上 下
48 / 415
第二節 勇者たちとの旅路編

第47幕 傷心少女

しおりを挟む
 くずはとヘルガの戦いが終わった後、次の勝負に移ったのだが……。

「僕の負けだよ」

 開始して三~四回適当に打ち合った司が持っていた剣をぽーんと放り投げて敗北宣言してしまったため、呆気なく戦いは終わってしまった。
 これに激怒したのがナッチャイスの英雄の……シュウ武龍ウーロン

 律儀に自分の名前の字と読みを教えてくれていた後ろに長く細い一本の三つ編み結わえている黒髪に黒く鋭い、細い目をした彼は、司のあまりの不誠実さに相当怒っているようだった。

「逃げるのか! 卑怯者め!」
「卑怯でいいよ。おれはこんな見世物になるつもり、ないから」

 なんて言って取り付く島もない。結局、やる気を起こさない彼に対して諦めたのが王様達だった。

「構わん。やる気がない者に何を言っても無駄だ」

 クリムホルン王のその言葉を聞いたからか、小馬鹿にしたような笑いを浮かべてさっさと引き上げた司。
 それに対して武龍ウーロンは更に怒りをつのらせているようだったが、ミンメア女王に宥められ、なんとか自分の怒りを飲み込むのに必死だったようだ。

 結局そこで勝負は終わり。
 後は少々王様達からの言葉があり、自分たちが宿泊している部屋の方へと帰り、一泊。
 次の日にはクリムホルン王の礼の言葉を聞くことになったのだが――

「この度は本当にご苦労だった。後は国に帰り、ゆっくりと休んで欲しい」

 と当たり障りのないことを言われただけで終わってしまった。
 帰りは『他国を見て回りながら休息を取りつつ帰るといい』と言われ、いくらかの金銭をミシェリさんが受け取っていた。

 お金を受け取った後はそのまま鎧馬の馬車に乗り込んでドンウェルを後にすることになった。
 ――のだけれど、正直馬車の中はかなり空気が悪かった。
 それもそうだろう。

 くずははボロ負けしたあの時よりは大分マシになってはいたが、それでもかなり傷ついていた。
 司の方は自分からさっさと勝負を切り上げたのだから全く我関せずでエセルカの方にたまに話しかけては窓の外を見ているだけで、くずはに関しては言葉すらかけない。

 ……だがその方がありがたいと言えるだろう。
 正直、あんな適当で勝負を終わらせた彼がかける言葉が例えくずはに優しいものだったとしても、彼女の心にはなんら響くものはないと思ったからだ。

「ミシェリさん、クリムホルン王からもらったお金はどうするんです?」
「そうですね……まさか王様からこんなにもらうとは思わなかったですから……療養も兼ねて出来るだけ町の宿に泊まって行こうと思います」

 セイルの疑問にミシェリさんがくずはを気遣うような視線を見せて答えていた。
 それに対して上機嫌になる司を見咎めるように、セイルは不機嫌そうな視線を向ける。

 相変わらず空気の読めない男だ。自分が良ければそれでいいのだろうか?

「お二人ともそれでよろしいですか?」
「おれは構わないよ。そんなに急いで帰りたいわけでもないし、ね」
「……」

 おどけて疲れたというようなポーズを取る司に対し、少しずつ怒りを募らせているようなセイルだったが、俺が視線を向けてやると『わかってる』と言わんばかりに苦々しく頷いていた。

 くずはは言葉を口にするのも億劫なのだろう。
 ミシェリさんの問にただ黙って軽く頷くだけだった。
 が、それがまずかった。

「くずはもさ、あんまりに気にするなよ。
 ヘルガ、だっけ? あんなの誰が相手でも勝てなかったさ。
 運がなかったと諦めて元気出せよ。どうせ見世物にされただけなんだしさ」
「なんだと!? それが――」
「セイル!!」

 呆れたように笑顔を向けてくる司に対し、耐えかねたと言うかのように立ち上がりながら声を荒げるセイルの言葉を紡がせないために、俺は大声で遮ってやった。

「グレリア! なんで……!」
「今言い争っても仕方ないだろうが。
 司の言う通り、あれは勇者の能力を見比べる為の戦いだったし、ヘルガは恐らくあそこにいた英雄の中でも屈指の実力者だった。それはお前もわかってるだろう?」
「それは……」

 結局それ以上セイルは何も言うことはなく、再び椅子に腰掛けて言葉を引っ込めてくれた。
 帰りはじめたばかりなのに、今ここで更に空気を悪くするのは得策じゃない。

 エセルカやくずはにも飛び火する可能性があるし、今のくずはに対してこれ以上心に傷を負わせかねない状況は避けたほうが良いだろう。

「全く、いきなり食らいつかないでくれよ」
「司もだ。
 お前がどう思うのも自由だし、全てが間違ってるとは思わない。
 だけど、傷ついている女の子に向ける言葉くらい、選んでくれ」
「……わかった。もうなにも言わないよ」

 ここで一方的にセイルが悪い、というような空気も避けるなければならない。
 だから俺は出来るだけ言葉を選んで司を諭すように説教をした。
 司の言うことが真実であれ、傷心の少女に向けて言葉にするにはあまりにも軽すぎる。

 女にばかり気にかけている司にだからこそ、俺の言葉も効いたようで……彼も渋々頷いてそのまま黙ってしまった。
 なんとか現状維持という状況のまま馬車に揺られ、今日の夕方中に町にたどり着いた。

 ミシェリさんの言う通り、今回進むのはここまでということになり、俺達は町で宿に泊まり英気を癒やすことにした……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...