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第2話:秋葉原事変

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 人型装機操縦訓練授業も慣れ始めた。
 入学して3ヶ月は経っただろうか。
 そしてそれは突然訪れた。私たちが意識しない時、唐突に。
『緊急警報発令!緊急警報発令!秋葉原北エリアに電波体バグが出現します。この放送をお聞きの方は速やかに最寄りのシェルターへ避難してください。繰り返します……』
 平和な課業を切り裂く警報。
 人型装機操縦訓練中の出来事。教官から訓練機をその場に放置。速やかに降りて避難するように指示があった。
 でも私は従わない。そんな事かんがえる余裕なんかなかった。
「奴らだ……もう、二度とごめんだ。私が奴らを倒すんだ……っ!」
 冷静になんかなれるはずがない。
 親友を喰われたあの悲しみ。
 何も出来なかったあの悔しさ。
「錦糸町から秋葉原は駅3つ……、訓練弾とはいえ実弾も積んでる。遮蔽物が無ければエネルギーももつ。走れば間に合う!」
 我武者羅だった。繰り返すまいと。
 教官の静止を振り切り私は学校を飛び出した。反省文では済まないな。でも今はそんなこと微塵も考えてはいなかった。
 ――――――――――――
 時を同じくして錦糸町中央発令所。
 対電波放送局、《トロイメライ》。その機関の中枢が、ここ都立錦糸中央高等学校の地下にある。
 そんな無機質な発令所内に警報が鳴り響いた。
『ブー!ブー!ブー!』
「アラート!東京スカイツリーより反応。テレビ朝日系列にて放送事故。秋葉原北エリアに観測特異点ノイズ発生。放送事故により電波体ハグ出現します!」
 観測員が口火を切って発する。
 発令所のメインモニターは異常を知らせる赤1色、次いで秋葉原を中心とした地図に切り替わる。秋葉原北方面では電波体バグを示す赤い光点が、ひとつまたひとつものすごい速さで増えていく。
 すかさず御園生局長が声を上げる。
「対電戦闘用意!」
 そこに白衣の男が続ける
「対電戦闘!」
 戦闘開始を告げる警告音が響き渡る。
 その音に反応し、発令所内の人員が各々の配置へつく。
「避難放送開始!地上員はシェルターへの誘導を最優先!」
「対象の放送局へ対して強制放送停止措置。」
人型装機リンネ試験機はメンテナンス中の為約1時間使用できません!」
 実機訓練が終了し、人型装機リンネは整備中であった。
「奴らはこっちの都合関係なしか……。なんてタイミングだ……。戦時特例、中央高校の訓練機を回せ!」
「中央高校から連絡!訓練機が一機授業を放棄、避難放送を聞き秋葉原へ単独向かったそうです!」
 刻一刻と変化する戦場。そこに入った生徒の命令無視の知らせ。
 この状況で生徒に構ってる余裕などない……筈であるが、作戦担当には別の考えが頭をよぎっていた。
「訓練機に繋げるか?」
「繋がります……どうぞ。」
「聞こえるかな、訓練機に乗っている君だ。私は対電波放送局トロイメライの玄月くろつき2尉だ。君の名前は?」
 作戦担当の玄月2尉がコンタクトを図る。
「…………私は。」
 言葉を濁らせる。学校を抜け出した上に軍からの連絡。間違いなく懲罰物だ。名乗らなくても訓練機を起動する際に差し込む認証キーで学年も名前も分かっているはずだ。
 でも聞いてきた、何か意味があるのだろうか。
「私は……。都立錦糸中央高等学校1年2組、城未来ぐすくみくるです。」
 渋々ではある。私は私の身分を明かした。
 これで退学もまったなしであろう。
 それでも私は親友の仇を取りたかった。
 玄月2尉が続ける。
「君はなぜ訓練機を持ち出した。それは校則違反だと知っているだろう?何故だ。」
「私は、私は……、大切な友達の仇討ちをしたかった。やっと巡ってきたんだ、私の手で根絶やしにするんです!」
 玄月2尉の話はほとんど聞こえていない。
 私はとても興奮していた。夢にまで見た仇討ち。親友を喰った奴がそこにいるんだ。
「城君。君に頼みたい事がある。答え次第では軍規違反、校則違反として処理することになる。君は選ぶしかない。わかっているね。」
 脅しだ。……が、従わざるを得ない状況ではある。
「何をすればいいんですか?」
「まずは錦糸町駅まで来てもらおう。そこで2、3番線ホームに高速輸送車両が止まっている、それに乗り秋葉原へ向かって欲しい。」
「それは私が戦うということですか?」
「君には現地で遅れている避難を手助けして欲しい。電波体バグが避難を妨げている。最低限の相手をして欲しい。」
