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第三章 蒼い青年
聖女と青年、運び屋とおっさん
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長めです
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
炎に包まれる街並みをまえに、マリーはすぐにバトルドレスに着替えて百合の剣を片手に、神殿を飛びだした。
なにが起こっているのか、まったくわからない。
だが、少なくともジークタリアスが危機に瀕している事は確かだ。
マリーは今出てきたばかりの神殿へ、ふりかえり、舗装された石畳みを軋ませて、神殿の背の高い屋根に跳び乗った。
神殿頂上から見渡す光景から、火災が発生しているのは、神殿の近くばかりだと判断する。
(火災の範囲は広くない。でも、まるで神殿を取り囲むように燃えひろがってる……)
不自然な火の手に、マリーは眉根を寄せた。
「フーハハハっ! 現れたな聖女!」
「っ」
すぐ近くから聞こえる声。
火災の混乱と喧騒があふれる神殿のまわりではない。もっと近くだ。
マリーは振りかえり、自身と同じく神殿の屋根のうえに立つその者を視界におさめた。
朝焼けの薄明るい冷たい空に、輝く氷を思わせる髪が際立つ、人間離れした美しい顔立ちの青年であった。
寒色を基調とした貴族礼服に身をつつむその、蒼い青年は、手に蒼色の大杖をもって、その先端をマリーへと向けている。
敵意を感じとり、マリーはキリッと顔を引き締め、直剣を片手にかるく握り直して構えた。
「あなた、こんなところで何をしているの? 朝っぱらから神殿のうえに勝手にのぼるなんて、女神の恐れを知らないのね」
「フハハっ、女神なんて恐くないさ! そんなの所詮は人間の作りだした信仰の的というだけだろう? 僕はドラゴンだぞ、さあ、恐れおののくがいい!」
蒼い青年はそういって、大杖の先に轟々と燃え盛る火炎の玉を出現させて、近くの建物へと投げつけた。
「ちょっ、このっ! なんで事してんのよ、バカ男! 今すぐに炎を消しなさい! 自分のスキルなら何とかできるでしょ!」
「フハハハっ、消してほしいかい? ならば、聖女マリー・テイルワット、僕と″番″になれ!」
「っ、つがいって…………は?」
マリーはため息をつき、目頭をマッサージ。最近はイライラすることが多いな、と自分の境遇を嘆いた。
(あぁ……マックスがいなくなってから、頭のおかしい男ばかり現れるなぁ……これじゃ眉間にシワができちゃうなぁ……)
ゆっくり目を開き、蒼翠のジトっとした視線で目の前のアホウを睨みつけるマリー。
青年は得意な顔で、金色の瞳をまっすぐ向けてもう一度、「逆らわない方がいいぞっ!」と威圧感のない声で言った。
「僕はドラゴンだ。ゆえにカッコいい! そして、キラキラと光るモノと、美しいモノが大好きだ!」
「……だから、なに?」
「だから、聖女、お前が欲しい! フハハハっ、言ってやらねばわからないか! そうかそうか、ちょっとアホな所もまた可愛いらしいじゃないか!」
(ムカ)
「ふんッ!」
額に青筋をうかべ、マリーは神殿の屋根を蹴って、一息で青年に急接近。
「へ?」
まさか攻撃されると思っていなかったのか、青年は冷や汗をうかべて固まってしまう。
無抵抗の相手。
生粋の聖女なら、まさか手をあげるはずもない。
「でも、誰も見てないよね」
「ちょま、お前は聖女ーーぶぼへぇ!?」
マリーは剣の柄で青年をなぐり飛ばし、ごろごろと屋根上を転がさせた。
涙目で腫れた頬をおさえて、青年は恐怖にかられた目で聖女を見上げる。
マリーは緊急クエストでの魔物との連戦、負傷者の治療で成長し、いまやレベル90の達人剣士だ。
