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さよなら3

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「リュウくんは俺のことが嫌いなんじゃなかったの」


そう言いながら黒瀬さんは自分のシャツのボタンを外している。真剣な顔つきだ。肌けてあらわになった白い胸が、月明かりの下でぼんやりと発光するのを黙って見つめた。


この人はなにをしているんだろう。


突然の事態に俺は困惑し、もはや抵抗する気力もない。この馬乗りの体勢のまま、ゆっくりと覆い被さられていつかのように首を絞められたら、自分なんてひとたまりもないだろうな、と回らない頭で思った。


「ねえ。嫌いな人にキスされて、ここ、こんなにしてるわけ? 変態じゃないか」
「……ひぁ、っ?!」


突然、下腹部を触られてへんな声が出た。実はキスをしている最中からずっと反応していたのだ。バレてないといいと願っていたけれどやはりバレていたらしい。でも黒瀬さんだって人のことを言えないはずだ。


「う、うるさい! 変態は黒瀬さんの方だろ」
「そうだよ。今更気づいたの? ずっと一緒にいたのに」


俺の反抗も虚しく、軽くあしらわれてしまった。冷ややかな笑みを浮かべている。その表情には、昔の物語に出てくる、世にも美しい吸血鬼、とでも形容したくなるような妖艶さがあった。


黒瀬さんが自分のシャツを脱ぎ終わり、今度は俺のスウェット地の部屋着にとりかかる。
リュウくん、万歳して、という呼びかけに、思わず素直に従ってしまった。いい子だね、と褒められて顔が熱くなる。部屋が薄暗くて本当によかった。


「……君が言う通りだ。俺は物心ついてからずっと、実の妹のことを愛してた。ひとりの女性として彼女を想い、欲情もした。一生叶わないけれど、でも、それでいいと思ってた」


充分わかっているのに、いまさらそんな話聞きたくない。
服を脱がされ、裸になった上半身に鳥肌が立った。好きな人の好きな人の話なんか、本当はいつだって聞きたくなかった。


少し間を置いてから、黒瀬さんは呟く。


「でもそこに、君が現れたんだ」







俺はそのとき、黒瀬さんの薄茶色の瞳の奥に、あの日の光景を見た。


『左手の十字架なんて、もう捨てなよ』


左手首に刻まれた、【S】である証の十字架の刺青。退廃を繰り返し、ただ一生堕ちていくばかりだと思っていた世界に、黒瀬さんはふいに現れた。


俺はこの家に来た日からずっと、この人に好きにされたかったのだと思う。取り返しのつかないことがしたかったのだ。二人で。恋人という肩書きを、言い訳にして。







その夜、俺を乱暴に抱きながら、黒瀬さんは饒舌に語った。彼もまた、俺とひとつになることで自分自身を傷つけたかったのかも知れない。


狭いソファの上で、膝立ちになり、背後から抱きしめられている。汗ばんだ体が密着し、感情はぐちゃぐちゃで、今までで一番溶け合っていると感じられるのに、なぜか切なかった。


「リュウくん、後ろからされるの好きなんだね。すっごい締め付け」
「っ……や、やだ」


耳元で響く黒瀬さんの声は、悪魔の囁きみたいだった。腰を打ちつけられるたび、俺は声を必死に我慢する。


今までずっと抱き合って眠っていたのが嘘のようだった。その間、一度も身体を繋げなかったことが信じられないくらい、もうこの人なしでは生きられないと思ってしまった。


「ねえ。実の妹を抱きたいと思うことと、年下の男の子に執着してめちゃくちゃにしてやりたいと思うこと、いったいどっちが不健全なんだろうね」
「やっ、……ぁ、黒瀬さ、っん、やめ……」


後者だ。だからこんなことやめてくれ!
不健全な大人に向かって、そう叫びたいと思うのに、本当の俺はやめて欲しくないらしい。拒否しようと思えばできるくせに、なんの言葉も発さず、ただ嬌声だけを上げ続けている。


やめてくれなんて本当は微塵も思っていないのかもしれない。


本当は、もっとして欲しい。
レイコが絶対にされないであろうことを、俺はずっと、黒瀬さんにして欲しかったのだ。


「俺はリュウくんのことが好きなんだよ。どんなに歪んでたって、その気持ちに嘘はない」


何度目かの飛沫がほとばしったとき、俺はその言葉を信じてみたいような、空虚なのに満たされた、不思議な気持ちになっていた。

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