 奴らと戦うこと。それは私の願いでもある。
「わかりました。向かいます……。」
 走り出していた。踵を返し、錦糸町駅へと向かう。
 校庭から出たのはもちろん初めてだ。
 車道を走ることがこんなに難しいなんて。
 路駐されている車を踏み潰しそうになる。
「この状況なら踏んでもゆるされるかな……。」
 なんて、甘い考えが頭をチラつく。
 錦糸高校から錦糸町駅はすぐ近くだ、間もなく到着する。
 ジャンプで高架線を登り線路を走る、用意されている高速輸送車両へと近づき係員の指示に従いドッキングを済ませる。
「訓練機の到着を確認。錦糸町駅2、3番線、及び通過駅の両国、浅草橋、終着秋葉原5、6番線のホームドアを緊急閉鎖。」
「臨時特急通過案内開始。各駅ホームより乗客を退避。」
「在来線全て退避完了。訓練機発進準備よろし。」
 玄月2尉が再び口を開く。
 その声は低く重く、発令所内にこだました。
「作戦開始。輸送スタート。」
 発令所メインモニター、錦糸町駅から青の矢印が線路に沿い秋葉原を目指して移動を始めた。
「訓練機正常に発進。続いて予備兵装を射出します。」
 ――――――――――――
 その時錦糸町駅では混乱が起きていた。
 それはそうだ、やれ危険だから避難しろ、やれ臨時特急が通過するからホームから離れろ。
 トロイメライの地上員が半蔵門線駅内にあるシェルターへの避難を急がせている。
  駅のホームには一機の訓練機が飛び込んできた。
 輸送車両に固定作業が進む。
 仰向けになり腰部のジョイントが固定される。
「固定作業完了!作業員退避ー!」
 約10m程の機体が車両に固定された。
『2番線より臨時特急が発車致します。大変危険ですのでホームから離れてお待ちください。』
 臨時特急運行のアナウンスが絶えず駅に流れていた。
 作業員退避が完了し、鉄道信号が停止を示す赤から進行の緑へと切り替わる。
 刹那、訓練機を乗せた輸送車両の車輪のロックが外れ火花を散らし、轟音をあげながら加速して行く。
 ジェットコースターの比ではない。
 押しつぶされるまでは行かなくても加速により体が軽く潰れそうな感覚に襲われる。
 ――――――――――――
 その後の発令所では訓練機到着までの電波体バグに対応していた。
「対象出現エリアから最寄りの、秋葉原駅、御徒町駅、上野駅の人員避難完了。」
 そこに発令所内別区域CICより無線が入る。
「目標群α秋葉原駅に接近!トラックナンバー1001-1030ヒトマルマルヒト-ヒトマルサンマル!」
 CICが初めに捉えた電波群体バグズはその数約30体。秋葉原中心の地図を映し出すメインモニターの赤い光点にナンバーが、割り振られていく。
 すかさず玄月2尉が反応する。ヘッドセットを片耳だけ押し当て、砲雷長へと指示を出す。
「CIC指示の目標。目標群α、トラックナンバー1001-1030 ヒトマルマルヒト-ヒトマルサンマル!攻撃始め!民間人に当てるなよ!」
「了解!秋葉原地区防衛システム起動!」
「目標位置、35度67分ノース、139度77分イースト!」
浸蝕短SAM、攻撃始め!サルボー!地対空ミサイル発射
 秋葉原駅直下、歩行者天国。その道路が次々と開き中から多数のミサイル発射管が出現する。
 間髪入れずにその発射管から炎をあげミサイルが飛び出していく。
「インターセプト5秒前……スタンバイ、マークインターセプト!」
「攻撃判定……効果あり!ターゲットキル!」
 目標の電波体バグを確実に消去デリートしていく。
「目標群、秋葉原駅にさらに接近!」
 砲雷長兼坂伊織んねさかいおりが続けざまに指示する。
CIWS近接防衛システム攻撃始め!」
 秋葉原駅近辺のビル群の屋上。看板が折りたたまれ、中からCIWS砲塔が出現する。
 CIWSからは火の玉の如く空に一直線の軌跡を描きながら、砲身が焼き切れんばかりに連射されている。20mmの弾丸を3000発/分の勢いで発射、対象を自動追尾する。
 訓練機が到着する秋葉原駅を、そして逃げ遅れた民間人を守る為武力が行使される。
 モニターからはCICによって采番オートナンバリングされた目標がひとつ、またひとつと消去デリートされていく。
 玄月2尉はが懸念事項を確認する。
「訓練機の所在はどうだ?」
「訓練機は両国駅を通過、さらに加速します。」
 戦況は決して待ってくれない。
 判断1つのミスが何人の民間人の命を奪うか分からない。
 メインモニターに示される避難率は87%。
 確定情報では無い、目安だ。
「間に合え……間に合え……間に合ってくれ……。」
 私は何度も心の中でそう唱えていた。