そこらへんのスキル強者が、イキッたノリでなんとか出来る領域からは、ほど遠い場所にいるのである。
「ぐ、クソ、聖女ってもっと優しくて、なんでもお願いを聞いてくれるってパパは言ってたのに……!」
「そんな聖女いるわけないでしょ。あんたのママじゃないのよ。ほら、さっさと火を消しなさい」
目元に影をつくり、怒り顔のマリー。
青年は彼女の威圧感に震えあがり、慌ててあたりの建物から炎を回収して大杖のなかにしまいこんだ。
青年はすぐに立ちあがり、マリーから逃げるように走りだす。
「人間のクセに生意気な……! やはり復讐しかないな! お前だけはすっごく綺麗だから助けてやろうと思ったが、もう助けてやらないぞ! 次は本気で行くからな! ぜったい、ぜったい謝っても許してやらないからなー! ふは、ふは、フハハ、フハハハーっ!」
泣きながら無理に高笑いする様は、滑稽以外のなにものでもない。
「こら、待ちなさい……逃げ足速ッ?!」
青年を追いかけようとするが、足の回転と、一歩の距離が異様に達者で、マリーではとても捕まえられそうにない。
「まったく、なんだったんだろ……僕はドラゴンとか意味不明なこと言ってたけど……」
マリーは剣を鞘におさめ、悶々とした気分で遠ざかっていく背中を見つめるのだった。
⌛︎⌛︎⌛︎
ベッドの上で眠るおっさんのため、俺はポケットの中から栄養になりそうな果実をむいて、木皿のうえに盛る。
「んぅ、ぅ、ここは、どこだ……」
剣で果実の皮を剥がすのに手間取っていると、ベッドの上のおっさんが目を覚ました。
よかった、まだパスカルは生きているらしい。
「大丈夫か、パスカル。凄い怪我だったぞ」
そう言いながら、俺はむきかけの黄色い果実をパスカルへと差しだす。
甘い匂いに誘われて果実へ手を伸ばすパスカルは、ふと手を止めて俺の顔をじっと見つめてきた。
「…………マックス、なんだよな?」
「もちろん。いや、本当に久しぶりだな。パスカル。正直、全然変わってなくて安心した。おっさんは2年くらいじゃ見た目が変わらないところが利点ってわけだな、はは」
パスカルは俺から恐る恐る果実を受けとり、されど俺の顔から目を離さず、警戒心を解こうとしない。
「マックス、お前……ずいぶん大人びたように見えるんだが……ちょっと立ってみてくれないか?」
スッと腰をあげ立ちあがると、パスカルは「成長期ってすげぇな……」とボソリと呟いた。
「いやいや、違うな。おっさんはこんな事聞きたいじゃないんだよ。とりあえず、いろんな苦労して老けちまったのは可哀想だと思っておくが……まずはここはどこだ?」
混乱した様子のパスカルへ、俺は簡単に今いる場所を教えるため彼を小屋の外へと連れだした。
「……夢じゃないのか」
小屋の外の獣たちの血で出来た池を見て、パスカルは深くため息をついた。
近くの木に腰掛けて、果実をかじり、パスカルは頭をかかえはじめる。
「それより、パスカル、いろいろ教えてくれよ! 俺ずっとジークタリアスに帰りたくてこれまで森で頑張ってきたんだからさ! また、いつパスカルが消えるかわからないし、手短にどんなイベントが起こったのか……いや、そんなのはどうでもいいや。マリーは、マリーは今どうしてるんだ?」
「待て待て、まくし立てるな! おっさんは今絶賛、頭のなか整理整頓中だから!」
パスカルは詰めよる俺を手で押さえ、険しい表情でひとつひとつ俺に質問をはじめた。
「まず、マックス、お前に言いたいのは……バカ野郎ってことだ」
「いきなり、なんだよそれ。意味がわからないぞ?」
「それはこっちのセリフだっての! なにいきなり前触れもなく自殺なんか敢行してんだよ、お前は! おかげでマリーのお嬢ちゃんが、どんだけ塞ぎ込んだと思ってんだ」
