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優しい天野

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「まだ…まだ涼介のことが好きなんだ。アイツだけは、噂を鵜呑みにしないで俺の話を聞いてくれると思ってた…だけど……」


これまでの事を吐き出すように呟く俺を天野は何も言わずに抱きしめながら宥めるように背中を優しく撫でてきた。
涙腺が弱くなったのだろうか、また零れそうになる涙を抑えようとするも余計に体が震える。

「お、おれぇ、もう、涼介にあいたくない…。もうあんな目でみられたくない…慎也は俺のことなんか大嫌いで、もう会っちゃいけないんだ…。
学園のやつらにも、誰にも…」

学園中からの嘲笑と侮蔑の言葉が心に深い大きな傷として残ってしまった。
もう天野の前でしか安心して話すことも笑うことも出来ないだろう。
でも、気色悪いと一言でバッサリと切り捨てられたあの恋心をまだ捨てることが出来なかった。
自分でも何故か分からない、もし今度涼介と目を合わせでもしたら恐怖で震えて動けなくなってしまうだろう。
それなのに何故。愛しいと思う気持ちと恐怖が同時に頭の中を乱してぐちゃぐちゃだ。









「ならさ、もういっそ俺とずっと一緒にいようぜ!」

素晴らしいことを思いついたとばかりに目を輝かせた天野はニコニコしながら俺にそう言った

「今まで良く頑張ったなぁ、春は!もう辛い所に無理して行くことなんてないんだぞ!」
俺を元気づけようとしているのか、先程とは打って変わって頭をわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でられた。

「Fクラスに落ちちゃったんだからさ、マトモに授業に参加しなくてもいいんだろ!
春の両親はなんて言ってるんだ?」

「そ、そうだな…。きっと、ありもしない噂を事実のようにそのまま伝えられてるだろうな…。
あの人達にとって俺は、ただの跡継ぎの道具だ。
……その道具の立場も優秀な弟に奪われてる、連絡一つ寄越さなかった。
きっと俺なんか、もう……」

見捨てられていたんた、とっくの昔から。

親から与えられる教育を俺は満足にクリアすることが出来ていた。
見放されないように、見放されないようにと必死に努力してきたからだ。
それでも、天性の才能を持った弟には勝てなかった。
俺が必死に積み上げてきた物を、一瞬で作り上げる事が出来た。

跡を継ぐのは俺が弟のどちらか。
普通は俺が継ぐはずだ、けれど弟は俺と違って熱意も何もかもが高い。
なら、俺は、親から命令されただけの仕事だと思い何も感情を出さずに淡々とこなすだけの俺は、当然跡継ぎに相応しくない。
両親にとって簡単に切り捨てるとこが出来る俺が、こんな不祥事を起こしたら完璧主義の親が許すわけが無い。最悪縁を切られることだって考えられる。

こんな状況でも、頼れるのは天野しかいない。



「そうなのか…。そうだ、家にも戻れないなら俺の所に来ればいいんだよ!
お前の家族には俺から伝えておける、
不安ならずっとこの部屋に居てもいいさ!無理して出ることなんて無い。だから元気出せよ」

あまりの提案に驚き思わず涙が引っ込んだ。
なんだ、なんだそれは、どうしてお前がそこまで味方してくれるんだ。
「ま、待て待て!なんでお前がそこまでするんだ。俺とお前は、そんな深い関係では無いはずだろう。
しかも出会ったばかりでそんな…。俺は、一生お前の足枷になるようなものじゃないか!?」


ふと、俺は天野が前に言っていた言葉を思い出した。

あぁ、そうか。こいつはこの件に対して責任を感じてしまっているんだ。

何もしてやれなかった。
この状況は俺のせいでもある。

過去に天野はそんなことを言っていた。
何もお前は悪くない、お前は心を閉ざしていたアイツらの光になっただけ。
俺が気がついてやれなかった皆の苦しみに、お前は気づいてあげただけだ。
指摘しただけじゃない、天野はそんな皆に一緒に変わろうと手を差し伸べた。
俺にだって、こんなに優しく接してくれた。俺のことを真剣に考えて心配してくれたんだ。
俺は、そんな天野にもっと迷惑をかけようとしている。優しさに甘えようとしている…。

お前が悩む必要なんてないのに

「俺な、お前のこと支えたいって思ったんだ。
たった一人で仕事をこなして、今みたく誰の力も頑なに借りようとしない。
一緒に居た仲間が居なくなっても、俺から聞かなきゃ弱音一つも吐かないだろ。」

…そんなの、弱音を吐くなんてみっともない。幻滅されてしまうじゃないか。
求められてるのは完璧な俺で、弱々しくて自信の無い俺じゃない。
本音で話し合えた涼介の前でも、俺は何処かそんな壁を作っていた。



「生徒会室から出てくる春を、いつも見かけてたんだ。ずっと寂しそうな顔をして俯いて。
副会長から聞いた話で最初は良いイメージ無かったけど、そんなお前の顔を見て初めて俺は自分の目で確かめようと思った。

…もう休んでほしいんだよ。春が安心できる場所に、俺はなりたい。
あんな寂しそうな顔はさせないから、俺がずっと春を守ってやる!」


あぁ、どうしてお前はそんなに優しいんだろうか。
そんなことを言われてしまったら、自分を保てなくなる。
弱々しい泣き虫な俺に戻ってしまう
差し伸べられた手を取ってその優しさに思う存分甘えてしまいたい。
もう充分やった、頑張った。どんなに完璧を装っても俺を求めてくれる人はいない。
でも天野は、天野だけは素の自分を求めてくれた。天野の前ではありのままでいいんだって。

天野の抱きしめる力が強くなった。少し苦しいけれど悪い気はしない。
そんな天野が愛しくてたまらなくなって、恐る恐る抱きしめ返す。
もう、天野の傍を離れたくない。

殺風景になったこの部屋は天野がいるだけで今までよりずっと居心地が良すぎて、もしかしたらもう一人でこの部屋の外に出ることは無いんじゃないかと馬鹿なことを考え、施錠されたドアを見つめながら俺は天野に身を委ねた。


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