神様は僕に笑ってくれない

一片澪

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16.叶うなら僕としては大変有り難いです

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ブブッ、とテーブルの上のスマホが震えた。写真撮影すら上手い彼からの返事が来たのだろう、と思った恭一の読み通り井上君達側に向けていたスマホの上部に通知が走る。

――了解
遅くなるなら車出すから楽しんでおいで

李壱らしいシンプルな返事を逆側から読んでいると、何故か奎吾が両手を自分の両頬に当ててじたばたしだした挙句隣に座る井上君にぶつかって行ったのだ。

「井上君! 俺は今、思わず『尊死』に近い感情を覚えてしまったけれどこれは絶対浮気じゃないから! 俺が愛してやまないのは井上君だけだから!!!」
「うん、ありがとう。奎吾君ここお店だからもう少し声を抑えようね」
「分かった! なんだかエロいセリフをありがとう!!!」

素直に頷いた奎吾は喉を反らせてグラスを煽る。
良い飲みっぷりだ、と思わず眺めていると井上君は奎吾をとっても優しい目で見ていた。その目は李壱が恭一を見てくれる時と同じ温度を持っていて二人の仲が順調であることが理解出来てなんだかとても嬉しい。
恭一は自分が頼んだウーロン茶を一口飲んで李壱のことを思――う暇は無かった。

「で?! タカミヤくん、どうなの?!」
「ど……どうって」

アルコールが入ってまだほんの少ししか経っていないのに既に頬がほんのり赤いのは何故だ? その疑問についてそれ以上何かを考える暇も奎吾は与えてくれない。
テーブルを乗り越えて行かないだけ褒めて欲しいと言わんばかりの前のめりっぷりだ。

「どのくらいの頻度でヤってるの? ちなみに俺は毎日でもオッケーだよ!」
「奎吾君、高宮君が卒倒しそうになってるからほどほどにしようね」
「分かった!」
「……」

この人に相談して本当に大丈夫なのかな? そう思う気持ちも無いわけではない。
でも、ここまで開けっ広げな人だからこそオブラートに包まずネ、ネコとしての極意というかコツというか心得みたいなものを教えてくれるのではないか……そう思った恭一は火照る両手をグラスで冷やすようにしっかりと握り締めて、言った。
やっぱり目は恥ずかしくて見られないから鼻の辺りを見ながらだけれど。

「あの……ぼ、僕シたことが無くて……あの、どうやって始めて貰えば良いのかも分からなくて。そもそもほ、本当に出来るかも分からなくて悩んでるんだ」
「――!!!」

恭一の言葉を聞いた奎吾は衝撃! と言わんばかりに目を見開いて、それまで握り締めるようにしてただ持っていただけの未使用の箸を落とした。
テーブルの上に落ちた箸は井上君が即座に回収してウェットティッシュタイプのおしぼりできちんと拭いて彼の手に戻る。……井上君、優しいな。

「タカミヤくん……セ、セックスせずにいられるの?」

井上君にありがとう♡ と可愛らしく言ったと思った一秒後にはもう奎吾は信じられない! と顔全体で表現しながらそう言った。
切り替えがとんでもなく早いことに驚く暇すら与えてくれない奎吾の怒涛のラッシュが続く。

「だ、大好きな人と付き合ってて何でセックスせずにいられるの? なんで? どういう仕組み?! 触りたくならないの? くっつきたくならないの!? い、生きているだけで溜まるのに、折角出来たパートナーとそれを共有しないで、何処に放出するの?!」

何故それをせずにいられるんだい?! と表情だけではなく手振りも加わった奎吾を見て恭一はガンッ! と心に強い衝撃を受けた。

――そうだ。付き合っていれば当たり前のことなんだ。寧ろセットだ!
そうだよね、そうだよ。早い人だと中学生くらいで経験する時もあるって大学の時聞いた。
それを李壱は待ってくれているんだ。自分がいつまでも妙な恥じらいと恐れを持っているからそれを察して無理に求めて来ないだけで、自分は李壱に我慢させているんだ!

