムシ」
「魔術使いは平民なんですよ、知らないんですか、かわいそうな人ですねっ!」
「なんだとこのガキィイ!?」
中年は腕をまくり、手の甲にだけ刻まれた刻印を誇らしげに見せびらかす。
「後悔するなよ、平民がァア!」
刻印があわく輝きをはなつ。
詠唱者──と呼ばれた少女は、ごくりと喉を鳴らして、腰のホルダーに掛かっている呪文を行使するための杖に手を伸ばした。
しかし、中年魔術使いのほうがはやい。
彼の刻印をせおった拳は、容赦なく少女のちいさな顔へ振り下ろされた。
「アーサー、止めろ」
見かねたアルバートはそう言った。
鋼鉄の執事は買い物カゴに床に置くと、一瞬で人混みをぬけて中年魔術使いの腕をつかみ取っていた。
「ふぇ? っ、な、なんだこのジジイ!」
野次馬をしていた客たちがどよめく。
騒ぎが大きくなる渦中へ、アルバートはコツコツと靴音を鳴らしながら参上した。
「またガキか! 俺は『自分は優秀です』って顔して、俺様のことを見下してくるやつをぶっ殺してやりたくて仕方ねぇんだよ!」
中年の判断基準において、アルバートの冷めた軽蔑の眼差しは、まさしくぶっ殺したい奴に当てはまっていた。
「アーサー、下がってろ。俺がやる」
「御心のままに」
アーサーは数歩下がり、すぐに人々の視線からフェードアウトするように消える。
血走った目をする中年は、かまわずアルバートに刻印を乗せた拳で殴りかかった。
あらかじめ強化魔術を発動していたアルバートは、慣れた手つきでパンチをさばき、お返しにボディへ左フックを叩きこむ。
「ぼべぇ、ぐ、ぁ……?!」
「興奮剤は酒精を分解する臓器の働きを弱める」
痛烈すぎる短剣のひと刺しのような一撃に、中年男は息ができないようだった。
あまりの痛みに床のうえをのたうちまわる。
野次馬たちはそんな彼から、病気がうつるのを恐れるように避けていた。
「刻印は本物だが、とっくに有効期限がすぎている。この男は貴族でもなんでもない」
アルバートは腰をぬかして座りこむ少女に向きなおる。
床がじゅわーっと濡れており、湯気がのぼっていた。
アルバートは顔色ひとつ変えず、少女の黒歴史の1ページに気がつかないふりをして、シルクのハンカチを取りだした。
そして、ハンカチで涙をポロポロ流す少女のそれをぬぐってあげる、
「仮にも魔術の教えを受けた詠唱者ならば、くだらん暴力に敗北することは許されない」
「ぐすんっ…ぐすんっ…ぅ、ぅ……」
鼻水も出てきたな。
アルバートはため息をつきたくなったが、こらえてハンカチで鼻水も雑に拭いてあげた。
「それはやる。返さなくていい」
「あ、あの……」
「返さなくていい」
「そ、そうじゃなくて! ……なんで、助けてくれたんですか……?」
少女は不思議そうな顔をする。
「偉大な力には偉大なる責任がともなう。すべての貴族がかくあるべきだと、私はそう思うがね。貴様はどう思う」
「ぇ? 貴族が、ですか、それは、その……よくわかりません……」
「もっと勉学に励め」
「…は、はい…すみませんっ!」
アルバートはそれだけ言って、さっそうとギャザラーガーデンを後にした。
「坊っちゃん、魔導具はよろしかったので」
「あの流れで呑気にカウンターに並ぶわけにはいかないだろう。……貴族とは難しいものだな」
「お察しいたします」
執事と主人は雪のふりはじめたジャヴォーダンを隣立って歩き帰路についた。
0
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?
N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、
生まれる世界が間違っていたって⁇
自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈
嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!!
そう意気込んで転生したものの、気がついたら………
大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い!
そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!!
ーーーーーーーーーーーーーー
※誤字・脱字多いかもしれません💦
(教えて頂けたらめっちゃ助かります…)
※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる