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リクの消えた街 前編

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 王都の空は穏やかだ。
 この街に雲がかかる日など年に一度あるかないかだ。

 神と人間の子と言われる騎士王の治める都市なので、特別な加護があるらしい──と、そんな迷信をこの国の民たちは、深く信じこんでいる。

「今週も騎士王様のご威光に感謝を申し上げます」
 
 果物屋の店先で茶色い髪の少女が、両手をあわせていた。
 瞑目する彼女のはるか先には、王都中心にそびえたつ騎士王の王城がある。

「リゼット、すこし出てくるから店番お願いよ」
「はーい、お母さん」

 祈りを捧げていた少女──リゼットは、まぶたをもちあげ紅瞳で母の背中をいちべつする。

「今日も一日がんばらないと」

 彼女は今朝仕入れた果物屋を店先にならべる。

 今日もまた王都の活気溢れる市場の一日が始まろうとしていた。


 ──しばらく後


 リゼットは妹のクスリアに店番をまかせて、草原にやってきていた。
 
 彼女はここで、友達の男の子とお昼を食べるのが1日を頑張る気力となっていた。

「はぁ……リク、どこ行っちゃんだろ」

 ボーッと青空を眺めながら、新鮮な果物をかじり、リゼットは悲哀にくれる。

 1ヶ月前からこつぜんと消えた少年のことが、頭から離れなかった。

 顔は別段かっこよくはなかったけど、気さくで、優しくで、よく気遣いができて、まめで……お互い大変だろうなって思いながらも気持ちを共有できていた。

 むしょうに、からかってやりたくなる気持ちは、もしかしたら構って欲しかったのかもしれない、と彼女は自分の心を見つめ直す。
 
「あーあ……何も言わずに消える事ないのに……告白しそびれちゃった」

 リゼットは自嘲気味に、乾いた笑みをうかべた。

 しかし、心は泣いていた。

「……ぅぅ」

 ポロポロと流れる玉の涙をぬぐう。
 何度も何度もぬぐってもあふれてくる。
 
 リゼットはフタをしようとしても止まらない気持ちに「あーもう!」とムキになって立ち上があった。

「リクのバカーーーー!」

 草原に響き渡るくらい大声でさけんだ。

「はあ、はあ、乙女心をもてあそんでチャンスすら与えずに失恋させるんだもん、最低だよ、ふん!」

 リゼットは食べかけの果実をバスケットにつっこみ、さっさと帰ることにした。

 リクの事など忘れよう。

 そう何度目かの誓いをしながら、彼女は市場へもどって行った。


 ──────────
          ──────────


 ──リク失踪から数ヶ月

 リゼットは今日も元気に果物屋のまえで客をあつめていた。

 看板娘として愛想よくして、知り合いを見かけたら必ず何か買っていくよう脅迫する。

「まいど~!」

「またリンゴ買わされた……」
「リゼットちゃんには敵わないな」

 悔しそうにつぶやきながらも、果物を買った労働者たちはニコニコ嬉しそうだった。

 リゼットは半眼で怪しくほくそ笑む。

 自分のお願いを断れる者などいないのだ。

 そう思っている顔だった。

「お姉ちゃん、あんまり乱暴な売り方したらまたお母さんに怒られるよ」
「いいのいいの、お得意様がどこかに逃げちゃったんだから仕方ないでしょ」

 クスリアは不機嫌な姉の顔をみて、彼女がリクのことを思い出しているのだと気がついていた。

「はあ、もういいよ。でも、気をつけないと変なのに目つけられちゃうからね」
 
 クスリアはリクの事を恨んでいた。
 市場でいちばんの美人である姉に好かれて起きながら、彼女をおいて失踪したことだ。

 どうせなら姉を連れて逃げてほしかった。

 そうすれば、きっと彼女は幸せになれただろうに──。

 賢いクスリアは兵舎のほうから、人混みをかき分けて来る、赤髪の男をみながら、そんなことを思っていた。
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