169 / 415
第八節 ヒュルマの国・動乱編
第163幕 謀られ、残されたもの
しおりを挟む
俺は戦闘状態を解いて、後ろ頭を掻きながらエセルカの方に近寄っていく。
相変わらず彼女はどこか熱っぽい目でこちらを見つめてきていて……なんともやりづらい感じがする。
「エセルカ、とりあえずここを離れるぞ」
「……くすくすっ、いいの? 私の事、おかしいって気づいてるんでしょ?
グレリアくんなら、元に戻せるんじゃないかな?」
エセルカは挑発的な笑みをこちらに向けて、にんまりと微笑んでくる。
こいつ……俺がその手を取る事が出来ないことをわかっていてわざと言ってきている。
司がエセルカに異様な執着を見せていたのを、俺は知っている。
彼女の服を千切って押し倒していたのは、他ならぬあいつだったからだ。
それを、ヘンリーはアリッカルからジパーニグまで付き添ってきた……とそう言っていた。
それならば、あいつがエセルカに何もしないなんてあり得ない。
わざわざヘンリーがそれを言ってきた理由は……恐らく、俺が何らかの方法でエセルカを元に戻すであろう可能性を考慮したからこそ、だろう。
記憶を弄ったり、性格を変えたりしても、俺がそれを治してしまえば何ら意味がない。
ヘルガとの戦いでそういう事態も十分に考えられたのだろう。
あいつは俺たちの戦いをエセルカと一緒に外で眺めていただけだからな。
そして……それは毒のようにじわじわと効いてきている。
今まで戦闘と、彼女を元に戻す事にだけ思考を寄らせていたが、仮にここでエセルカを元に戻したら?
記憶が弄られてるとしたら、間違いなく司となにかあった事を思い出してしまうだろう。
俺と会った時の記憶が書き換えられていたシエラが存在する以上、無いとは言い切れないし、司の性格を考えれば、それはより一層濃くなってしまう。
「ふふっ、ね、どうしたの?」
「……なんでもない。行くぞ」
「……うんっ!」
結局、俺はエセルカを元に戻さないことを選んだ。
シエラと同じで……下手なことをしてしまえばエセルカ自身を傷つけてしまうことになる。
それでは、なんの為にここまで彼女を追ってきたのかわからないというものだ。
幸い、エセルカは俺の言う事なら聞いてくれるようだし、何かあるなら俺が止めてやればいい。
もし嫌な過去、思い出したくないものがあるとするならば……それはきっとそのまま封印した方がいいのだろう。
「ねね、グレリアくん、どこ行くの?」
「そうだな……とりあえずお前も一緒に魔人の訓練学校に来い。
セイルやくずはも、お前の事を心配している」
「……それはどうかな?」
エセルカは嬉しそうに俺の右腕に抱きつきながら、どこか不穏な声で疑問を投げかけてくる。
「だって、セイルくんはくずはちゃんのことの方が大事だから……だからあの時、私を見捨てて二人で逃げちゃったんだよ」
「エセルカ、それは――」
「いいの」
俺がエセルカのそのネガティブな思考を改めさせようと声を上げる……んだけどれど、彼女はそれを遮って、首を横に振った後、俺の腕に抱きつく力を強めてきた。
「結局、来てくれたのはグレリアくんだけだもん。
君が側にいてくれたら、私はそれでいいよ。
グレリアくんは……私を独りにしないよね? ……ネ?」
それは遠くを見るような……どこか虚ろな目でのぼせる程熱い視線をこちらに向けてきている。
抱きついているその腕は、しがみついているようにも見え、必死に『行かないで欲しい』と訴えかけてきているようにも見えた。
だからこそ残された左腕でそっと頭を撫でて、笑ってやる。
「馬鹿な事考えるな。誰もお前を独りにしない」
「……本当?」
「ああ、だからそんな顔するな」
「うん!」
エセルカは心底嬉しそうに俺の右腕を抱きながら軽く飛び跳ねている。
全く……こういうところは以前の彼女のままというわけか。
……そういえば久しぶりに会ったせいで今まで気付かなかったが、少し背が伸びているようだ。
それでも俺たちの年代から考えたら小さい方なのは間違いないが。
「ね、グレリアくん」
「……どうした?」
「その学校に行くのは良いけど……今からすぐ行くのはちょっと早すぎじゃない?
ここか、近くの町で一度ゆっくり休んでから行ったほうがいいんじゃないかな」
エセルカの提案に言われてみれば……と納得するところもある。
ただ、これだけの大立ち回りをした後。
それにここは敵の本拠地のような場所だ。
あまり長居するべきではないだろう。
……エセルカを置いて、一人でこの国の中枢を叩きに行くという方法もある。
が、それをすれば多かれ少なかれ、ジパーニグに混乱を巻き起こす事になるだろう。
それは俺の本意とするところじゃない。
仕方ない、首都で休むわけにはいかない以上、付近の村に行くことにしようか。
「よし、じゃあ近くの村で休んでからグランセストに向かおう。
それでいいな?」
「はーいっ!」
元気に片手をあげたエセルカにため息をつきつつも、彼女を抱えて身体強化の魔方陣で一気に近場の村まで行くことにした。
彼女も魔方陣を使えるのだから、一緒に走るのがいいのだけれど……今の調子だとそうする為の説得も一苦労だろう。
……やれやれ、とんだ苦労を抱えてしまったな。
だが、俺は後悔しないだろう。
例え、全てを元に戻すことが出来なくても……これ以上、エセルカになにかされる前に助け出すことが出来たのだから――
相変わらず彼女はどこか熱っぽい目でこちらを見つめてきていて……なんともやりづらい感じがする。
「エセルカ、とりあえずここを離れるぞ」
「……くすくすっ、いいの? 私の事、おかしいって気づいてるんでしょ?
グレリアくんなら、元に戻せるんじゃないかな?」
エセルカは挑発的な笑みをこちらに向けて、にんまりと微笑んでくる。
こいつ……俺がその手を取る事が出来ないことをわかっていてわざと言ってきている。
司がエセルカに異様な執着を見せていたのを、俺は知っている。
彼女の服を千切って押し倒していたのは、他ならぬあいつだったからだ。
それを、ヘンリーはアリッカルからジパーニグまで付き添ってきた……とそう言っていた。
それならば、あいつがエセルカに何もしないなんてあり得ない。
わざわざヘンリーがそれを言ってきた理由は……恐らく、俺が何らかの方法でエセルカを元に戻すであろう可能性を考慮したからこそ、だろう。
記憶を弄ったり、性格を変えたりしても、俺がそれを治してしまえば何ら意味がない。
ヘルガとの戦いでそういう事態も十分に考えられたのだろう。
あいつは俺たちの戦いをエセルカと一緒に外で眺めていただけだからな。
そして……それは毒のようにじわじわと効いてきている。
今まで戦闘と、彼女を元に戻す事にだけ思考を寄らせていたが、仮にここでエセルカを元に戻したら?
記憶が弄られてるとしたら、間違いなく司となにかあった事を思い出してしまうだろう。
俺と会った時の記憶が書き換えられていたシエラが存在する以上、無いとは言い切れないし、司の性格を考えれば、それはより一層濃くなってしまう。
「ふふっ、ね、どうしたの?」
「……なんでもない。行くぞ」
「……うんっ!」
結局、俺はエセルカを元に戻さないことを選んだ。
シエラと同じで……下手なことをしてしまえばエセルカ自身を傷つけてしまうことになる。
それでは、なんの為にここまで彼女を追ってきたのかわからないというものだ。
幸い、エセルカは俺の言う事なら聞いてくれるようだし、何かあるなら俺が止めてやればいい。
もし嫌な過去、思い出したくないものがあるとするならば……それはきっとそのまま封印した方がいいのだろう。
「ねね、グレリアくん、どこ行くの?」
「そうだな……とりあえずお前も一緒に魔人の訓練学校に来い。
セイルやくずはも、お前の事を心配している」
「……それはどうかな?」
エセルカは嬉しそうに俺の右腕に抱きつきながら、どこか不穏な声で疑問を投げかけてくる。
「だって、セイルくんはくずはちゃんのことの方が大事だから……だからあの時、私を見捨てて二人で逃げちゃったんだよ」
「エセルカ、それは――」
「いいの」
俺がエセルカのそのネガティブな思考を改めさせようと声を上げる……んだけどれど、彼女はそれを遮って、首を横に振った後、俺の腕に抱きつく力を強めてきた。
「結局、来てくれたのはグレリアくんだけだもん。
君が側にいてくれたら、私はそれでいいよ。
グレリアくんは……私を独りにしないよね? ……ネ?」
それは遠くを見るような……どこか虚ろな目でのぼせる程熱い視線をこちらに向けてきている。
抱きついているその腕は、しがみついているようにも見え、必死に『行かないで欲しい』と訴えかけてきているようにも見えた。
だからこそ残された左腕でそっと頭を撫でて、笑ってやる。
「馬鹿な事考えるな。誰もお前を独りにしない」
「……本当?」
「ああ、だからそんな顔するな」
「うん!」
エセルカは心底嬉しそうに俺の右腕を抱きながら軽く飛び跳ねている。
全く……こういうところは以前の彼女のままというわけか。
……そういえば久しぶりに会ったせいで今まで気付かなかったが、少し背が伸びているようだ。
それでも俺たちの年代から考えたら小さい方なのは間違いないが。
「ね、グレリアくん」
「……どうした?」
「その学校に行くのは良いけど……今からすぐ行くのはちょっと早すぎじゃない?
ここか、近くの町で一度ゆっくり休んでから行ったほうがいいんじゃないかな」
エセルカの提案に言われてみれば……と納得するところもある。
ただ、これだけの大立ち回りをした後。
それにここは敵の本拠地のような場所だ。
あまり長居するべきではないだろう。
……エセルカを置いて、一人でこの国の中枢を叩きに行くという方法もある。
が、それをすれば多かれ少なかれ、ジパーニグに混乱を巻き起こす事になるだろう。
それは俺の本意とするところじゃない。
仕方ない、首都で休むわけにはいかない以上、付近の村に行くことにしようか。
「よし、じゃあ近くの村で休んでからグランセストに向かおう。
それでいいな?」
「はーいっ!」
元気に片手をあげたエセルカにため息をつきつつも、彼女を抱えて身体強化の魔方陣で一気に近場の村まで行くことにした。
彼女も魔方陣を使えるのだから、一緒に走るのがいいのだけれど……今の調子だとそうする為の説得も一苦労だろう。
……やれやれ、とんだ苦労を抱えてしまったな。
だが、俺は後悔しないだろう。
例え、全てを元に戻すことが出来なくても……これ以上、エセルカになにかされる前に助け出すことが出来たのだから――
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる