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第十二節 人の国・裏の世界 セイル編
第215幕 相容れぬ皇帝
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「どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だ。人というのは争わずにはいられない。
平和だなんだと謳いながら、力を持てば振るわずにはいられない。
勇者と呼ばれる者にも自らの欲求のままに動くものがいたであろう?」
それはカーターや司の事を言っているのだろう。
ヘルガは……なんとなく違う気がする。
ルーシーやくずはなんかもそういうのじゃないし、武龍とヘンリーは勇者会合以来会ったことがないからわからないしな。
「だけど、それはごく一部の人たちでしょう?
人も魔人も含めて大部分が何かを我慢して生きているはずです」
「そのごく一部が人という種を死に追いやる。
例えば、あらゆる猛者たちがその一部だとすれば……どうなると思う?」
「それは……」
――それは多分、その人たち次第で世界は荒れるんじゃないかと思う。
そこまではっきりと言葉にしなかったけど、皇帝は俺が到達した答えを察したようで口角だけ少し釣り上げて冷たい笑みを浮かべる。
「強き者が争いを求めれば、世界はその通りに動く。
ほんの一握りの者たちが初めた戦いは広がり、村を町を……最後には国を焼き尽くす戦争になる。
少数は多数になり、一部は全てになる。人を含め、生物とは戦うために生きているのだ」
「そんなの極論に過ぎない!」
「いいや、この世の理だ。
だからこそ、統率する者が必要なのだよ。
欲に囚われた者たちが現れぬよう、真に知性を宿した我らが管理してこそ、世界は恒久の平和を紡いでゆく」
思わず声を荒げた俺に対して冷たい目を向ける皇帝は、愚かな者を見ているかのようだった。
確かに皇帝の言いたいこともわかる。なんとなくだけど。
だけど、それは彼の驕りだ。
「恒久の平和? 争いを意図的に引き起こしておいて一体何を……!」
「結果的にそれだけで済んでいるであろう? 我らが管理しなければ、人と魔人の争いはもっと悲惨に……凄惨になっていただろう」
「だけどそれは、元々ラグズエルが……!」
「そのとおりだ。しかし、こうも考えられないか?
我らがラグズエルを管理しているからこそ、この程度で済んでいるのだと」
俺が反論をすれば、皇帝が更にそれを封じるように言葉を重ねてくる。
だけどそれに対して俺はなにかを言うことが出来ずにいた。
間違ってる。
そんなのは間違ってるんだって心の奥底から叫ぶような感情が流れ込んできても、皇帝にどう伝えていいのかわからない。
それは彼が他の誰とも違う確固たる地位とはっきりとした自身を持っているからだろう。
考え、思想……それら全てをひっくるめて自分という確かな意志を備えているから、それだけ強気に言い切れる。
俺は……どうなんだろうか?
自分のことだって満足に出来ない。未だに後悔してばかりだ。
ああやれば、こうやれば……色々と考える夜だってある。
だけど、それが当然なんじゃないか?
悔やんで間違って……それでもより良い未来へ進むのが人ってもんじゃないのか?
考えれば考えるだけ、わけがわからなくなる。
「でも……」
「スパルナ?」
「でもそれって皇帝陛下の考えだよね? 他の人の気持ちはいいの?
……ぼくたちの想いは、どうなるの?」
それは純粋な問いかけ。
スパルナは幼少の頃から実験材料として扱われ、右腕に複数の魔方陣を刻まれた挙げ句に生命を失うところだった。
俺が現れなければ間違いなく散っていた彼は……さきほどまで怯えていたのを振り払うかのように強い意志の目を皇帝に向けていた。
「想いや願いで何が変わる? 必要なのは信念だ。
上の者が正義であり悪でなければならない。どちらにも振れているからこそ物事をありのまま見ることが出来るのだ」
必死に絞り出したのであろうスパルナの問いは、皇帝の心には一切届かなかった。
それ以上の言葉で押し潰されて……彼は悲しそうに黙ってしまった。
「……皇帝陛下」
その姿を見て、俺はようやく結論を出した。
皇帝の考えなんかわからないし、わかりたくもない。
確かに誰かがしっかりと管理すれば争いは少しで済むのかもしれない。
思うままに行動してしまったら、もっと酷い争いが起こるのかもしれない。
だけど――
「貴方の考え方はわかりました。俺やスパルナのような平民や農民の出の者には及びもつかないでしょう」
「お兄ちゃん……」
スパルナは驚いたような顔で俺を見ていた。
彼の中で俺は、こういうのには反対すると思っていたのだろう。
だからこそ肯定するような言葉に驚いているようだった。
対する皇帝は……俺の考えを読めてるかのような目をしていた。
鋭く冷たい、剣のような視線。本当にそれでいいのか? と重圧を与えてきているようだった。
「だけど、貴方のそれは『生きている』とは言えません。
家畜のように『飼われている』だけです。
俺は……そんな生き方は嫌だ」
「お兄ちゃん!」
スパルナが嬉しそうな声を上げている中、皇帝の事をまっすぐ睨みながら今後の対策を練る。
彼の庭のような場所にいる以上、逃げるのはかなり困難だろう。
だけど今はっきりと皇帝に叩きつけてしまったんだ。
ここに留まることの方が危険なことに間違いはないだろう。
「言葉通りの意味だ。人というのは争わずにはいられない。
平和だなんだと謳いながら、力を持てば振るわずにはいられない。
勇者と呼ばれる者にも自らの欲求のままに動くものがいたであろう?」
それはカーターや司の事を言っているのだろう。
ヘルガは……なんとなく違う気がする。
ルーシーやくずはなんかもそういうのじゃないし、武龍とヘンリーは勇者会合以来会ったことがないからわからないしな。
「だけど、それはごく一部の人たちでしょう?
人も魔人も含めて大部分が何かを我慢して生きているはずです」
「そのごく一部が人という種を死に追いやる。
例えば、あらゆる猛者たちがその一部だとすれば……どうなると思う?」
「それは……」
――それは多分、その人たち次第で世界は荒れるんじゃないかと思う。
そこまではっきりと言葉にしなかったけど、皇帝は俺が到達した答えを察したようで口角だけ少し釣り上げて冷たい笑みを浮かべる。
「強き者が争いを求めれば、世界はその通りに動く。
ほんの一握りの者たちが初めた戦いは広がり、村を町を……最後には国を焼き尽くす戦争になる。
少数は多数になり、一部は全てになる。人を含め、生物とは戦うために生きているのだ」
「そんなの極論に過ぎない!」
「いいや、この世の理だ。
だからこそ、統率する者が必要なのだよ。
欲に囚われた者たちが現れぬよう、真に知性を宿した我らが管理してこそ、世界は恒久の平和を紡いでゆく」
思わず声を荒げた俺に対して冷たい目を向ける皇帝は、愚かな者を見ているかのようだった。
確かに皇帝の言いたいこともわかる。なんとなくだけど。
だけど、それは彼の驕りだ。
「恒久の平和? 争いを意図的に引き起こしておいて一体何を……!」
「結果的にそれだけで済んでいるであろう? 我らが管理しなければ、人と魔人の争いはもっと悲惨に……凄惨になっていただろう」
「だけどそれは、元々ラグズエルが……!」
「そのとおりだ。しかし、こうも考えられないか?
我らがラグズエルを管理しているからこそ、この程度で済んでいるのだと」
俺が反論をすれば、皇帝が更にそれを封じるように言葉を重ねてくる。
だけどそれに対して俺はなにかを言うことが出来ずにいた。
間違ってる。
そんなのは間違ってるんだって心の奥底から叫ぶような感情が流れ込んできても、皇帝にどう伝えていいのかわからない。
それは彼が他の誰とも違う確固たる地位とはっきりとした自身を持っているからだろう。
考え、思想……それら全てをひっくるめて自分という確かな意志を備えているから、それだけ強気に言い切れる。
俺は……どうなんだろうか?
自分のことだって満足に出来ない。未だに後悔してばかりだ。
ああやれば、こうやれば……色々と考える夜だってある。
だけど、それが当然なんじゃないか?
悔やんで間違って……それでもより良い未来へ進むのが人ってもんじゃないのか?
考えれば考えるだけ、わけがわからなくなる。
「でも……」
「スパルナ?」
「でもそれって皇帝陛下の考えだよね? 他の人の気持ちはいいの?
……ぼくたちの想いは、どうなるの?」
それは純粋な問いかけ。
スパルナは幼少の頃から実験材料として扱われ、右腕に複数の魔方陣を刻まれた挙げ句に生命を失うところだった。
俺が現れなければ間違いなく散っていた彼は……さきほどまで怯えていたのを振り払うかのように強い意志の目を皇帝に向けていた。
「想いや願いで何が変わる? 必要なのは信念だ。
上の者が正義であり悪でなければならない。どちらにも振れているからこそ物事をありのまま見ることが出来るのだ」
必死に絞り出したのであろうスパルナの問いは、皇帝の心には一切届かなかった。
それ以上の言葉で押し潰されて……彼は悲しそうに黙ってしまった。
「……皇帝陛下」
その姿を見て、俺はようやく結論を出した。
皇帝の考えなんかわからないし、わかりたくもない。
確かに誰かがしっかりと管理すれば争いは少しで済むのかもしれない。
思うままに行動してしまったら、もっと酷い争いが起こるのかもしれない。
だけど――
「貴方の考え方はわかりました。俺やスパルナのような平民や農民の出の者には及びもつかないでしょう」
「お兄ちゃん……」
スパルナは驚いたような顔で俺を見ていた。
彼の中で俺は、こういうのには反対すると思っていたのだろう。
だからこそ肯定するような言葉に驚いているようだった。
対する皇帝は……俺の考えを読めてるかのような目をしていた。
鋭く冷たい、剣のような視線。本当にそれでいいのか? と重圧を与えてきているようだった。
「だけど、貴方のそれは『生きている』とは言えません。
家畜のように『飼われている』だけです。
俺は……そんな生き方は嫌だ」
「お兄ちゃん!」
スパルナが嬉しそうな声を上げている中、皇帝の事をまっすぐ睨みながら今後の対策を練る。
彼の庭のような場所にいる以上、逃げるのはかなり困難だろう。
だけど今はっきりと皇帝に叩きつけてしまったんだ。
ここに留まることの方が危険なことに間違いはないだろう。
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