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第十三節 銀狼騎士団・始動編

第231幕 迫りくる者たち

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 次にノックの音が聞こえてきた時にガルディンと同じように暗号のやり取りをしたのだけれど……声がジェズとは違っていた。
 ガルディンとはそんなに何度も言葉を交わしたわけじゃないけど、ジェズはそれなりに話もしたことがあるし、彼の声はある程度覚えてる。

 確かに男の声だけれども明らかに違う性質のものだった。

「……お前、何者だ?」
「グレファ、開けてくれ」

 警戒心を顕にした俺が改めて扉の向こうの人物に聞き返すと、ガルディンが開けてくれとこちらを促してきた。
 少しの間どうしようかと悩んでいたけど、結局『探索』の魔方陣を発動して、周囲に変化がないことを確認して扉を開けた。

 そこにいたのは俺より一回りは小さいだろう明るい茶色の髪の男が立っていた。
 どこかで見たことがあるその緑の目を見て、俺はようやく彼が誰なのか思い出した。

「貴方は……」
「……申し訳ないが、先に中に入れてもらえないだろうか?」

 思わずその場で名前を言いそうになった俺を、やんわりとした口調で制し、中に入ってきた。
 彼とはあまり接点がないが、訓練の時には共になることが度々あった。

 確か――レング・フォーマティだったはずだ。
 俺たちと合流する予定だったジェズは姿を見せず、レングがここにやってきた……。
 これは少し嫌な予感がする。

「それで、どうして貴方がここに?」

 部屋の扉を閉め、改めてレングへと向き直った俺は、まずそれを聞くことにした。
 すると彼はどこか言い淀むように考えながら……頭の中で物事を整理するように答えてくれた。

「ここであまり大きな声で言わないでくれよ? 実は……ジパーニグとアリッカルの方面から軍と思われる者たちの侵攻が確認された」
「なっ……!」

 レングのその言葉に思わずあぜんとなってしまった。
 それと同時に今までの情報収集の大半が無駄になってしまった事を悟る。
 今イギランスの情報を持ち帰ったとしても、確かめる時間もなければ行動することさえ間違えている。

 先手を取る為に動いたつもりが、完全に後手に回ってしまった。

「……宣戦布告は?」
「いいや。だが、連中は銃を携帯している。
 僕がイギランスに向けて出立した時には、まだ断定出来たわけではないけど……」

 だが、ある程度まとまった集団がグランセストに向かって行っている。
 その事実は確かであり、人の国が兵士以外の者をこちらに向かわせるのにそんな大掛かりをするとは考え難い。
 兵士たちであることはほとんど確定ではあるが、まだ敵対行動を起こしたわけではないということか。
 それだったら……ちょっとまずいかもしれない。

「その情報は何日前のだ?」
「……十日前です」
「なんだと!? そんなに前から……!」

 グランセストの首都からイギランスの首都近辺であるここに来るのには、馬車を使っても四日以上は掛かる。
 つまり、これは――

「俺たちがイギランスに向かうことを知って侵攻してくるには随分と早い。
 恐らく、かなり前から周到に計画されていたことだろう」

 だからヘンリーは俺に話しかけて時間稼ぎしてきたのか? という考えが頭の中に浮かんだが、すぐにそう考えるのはやめることにした。
 あそこでわざわざ時間稼ぎする理由がわからないからだ。

 俺がイギランスにいる限り、アリッカルやジパーニグのことを知ることが出来る可能性はかなり低い。
 それこそ旅行者か行商人からの噂が広まっていかなければわからないままだっただろう。
 イギランスに引き止めるためなら、わざわざあそこで話し合う必要はない。

 俺だったら敵がこちらの目的に気づいたであろう時を見計らって接触するからだ。
 戦えないにしても妨害することは出来るからな。ということは……この情報はヘンリーでも知らなかった、ということだろう。

「……ジェズは?」
「彼は結構目立ってましたのですぐにわかりました。合流予定の宿を教えてもらった後、すぐに行ってしまいましたので……今頃は国境辺りにいるのではないでしょうか」

 予想はしていたが、やはり一足先にグランセストへ戻っていたか。
 なら、俺たちもグズグズしている場合じゃないだろう。

「俺たちもジェズの後を追ったほうが良いだろう」
「……そうだな」
「気持ちはわかりますが、今すぐに走っても追いつくことは出来ないでしょう。
 なら、万全の状態で我らが女王陛下の元に駆けつけることこそが最善なのでは?」
「……しかし、そうしている間にもグランセストは戦火に包まれているかもしれない」

 焦らず、冷静に向かうべきだと主張するレングと一刻も早く向かうべきだと主張するガルディン。
 二人は睨みながら自分の主張を曲げること無く相手を睨んでいた。
 そういうことする時間すら今は惜しいだろうに……。

「わかった。なら俺が先に行く。二人は無理をせずに焦らず来て欲しい」

 二人の案を取り入れた形を提案したのだけれど、やはり『新人が何を言っている?』という視線を向けられてしまった。
 だが、ここで引くわけにもいかない。

「レングの言うことも、ガルディンの主張ももっともだ。だからこそ、俺が先行して我らが女王陛下をお助けに向かい、貴方がた二人は力を蓄えながらグランセストへと向かう……その方がいいと思った」
「……しかし、お前一人が行っても意味がなかろう?」
「例えそうであっても、ここでいつまでも互いの主張を通そうとするよりはずっとマシだ。
 俺が死んだとしたら、それはそこまでの運命だったってわけさ」

 ちょっと自分でも格好つけて言ってしまったが、正直人の国の兵士たちがいくら集まったところで、俺がやられるようなことはないと思う。
 だからこそここまで強気に言えるんだろうけどな。

 俺の言葉を冷静に考えるように黙りこくった二人は、互いに視線を交わしながら思案しているようだった。
 長い夜。これが明ける前に結論を出してくれれば、それでいいさ。

 さて、二人が悩んでる間にちょっと休むか。
 どうするか決まったら、そう行動する。それだけは胸に秘めて……先に眠ることにした。
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