 繰り返してはいけない。もう誰も悲しませてはいけないんだ。
「城君。君が焦っては助かる命も助からない。気持ちはわかるが今は落ち着いてくれ。」
 玄月2尉に呼ばれふと我に返る。
 そうだ、私がちゃんとしなければ行けないんだ。今は。
 あと二駅。私が都心へ出かける時に、総武本線を利用するよりずっと長く感じる。
 こっちの方が早いはずなのに。
 焦りが心を乱していく。
人型装機リンネメンテナンス切り上げました、秋葉原へ向け輸送しますか?」
「そうだな、バックアップに回せ。」
 訓練機では無い、実戦配備されている人型装機が錦糸町より秋葉原を目指し、後を追うように輸送される。
 そこにCICより戦況の変化の報告が飛び込む。
「目標群α、トラックナンバー1001-1030 ヒトマルマルヒト-ヒトマルサンマル沈黙!」
「新たな目標群β、トラックナンバー1050-1200 ヒトマルゴマル-ヒトフタマルマル更に発生!」
 追加で出現した電波群体バグズはその数なんと150。
 より大きな被害が予想される。
 だが玄月2尉は決して諦めない。こういう状況ほど玄月の気配りが最大限発揮される。
「兼坂砲雷長!火力支援継続!避難完了まで誰も死なせるな!秋葉原から北方面上野までの状況は?」
「わかってる!引き続き浸食短SAM発射!地対空ミサイル発射
 玄月2尉と兼坂砲雷長は自衛隊時代練馬駐屯地にて同期だったこともあり、互いの考えが通じ合っている。
「上野地区より入電。迎撃システム稼働91%。民間人の避難はほぼ完了とのこと。」
「訓練機、浅草橋を通過!まもなく秋葉原駅へ到着します!」
 戦況は苦しい。機械が自動で攻撃しているとはいえ、電波体バグもただやられるだけではない。
 その目に映る物総てに対して無差別に攻撃をしている。
 上野地区で稼働していないシステム9%はその攻撃によって破壊されたものだ。
 被害は決して0ではない。限りなく0に近づける事が任務である。
 そうしている内についに訓練機が秋葉原駅へと到着した。
「訓練機秋葉原駅へ到着!輸送車両とのドッキング解除。オンステージ!」
「発進準備完了。発進タイミングを操縦者アクターへ譲渡。」
 ついに来た。戦地秋葉原。私はここで仇を討つんだ。
人型装機リンネ訓練機、城未来。オン・エア!」
 輸送車両から飛び出し、秋葉原駅高架を乗り越える。
 バーニアを吹かし、着地の衝撃を和らげる。訓練機が秋葉原の地に降り立った。
「城君。まずは遅れている避難が最優先だ。地上員が担当している、が電波体バグのせいで避難そのものがままなっていない。秋葉原駅周辺から御徒町駅にかけて地上員を援護して欲しい。」
「わかりました。対応します。」
「わかっていると思うが独断専行は禁止だ。君の働きには少なからず人命が関わっている。いいね?それから実弾の使用を許可します。ただしAP弾徹甲弾のみだ。HE弾榴弾の使用は禁止。爆発が民間人を巻き込むかもしれないからね。浸蝕短SAMで電波体バグを消滅させてるとはいえ。」
 確かにそのとおりである。当たった弾が炸裂し周囲に飛び散った場合、避難民に当たる可能性もある。被害を可能な限り0に近づけなければならない。
 教科書で習った。浸蝕短SAMは電波体バグに対して反作用のある放送波を搭載。弾頭が対象に当たり炸裂する事で、対消滅させることができる。
「すまない、言い忘れた。射撃後の排莢には十分注意してくれ。リコイルライフルの薬莢も50mm近くある。当たれば最悪の場合も考えられる。そのため可能な限り近接戦闘CQCでの対応を頼む。これは訓練でもリハーサルでもない実戦だ。」
「了解しました。」
 秋葉原から御徒町に向け走りはじめる。
 その間絶え間なく秋葉原駅からの火力支援が続けられる。
 浸蝕短SAM、CIWSはフル稼働状態だ。
 発射管地下では止まることなく砲弾が装填され、発射、また装填と繰り返されている。
 途中、電波体バグと会敵する。
「来た!訓練じゃない……実戦。装備選択、高周波ナイフ。これだ!」
 操縦桿を握りながら人差し指でコンソールを操作、武器を選択する。
「はぁぁぁあっ!」
 ペダルを目いっぱい踏み込む。バーニアを吹かしジャンプする。アニメで見た大気圏内で空を飛ぶことなんて人型装機じゃできない。重力に引かれるからだ。バーニアを使用したジャンプは10m程が限界である。それ以上は腕に装備されたスティールワイヤーで建物に張り付きバーニアを併用し巻き取り移動する。そうしてビルの屋上へと移動し、電波体バグに飛びつく。そのまますかさず高周波ナイフを突き立てる。
 キィィィィィィィィィイイイイン……!