そこに気付いた恭一はぐっと唇を噛み締めて、ネコの先輩である奎吾を真っすぐ見た。
この人なら嘘偽りない知識をくれるという確信が何故かある。

「ど、どうやって切り出せば良いかな?! 本当にキスとハグ以上のことをしたことが無いんだ」

井上君の前だけど背に腹は代えられないと質問した恭一を見て、奎吾は力強く頷く。

「ピュアッピュアだねタカミヤくん! でも、何も怖がることはないよ! リーチさんはタカミヤくんがピュアっ子なことは知ってるんだよね?」
「うん! 全部バレてる」

ちなみに優しい井上君は今敢えて空気に徹して焼き魚の骨を綺麗に抜いている。
普段の恭一ならその振る舞いと華麗なる箸使いに彼の育ちの良さを感じて流石井上君! となるが今はその余裕はなくただ奎吾と真剣に会話しているのだが、井上君は全然気を悪くした様子はない。なんならとてもニコニコしている。
奎吾は恭一の素直な言葉にもう一度強く頷いて、言った。

「難しく考えなくて良いんだよ。ただ『抱いて』って言えば良いんだ。後はリーチさんにお任せコースで朝チュン♡ だよ! 何も恐れる事は無い! だって見るからに経験と包容力に溢れてるじゃん、妙に飾っちゃマイナスだよ! ありのままで行こう!!」
「……――奎吾君、ありがとう!」

奎吾が発する物凄い前向きオーラをもろに浴びて、恭一は迷う事なく大きく頷いた。
恭一だって男だ。性欲だって最近は以前よりあるんだから、駄目元でも良いから今日帰ったら言ってみよう。
それに「妙に飾っちゃマイナスだよ」という奎吾の言葉は恭一に刺さった。

確かに李壱との今までのことを思い返すと彼は恭一が素直になればとっても喜んでくれる傾向が強かったのだ。
それに丁度明日は自分も李壱も休み。
きっとこれは「今日言いなさい」という神のお告げの一種だな、と恭一は納得してウーロン茶を一気に飲み干した。



***



おかしいな。
さっきまであれだけあった勢いが帰宅の途に着いている間に萎んでしまった。
二人と別れてお店を出て一人で歩いて電車に乗ってまた歩いて……という時間はどうしたって冷静さを連れて来てしまう。

客観的に見て奎吾は明らかに努力して容姿を磨いている。
元々顔立ちが整っているタイプであることは一目見れば分かるけれどそれに甘えず髪型も服装も気を使ってとても身綺麗にしていたし、性格だって明るくて社交的だ。恭一みたいにうじうじとした受け身ではない。

だって二人の出会いは居酒屋でばったり出会った井上君に一目惚れした奎吾が猛アタックの末恋人の座を手に入れたと言っていたのだ。
……あれだけの人でもそこまでしなきゃ駄目なのに、自分を見ればどうだろう。

背はギリギリ平均身長程はあるけれどガリガリで筋肉だってほぼ無い我ながら薄い身体だ。李壱と出会って体重は数年振りに増えたけど、それだってたったの一.五キロ。
顔だってパッとしないし性格だってどちらかと言うまでもなく陰気。

そんなことをぐるぐると考えながらとぼとぼと歩いて帰宅。
習慣からお風呂に直行したけれど、鏡に映る自分の貧弱な身体を今日ほど嫌だと思ったことはない。

「……あばら骨……」

対する李壱はどうだろう。
背が高くて顔も良い。そして奎吾と同じように努力して外見を磨いている。
髪型だって服装だってずーっと同じじゃないけれどそれは過度に流行を追う訳ではなく自分流の好みでその時の気分に応じて色々変えているような謂わば上級者だ。
それにジム通いを習慣化していてプロテイン? か何かをたまに飲んでいるのだって見ている。

