上 下
5 / 415
第一節 アストリカ学園編

第5幕 再会

しおりを挟む
 どうやらかなり不評を買ってしまったようで、合図もなしにいきなり試験官が俺に向かって左肩口から斬りかかってきたんだが、それを地面に頭をぶつけるような勢いで思いっきりしゃがみ、そのまま水面蹴り繰り出してやった。
 剣を振り下ろした状態で完全に隙だらけのその足に、地面を這う足蹴りは避けることが出来なかったようで、そのまま足元を刈り取られて無防備に倒れてしまった。

「なっ……!」

 驚きの声をあげてる試験官の首筋を刈り取るように踵落としを繰り出してやり――ぎりぎり寸止めで終わらせる。

「これで終了……でいいか?」
「あ、ああ……」

 俺の足を呆然と舐めるように見ていた試験官は、その呆然としていた意識がはっきりとしてきたようで、ゆっくりと頷いていた。

「……! つ、次! エセルカ・リッテルヒア!」
「ひゃ、ひゃいっ!」

 おお、どうやら俺の次が彼女だったようだ。
 ちょうどすれ違いになった形だからで、その八の字に曲がった眉と相変わらずじとっとした目が俺のことを見つめていた。

「エセルカ、次頑張れよ」
「う、うん……ありがとう」

 照れるように笑う彼女は、幾ばく緊張がほぐれたようで、若干表情が柔らかくなってきた。
 ……相変わらず眉と目は変わらないんだが、こればっかりは生まれ持ったものだから仕方がないだろう。

 そんな彼女が使う武器は細剣――と呼ぶには少々太めだが、普通の剣よりは細い……そんな武器で、一応斬りつけることが出来るように両刃のものを使用していた。

 エセルカがリングに上ったことで平常心を取り直したのか、コホン、と一つ咳をして剣を構えていた。
 彼女の方も緊張した面持ちで細剣を構えて――「始め!」の合図とともに駆け出していった。

 おお、随分と思い切りの良い動きだ。
 しゅっしゅっと小気味のいいリズムと共に繰り出される刺突は、試験官の動きを翻弄していった。

 あの小さな体格からそのすばしっこい動きは小動物のそれを思わせるようだ。
 試験官の斬撃をかわすその姿も、少し余裕があるように見えるし、少なくとも貴族達の道楽剣術よりはずっと良い。
 ただやはり体格差があるからか、鍔迫り合いになって力で押されるとすぐによろけてしまっていた。

 彼女は根本的にそういうことをするのには向いていない。かわしながら攻撃を加えるスタイルに磨きがかかればきっと今以上に戦えるようになるだろう。
 俺よりも幼く見えるのに、こんな動きが出来るやつがいるなんてな……。

「これで――」

 試験官の剣と刃を合わせた瞬間、すぐさま刃を横倒しにして細剣が滑らせていく。
 そのままの勢いで首筋に剣を突きつけ……これで試合終了といったところだ。

「――お、終わりです、ね」
「あ、ああ――」

 妙に締まらない決め台詞で終わったが、内容的には悪くない戦いだった。


 ――


「はい、これで実技は全員終わりです。結果は三日後、学園の入り口に張り出しているので、各々確認するように」

 それだけ言うと、試験官達は早々に引き上げていった。
 なんというか、えらく事務的な男たちだな。
 しかも貴族たちも試験官たちが引き上げてすぐ、ほとんどが帰っていってしまった。
 身内――というより上流階級だけで固まっている辺り彼ららしい。大方、帰ったら食事やらなんやらで華をでも咲かせてるんだろう。
 全く、どの時代も貴族ってのは良いご身分だよ。

 ちなみにあの中には前に会ったアルフォンス・吉田もいたんだが、俺のことはどうやら忘れているようだったな。
 こっちはその妙ちくりんな名前のせいで覚えてしまったというのに。
 だがまあ、いくらかそれも薄まったかも知れない。貴族じゃない奴らとそうじゃない奴らが名前で見分けが可能になっていたしな。
 スズキやらサイトウやらと特徴的すぎるだろう。

「あ、あの……」
「うん?」

 貴族たちが自分たちで固まって帰っていくのをぼーっと見送っていると、後ろから不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 振り返ってみると、そこにいた小動物が困ったような顔をして嬉しそうに微笑んでいた。

「おう、エセルカか。さっきの試合、良かったぞ」
「あ、ありがとう……! その、グレリアくんもすごかった、よ!」

 相変わらず何が恥ずかしいのか、微妙にどもりながら話している彼女は、思いっきり頭を下げていた。

「そうか? こっちは素手だったからな。やれることはなんだってやるさ」
「だ、だって、試験官の人は武器持ってたのに、グレリアくん、すごく余裕そうだったし……」

 単に実技があるって知ったのが今日だったから、武器の用意なんか出来なかったってのが本音なんだがな。

「エセルカだって細剣で試験官を翻弄してたじゃないか」
「え、えへへ……」

 それなのにどうして今はこんな感じなんだろうか? もう少し自信を持っていいっていうか……。

「え、ど、どうしたの……?」

 笑っていたエセルカをじっと見つめていたせいか、また変に不安そうにしてしまっている。
 八の字の眉もより一層深くなっていって、オロオロとしやがって……仕方のないやつだ。

「俺たちも帰るぞ、エセルカ」
「え、グ、グレリアくん……?」

 ポン、とエセルカの頭に手を載せ、軽く撫でてやると、不安が取れたようで表情が安らいでいくのがわかる。
 むしろ顔をまた赤くして……色々と忙しいやつだ。

 そのまま手を離して、ひらひらと手を振ったまま、俺も泊まってる宿屋への帰路につくことにしたのだった。

「あ、ま、待ってよ! グレリアくん!」

 ――ついでにちょこちょこついて回る小動物と一緒に、な。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

処理中です...