 装備は敵を殲滅するのみではない。デメリットも存在する。
 高周波ナイフはその振動故、周囲の窓ガラスを悉く砕いていく。
 ナイフが高速振動を行い対象の表皮を断ち切っていく。
 電波体バグは巨大なイカの様な姿をしている。
 約5m程の体躯。
 その弱点はイカの鳶に当たる口の中にあるコアである。
 捕食されるリスクはあるが、確実に殲滅するためには、コアを砕くほかない。
 初めての実戦でそれが狙えるとは思えない。
 その為、表皮をナイフで切り裂きコアにアクセスする。
 切り裂いた表皮を両手で開く。中からコアが露出、勢いそのままに再度ナイフを突き立てコアを破壊する。
 コアを破壊された目標は高温の蒸気を発し蒸発していく。
 「まずひとつ!やったよ、蒼!」
 喜ぶのもつかの間、そこに機体搭載のAIからアラートが発せられる。
 『新たな目標210度ふたひゃくじゅうど距離180』
 次の目標が接近してきている。触手をこちらに向け捕縛するつもりだろう。再度コンソールを操作。
「接近される前に撃ち落とす。AP弾選択。ファイア!」
 AP弾のマガジンをリコイルライフルに刺す。
 トリガーを引き斉射する。同じように電波体バグの表皮が射撃により剥がれ落ちていく。要領同じく、そのまま打ち続けコアを狙う。
 ……が、突然敵が触手でコアを隠した。大きな口を開け突っ込んでくる。
 自滅覚悟で捕食しに来たんだ。
「だめだ取りつかれる……一旦退避。ビルを背に距離を取ろう。物陰に入るのは最低限にしなくちゃ……きゃっ!」
 訓練機は電波体バグに取りつかれてしまった。
 触手が腕をつかみ浸蝕していく。電波体バグは機械に侵入しそのコントロールを奪うことができる。
 《ゆくりなき地上波》事件の際も自衛隊戦車が乗っ取られ暴走した過去がある。
 そのまま機体を伝い操縦者まで浸蝕されればそれこそゲームオーバーだ。
「訓練機、電波体バグに取りつかれました。左腕部浸蝕開始!」
 玄月2尉の判断は訓練機を撤退させるものだった。
「訓練機の左腕部を破棄パージ!秋葉原北3番エリアから訓練機を回収、急げ!」
 バシュ!と音を上げ訓練機の左腕が切り離される。切り離された腕からは血のようにオイルが噴き出していた。
 絡みついた左腕をパージされ身動きが取れるようになった。
 私は蒼の仇をとったといえるのだろうか。ただ1体倒しただけで。悔しいここで回収されるなんて。
 指示に従い回収ポイントへ向かおうとしたその時だった。
『私の事を覚えていますか?』
「え……?なに、声?聞いたことがある声……」
 確かに声が聞こえた。どこからだ?