「マリーが? いや、だってマリーは俺に消えてほしくてパーティから追い出したんじゃ……」
「追い出す? マリーが、マックスをか? 普通に考えろ、ありえねぇだろが。なんだ、お前、柄にもなく酒でも飲んでんのか?」
パスカルは怪訝な眼差しで俺を見つめてくる。
ーーパチン
俺はポケットからくしゃくしゃになった、″除名用紙″をパスカルへと手渡した。
「それを年末のお祭りムードのギルド裏で、アインとオーウェンに渡されたんだ。『英雄クラン』は俺をもう必要としてないって……いや、正直、限界は感じてたんだけどさ。だって【英雄】【求道者】【施しの聖女】……で、俺が【運び屋】。釣り合いとれてないのなんて、わざわざ言うまでもなかったしな」
「お嬢ちゃんがマックスの除名に賛成した? 不自然なこったな。いや、おっさんまるでこの紙が信じられねぇんだけど。なんで、こんな紙切れ一枚で、お前は……マクスウェル・ダークエコーは諦めちまったんだ? お前が神殿騎士の兵舎でめちゃめちゃ剣練習しての、おっさん知ってるぜ?」
「……それ、マリーの字なんだ。俺はマリーの事を……その大切に思ってるから、どんな字を書くかくらいわかる」
「……筆跡? それ覚えてるのもちょっとキモいが、たしかにそれなら納得だな。うーん、だとしたらおっさんが見たお嬢ちゃんは何であんな反応をしてたんだ……?」
「マリーはどんな反応を?」
「めちゃくちゃに悲しんでたぜ、マックスがいなくなって、そのまま後を追って死んじまうんじゃないかってくらい落ち込んでたなぁ……いや、あんなに思われるなんて、おっさん羨ましくしてな。さっきのバカ野郎ってのはそう言う意味だ」
何で、マリーはそんな悲しんでくれたんだ?
彼女は俺がいなくなることを容認したというのに。
「ていうか、マックス、お前、除名用紙を渡されてそのままショックで崖飛び降りたのか?」
パスカルは果汁のついた指を舐めて、呑気に聞いてくる。
「いや、実はアインに突き落とされてさ。こうやってポンって感じで」
「…………え?」
パスカルが舌をだしたまま固まった。
「マリーにも見捨てられたし、もう死んじゃってもいいかなって思ったんだけどな、どうにも諦められなくてずっと森のなかで修行してたんだ。でも、いざ戻ろうとしたら、スキルで攻撃されてるらしくて″森″から出られなくなっちまってさ」
「…………マックス、ちょっと待て。もうちょっと詳しく話を合わせてみないか?」
俺の話を果物のおかずとして聞いていたパスカルは、果実を適当にほうって詰め寄ってきた。
俺は彼の言葉にしたがいいくつか話をしていくうちに、互いの認識の違いについて″大きな勘違い″があると気づいた。
互いに細かく事実を合わせてみはじめてみると、多くの驚愕の事態が判明したのだ。
まず、パスカルは、俺が自殺したとかいう事件について、詳しく教えてくれた。
どうやら、俺がアインとオーウェンに突き落とされた翌日、ジークタリアスでは俺の遺書が見つかり、そのまま自殺した人間として扱われたという。
その時、アインもオーウェンも俺が消えた事に無念を隠せないとばかりに悲しんでくれたとか。
話を聞くだけでムカムカしてきて、俺は自分が完全にハメられたのだと理解した。
「マックス、たぶんだが、おっさんは、マリーのお嬢ちゃんはパーティからの除名になんか同意してないと思うぜ? 全部はたぶん仕組まれてたんだ。いや、参ったなぁ、こりゃ酷どい話になりそうだぁ……まあ、ジークタリアスに戻って詳しく調べれば、すべては白日のもとにさらされるんだ。マックス、お前、さっさとジークタリアスに帰った方がいいぞ」
パスカルの言葉に俺は深くうなづく。
アイン、オーウェン、お前たちそこまでして俺のことをパーティから追い出したかったのかよ?
