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第三章 蒼い青年
帰還の運び屋
しおりを挟むのぼれどのぼれど、川は続いている。
代わり映えしない風景。
けれど、ひとつだけ俺は変わった試行結果を得ていた。
「ふーん」
両手を後ろで組み、川のほとりに突き刺さった、大木を見上げる。
乱気流とかで撃ちだすのにちょうど良さそうじゃないか。
「これは、スキル開発のため、瞑想するまえに俺が打ち込んだ目印のはず。んで、目印を打った地点は、もう遥か川下にあるはず。つまり……」
俺はあごに手をあてて、ちょっと考える。
「……ふむ」
ゆっくりとまぶたを開けた。
「これは、ループ現象、か」
ループ現象。
いつの間にか、同じ場所、同じ場面を繰りかえし、繰りかえし経験する空間・時間に閉じ込められる恐ろしい現象だ。
これは川に沿ってジークタリアスに戻ろうとしてるから、起こっているのか。
はたまた、何か別の理由があるのか。
うーん、ループ現象に捕まるような事をした覚えはないが、いったいいつから俺はループしていたんだ?
冬景色のあの場所で、俺は1日10万回、感謝のスナップ・フィンガーを会得し、『限定の極致』に至ったはずだ。
だけれど、今、この森の感じはどう見ても冬ではない。
「春、だな。どこかで切り替わったのか」
うーん、わからない。
だが、もし仮に同じ場所をループしてるのならば、解決法があるような気はする。
ーーパチン
地面に新しい目印として、丸太を撃ちこむ。
「等間隔に印を打っていき、認識がごまかされるタイミングを暴く。何かが変わるはずだ」
俺は一番最初の丸太に、剣で「1」と刻み、2つ目には「2」と番号を刻むことにした。
では、どうなるか、試してみようか。
⌛︎⌛︎⌛︎
森のなか駆ける3人の若者。
絶賛、波に乗っている同郷パーティ『キリケリの刃』の三人衆だ。
彼らは、今、簡易拠点で出会った男に懇願され、落としたという物を探している最中だ。
「川のほとりにあるって、男のひとは言ってたし、たぶんこのあたりだな!」
ライト達は互いに顔を見合わせて、うなづき、『黒いロザリオ』を探しはじめた。
剣を片手に持ったまま、目を皿のようにして、川をくだっていく。
黙々と流れる時間。
やがて、嬉しそうな少女の声が聞こえた。
「見て見て、きっとあれね!」
白ローブをなびかせて、グウェンが何かに飛びついた。
ライトとボルディは彼女の背中を見つめる。
グウェンはゆっくり振りかえって、艶々とした漆黒のロザリオを空へと掲げた。
ついに目標を発見したらしい。
「やったね!」
「おぉ、流石は俺たちのグウェンだな!」
「僕も、見つけてたけど、グウェンが速くて……」
グウェンは悔しそうなボルディに、自慢げにロザリオを見せ「これが白魔術師のチカラっこと!」と、脈絡のない言葉で微笑ましいマウントをとりはじめた。
「ぁ」
ふと、ロザリオを掲げたまま、固まるグウェン。
ライトとボルディは、彼女の視線の先、森のなかから出てくる″赤い影″に注視する。
「ゴルゥウ」
「ぁ、だ、ぁ……うそ、やだ……」
ロザリオを取り落とし、腰をぬかすグウェン。
「『赫の獣』!?」
なんだ、ここに!
ここは安全圏のはずじゃないのか!