『私の事を覚えていますか?』
「まさか、電波体バグ?そんな話聞いたことがない、でも確かに。」
 そこで電波体バグと目があった。正確には電波体バグの表面に浮き出た顔を目があったのだ。
「……そ……う?嘘だよね……蒼!?」
 それは確かに2年前電波体バグに捕食された親友《神成蒼》の顔と声だった。
「私だよ!未来だよ!蒼!」
「玄月2尉!アクター、ハートレート異常値です!」
特異電波体バグスターと思われる個体と接触!」
「城君。君は何を見ている?何が聞こえている?一旦ビルに隠れろ。」
 無線の音なんて聞こえてはいなかった。
 あの日私から奪われた親友が今目の前にいるのだ。
 また会うことのできた嬉しさと、それを食んだ憎しみとが入り乱れている。
 唇をかみしめる。幾分か血の味がする。
 その痛みでふと我に返る。
「すいません……あれは私が2年前ゆくりなき地上波事件で失った親友です。一旦ビルに隠れます……」
 訓練機含め人型装機リンネは内蔵電源で15分しか活動ができない。それを補うのが、《東京スカイツリー》から発せられる充電電波。これを受信することで充電しながら活動することができる。
 つまりは物陰に隠れ電波が届かなくなると内蔵電源に切り替わる。
『充電電波遮断、内蔵電源に切り替わります。』
「資料ありました、《神成蒼》2年前オリナス錦糸町で電波体バグに捕食されています。おそらく空の傷ゲートを通り電波界へと戻ったと推測されています。その為現在まで蒸発せずに残存していたものかと。」
「弔い合戦か……酷だな」
 私には撃てない。例え電波体バグに捕食されたとしても、親友を撃つことなんて出来ない。
 わかってる、やらないと助からない命がある。蒼はもう助けられない。それでも、動けない……。
「秋葉原地区避難完了報告あり!」
「目標群β、半数を消去デリート!火力支援なおも継続!」
「兼坂砲雷長、スカイツリーからの反応は!?」
「パッシブ、アクティブ共に追加の感無し。現状出現中の目標群βがすべてと思われる!」
「あと少し、か。餘目あまるめ機はどうか?」
「は、浅草橋を通過、間もなく秋葉原駅に到着します。」
 ――――――――――――――――――
 ビルに隠れて何分経っただろう。
 特異電波体バグスターも私も膠着状態だ。
「内蔵電源は…………しまっ!?」
『ピ――――――――――!内蔵電源が切れました。活動停止します。』
 物陰に隠れて15分経ってしまった。蒼の事を、昔の事を考えていたらもうそんなに立っていたのか。
 特異電波体バグスターがゆっくりと私に近づいてくる。
「玄月2尉!訓練機捕食されます!目標が近すぎて浸蝕短SAM、CIWS撃てません!」
「間に合わせろよ……」
 あぁ蒼。私もすぐそっちに行くよ。また一緒に遊ぼう。
 会いたかった。また声が聞けて嬉しかった。
 学校も卒業してないけど、私はまた貴方に会えた。
 それだけで救われた。ありがとう。
 私は目を閉じ捕食されるその時を待った。
 しかし、それを切り裂くように無線が入った。
「諦めるな!生きろ!」
「なに?だれ!?」
 掴まれていた触手を弾丸が引き裂いた。
 私と蒼の間にスナイパーライフルを持った人型装機リンネが割って入った。
「無線を聞いてた。貴女にはあれを倒す理由がある。貴女が彼を解放するんだ!」
 そういうとその人は私の訓練機の腰部背面のバッテリーを外し持ってきた予備と付け替えた。
 そこに玄月2尉からの無線が入る。
「秋葉原地区の避難が完了した。HE弾榴弾の使用を許可する。君が彼を成仏させるんだ。」
 無意識に私は蒼に向けライフルを構えていた。
 涙で前が見えない。でも決別の時が来た。
 先の射撃でコアは露出している。
 私は心の中で謝っていた。感謝していた。そして……
「ごめんね、蒼。いってらっしゃい……」
 そうして私は震える手を抑えながらトリガーを引いた。
 発射された榴弾はコアに当たり炸裂。目標は蒸発した。
『ありがとう未来。私を覚えていてくれて』
 確かにそう聞こえた気がした。
 ――――――――――――――――
 その後は駆け付けた餘目 遥あまるめ はるか曹長と共に残った電波体バグを殲滅。
 今回の放送事故による秋葉原事変は終わりを迎えた。
 事態が終息し、機内に女性の声の無線が入る。 
「対電戦闘用具収め。」
 それを復唱する局員の声。
「対電戦闘用具収め!」
 秋葉原地区のミサイル発射管やCIWS砲塔が収納されていく。
