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17・Xデーは文化祭!

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 裕喜君を置いて、先に部活をしに来たのはいいものの。
 昨日のお休みを皆も気にしていて、僕にも色々と聞いてきて。
 実際、僕の顔にはまだ傷を隠すガーゼがあったし。それを見たら、心配するよね。
 ええと、確か裕喜君が転んじゃって、僕がそれを庇って一緒に転がったことになっているはずだから、と、
 そんな感じで皆の質問をのらりくらりしてみたはいいものの、
 僕は僕で裕喜君のことが心配でしょうがない理由があったから、
 結局、基礎練どころじゃなくって、
 皆で裕喜君が来るのを待つことになってしまった。

(ごめん、心配させちまったね。皆も怪我の心配してくれていたし、嘘ついたのが申し訳ないなぁ)

 裕喜君は、部活が始まって二十分ほど過ぎたところでひょっこり現れた。
 皆が彼を取り囲んで、色々と言葉を投げかけていたけれど、裕喜君は腰を低くしながら応対していた。
 で、
 一旦落ち着いたところで、僕の手を取って部室に向かったんだ。
 あ、もちろん皆に指示を出してからね。さっすが部長さん。

(僕も、心配だったよ?)
(ああ、うん、ごめんな。でも、昨日のことは俺が悪かったから、ちゃんと俺の口で謝りたかったんだ)

 昨日、僕の部屋で話し合ったのだけれども、
 僕が、今日まで周りの獣人と関わりを持とうとしてこなかったことは確かで、
 それを、急に関わろうとして行動を起こせば、うまくいかないことなんて流石の僕からしても明白で、
 だったら、いっそ大きな舞台で、皆に見せるのがいいんじゃないか、と、
 裕喜君は、僕の舞台姿を皆に見てもらうっていう作戦を立ててくれた。
 普通の人みたいに、舞台の上で演技をするところを見てもらって、
 せめて、皆と変わらない普通の獣人であることを少しでもわかってもらうために。
 あわよくば、僕に関心を持ってもらうために。
 と。
 だから、僕のXデーは文化祭の日に決まっていたのだけれども、
 どうやら裕喜君には裕喜君のXデーがあったらしくって、
 それが今日。あの、昨日僕を取り囲んでいた獣人の人達との話し合い。
 言葉を理解できない僕なので、よくわかっていなかったのだが……なんでも、ずいぶんと酷いことを、裕喜君は言ってしまったらしく、
 それを、謝りたかったんだって。

(うまくいった、みたいだね?)
(ああ。皆、話しを聞いてくれたよ。どうやら先回りして、虎先が一枚噛んでくれていたみたいだ。皆、一絆君の演劇を見に来てくれるってさ)

 う、うぅん。
 僕が心配していたのは、皆が僕に対してどう思っているのかじゃなくて、
 裕喜君をどう思ったのか、とか、ちゃんと許して貰えたのか、とかなんだけれどなぁ。

(それは嬉しいな。けれどそうじゃなくて、一絆君がうまくいったかどうかを心配してたんだけれど?)
(え? ああうん、皆別に怒ってなかった。ちょっと、テストでフラストレーションが溜ってたんだ。話してみれば、皆いい奴っぽかったぜ)
(フラストレーション?)
 
 テストで、フラストレーション?
 うぅん、いまいち僕にはわからない感情だ。
 勉強は、見たらわかるし、教えて貰えれば理解できる。テストは、その復習みたいなものでしょ?
 って、あ、
 そっか、そういえば、
 この考え方も、今まで皆と関わってこなかった、僕だけの考え方なのか。
 そうだよ。裕喜君はテストに向けて随分苦労していたじゃないか。
 僕はそれを、彼が演劇部部長として他にも考えることがあって、勉強も手がつかない状態だったんだな、って考えていたんだけれど、
 もしかして、違うのかな?

(ええと、ちょっと質問いいかな?)
(うん、いいよ)
(もしかして、皆……普通の高校生ってくくりなんだけれど……皆って、テストというものが嫌い?)

 あ。
 裕喜君の表情が筆舌に尽くしがたい苦悶のそれになっている……そんな顔見たことないよぉ。
 どんな言葉よりも雄弁なその表情に、僕は少しだけ息を漏らしてしまう。
 で、なにか言葉を打とうとする裕喜君の手を制して、僕はスマホの画面を見せる。

(うん、よくわかったよ。成る程、僕は言葉を口にできないっていうだけじゃなくて、普通の高校生としてズレているところが他にもあるみたいだね)
(んー、そうかもしんないな。でも、それはしかたないよ。だってほら、一絆君は今まで普通学校で過ごしたことがなかったんだろ?)
(そうだけど。でも、その『しかたがない』ことを認めて、周りにどういう影響を与えるかを理解していくことが大事、なんだと思う)

 虎柄先生が昨日言っていたのは、こういうことなんだと思う。
 言葉を使えないから、周りから異物のように扱われる。それに慣れていたから、周りを無視してただ過ごしていたけれど、
 いや、もちろんそれでもいいんだろう。そういう生き方をしてもいいんだろうけれど、
 僕自身が、その生き方を望まない。だって、転校初日に言ったじゃないか。
 僕は、普通の獣人としてこの学校で生きていきたい。
 それを虎柄先生は覚えていてくれたからこそ、僕の今までの過ごし方が、禍根を残してしまったことを教えてくれたんだ。
 だから僕は、今まで諦めていた『しかたがない』ことを、今一度認め、理解し、これからどうするべきなのかを決めなければいけない。
 僕が、普通の獣人として生きていきたいのなら。
 それを望むのなら。

(けれどさ、それは一絆君に非がある行動ってわけじゃないじゃん。見た奴が勝手に憤ったってだけで。なんか、ムカつく)

 ……っふふ、
 あはは!
 もう、もうっ!
 裕喜君はさ、ほんっとうに僕に優しい。
 僕が、前に進みたいから、普通の獣人として生きていきたいからと、自分で認めて切り捨てた、少しだけの不平不満をさ、
 こうやって拾ってくれて、その気持ちを大事にしようとしてくれる。
 出会った最初の頃からずっと、君は僕の味方をしてくれる。いつだって、全力で。
 ああ、もう、
 この気持ちを言葉にするのは、僕でも難しい。
 どういう言葉を文字にすればいいかなんて頭は教えてくれない。
 その代わり、というにはあんまりにも衝動的なことなんだけれど、
 僕の体は、裕喜君を抱き締めていた。
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