ライトは目を見張り、喉が乾いていくのを感じていた。
だが、リーダーとしてすぐにやるべき事があると、気を取り直して剣を構えた。
「ボルディ、カバーだ! グウェンを守るんだ!」
「ぅう! どうして、こんな所にグレイグがいるだよ!」
のっそり近づいてくるグレイグは、盾を構えるボルディにせまる。
そして、わずかに前足で彼の構える盾を押した。
「ぐぁッ!?」
生物としての設計が違いすぎる。
天地ほどに、差のある筋力に、ボルディはたまらず吹き飛はざれてしまった。
ライトは、何とかボルディの背中を受けとめた。
「っ、うわっ、速ッーー」
次の瞬間、目の前に迫っていたグレイグの、前足中足による、二重のなぎ払いが2人を襲った。
ボルディとライトは、がむしゃらに盾と剣を突きだし、なんとか受け止めようとする。
だが、踏ん張れるはずもなく、たやすく飛ばされて、それぞれ側頭部と、腕におおきな三本傷を受けてしまう。
「ァアア! いた、ぃ! ライト、痛い、よッ、ぁあ!」
頭を押さえて、涙をながすボルディが叫ぶ。
「ボルディ! しっかり、傷を押さえるんだ! ほら、霊薬を今すぐに……、ッ!」
ガラス瓶を持ちだし、友人の痛みをやわらげようしたかった。だな、ライトには出来なかった。糸が切れたように動けなくなってしまったからだ。
「ゴルゥウ」
「やめ、ろ……」
凶悪な大牙が覗く口が、
恐怖でかたまるグウェンの顔に近づいていく。
ライトは人生で初めて味わう、″喪失の恐怖″を骨身に教えこまれていた。
グレイグはおおきな前足で、グウェンの事を押し潰すような押さえる。
獣にとっては、捕食対象が動かないようにするための、ごく自然な行動だが、体格の差がそれではすまさない。
「いやだあァ! 痛い、痛い! 折れる、折れちゃうよォ……ッ! イヤァあ!」
じわりと赤く滲むローブ。
ポキポキっと音が鳴る。
グウェンは笑顔の絶えない顔を、涙で汚しながら獣の前足をどかそうとする。だが、どうにもならない。
これは無力と象徴だ。
「やめ、ろ! やめてくれぇえ!」
ライトは絶望に涙を流しながら、剣を手に走りだした。
だが、決して間に合わない。
自分が恐がっていたから、幼き日より、多くの時間をともにして、互いの想いあい、同じ場所にたどりつく未来を信じあった少女は、ここで死ぬのだ。
その運命は決してくつがえらない。
「ぁ、あああぅアァアア!」
叫び、もつれる足を強引に前へとだす。
ライトには、もう見えなくなっていた。
涙にあぶれる視界。
あるいは結末を拒否する精神の安全装置。
はたまた、冒険の終わりを悟らせない女神の采配か。
ーーパチン
だか、例えどれかのおかげだったとしても。
それとも全てのおかげだったとしても、すべての配慮は無意味となる。
運命とは、くつがえされる為に存在するのだ。
「うわッ!?」
ライトの顔の横を豪速で吹き飛んでいく肉塊。
抜ける風にさらわれて、涙が晴れて、視界がクリアになる。
そこには、ボロボロの革鎧を纏った男が立っていた。
腰に剣をさげ、全てが使い古された装備だ。
首から下げているメダルが指し示すのは、冒険者の最高峰″ドラゴン級冒険者″の証である、栄光の誇りによって、黄金に輝く『ドラゴンのコイン』だ。
強い意志を感じさせる深い紫紺の瞳。
闇にまぎれるための、漆黒の髪の毛はボサボサで長く、紐のようなもので総髪にされている。
まるで、山籠りから降りてきたような男は、持ちあげていた右手をおろして口を開いた。
「大丈夫か、少年」
ライトには、そう聞こえた。
⌛︎⌛︎⌛︎
ほとりに丸太を突き刺しながら、川をのぼっていたら、変化に出会った。
今まで代わり映えしない風景ばかりだった俺にとって、それは最高に嬉しい出会いだった。
なぜなら2年ぶりの人間を見つけたからだ。
「む」
だが、よろしくない事に魔物に襲われている。
俺は頭で判断するよりも早く、指を鳴らしていた。
直感的に、魔物の脇腹あたりにポケットを開いて、乱気流をたたきつける。
それだけで、魔物の表面の鱗はバキバキに割れて、全身の骨格を粉砕、内蔵を破壊し、血を吹かせて、その命を絶命させることができる。
「ァ、グ、……」
激突の衝撃に崩落した岩壁のまえで、欠損した体をさらして、死んでいく魔物を看取る。
なんか今、絶滅させた白い魔物の、赤バージョンみたいだったけど……よく見てなかったな。全身から出血したせいで赤いのか?