 さらに、続く玄月2尉の声。
「餘目曹長、状況終了。ご苦労様でした。それから城君、実戦AIでは無い訓練機でありながら、電波体バグの掃討作戦及び民間人の避難援護お疲れ様でした。2人とも、秋葉原駅に輸送車両が2台止まっているのでそれに乗り錦糸町まで帰るように。」
 無線の餘目曹長は、了解と返事をしていた。
 そんな中私は熱が冷め冷静になってきた。
 軍規、校則違反である。どのような罰が待っているのだろう。あそこで捕食された方がマシだと思えるなにかであろうか。
 「どうしたのかな、城君。君の処遇は明日正式に告知させてもらう。本日は訓練機を対電波放送局へ預け寮へと帰ってもらう。明日登校後、より呼び出しがあるだろう。不安かもしれないが今はそれを待って欲しい。」
 不安通り越して怖い。でも、ここで更に訓練機に閉じこもり外からの干渉をシャットアウトしても、強制開放信号によってコックピットは開放される。大人しく従うしかない。
「了解しました。秋葉原駅へ向います。」
 よろしいと玄月2尉の声を無線が拾った。
 餘目曹長の人型装機リンネを追いかけるように秋葉原駅を目指す。
「あの、餘目……曹長。」
「なんだ?」
「その、先程は援護ありがとうございました。捕食されかけたところを発破かけてもらいましたし。おかげで自分の過去と決別出来ました。」
 なんだそういうことかと、餘目曹長はこぼした。
「私は無線で聞いた事しか知らない。君の過去や彼の過去。そんな物私には関係無い、ただ目の前で命の灯火が消えかけていた。私はそれを消したくなかったんだ。」
 怖い人だと思った。はじめて入ってきた無線では私に対してがなっていた。
 でもこの人は何よりも命を、尊ぶ人だ。
 一緒に消えたい私を生かし繋ぎ止めてくれた。
 今はそれを喜ぼう。
 御徒町から秋葉原駅へ移動が完了する。
 スティールワイヤーとバーニアを併用し5、6番総武本線ホームへと登る。
 指示通り餘目曹長と私は機体を高速輸送車両へ固定。
 車両は錦糸町へ向けて走り出した。
 ここに来てようやく余裕が出来た。
 操縦桿から手を離し、息を吐く。
 モニターから見える東京は既に橙に色が変わり始めていた。
 私が、私達が守った。いや、私は冷静ではいられなかった。
 餘目曹長の力が大きい。さすが本職の隊員だと思う。
 モニター越しに餘目曹長と目が合ってしまった。恥ずかしい。
 目を逸らしそして瞑る。
 ああ、つかれた。
 ――――――――――――――――――――
 そうして錦糸町へ到着。
 車両はそのまま駅を通過し地下へと続く線路へ吸い込まれていく。
 輸送車両の行き着いた先、そこが対電波放送局トロイメライであった。
 終着。隊員が待機していた。餘目機、次いで訓練機がホイストクレーンにより輸送車両から移動される。
 指定された区域へ移動、片膝付きになる。
 コックピットを開放する。頭部が、後ろへと下がり胸部が下がる。そうしてコックピットブロックが前へでる。閉ざされたコックピット内に光が入る。
 身を乗り出し外を見る。そこには私に向かい銃を構える隊員で、周りを囲まれていた。
「城訓練生!速やかに電源を切り、コックピットから降りるように!電子生徒手帳は機体へ挿入したままにするように!」
 怖い。銃を向けられている。怖い。
 でも、言う通りにしないとほんとに何されるか分からない。
 コックピットから出て、ワイヤーロープを掴み片足を乗せる。スイッチを押し、ゆっくりと地上へと下がっていく。
 地面に足がつく、ワイヤーを手放し両手をあげる。
 すぐさま隊員が駆け寄り囲まれる。
 餘目曹長はコックピットブロックに立ちこちらを見つめている。
「そこまで、銃を降ろしなさい。」
 聞いたことある声がする。
 白衣の男が近づいてくる。
「初めましてだね城訓練生。私は玄月2尉。初めての戦闘お疲れ様でした。君に攻撃の意思が無ければ何よりだ。」
 ああ、今日1日私に逐一指示をくれた人だ。
 私に攻撃の意思は無い。素直に従おう。
「危険です!玄月2尉!下がってください!」
「お下がりください!」
 銃を向けた隊員は叫ぶ。それはそうだ、反乱分子と見なされてもおかしくはない。
 さっきまでは人の命がかかっていた上に、上官の命令だから私をサポートしてくれたんだろう。
 それが終わった今、不満が湧いて出たのであろう。
 私は手を挙げ続け、無抵抗を貫く。
 殺意が向けられている。抗えない。
 パンパンッ!
