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第二章 赫の獣

ジークタリアス:遭遇する野性

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 ジークタリアスをアッパー街とボトム街に分離する、断絶の崖、その内側をほって造られたという唯一の通路『大螺旋階段だいらせんかいだん』の入り口で、マリーたち『英雄クラン』は見張りの衛士たちに止められていた。

「流石に聖女様をふくめた、あなたたちを『はい、そうですか』と通すわけには行きませんよ」

 衛士は困った顔で、詰めよる聖女をなだめる。

(融通の効かないやつだなー)

「そこをなんとか。マックスが生きてるかも知れないんです!」

 マリーは心中では悪態をつきながらも、決して表にはださない。なぜなら聖女だから。

「いいから、どけよ。この俺がいるんだぞ? ボトム街の犯罪組織がなんだって言うんだよ」
「うっ、【英雄】のアイン様に言われると、私も困ってしまいますよ……」

 アインは鼻を鳴らし、衛士を軽く押しのけて、オーウェンとマリー、デイジーを大螺旋階段へと手招きする。

 アインは強引だけど、こういう時は役に立つ。

 マリーはそう思いほくそ笑み「ごめんなさいね」と、片目をつむって可愛らしく謝った。
 しどろもどろする衛士が、視線を泳がせる。マリーに悪気がないぶん、その効果は絶大だったらしい。

「何だか面白いことになってるようだな」
「っ」

 大螺旋階段の下から、男の声が聞こえてきた。

 マリーの可憐さに敗北した衛士を、爽やかな笑顔でながめる、ひとりの紳士然とした若者が階段をあがって来ている。

 黒い革手袋をし、モノクルを掛けた知的そうな青年だ。

(ん、あの人は……)

 マリーは珍しい人物に会えたと、ちょっと感動していた。

「下へ降りたいのかな、マリー様御一行は」
「ええ、そうなんです、プラスミドさん。マックスを探しに行こうと思って」
「ほう、マックスをな。ふむ、なるほど、もしかしたらボトム街でまだ生きている、と。たしかに、何かしらのクッション材となりうる物の上に落ちたなら、生きている可能性はあるかもしれませんね」

 若い紳士ーープラスミドは、顎に手をそえて納得した様子でニコリとうなづいた。

 そんな、二人のやりとりを面白くない顔で見つめる男がひとり。

 アインの紅瞳と、プラスミドの朱色の眼が交差する。

 口を最初に開いたのは魔剣の担い手だ。

「なに見てんだよ、ヒョロ男。自分のパーティの手伝いもろくにしない、責任感のない風情が、生意気にガンつけてんじゃねぇよ」

 アインの一声に、大螺旋階段が凍りつく。

(ええー!? アイン、いきなり何言ってるの? なんで、アインはわざわざ喧嘩を売るようなこと言うんだろ……)

 マリーはため息をつき、言ってやったぜと、誇らしげにするアインの横顔をひどく冷たい目で見つめた。

 スキル強者、それは女神に与えられたスキルが強かっただけ、という相手の実力のすべてを運による物だとして蔑む、高級スキル保持者にたいする蔑称だ。

 そんな言葉を戦いに身を置く本人の前でいえば、たいていは血が流れるほどの喧嘩になる。

 しかし、プラスミドは涼しい笑顔を崩さなかった。
 むしろ、おかしくて仕方がないとばかりに笑いを堪えている。

「いや、ちょっと、面白くてな。。ああ、それと別にスキル強者だなんて、言われても今更特に言うことはない。うちの『氷結界魔術団』は、スキル強者のあつまりみたいなところは、まぁ、あるしな。ーーというか、アイン、それお前が言うの?」

 プラスミドは目を見開き、朱瞳に炎の煌めきを宿して、引きつった笑顔をつくる。

 はっきり言って、ちょっと怖い。

 と、マリーはやや引き気味だ。

「プラスミド・インフェルノ、言葉に気をつけろよ。次は、お得意の手品するまえに首を吹っ飛ばす」
「あぁそうかそうか。こわい、こわぃ」

 プラスミドはおどろおどろしく、のっそりと肩をすくめて、ゆっくりとアインの隣をぬける。

「ん、君は……」

 ふと、プラスミドはデイジーを見て立ち止まった。

「こんにちは、デイジーですよ! 覚えてますか、パーティ面接であたしのこと落としたの。あたし、すごく傷ついたんですからね!」
「ああ、覚えてる。俺が全力で反対して、うちのパーティに入れなかった。マリー様、この女は、アホなだけですけど、高い確率で不和を招きます。飛び火しないよう、気をつけてください」

 プラスミドは真面目な顔でマリーへ注意をうながし、そのまま階段をのぼりきって行ってしまった。

(不和を招く……か。プラスミドは頭の良い人だから、いろいろ見越した忠告ってことだよね)

 マリーは彼の言葉を頭の片隅にとめる。

「聖女様! あの変人の言うことなんて聞かないで、仲良くしてくださいね! あたし、聖女様の大ファンなんです! すごく可愛くて、キラキラしてて、お淑やかで……あーあ、あたしも聖女様みたいだったら、もっと楽に生きれたのかなーって」