「あの人……僕の何が良かったんだろう」

髪の毛を乾かしてとぼとぼと部屋に戻ろうと廊下を歩いているとインターフォンが鳴ったので反射的にUターンして玄関に向かった。

「良かった、無事に帰ってたのね。あれから返事が無かったから車を出そうと思ったら明かりがついてたから来てみたの。……何か嫌なことでもあったの?」
「あ……」

モニターを確認することなく流れでドアを開けたけれど、相手はやっぱり李壱だった。基本恭一の家に訪ねて来るのは宅配便のおじさんと李壱しかいないから、こんな時間だと李壱一択だ。
仕事終わりでまだお風呂に入っていないことが髪型を見れば理解出来て、また迷惑を掛けてしまったと恭一の顔が曇ると李壱はするりとドアを抜けて三和土に立った。

――身長差……こんなにあるんだな。

思わず俯いた恭一の顔をわざわざ腰を屈めて李壱は覗き込んでくれた。
頭を持って無理に顔を上げさせたって別に良いのに、彼はいつもそうやってくれる。

「どうしたの? 別れ話以外ならなんでも聞いてあげるわよ」

優しく微笑みながら言われて、恭一は泣きたくなりそうな感情をぐっと堪えてさっき奎吾に励ましてもらった時の強い気持ちを思い出した。

――ただ『抱いて』って言えば良いんだ。
――妙に飾っちゃマイナスだよ!

奎吾の言葉が頭に過る。
でもそれをそのまま言おうとして……流石に詰まった。
奎吾ならそれでも許されるかもしれないけれど、自分ごときが言ったら駄目じゃないか? そうだ、今こそ敬語を使うべきだろうか。だってこちらからお願いするんだし。

だ、抱いてください? 変だろうか。
抱いてくれませんか? おかしい気がする。
抱いて頂けたりしませんか? ちょっと他人行儀すぎるかな?

だ、
だ、

駄目だ、頭がグルグルして来た。

「ちょっと恭一、本当にどうしたの?」

本気で心配そうな顔をした李壱と視線ががっつりと至近距離でぶつかって、混乱していた恭一の脳みそは盛大に誤作動を起こす。



「だ、だ――男性器のサイズは如何程ですかッ?!」



――絶対違うだろう。なんでよりにもよって今無駄にハキハキしているんだよ。
何してんだよ、何してんだよ自分。この空気どうしてくれるんだよ。ああ、いいです。もう何も言わなくていいですというかお願いですから何も言わないでください。

いっそスパッと殺してください。穴なら自分でこれからちゃんと責任を持って掘るから地球上から自分という存在を丸ごと全部細胞レベルで消し去って欲しください!!!
短いなりに色々あった人生だけど、そんなことをここまで強く思ったのは初めてのことだった。

死にたい程の羞恥を感じて本能的に逃げ出そうとするより先に、無言の李壱にがしっと両肩を捕獲されてしまう。
そうだ。
李壱には自分の逃走癖をもう把握されている。

「ちょ、ごめん。今のは間違い。待って。言い直すからちょっと待って」

お願いだから今は何も言わずに、顔も見ないで欲しいと本気で思ったのに一番見逃して欲しい今この瞬間を李壱は見逃してくれなかった。
絶対呆れられる。良くて笑われる。そう強く思ったのに、そのどちらでもなかった。


「なぁに? 嬉しい。やっと興味が出て来てくれたのかしら?」


「――っ」

そんな風に心の底から嬉しそうに言われたら取り繕うのがおかしいと思ってしまう。
絶対こんなの出だしとしては完全に失敗しているのに、どう考えてもイメージしていたのとは違うのに何もかもを全て許されているような気がして恭一は素直に頷いた。
感情が本来の発生源である筈の脳みそを経由せずぽろぽろと言葉になって唇から零れ落ちて行くのを止められない。

「う、うん。ど……動画とかを見てみたけど却って怖くなったから、へ、変なこと言ってごめん」
「良いのよー、成程成程。だからサイズなのね、うんうん分かった」

ふふ、と李壱は機嫌良さそうに――とても綺麗に笑って言った。



――ウチにお持ち帰りしたいんだけど、良いかしら? って。

だから恭一は「そうして頂けると……僕としても大変有り難いです」と、何故か敬語でそう返した。
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