 手を叩きながら玄月2尉が私と銃の間に割って入ってきた。
「そこまで!この場は対電波放送局トロイメライ戦術作戦課玄月千尋2尉が預かります。異議のあるものは速やかに申立てるように………………ありませんね?では以上、解散!」
 渋々であろう。銃をおろし、隊員はその場を後にする。
 上官には、一切逆らえないのであろう。逆らうのは罪かもしれないが、自身の意見も言えないのだろうか。
「あの、ありがとうございます。」
「勘違いしないでね。君の処遇が決まる迄だ。明日の、の判断次第になる。今日はうちの隊員に寮まで送らせる。明日登校するように。いいね。」
「はい……。」
 何はともあれ寮には帰れるらしい。
 対電波放送局の隊員に連れられ女子寮に辿り着く。
「城訓練生、しつこいようだが明日必ず登校するように。以上。」
 そうして私は寮へと入る。既に食事の時間は終わり人はまばらである。がやはり噂は広がっていた。
「あの子じゃない?訓練抜け出して秋葉原に向かったの。」
「手柄あげて認めてもらいたかったのかしらね。」
 わかっていた、こうなる事くらい。後悔しても遅い。私がやった事は事実なのだ。
 それでもそんな私に話しかけてくれる人がいた。
「城さん!無事でよかった。軍の人に酷い事されませんでした?待ってました!一緒にご飯食べましょう!」
 そういうと鐘倉さんは私の手を引き食堂へと向かった。
「配給員さん、さっき話した遅れてる子です!ご飯お願いします!」
 私の為に手配してくれいた。懲罰で戻るかもわからない私の為に。
「お風呂も待ってました!今日もオイルまみれです。」
 こんなに真っ直ぐ私に向き合ってくれる人、いただろうか。
 私のことを考え行動してくれた人が居ただろうか。
 私の身勝手な行動のせいで、多分専属整備科を外されるだろう。
 3ヶ月私専用に仕上げてくれていた。今更他の人の担当になるのも難しいだろう。
 ふと、頬を涙が伝う。
 私は泣いていた。ぐしゃぐしゃになって。
「ごめんなさい!鐘倉さん。私は……私は、貴女の期待を裏切ってしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。」
 言葉にはならなかった。言葉にできなかった。
 ぽんっと私は肩を叩かれた。
「いいじゃないですか、私が整備した機体で城さんが民間人を救ったんですよね?誇らしいじゃないですか。気にしなくていいですよ!それでも私は城さん専属で居たいと懇願しますから。」
 とめどなく感情が溢れてきた。
 その後の事はよく覚えていない。
 一緒にお風呂に入り、部屋に戻り、就寝したのであろう。感情の沈みが激しすぎて何も思い出せない。
 気づいた時私は1年2組の教室に登校していた。
 ホームルームが始まり、比良坂先生が教室に入る。
 開口一番私が私の事だった。
「城未来……は、来ているな。理事長先生からの呼び出しだ、荷物はそのままに理事長室へ向かうように。それから、専属整備科鐘倉美空、君も呼び出されている。一緒に行きなさい。」
 まずい私のせいで鐘倉さんまで処分されてしまうのではないだろうか。
「あの……。」
「質問は一切なしだ。行きなさい。」
 受け付けてもらえなかった。従うしかない。
「私なら大丈夫ですよ!行きましょう城さん。」
 その前向きさに少し勇気をもらい教室を後にする。
 その時教室からは私の陰口が聞こえた。
「あいつ、きっと退学処分だぞ。軍規違反でもあるだろ?どんな罰が待ってるんだか。」
「みろよ連帯責任だ。かわいそうに、専属ってだけでか。」
 私は前を見て歩けなかった。鐘倉さんに顔を向けられない。それでも彼女は私の手を握り理事長室まで引っ張ってくれた。
 エスカレーターを下る。職員室のさらに奥、校長室を越え理事長室へ辿り着く。
 手が震える。でも握っていてくれる。
 勇気を出してノックした。
「どうぞ。」
 女性の声が聞こえた。
「失礼します。」
 私たちは理事長室へ入室した。
 そこには入学式に居た2人の白衣の男性。片方は昨日私を一時的に解放してくれた玄月2尉だ。
 それと理事長先生。
 もう1人の白衣の男性が口を開く。
「私は兼坂伊織んねさかいおり砲雷長。昨日の作戦行動で火力による支援を行なっていたその責任者だ。まずはその労を労おう。お疲れ様でした。その後の話も玄月2尉から聞いていますよ。」
 そうして玄月2尉は私に手を振る。
 最後に理事長先生が喋り始める。
「私は都立錦糸中央高等学校理事長兼対電波放送局局長御園生詩葉みそのおうたはです。城訓練生。昨日は民間人の避難援護及び対電波体バグ掃討作戦ご苦労様でした。しかし、訓練時教官の指示を無視した事、訓練機の無断持ち出しは校則違反となります。」
「はい。」
「その後はこちらの指示に従って頂いたみたいで助かります。これも無視していた場合軍規違反としての罰も考えなければないませんでした。その点は安心しました。」
 驚いた。この学校の理事長と、対電波放送局のトップが同じ人だったとは。
 それよりも言葉が重たい。私の罪に対するお言葉だ。