騙されていた悔しさ。
大切な人を利用された怒り。
2年前に乾いた感情は、また鮮やかに色を持ちはじめる。
「クソッ! 2年間ずっと勘違いしてたのか! マリーは俺のことを見捨てたって!」
頭に血がのぼり、激情に支配されておかしくなりそうだった。
思いきり、近くの木を殴りつける。
「ちょ、どぅわ!?」
「ぁ」
拳が生みだす衝撃力があたりの空気を吹き飛ばして、根っこに腰を下ろしていたバスカルも吹っ飛ばす。
へし折れた木が、土のうえを転がるパスカルのほうへ倒れだした。
目を見開き瞠目するパスカルの鼻先3センチで、俺は木を受けとめて、軽くもちあげ、パスカルが血の池に加わるのを阻止することに成功、危機一髪だ。
「ごめん、パスカル。ちょっとイラついてた」
「ぁ、あぅ、嘘だろ、マックス、お前そんなパワーどうやって身につけんだ……? さっきもそうだが、まさかお前が本当にグレイグの群れを倒した、のか?」
「グレイグ? あの6本足が生えてるやつか? とりあえず、そこにいた分は全部倒しておいたぞ」
ーーパチン
指を鳴らして、小屋の横に六足獣の遺骸の山を積みあげる。
「あ、がッ!? マジかよ……ッ!? ていうか、お前の〔収納〕ってそんな入ったの!? 前は何をポケットにしまうかでパーティ会議してたくらいじゃなかったかっ?!」
「ふふ、驚いたろ? まあ、2年間くらい本気で鍛えれば俺だってこんなこと出来るんだぜー?」
鼻高々にとても良い気分になる。
かつての弱さを知る者から、俺の努力がはじめて認められる快感は計り知れない。
もっと褒めて、もっと持ち上げてほしい。
「どんな鍛え方すれば、こんなに変わるってんだ…………ん、と言うか、おっさん今、2年間って聞こえたんだが?」
「もちろん。みっちり鍛えたんだ」
「そこじゃなくて…………マックス、今日が何年の何日くらいかわかるか?」
パスカルの不思議な質問に、俺は指を折って逆算していく。
「……3058年の春、くらい?」
「どんな時間音痴だ。56年の春だ。どこに冬が2回過ぎるスキがあったんだよ、アホ」
嘘だろ?
それじゃ、あの年末からまた数ヶ月しか経ってないじゃないか。
自分が過ごした辛く寒い冬。
ずっと、帰りたいと考えながら、いつか辿り着ける『限定の極致』を夢見てうち震えた長い、長い夜。
あれは幻などではなかった。
それなのに……俺の経験した時間はどこへいった?
