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第十三章 清算

百八話 二人いる!

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 神台邑(じんだいむら)のことをひとまず軽螢(けいけい)、椿珠(ちんじゅ)さん、巌力(がんりき)さんの男子グループに任せて。
 私、翔霏(しょうひ)、玉楊(ぎょくよう)さんの三人組ガールズは、翼州(よくしゅう)の都、北網城(ほくもうじょう)に来ていた。

「父さんと母さんに会うのも久し振りだ。私が友人を連れて顔を出せば驚くだろうな」

 翔霏がいつになくウキウキした顔で言った。
 私たちはこれから、翔霏の親御さんが演劇をやっている芝居小屋に行く。
 女子だけで移動しているのは、もちろん目立ちたくないからである。
 なにせ私たち、お尋ねものでヤンスからね。
 2メートル超の巌力さんを連れて大きな街に来ると、どうしても、人目を引いてしまうからなあ。

「ああ、あなたが麗央那(れおな)なのね……! 会うことができて、本当に、本当に嬉しい……!」

 締まった体つきで、お面のようにつるりとした顔の女性から、情熱的なハグを受ける私。
 彼女が、翔霏の母親であるようだ。
 私たちの奮闘をねぎらい、翔霏のお母さんは全員をぎゅうっと抱き締め、目に涙を浮かべながら言った。

「邑のことは、私たちも気になっていたの。でも、行ってみたら誰もいない、もぬけのカラで、軍人さんたちからも無闇に近寄るなって言われてしまって……」
「だ、大丈夫だ、母さん。もうすべて終わらせてきた。これからはぼちぼち、なんとか邑を立て直していくさ」

 愛情たっぷりの頬ずりをされまくって、少しタジタジしながら翔霏が言う。
 翔霏のお母さん、感情表現とスキンシップが、濃い人なんだなあ。
 相変わらずののんびり笑顔で、それでもいつになく玉楊さんが声を弾ませて言う。
 
「本日は、お芝居の観覧にお招きいただいて、まことにありがとうございます。演劇なんて、いつ以来かしら。楽しみだわ」

 待ちきれないとばかりにソワソワしている玉楊さんを改めてまじまじと見て、翔霏のお母さんはあんぐりと口を開け、叫んだ。

「あ、あなた! その可愛らしさはどういうことなの!? 芝居の世界で長く働いてるけれど、あなたほど可憐な女の子は見たことないわ! ねえ、なにか特技はある?」
「び、琵琶を少々、触るくらいでございますけれど」

 勢いに怯えるように答えた玉楊さんの手をぎゅっと握り、翔霏のお母さんは熱弁する。

「この美貌の上に楽器ができるなんて最高じゃない! うちの劇団で働いてみない? 毎日楽しいわよ!? いろんなところを回って、その土地の美味しいものを食べ尽くせるわよ!!」
「母さん、私たちは今、お尋ねものになってしまったと言っただろう。芝居なんて目立つことはできん」

 翔霏がグイッと二人の間に割って入り、体を突き放す。
 たしなめられたお母さんは、子どものようにシュンと肩を落とし、口をへの字に曲げた。
 本当に翔霏のお母さんなのかなあと思うくらいに、表情豊かな人だなあ。
 なんか、翠(すい)さまに似てるかもと、私は思ってしまうのだった。

「ところで父さんはどうしてる」

 翔霏の質問に、お母さんは肩と手を上げるジェスチャーをした。

「わからないわ。またどこかで若い女の子と遊んでるんじゃない? 今日の公演もあいつ抜きで段取りしてるし」

 ダメンズかよ、翔霏のお父さん。
 そう言えば翔霏は、お母さんと同じ、紺という姓を名乗っている。
 お父さんとお母さんは正式に結婚してないのかも。

「各地の、美味しいもの……」

 なんか、玉楊さんが興味を持ってしまいそうな雰囲気なので、私たちはさっさと客席へ移動した。
 玉楊さんは耳や鼻だけでなく舌も敏感で肥えているので、美味珍味に目がないのである。
 私たちは小劇場の一番後ろの座席に陣取った。
 お相撲のマス席のように、ぺたんと座って観覧できる席である。
 観客席の左右と後方には、高見倉のように、少し高い位置から舞台が見える特等席があるようだ。
 お金持ちや貴賓が観劇するための、VIPエリアということだろう。

「わあ、始まりました」

 玉楊さんが手を叩きながら、舞台に登場する役者たちの名乗り上げと足踏みにリズムを合わせ、体を揺らす。
 事前に「説明はしないでください」と言われているので、目が見えないとわかりにくそうな部分でも、私たちはいちいち注釈を入れないことにしている。
 音声と劇場の空気から伝わるものだけを、純粋に楽しみたいのだろう。
 舞台の上で繰り広げられている演目は、なんと、なんとの。
 