俺は、すこし首をひねって考えたが、1秒後にはどうでもよくなり、魔物の体をポケットへと回収した。
遠くからこちらを見てくる少年に駆け寄り、あぜんとする彼の顔を見る。
久方の人間だ、死んでくれるなよ!
「大丈夫か!? 少年! 怪我はないか? いや、それより、少女! 意識をしっかりしろ! ああ、まて、そっちの少年も重症じゃねぇか!」
やばい、この子たち、みんな下手したら死んでしまうほどの重症じゃないか。
あ、そうだ。
ーーパチン
ポケットから取りだしたるは、″緑の果実″。
「少年、別に変なことするわけじゃないからな」
「へ?」
一言断ってから、少女のローブと、その下のシャツを引き裂いて、傷口を露出させる。
少年は顔を真っ赤に染めて、顔を背けてくれた。
紳士なんだな、君は。
微笑ましいモノを尊びながら、俺は剣で緑の果実を2つに切り、握り絞って、その果汁を少女の肩の傷に垂らした。
ーージュゥゥ
「そ、それは?」
「森のなかで見つけた、治癒霊薬に似た成分をもつ果実だ。聖女様の霊薬とまではいかないが、大抵の怪我ならこれで何とかなる。俺が証人だ」
指が擦れて血塗れになったときは、この果実によく助けられたモノだ。
緑の果実による治癒を少年少女たちに、順番に施していき、それぞれを安心できるレベルまで回復させることに成功する。これで一安心か。
「少女はショックで気絶してるな。まあ、起きるまでここら辺で待っててもいいか」
ーーパチン
ポケットを開いて、築一年の傑作ログハウスを川のほとりに出現させてみる。
青空の下もいい。
だけど、住み慣れた家もいい。
せっかく持ってきたんだ。ここで休憩しよう。
「い、いや、なに自然とドア開けて、中でくつろいでるんですかぁあー!? ど、どういうことですか、これ!?」
「こ、小屋を一瞬で作りだすスキル! 多分、これほど特殊なスキルは、かなり珍しいよ!」
小屋の出現に、驚き、目を輝かせる少年たち。
ふふ、そんな喜んでもらえると、頑張って作った甲斐があったというものだな。
「さぁ、遠慮なく入っていいぞ。自然の素材をいかしたふわふわベッドがある」
俺は少年少女を歓迎する気満々で、ポケットのなかから何を取りだすか、思案する。
川を流れてきた不思議な物だったり、森の中で見つけた珍しい物は、たいていすぐポケットにしまってしまう主義なのだ。
時間経過しないしね、あの空間は。
「あ、あの、すみません!」
「ん? なんで謝るんだ?」
突然、かしこまった少年。
「実は、人を待たせてるんです。その人には、たぶん、もう時間がない。から、すぐに物を届けてあげないといけないんです」
背の高い少年は少女を背負う。
意志の強そうな、まっすぐな瞳をする少年は、落ちている黒いロザリオを拾う。
「助けてくれて、本当にありがとうございます。たくさん、お話したいんですけど、今は時間がなくて……その、えっと、ドラゴン級冒険者様なんですよね? でしたら、最前線の拠点で会いましょう! 食堂裏の資材置き場にいつもいます! 待ってますからね!」
尊敬の眼差しで見上げてくる2人の少年は、ペコリと頭をさげてダッシュで遠ざかっていく。
うーむ、何か勘違いされてるな。
というか、″最前線の拠点″だって?
なんだ、ソフレト共和神聖国はどこかと戦争をおっぱじめたのか?
「むう、やはり2年も経つと世の中変わるよなぁ……。にしても、あの少年たち、ギルドで下級クエスト消化しまくってた子たちによく似てたなぁ。年齢的にもうすこし成長してるはずだから、別人なんだろうけど……」
まあ、いい。
とりあえず、ジークタリアスへの手掛かりは掴めたんだ。
もし俺がループしてるとしても、その拠点とやらについて行けば、きっと街へ戻るための架け橋となってくれるに違いない。
俺は走りさっていく少年たちの後を追うことにした。
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