「崖から落とされて、川に流されて、もう捨てられないように健気に頑張ってレベルアップして。いやな、おっさん涙が出てきそうだぜ。マックス、もういいんだ。帰ろうぜ。おっさんも早く帰りたいからよ。たぶん、絶対に死んでると思われてるからさ」
「なんで、パスカルまで死んでると思われてんだよ」
「まあ、いいからいいから、それは道中で話してやるよ」
パスカルは俺の肩に手をまわし、髪の毛をわしゃわしゃとかき乱してくる。
「とりあえず、マックス。一足先に言っておくぜ。よく頑張ったな。おかえりさん」
眼前のおっさんの温かい笑顔が、俺にはえらく眩しく見えていた。
俺はこの時、心の底から安心していた。
自分に負けなくてよかった、と。
俺は堪えきれない涙を隠して、ニヤニヤと嬉しそうに笑うおっさんとともに森のなかを歩きはじめた。
ジークタリアスへ帰ろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
炎に包まれる街並みをまえに、マリーはすぐにバトルドレスに着替えて百合の剣を片手に、神殿を飛びだした。
なにが起こっているのか、まったくわからない。
だが、少なくともジークタリアスが危機に瀕している事は確かだ。
マリーは今出てきたばかりの神殿へ、ふりかえり、舗装された石畳みを軋ませて、神殿の背の高い屋根に跳び乗った。
神殿頂上から見渡す光景から、火災が発生しているのは、神殿の近くばかりだと判断する。
(火災の範囲は広くない。でも、まるで神殿を取り囲むように燃えひろがってる……)
不自然な火の手に、マリーは眉根を寄せた。
「フーハハハっ! 現れたな聖女!」
「っ」
すぐ近くから聞こえる声。
火災の混乱と喧騒があふれる神殿のまわりではない。もっと近くだ。
マリーは振りかえり、自身と同じく神殿の屋根のうえに立つその者を視界におさめた。
朝焼けの薄明るい冷たい空に、輝く氷を思わせる髪が際立つ、人間離れした美しい顔立ちの青年であった。
寒色を基調とした貴族礼服に身をつつむその、蒼い青年は、手に蒼色の大杖をもって、その先端をマリーへと向けている。
敵意を感じとり、マリーはキリッと顔を引き締め、直剣を片手にかるく握り直して構えた。
「あなた、こんなところで何をしているの? 朝っぱらから神殿のうえに勝手にのぼるなんて、女神の恐れを知らないのね」
「フハハっ、女神なんて恐くないさ! そんなの所詮は人間の作りだした信仰の的というだけだろう? 僕はドラゴンだぞ、さあ、恐れおののくがいい!」
蒼い青年はそういって、大杖の先に轟々と燃え盛る火炎の玉を出現させて、近くの建物へと投げつけた。
「ちょっ、このっ! なんで事してんのよ、バカ男! 今すぐに炎を消しなさい! 自分のスキルなら何とかできるでしょ!」
「フハハハっ、消してほしいかい? ならば、聖女マリー・テイルワット、僕と″番″になれ!」
「っ、つがいって…………は?」
マリーはため息をつき、目頭をマッサージ。最近はイライラすることが多いな、と自分の境遇を嘆いた。
(あぁ……マックスがいなくなってから、頭のおかしい男ばかり現れるなぁ……これじゃ眉間にシワができちゃうなぁ……)
ゆっくり目を開き、蒼翠のジトっとした視線で目の前のアホウを睨みつけるマリー。
青年は得意な顔で、金色の瞳をまっすぐ向けてもう一度、「逆らわない方がいいぞっ!」と威圧感のない声で言った。
「僕はドラゴンだ。ゆえにカッコいい! そして、キラキラと光るモノと、美しいモノが大好きだ!」
「……だから、なに?」
「だから、聖女、お前が欲しい! フハハハっ、言ってやらねばわからないか! そうかそうか、ちょっとアホな所もまた可愛いらしいじゃないか!」
(ムカ)
「ふんッ!」
額に青筋をうかべ、マリーは神殿の屋根を蹴って、一息で青年に急接近。
「へ?」
まさか攻撃されると思っていなかったのか、青年は冷や汗をうかべて固まってしまう。
無抵抗の相手。
