上 下
119 / 415
第六節 リアラルト訓練学校編

第117幕 軋む絆

しおりを挟む
 血に沈んだカーターの死体を一瞥した俺は、ミシェラたちの元に歩み寄っていく。

「お前ら、大丈夫……か……」
「え、あ、うん……」
「だ、大丈夫……」

 そこにいたのは怯え、戸惑い……負の感情をその目に宿した者の姿だった。
 ミシェラとシエラだけは違っていたが、俺を師匠だと呼んだレグルでさえ、ルルリナやシャルランと同じ表情を浮かべていた。

 シエラは俺が英雄グレリア・ファルトだと知っているからか、唖然としつつも目の前の光景をきちんと受け止めきれていない……思考が追いつかないといった感じだった。

 それを考えると唯一ミシェラだけは俺を真に英雄でも見るかのようにキラキラした目でこちらを見てきたようだけど、それでも大半が怯えている……という現実は少々堪えるな。

 以前はそうでもなかった。
 魔物の王を倒し、困難を乗り越えた先に待っていたのは、英雄という名誉と烙印だったからだ。
 平和な世の中に強すぎる力を持つ者は、時として毒に触れるかのような扱いを受ける場合もある。

 一方で讃えられても、一方では恐れられる……人が人である限り、それは逃れられない運命のようなものなのだ。

 もちろん兵士たちのように普段から戦いにその身を置いてる者からしたら、俺は基本的に憧れの的……まさしく国の剣となり盾となりうる素晴らしい英雄だっただろう。

 俺は相手が魔物や人でも自分の信念を貫いて戦ってきた。
 誰かを守る為。弱い者を――愛した人を守る為に……全てを捧げる覚悟で戦い抜いた。
 しかし、それは戦いを知る者の詭弁だ。

 彼らは……レグルたちは戦いに投入される前の……いわば訓練しているだけの一般人に近い。
 なまじ訓練で戦いというものを知っているだけあって、俺の力が異常なことが理解できるのだろう。

「みんな、大丈夫か?」
「うん!」
「は、はい……」

 それでも俺は冷静を装って彼らに接することを選んだ。
 なんでもない……そういう風に振る舞わなければ、三人に余計に怯えさせるだけだからだ。

 先にシエラとミシェラが立ち上がってほこりを払ったところを見た姿を見て、ようやくレグルたちも正気を取り戻したようで、各々立ち上がってきた。

「し、師匠……さっきのあれは……」
「……話は後だ。今はそういうことを喋りたい場合でもないだろう?」
「あ、ああ……」

 とりあえず、カーターを殺してしまったことは後回しにしておこう。

「ひとまず……」

 適当にヒッポグリフの死体から証拠品の嘴を二つ、先に採取しておくことにした。
 ちょっと卑怯かもしれないが、これで討伐試験は終了だ。

 カーターのせいでヒッポグリフが周囲にいないのだから、これくらいはしてもいいだろう。

「おにいちゃん、これで試験終わり?」
「……そういうことになるな」
「……いいの? こんなに簡単に終わらせて」
「あの馬鹿の介入がなければもっと簡単だった。
 少なくともこんな事にはならなかっただろうからな」

 ちらっとレグルに視線を向けると、ぎこちない笑顔があった。
 ……恐らく、彼はもう駄目だろう。

 そうやって去っていく人を俺は幾度となく見てきた。
 寂しくもあるが、仕方がないことなのだろう。

 俺の自身、こういう事になるから力を隠していたかったんだがなぁ……。
 なんてことを思っていると、ミシェラは自分の腰に携えていた剣を抜いて、そっとカーターの首に剣を当てていた。

「な、なにしてんだ?」
「え? だっておにいちゃんが勇者を倒したんだよ?
 その証拠があれば、きっと先生もすごく喜んでくれるって……」
「だ、だからってわざわざ首を切らなくてもいいでしょ!?」

 ミシェラは『当然でしょ?』というかのようににこやかな表情でレグルの質問に答えると、それに耐えかねたルルリナが限界だと叫ぶように非難する。
 ここに来るまではなんだかんだ言って仲が良かったようにも思えたのだが、それももう無理だろう。

 俺から見てもミシェラの行動は普通の思考とは常軌を逸脱していると思う。
 ……なるほど、改めて思った。

 ミシェラは他に感情をほとんど知らないのだろう。
 だから周囲には異常に見える。俺がそうであったように、どこか異質に見える。

「……随分と悠長に構えているのね」

 ミシェラとレグル・ルルリナと揉め、シャルランが戸惑うように見守る中、不意にその声は響いてきた。
 カーターの死体が置いてある場所から少々遠く離れた場所……そこからゆっくりと姿を現したのは……アリッカルに存在するもう一人の勇者であるソフィア・ホワイトだった。

「ソフィア……さん」
「久しぶりね。随分と立派になったじゃない」

 どこか熱に浮かされるような表情をしているソフィアさんは、どこか他人事のようにカーターを一瞥して、その視線を俺の方に向け、完全に捉えていた。

 どうやら、勇者との戦いはまだまだ続くらしい。
 それにしても次々と湧いて出るように現れて……確かアリッカルにはセイルが向かったはずなのだけれど、こうなるとあいつらの無事が心配になってくる。

 ……が、こっちもそればっかりというわけにはいかないだろう。
 今目の前には勇者がいるのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

処理中です...