「それでは本題です。城訓練生。今回の貴女の行いは決して誉められたものではありません。場合によっては貴女が死んでいたかもしれない。だが私たち対電波放送局の人型装機リンネの現着が間に合わなかった事もまた事実。貴女が避難を援護しなければより多くの民間人の被害があったでしょう。以上のことを鑑み、城訓練生への罰を不問とし戦時特例により1曹へと任命するものとする。」
 ……?えっとどういうことだ。私の罰がなくなり、軍属になるということなのか。
 なぜだ?御園生理事長が述べた通りではある。が、理解が追いつかない。
 私は罰せられるつもりで今日ここに来た。はずである。なのにその結果は不問かつ対電波放送局への配属であった。
 じゃあ鐘倉さんが呼ばれた理由はなんだろう。
 その答えを理事長が述べ始めた。
「もう一点、整備科鐘倉美空。人型装機リンネは各個人に合わせた専用のチューンアップが必要です。城1曹専属メカニックとして、対電波放送局にて勤務してもらいます。以上の理由から戦時特例により3曹に任命する事とします。」
 まずはほっとした。鐘倉さんに連帯責任として罰せられるのではないかと。
 罰はなかった。が、あるいみ連帯責任物ではある。私の軍属、それに伴い専属メカニックとして軍への配備。
 課業に加え有事の際は軍としての勤務が発生する。申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「私と城さんは罰せられないんですか?」
「ええ、罰よりキツイかもしれないけど、今後対電波放送局として、電波体バグ襲来時避難誘導援護、掃討作戦へ参加してもらいます。まぁ私としては女子が増えて嬉しいですね。」
 兼坂砲雷長が割って入る。
「実は昨日の時点で決まってたんだ。玄月なんかは作戦に幅がきくと喜んでいた。こんなんのあつまりだが、悪いところじゃない。よろしく。」
「それは言わない約束でしょ、兼坂砲雷長。しまらないなぁ。昨日は銃に囲まれて怖かったよね。ごめんよ。これからは有事の際は授業中でも関係なく呼び出す。それは学校側にも通達する。速やかに地下格納庫まで来て作戦行動にうつってくれ。」
 ようやく緊張が解けた。少し涙が出る。迷惑をかけたと理解したからだ。
 でも彼女たちは私を受け入れてくれた。私が失ったとおもった所で私に居場所ができた。
 それがとても嬉しかった。
「やりましたね城さん!トロイメライへの狭き門をクリアしてしまいました!今日はお祝いです!」
「呼び出して悪かったね。それとこれ貴女の生徒手帳。返すね。それじゃあ私たちは発令所のほうにも行かないといけないから、ここまで。女子会楽しみにしてるからね。教室に帰っていいよ。比良坂先生には言っとく陰口を許すなって。」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します。」
 私たちは理事長室を後にした。
 来た道を帰る。校長室、職員室、エスカレーター廊下を経て1年2組へ。
 扉を開く、入学式の時と同じだ。視線がこちらを刺してくる。
 私と鐘倉さんは自席へともどった。
 それでも教室ではヒソヒソ話が絶えない。
 そこを比良坂先生が切り裂く。
「そこまでだ。理事長先生から連絡があってな。確かに校則違反はしたがその類まれなるセンスで訓練機を駆り、対電波放送局の指示のもと秋葉原の避難誘導を援護、電波体バグ掃討作戦に参加。事態を終息させたそうだ。それを鑑み、対電波放送局から直々にスカウトされて本日付で1曹として局員扱いとなるそうだ。ある意味狭き門をくぐったんだ。暴走は良くないが、みんなも卒業までにしっかり結果を残すように。後陰口は減点だからな?」
 まじかよ。いきなり放送局員!?等と声が聞こえる。が悪口はひとつもなかった。
 理事長先生と比良坂先生のおかげである。
 その後は何事もなく課業が過ぎ。帰寮の時間となり。
 こっちにも話が伝わっていたのか入学以来の豪華な晩餐となっていた。
 城1曹鐘倉3曹江局員就任オメデトウ。そう書かれたケーキまで用意されていた。
 他の訓練生にも祝福された。やはり対電波放送局は憧れなのである。
 大浴場は豪華に柚子湯になっていた。冬至か?
 そんな至れり尽くせりな1日も終了する。
 布団に入り鐘倉さんに再度お礼を言う。
「ありがとう、鐘倉さん。一緒に来てくれて。手を握ってくれて嬉しかった。これから忙しくなるけど。」
「はい!頑張りましょう!沢山整備しますから安心してください!」
 オヤスミ。そう呟き目を瞑る。
 長い長い秋葉原事変は予想外の結末で幕を閉じた。
 ――――――――――――――――――――
 新兵器受領の為対電波放送局所属の人型装機リンネは羽田空港へ向け輸送されていた。
 それを待ったかのように現れる電波群体バグズ
 輸送中の人型装機リンネはなす術なく攻撃される。
 次回、《その瞬間、命、瞬く》
 私たちは、ただ喰われるだけの存在じゃない。
 
 
 
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