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第一章 クラヴェール王国編

第9話 「魔王の愛」

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「ときにタクト」

「何?」

「昨夜の事、感謝している。突然の事で驚いただろう」

 レイアはうつむき加減でほおを赤らめる。

「すごく驚いたよ。あまりに急だったから。だけど、私ではレイアを満足させてあげられなかった。ごめん」

「何を言っておる! タクトはわらわを満足させてくれたぞ。その、今までずっと一人じゃったからつい、その、はしゃぎすぎてしまったと反省しておる」

 レイアの言い分はもっともだと思う。魔王としてこれまでやってきたのだから、ずっと孤独だったのだろう。

「でも、レイアの事をますます好きになれたと思う」

「そうなのか?」

「私は激しすぎてついていけなかったけれど、レイアの愛がすごく伝わってきて嬉しかった。私も、レイアの愛に応えられる男になりたい」

「愛だと?」

「ああ。とても感じることができた。私もレイアをもっと愛したい」

「それは違うぞ、タクト」

「え?」

「わらわはただ、タクトと共に快楽にふけり、楽しみたかっただけじゃ」

「え?そうなのか!?」

「ああ。そうじゃ。そもそも魔族に恋だの愛だのいった感情は無いのだ。それを持ち合わせているのは、人間やほかの種族なのだ」

 今しれっと衝撃しょうげきの真実を聞いた気がする!! まあでも、確かに魔族に愛が無いと言われたところで、に落ちるところもあるが。

「でもレイアは私の求婚を受け入れてくれた。ではそれは一体どうしてなんだ?」

 私は素直に疑問に思ったことをレイアにたずねる。

「ああ、その事か。ではタクト、そなたから告白され、わらわが何と返したか覚えておるか?」

「ああ、覚えているよ。確か……」

 私は少し思い出しながら答える。

「面白い。愉快ゆかいじゃ、気に入った。それがおぬしの望みというなら、わらわは結婚を受け入れようぞ、だった」

「うむ。あってるな」

レイアはうなずきながら答える。

「わらわがタクトを受け入れたのは、まさにその言葉通りなのじゃ」

「ん? どういう事??」

 私の頭には‘?‘マークが付きまくる。

「つまりだな、わらわはタクトの事を『面白き存在』と認識したから、結婚したのじゃ。そなたを好きだから、愛するから受け入れたわけではないのだ。わかるか」

 レイアにここまで言われて初めて、ほんの少しだけ頭の中に理解が生まれる。

「先にも言ったが、我々魔族には愛という感情がそもそも無い。それに信用しておらぬ。確かに、人間達にそのような感情があるのはわらわ達も知っておる。じゃが、魔族からすれば愛など人間を誘惑したり、利用する程度の価値にしか思っておらぬのだ」

「そうなのか?」

「今頃気づきおったか。まあよい。我々魔族は、虚無と退屈の中で生きておるが、とても嫌いなものなのだ。そういったものから逃れる事こそ、魔族の生きる原動力となっておるのじゃ」

 すごく意外な事を言っている。それこそ魔族の栄養源ではなかったのか?

「虚無や退屈の対極が、『面白い』という感情なのだ。魔族は皆、その感情を求め、動いておるのじゃ。幻惑や殺りくなど、そなた達人間が魔族を恐れている行為は、そのための手段でしかないのだ」

「それはものすごい事を聞いてしまったな」

「魔族にとって『面白い』という感情は、極上であり、最上位のものなのじゃ。それに比べれば、ほかの事など取るに足らぬ」

「ということは、私はそれを持っていたから、レイアに認めてもらえた、という事なのか」

「そうじゃ。恋や愛などより、合理的で確実性があろう?」

「けど、私はそんなに面白い存在なのだろうか?」

 レイアはため息をつき、あきれ顔で答える。

「面白いに決まってるだろう! どこの世界に、魔王であるわらわに求婚してくる奴がおるのじゃ? 恐怖の象徴であるわらわに対して、好きだの愛してるだの、恥もなく叫ぶ人間がどこにおるというのじゃ? これが面白いと言わず、何を面白いと言うのだ?」