 なかなか感に触ることを言う子だ、とマリーは眉がピクつくのを抑える。

 おそらく悪気はない
 アホ、不和を招く……そういうこと。

 マリーは納得して、ため息をついた。

 女子の勘と、プラスミドの助言。
 確信を二つ持って、デイジーとは程よい距離をとることを、マリーは心に決めた。


           ⌛︎⌛︎⌛︎


 ボトム街へ降りてきた。
 上と下ではずいぶんと違う様相の螺旋階段の番人たちに、マリーは驚きをかくせない。

 だが、それは向こうも同じこと。

 まさか、ボトム街に『英雄クラン』が、しかも聖女をつれてやってくるなど、ただ事じゃない。

 アインは目が合う人間すべてを睨みつけ、威嚇しながら。
 オーウェンは物色する好機の目線を、静かな眼光で撃ち落として進む。

 話の通じそうな人間にマックスの容姿の特徴を伝えて、可能なかぎりの情報を得る。

 しかし、マリーたちがどれだけ探そうと、有意な手がかりはつかめなかった。

 やがて、ボトム街の中央を流れるという大きな川を見に行くことなった。

「大きな川……崖から離れるように流れてるんだ」
「ふーん、あの段壁の地下からずっと流れてるんですかね。不思議な川ですねー」

 デイジーはずいっと身を乗りだし、河川の橋の上から真下をのぞいた。

「マックスさん、どこですかー?」

 デイジーが遠くへ聞こえるように、やけに大きな声で川に声をこだまさせた。

 すると声が帰ってくると同時に、ピリついた嫌な感触を得る。

「デイジー!」

 マリーは巻き髪少女を脇にかかえて、箸の手すりを飛びのいた。

 ーーメキィ!

 木製の橋が一部、きしんで弾け飛ぶ。

 橋の下方から現れたのは、赤い魔物。

 体長は5メートル超。デカイ。

 四足獣のようだが、前足と後ろ足の間に、もう一本前足が生えていて、合計4本も前脚と2本の後脚を持っている。

 生えそろう赤い毛並みは、硬そうな鱗の間から生えており、ゆらり、ゆらりと霧の街に蠢く。

 マリーはひと目見て、自分の剣の腕では太刀打ちできない、強力な魔物だと感知、デイジーを抱えて、すり足で前へでるオーウェンの背後に隠れた。

「ボトム街のなかに魔物だと!? ヤバイ場所だとは、聞いてたが、まさか、魔物が出るほどだとはな。だが、悪くない。俺の引きたて役ご苦労。良いタイミングだぜ」

 橋を完全に登りきり、赤い魔物が鼻をならして、眼前の獲物の様子をうかがう。

 マリーが腰にかかえるデイジーは、泡をふいてすでに気絶済み。

(ある意味、手がかからなくてよかった)

 マリーがすこし酷いことを考えると、アインは魔剣をまっすぐ構えて突撃した。

「良いとこ見せてやる。俺に惚れろ、マリー!」

(また意味わかんないこと言ってる……)

 ひどく冷たい目で、アインの背中を見守るマリーとオーウェン。

「ゴルゥゥゥ」

 威嚇する獣の鳴き声。

「っ!?」

 赤い軌跡をのこして、搔き消える残像に打たれて、アインが豪速で吹き飛んでいく。

「ぁ、グホぉ、ぁあ、」

「嘘……アインが……」

 アインの体は、血の弧をえがき、得物の魔剣を取り落として、建物の壁に激突、地面に血を撒き散らして動かなくなってしまった。

「ぁ、が、ま、マリィ、はやく、かいふ、く、しろ……ッ、まり、ぃ……ッ」

 腹から内臓がこぼれないように押さえるアインの姿をまっすく見ため、マリーは冷静になり、「まだ耐えられる」と分析。

 回復係である、自分がここでダウンさせられないように、オーウェンのそばを離れない。

「それでいい」

 つぶやく、オーウェン。

 赤い魔物と睨みあい、腰の刀に手をかける。

 明鏡止水、静かな蒼い眼光は魔物をとらえている。

「スゥ……」
「ゴルゥゥゥウ」

 細く長く息を吐き、睨み合う両者。

「ゴルゥアッ!」

 跳びかかる赤い死の大牙。

 迎え討つは、鋼の刃。

 獣の発光する瞳がのこす輝線きせんへ、抜刀ばっとう一閃いっせん

 蒼瞳の剣豪は、人とは比較にならない質量のタックルを、巧みな剣さばきでそらして、背後の2人を守らぬいた。

「チッ、入らなかったか」

 赤い魔物の眼球を裂くつもりだったオーウェンは、不満そうに声をもらす。

 視覚を奪うべく刃がはしったのは、眼球のわずかに下だった。
 赤い魔物の頬の鱗から血が流れてでいるばかりで、目の光を奪えたわけではない。

 しかし、威嚇には十分だったようだ。
 赤い魔物はオーウェンを恐れたのか、はたまた命の取りあいをする気がなかったのか、素早い動きであっという間に向こうへと行ってしまう。

「速いな、あれは追えない」

 オーウェンは刀を鞘に戻して、「回復を」とマリーへ一言。

 マリーは痙攣する、重傷の男のもとへ駆け寄った。
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