上 下
229 / 415
第十二節 人の国・裏の世界 セイル編

第215幕 相容れぬ皇帝

しおりを挟む
「どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だ。人というのは争わずにはいられない。
 平和だなんだと謳いながら、力を持てば振るわずにはいられない。
 勇者と呼ばれる者にも自らの欲求のままに動くものがいたであろう?」

 それはカーターや司の事を言っているのだろう。
 ヘルガは……なんとなく違う気がする。
 ルーシーやくずはなんかもそういうのじゃないし、武龍ウーロンとヘンリーは勇者会合以来会ったことがないからわからないしな。

「だけど、それはごく一部の人たちでしょう?
 人も魔人も含めて大部分が何かを我慢して生きているはずです」
「そのごく一部が人という種を死に追いやる。
 例えば、あらゆる猛者たちがその一部だとすれば……どうなると思う?」
「それは……」

 ――それは多分、その人たち次第で世界は荒れるんじゃないかと思う。

 そこまではっきりと言葉にしなかったけど、皇帝は俺が到達した答えを察したようで口角だけ少し釣り上げて冷たい笑みを浮かべる。

「強き者が争いを求めれば、世界はその通りに動く。
 ほんの一握りの者たちが初めた戦いは広がり、村を町を……最後には国を焼き尽くす戦争になる。
 少数は多数になり、一部は全てになる。人を含め、生物とは戦うために生きているのだ」
「そんなの極論に過ぎない!」
「いいや、この世の理だ。
 だからこそ、統率する者が必要なのだよ。
 欲に囚われた者たちが現れぬよう、真に知性を宿した我らが管理してこそ、世界は恒久の平和を紡いでゆく」

 思わず声を荒げた俺に対して冷たい目を向ける皇帝は、愚かな者を見ているかのようだった。
 確かに皇帝の言いたいこともわかる。なんとなくだけど。

 だけど、それは彼の驕りだ。

「恒久の平和? 争いを意図的に引き起こしておいて一体何を……!」
「結果的にそれだけで済んでいるであろう? 我らが管理しなければ、人と魔人の争いはもっと悲惨に……凄惨になっていただろう」
「だけどそれは、元々ラグズエルが……!」
「そのとおりだ。しかし、こうも考えられないか?
 我らがラグズエルを管理しているからこそ、この程度で済んでいるのだと」

 俺が反論をすれば、皇帝が更にそれを封じるように言葉を重ねてくる。
 だけどそれに対して俺はなにかを言うことが出来ずにいた。

 間違ってる。
 そんなのは間違ってるんだって心の奥底から叫ぶような感情が流れ込んできても、皇帝にどう伝えていいのかわからない。

 それは彼が他の誰とも違う確固たる地位とはっきりとした自身を持っているからだろう。
 考え、思想……それら全てをひっくるめて自分という確かな意志を備えているから、それだけ強気に言い切れる。

 俺は……どうなんだろうか?
 自分のことだって満足に出来ない。未だに後悔してばかりだ。
 ああやれば、こうやれば……色々と考える夜だってある。

 だけど、それが当然なんじゃないか?
 悔やんで間違って……それでもより良い未来へ進むのが人ってもんじゃないのか?

 考えれば考えるだけ、わけがわからなくなる。

「でも……」
「スパルナ?」
「でもそれって皇帝陛下の考えだよね? 他の人の気持ちはいいの?
 ……ぼくたちの想いは、どうなるの?」

 それは純粋な問いかけ。
 スパルナは幼少の頃から実験材料として扱われ、右腕に複数の魔方陣を刻まれた挙げ句に生命を失うところだった。
 俺が現れなければ間違いなく散っていた彼は……さきほどまで怯えていたのを振り払うかのように強い意志の目を皇帝に向けていた。

「想いや願いで何が変わる? 必要なのは信念だ。
 上の者が正義であり悪でなければならない。どちらにも振れているからこそ物事をありのまま見ることが出来るのだ」

 必死に絞り出したのであろうスパルナの問いは、皇帝の心には一切届かなかった。
 それ以上の言葉で押し潰されて……彼は悲しそうに黙ってしまった。

「……皇帝陛下」

 その姿を見て、俺はようやく結論を出した。
 皇帝の考えなんかわからないし、わかりたくもない。

 確かに誰かがしっかりと管理すれば争いは少しで済むのかもしれない。
 思うままに行動してしまったら、もっと酷い争いが起こるのかもしれない。

 だけど――

「貴方の考え方はわかりました。俺やスパルナのような平民や農民の出の者には及びもつかないでしょう」
「お兄ちゃん……」

 スパルナは驚いたような顔で俺を見ていた。
 彼の中で俺は、こういうのには反対すると思っていたのだろう。
 だからこそ肯定するような言葉に驚いているようだった。

 対する皇帝は……俺の考えを読めてるかのような目をしていた。
 鋭く冷たい、剣のような視線。本当にそれでいいのか? と重圧を与えてきているようだった。

「だけど、貴方のそれは『生きている』とは言えません。
 家畜のように『飼われている』だけです。
 俺は……そんな生き方は嫌だ」
「お兄ちゃん!」

 スパルナが嬉しそうな声を上げている中、皇帝の事をまっすぐ睨みながら今後の対策を練る。
 彼の庭のような場所にいる以上、逃げるのはかなり困難だろう。

 だけど今はっきりと皇帝に叩きつけてしまったんだ。
 ここに留まることの方が危険なことに間違いはないだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...