「レイア…」

 私は目からうろこが落ちる感覚におそわれてしまう。そんな見方もあったのか……

「タクト。わらわはそなたを絶対に離さぬ。わらわの事が好きなら好きと言うがいい。愛してると言ってくれてもいい。たとえそなたがそう言わなくなってしまう時が来たとしても、わらわはそなたを離さず、ずっととなりにおるからの」

「レイア!!」

 私は彼女を抱きしめずにはいられなくなった。レイアの身体を抱きしめ、私は口走る。

「愛している!! 私もレイアを離さない!! どんな事があっても、一生をかけてお前だけをずっと愛する!!」

「ああ。だが、わらわだけというのはダメだな。タクトには、もっと多くの女を幸せにする力がある。だが、わらわの事を愛してくれるのは、それでいい」

 今、訳の分からない事を言った気がするが、私の心には届かない。今はただ、レイアを大切にすること以外は、大した問題ではない。

 私の目からは涙がこぼれ落ち、それを見てレイアが私の頭をなでている。私はしばらくの間、レイアを抱きしめ続けたのである。

「レイア、一度だけお願いしていい?」

レイアはほおを赤らめたまま返す。

「朝じゃぞタクト。何を考えておる!」

「どうしても伝えたいんだ」

 私はレイアの瞳を見つめて言った後、口づけする。レイアは突然のことに驚くが、目を閉じる。

 唇を離し、再び瞳を見つめると、観念したのか、

「わかった。そこまで言うなら、タクトに任せよう」

「ありがとう」

 私はそう言うと、レイアの手を取り、ゆっくりと寝室まで歩いた。今度は自分のペースで、レイアとつながりたいと、直感的に思っただけである。


◆◆◆◆


 私とレイアは服を着て、食卓に戻り、紅茶を飲んでいる。あれだけ見つめあっていたのに、満たされたレイアの瞳を見つめずにはいられない。

「タクト」

「何?」

「そなたの気持ち、伝わったぞ。たのしい時間じゃった」

「それはよかった。私もレイアにきちんと伝えることができて、嬉しい」

「鼻血もほとんど出なかったな」

「心の準備ができていたからな」

「優しいのに、力強かった。あんなやり方もあるのだな」

「私も初めてだったから、うまくできるか不安だった。でも、昨日とは違う形にしたかったんだ」

「なるほどな。人間が恋だの愛だの言う理由を、ほんの少し垣間かいま見た気がした」

「それが伝わったなら、すごく嬉しいね」

 レイアが紅茶をすすってから、私にたずねる。

「タクトは、わらわとの子供が欲しいのか?」

 唐突な質問に少し固まるが、答えは出ている。

「んー、どちらでもいいかな。今は、どうしても欲しいというわけではない」

 レイアは驚いている。

「なぜじゃ? 人間は好きな女の子供を欲しがるのではないのか?」

「だって、子供が生まれたらレイアを独占できなくなるだろ?」

「えっ?」

「だからすぐに欲しいって気持ちにはならないんだよ」

「そうなのか」

「ああ。まあ、生まれたとしても、一人でいいかなって思ってる」

「ずいぶん謙虚けんきょなんだな」

「一人にいっぱい愛情を注ぎたいからな」

「何かよくわからんが、面白いのう」

 レイアの表情が明るくなる。

「そう言うレイアは、子供がたくさん欲しいの?」

「わらわも特にこだわりはないが、タクトとの子供は欲しいぞ。いくらでも生んでやるぞ」

 レイアは笑って答えてくれる。笑顔がまぶしい!

「何か、好きな人とこんな話ができること自体、今までの私では全く考えられなかったから、すごく幸せな気分だ」

「それはよかったのう」

「全部レイアのおかげだ。ありがとう」

「全然よいぞ。わらわも愉快ゆかいだしな」

 ふたりで笑いあう。魔王と人間でも、こんなに幸せな時間を過ごせるなんて、奇跡って本当にあるんだなって。今まで辛くても我慢して、頑張って生きてきて、本当に良かったと思う。

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