生粋の聖女なら、まさか手をあげるはずもない。
「でも、誰も見てないよね」
「ちょま、お前は聖女ーーぶぼへぇ!?」
マリーは剣の柄で青年をなぐり飛ばし、ごろごろと屋根上を転がさせた。
涙目で腫れた頬をおさえて、青年は恐怖にかられた目で聖女を見上げる。
マリーは緊急クエストでの魔物との連戦、負傷者の治療で成長し、いまやレベル90の達人剣士だ。
そこらへんのスキル強者が、イキッたノリでなんとか出来る領域からは、ほど遠い場所にいるのである。
「ぐ、クソ、聖女ってもっと優しくて、なんでもお願いを聞いてくれるってパパは言ってたのに……!」
「そんな聖女いるわけないでしょ。あんたのママじゃないのよ。ほら、さっさと火を消しなさい」
目元に影をつくり、怒り顔のマリー。
青年は彼女の威圧感に震えあがり、慌ててあたりの建物から炎を回収して大杖のなかにしまいこんだ。
青年はすぐに立ちあがり、マリーから逃げるように走りだす。
「人間のクセに生意気な……! やはり復讐しかないな! お前だけはすっごく綺麗だから助けてやろうと思ったが、もう助けてやらないぞ! 次は本気で行くからな! ぜったい、ぜったい謝っても許してやらないからなー! ふは、ふは、フハハ、フハハハーっ!」
泣きながら無理に高笑いする様は、滑稽以外のなにものでもない。
「こら、待ちなさい……逃げ足速ッ?!」
青年を追いかけようとするが、足の回転と、一歩の距離が異様に達者で、マリーではとても捕まえられそうにない。
「まったく、なんだったんだろ……僕はドラゴンとか意味不明なこと言ってたけど……」
マリーは剣を鞘におさめ、悶々とした気分で遠ざかっていく背中を見つめるのだった。
⌛︎⌛︎⌛︎
ベッドの上で眠るおっさんのため、俺はポケットの中から栄養になりそうな果実をむいて、木皿のうえに盛る。
「んぅ、ぅ、ここは、どこだ……」
剣で果実の皮を剥がすのに手間取っていると、ベッドの上のおっさんが目を覚ました。
よかった、まだパスカルは生きているらしい。
「大丈夫か、パスカル。凄い怪我だったぞ」
そう言いながら、俺はむきかけの黄色い果実をパスカルへと差しだす。
甘い匂いに誘われて果実へ手を伸ばすパスカルは、ふと手を止めて俺の顔をじっと見つめてきた。
「…………マックス、なんだよな?」
「もちろん。いや、本当に久しぶりだな。パスカル。正直、全然変わってなくて安心した。おっさんは2年くらいじゃ見た目が変わらないところが利点ってわけだな、はは」
パスカルは俺から恐る恐る果実を受けとり、されど俺の顔から目を離さず、警戒心を解こうとしない。
「マックス、お前……ずいぶん大人びたように見えるんだが……ちょっと立ってみてくれないか?」
スッと腰をあげ立ちあがると、パスカルは「成長期ってすげぇな……」とボソリと呟いた。
「いやいや、違うな。おっさんはこんな事聞きたいじゃないんだよ。とりあえず、いろんな苦労して老けちまったのは可哀想だと思っておくが……まずはここはどこだ?」
混乱した様子のパスカルへ、俺は簡単に今いる場所を教えるため彼を小屋の外へと連れだした。
「……夢じゃないのか」
小屋の外の獣たちの血で出来た池を見て、パスカルは深くため息をついた。
近くの木に腰掛けて、果実をかじり、パスカルは頭をかかえはじめる。
「それより、パスカル、いろいろ教えてくれよ! 俺ずっとジークタリアスに帰りたくてこれまで森で頑張ってきたんだからさ! また、いつパスカルが消えるかわからないし、手短にどんなイベントが起こったのか……いや、そんなのはどうでもいいや。マリーは、マリーは今どうしてるんだ?」
「待て待て、まくし立てるな! おっさんは今絶賛、頭のなか整理整頓中だから!」
パスカルは詰めよる俺を手で押さえ、険しい表情でひとつひとつ俺に質問をはじめた。
「まず、マックス、お前に言いたいのは……バカ野郎ってことだ」
「いきなり、なんだよそれ。意味がわからないぞ?」
