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29・かくてここに、ただの獣人ががむしゃらに演じる姿を見るだろう

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 体育館は、演劇を見に来た生徒や外部の人間でごった返していた。
 噂になっていたのだ。なにやら、人語を使えない獣人が、演劇の舞台に立つのだと。
 それは、校内で広まって、生徒の知り合いに広まって、近辺の獣人の耳に届いて、
 好奇、奇異、野次馬の目。そんな人達が集まっていた。
 獣人が、人の言葉を使わない。
 人間からしたら、すっと受け入れられるような事実は、
 しかし、獣人にとってはあまりにも異常な事実だった。
 そうして集まった、数百の獣人の目。
 そんな彼ら彼女らに、舞台が始まる前、入場の段階で、受付前の獣人生徒、獣人先生が声高にこう言っていたのだ。

「驚きますよ、きっと。こういう在り方も、自然だろうなって思うはずです。がっははは、まあ、俺はあいつらの顧問ですから、綺麗事を言いますが……でも、きっと驚きますよ」
「あ? そう、俺のクラスの転校生。は、もう気味悪くねぇよ。話してみると、結構普通なんだぜ。ま、今日の演劇を見たらなんか変わるかもな」
「言葉がなくても獣人だって、たぶん、わかる。堂々とした、普通の獣人なんだってわかると思う」

 件の獣人の、普通性、自然性を語るのだ。
 同じ獣人が、自信満々に語るのだ。
 なら、見てから決めようか。
 件の獣人が、普通か、異常か。

 ――ビーッ!

 そうして、幕は上がる。
 そこで目にしたのは、

『あおぉぉんんっ!』
『はっはー、ご機嫌だな狼! おい、ヘンゼル、こいつも諦めんなって言ってるぜ? 俺も力を貸すからよ!』

 楽しげに体を動かす、一人の狼、に、扮した犬獣人。
 動物のような声を張り上げる、一人の犬獣人だ。

『がう、がぁっ』
『そうね。私も諦めない。お兄ちゃん、私たちここで踏ん張らないと、あの子にもう一度会えなくなってしまうわよ』

 恥ずかしげもなく、どこかコミカルな動きで、感情を精一杯表現する犬獣人。
 舞台上の誰にも引けを取らない、素晴らしい演技。

『ぐぅ、ぐわぁ』
『ひっひ、わぁたしも、年甲斐もなく張り切ってしまうよ……ヘンゼル、私を乗り越えたお前が、この程度の危機で、どうしてへこたれてるんだぁい? ひーっひっひ』

 彼の雄叫びで、舞台上の役者が、絵本の登場人物達が元気になっていく。
 その堂々とした様は、見ているこちらも、感情を動かされるようだ。

『ばうっ、がうがうがぁっ』
『そうだな。私も作者として、一肌脱がねばな。さあヘンゼル! あとはお前だ。共に、立ち上がろうじゃあないか!』

 なにも、おかしくない。生き生きとした一人の獣人が、そこにはいた。
 言葉が使えないことを、物ともしない獣人が、声を張り上げていた。

『うおぉぉぉぉぉぉんっ!』
『みんな……ああ、わかったよ。そうだよな、こんなところで諦められない! ありがとう、狼君。ありがとう、みんな!』

 全員に伝わったかはわからない。
 どうしても、奇異な目を向けてしまうことをやめられない人もいる。
 けれど、それでも、
 確かに、届いたはずだ。
 彼の、ただ、楽しそうに演技をする、精一杯に演技をするその様に、
 異常性がないことが。
 ただの、一人の獣人であるのだということが。
 それを受けて、考えを変えるかどうか、結局は個々人次第。
 しかしてしかし、
 かくてここに、ただの獣人ががむしゃらに演じる姿を見た。
 それだけは、揺るぎようのない事実であった。
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