「それはこっちのセリフだっての! なにいきなり前触れもなく自殺なんか敢行してんだよ、お前は! おかげでマリーのお嬢ちゃんが、どんだけ塞ぎ込んだと思ってんだ」
「マリーが? いや、だってマリーは俺に消えてほしくてパーティから追い出したんじゃ……」
「追い出す? マリーが、マックスをか? 普通に考えろ、ありえねぇだろが。なんだ、お前、柄にもなく酒でも飲んでんのか?」
パスカルは怪訝な眼差しで俺を見つめてくる。
ーーパチン
俺はポケットからくしゃくしゃになった、″除名用紙″をパスカルへと手渡した。
「それを年末のお祭りムードのギルド裏で、アインとオーウェンに渡されたんだ。『英雄クラン』は俺をもう必要としてないって……いや、正直、限界は感じてたんだけどさ。だって【英雄】【求道者】【施しの聖女】……で、俺が【運び屋】。釣り合いとれてないのなんて、わざわざ言うまでもなかったしな」
「お嬢ちゃんがマックスの除名に賛成した? 不自然なこったな。いや、おっさんまるでこの紙が信じられねぇんだけど。なんで、こんな紙切れ一枚で、お前は……マクスウェル・ダークエコーは諦めちまったんだ? お前が神殿騎士の兵舎でめちゃめちゃ剣練習しての、おっさん知ってるぜ?」
「……それ、マリーの字なんだ。俺はマリーの事を……その大切に思ってるから、どんな字を書くかくらいわかる」
「……筆跡? それ覚えてるのもちょっとキモいが、たしかにそれなら納得だな。うーん、だとしたらおっさんが見たお嬢ちゃんは何であんな反応をしてたんだ……?」
「マリーはどんな反応を?」
「めちゃくちゃに悲しんでたぜ、マックスがいなくなって、そのまま後を追って死んじまうんじゃないかってくらい落ち込んでたなぁ……いや、あんなに思われるなんて、おっさん羨ましくしてな。さっきのバカ野郎ってのはそう言う意味だ」
何で、マリーはそんな悲しんでくれたんだ?
彼女は俺がいなくなることを容認したというのに。
「ていうか、マックス、お前、除名用紙を渡されてそのままショックで崖飛び降りたのか?」
パスカルは果汁のついた指を舐めて、呑気に聞いてくる。
「いや、実はアインに突き落とされてさ。こうやってポンって感じで」
「…………え?」
パスカルが舌をだしたまま固まった。
「マリーにも見捨てられたし、もう死んじゃってもいいかなって思ったんだけどな、どうにも諦められなくてずっと森のなかで修行してたんだ。でも、いざ戻ろうとしたら、スキルで攻撃されてるらしくて″森″から出られなくなっちまってさ」
「…………マックス、ちょっと待て。もうちょっと詳しく話を合わせてみないか?」
俺の話を果物のおかずとして聞いていたパスカルは、果実を適当にほうって詰め寄ってきた。
俺は彼の言葉にしたがいいくつか話をしていくうちに、互いの認識の違いについて″大きな勘違い″があると気づいた。
互いに細かく事実を合わせてみはじめてみると、多くの驚愕の事態が判明したのだ。
まず、パスカルは、俺が自殺したとかいう事件について、詳しく教えてくれた。
どうやら、俺がアインとオーウェンに突き落とされた翌日、ジークタリアスでは俺の遺書が見つかり、そのまま自殺した人間として扱われたという。
その時、アインもオーウェンも俺が消えた事に無念を隠せないとばかりに悲しんでくれたとか。
話を聞くだけでムカムカしてきて、俺は自分が完全にハメられたのだと理解した。
「マックス、たぶんだが、おっさんは、マリーのお嬢ちゃんはパーティからの除名になんか同意してないと思うぜ? 全部はたぶん仕組まれてたんだ。いや、参ったなぁ、こりゃ酷どい話になりそうだぁ……まあ、ジークタリアスに戻って詳しく調べれば、すべては白日のもとにさらされるんだ。マックス、お前、さっさとジークタリアスに帰った方がいいぞ」
パスカルの言葉に俺は深くうなづく。
アイン、オーウェン、お前たちそこまでして俺のことをパーティから追い出したかったのかよ?
騙されていた悔しさ。
大切な人を利用された怒り。
2年前に乾いた感情は、また鮮やかに色を持ちはじめる。
「クソッ! 2年間ずっと勘違いしてたのか! マリーは俺のことを見捨てたって!」
頭に血がのぼり、激情に支配されておかしくなりそうだった。
思いきり、近くの木を殴りつける。
「ちょ、どぅわ!?」
「ぁ」
拳が生みだす衝撃力があたりの空気を吹き飛ばして、根っこに腰を下ろしていたバスカルも吹っ飛ばす。
へし折れた木が、土のうえを転がるパスカルのほうへ倒れだした。
目を見開き瞠目するパスカルの鼻先3センチで、俺は木を受けとめて、軽くもちあげ、パスカルが血の池に加わるのを阻止することに成功、危機一髪だ。
「ごめん、パスカル。ちょっとイラついてた」
「ぁ、あぅ、嘘だろ、マックス、お前そんなパワーどうやって身につけんだ……? さっきもそうだが、まさかお前が本当にグレイグの群れを倒した、のか?」
「グレイグ? あの6本足が生えてるやつか? とりあえず、そこにいた分は全部倒しておいたぞ」
ーーパチン
指を鳴らして、小屋の横に六足獣の遺骸の山を積みあげる。
「あ、がッ!? マジかよ……ッ!? ていうか、お前の〔収納〕ってそんな入ったの!? 前は何をポケットにしまうかでパーティ会議してたくらいじゃなかったかっ?!」
「ふふ、驚いたろ? まあ、2年間くらい本気で鍛えれば俺だってこんなこと出来るんだぜー?」
鼻高々にとても良い気分になる。
かつての弱さを知る者から、俺の努力がはじめて認められる快感は計り知れない。
もっと褒めて、もっと持ち上げてほしい。
「どんな鍛え方すれば、こんなに変わるってんだ…………ん、と言うか、おっさん今、2年間って聞こえたんだが?」
「もちろん。みっちり鍛えたんだ」
「そこじゃなくて…………マックス、今日が何年の何日くらいかわかるか?」
パスカルの不思議な質問に、俺は指を折って逆算していく。
「……3058年の春、くらい?」
「どんな時間音痴だ。56年の春だ。どこに冬が2回過ぎるスキがあったんだよ、アホ」
嘘だろ?
それじゃ、あの年末からまた数ヶ月しか経ってないじゃないか。
自分が過ごした辛く寒い冬。
ずっと、帰りたいと考えながら、いつか辿り着ける『限定の極致』を夢見てうち震えた長い、長い夜。
あれは幻などではなかった。
それなのに……俺の経験した時間はどこへいった?
「崖から落とされて、川に流されて、もう捨てられないように健気に頑張ってレベルアップして。いやな、おっさん涙が出てきそうだぜ。マックス、もういいんだ。帰ろうぜ。おっさんも早く帰りたいからよ。たぶん、絶対に死んでると思われてるからさ」
「なんで、パスカルまで死んでると思われてんだよ」
「まあ、いいからいいから、それは道中で話してやるよ」
パスカルは俺の肩に手をまわし、髪の毛をわしゃわしゃとかき乱してくる。
「とりあえず、マックス。一足先に言っておくぜ。よく頑張ったな。おかえりさん」
眼前のおっさんの温かい笑顔が、俺にはえらく眩しく見えていた。
俺はこの時、心の底から安心していた。
自分に負けなくてよかった、と。
俺は堪えきれない涙を隠して、ニヤニヤと嬉しそうに笑うおっさんとともに森のなかを歩きはじめた。
ジークタリアスへ帰ろう。
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