「尾州(びしゅう)の乱、首狩りの軍師に沈む」

 できすぎじゃね!? と叫びたくなるようなモチーフだった。
 まさか、知り合いが主役のお芝居を見ることになるとは。
 舞台の上で除葛(じょかつ)軍師を演じるのは、ほあーと見とれてしまうくらいの美青年だった。
 ひょっとすると男装の麗人かもしれない。
 十年前の、まだ白髪が少なかったであろう姜(きょう)さんでも、あんなにカッコ良くはないと思います、ハイ。
 それでも、これはあくまでお芝居、フィクション、と割り切れば、話は起伏に富み、役者の動きと表情も迫力があり、なにより派手に打ち鳴らされる太鼓のリズムがテンション上がる。

「斬るべきか、斬らぬべきか。それが我が内に燻る問い。しかし、踏みとどまるに能わず。札はもう、投げられたのだ!」

 クライマックスの決め台詞を、慟哭するように俳優さんが放つ。
 反乱を鎮圧した後の姜さんが、首謀者たちの首を斬るべきかどうか、悩みの末に処刑を断行したシーンである。
 事件当時、今から見れば先代の皇帝陛下は性情穏やかなお方だった。
 首都からの伝令は「助命し、謹慎させよ」というものになる可能性が高かったのだ。
 しかし尾州の反乱勢力は闇が深すぎて根強いので、殺せるタイミングで殺した方が良いと姜さんは判断し、伝令が来る前に数千人の斬首に踏み切ったわけだね。
 これはあくまでもお芝居の脚本なので、現実の事件がそう展開していたのかは、判別しかねるけれど。

「やった! やりやがった!」
「首で塚を築くなんざあ、人の心がねえのかよお!」
「いいや天晴だ! 軍師は主上の憂いを、誰になんと言われようと取り除いたんだ!」
 
 客席は拍手喝采と罵詈雑言が飛び交い、賛否両論の応援上映さながらに、猛烈に盛り上がっていた。
 良い舞台を見たあとは膝を叩いて打ち鳴らすのが作法。
 それに倣い、グランドフィナーレにかけて、観客たち、もちろん私も、自分の膝を痛くなるくらいにバチバチと叩きまくった。

「素晴らしい劇でしたわ……」
「ねえ、面白かった。って、翔霏? どうかした?」

 素敵な演劇を見て大大大満足の玉楊さんと私だけれど。
 翔霏は客席の端、高くなっているVIP席を横目に睨むように見て、言った。

「高見の席にいる女の客、麗央那と同じ顔をしている。他人の空似か……?」

 は?
 私の顔をした女が、もう一人、この客席の中にいる?
 いやまあ、特に目立つような特徴のある顔じゃないから、似てる人くらいはいるだろうけれど。

「……まさか、いえ、ひょっとすると」

 ほっかむりで厳重に顔を隠しながら、玉楊さんが壁伝いに問題のVIP席に近付く。
 私たちも同様に、こそこそと目立たないように続く。
 劇が終わり、客が退出していく観覧席の高みに残って、問題の女は機嫌悪そうに、悪態を吐いていた。

「除葛のやつがあんなにイイ男なワケないでしょうよ! もっとしょぼくれた役者を充てられなかったの!? そもそも台詞に尾州の訛りがないじゃないの!」
 
 その批評の大半は、私も正直、同意できるものだった。
 喚く女の隣に侍る、体つきが豊かなお姉さんがなだめる。

「まあまあ。尾州に伝わる太鼓の調べなどは、とても良く再現されていましたよ。激しく力強い音楽が尾州の特徴ですから」

 はぁ~~~~~!?
 この、この聞き覚えのある声とやりとりは~~~~~!! 

「司午(しご)貴妃と、侍女の毛蘭(もうらん)どのですね。間違いありません」

 声の大きさを最小限に抑えて、溜息と共に玉楊さんが言う。
 私のかつてのご主人。
 昂国の中心にある皇城、後宮に、今は三人しかいない、貴妃殿下。
 司午家のご令嬢、翠蝶(すいちょう)さまと、腹心の侍女、毛蘭さんであった。
 私は視覚情報から、玉楊さんはおそらく聴覚と嗅覚情報から。
 高見席で劇のクオリティに文句を言っている女の人が、翠さまであると、疑いようもなくわかってしまった。
 私と同じ顔に化けるのは、翠さまにとってはお手の物だからね。
 庶民の振りをしてお忍びで劇を見に来るくらいは、あり得る話かもしれないけれど。
 なんで、なんでよりによって、ここにいるのぉ~~~~~~!?

「ひとまず離れるか」

 翔霏に言われて、私たちは客席の外へ出ようとする。
 しかしその背中に、一喝が浴びせられた。

「気付いてるに決まってんでしょ! 逃げるんじゃないわよ! 猫背の歩き方ちっとも変ってないわね央那(おうな)! あんたたちに言いたいことはいっくらでもあるんだからね!!」
 
 ああ、勘の鋭さではどんな歴戦の勇者でも舌を巻く、さすが我らの翠さま。
 客席に私たちがいたことは、とっくにばれていたのであった。
 私たちはその後、芝居小屋の近くにある茶屋の奥の席に招かれ、軽食を共にすることになった。
 それぞれが椅子に座ろうとするそのとき。

「玉楊……」

 翠さまが玉楊さんに寄って、その手を握り。

「良かったあ~~~~~! 良かったわあ~~~~~! あんたになにかあったらと思うとあたしもう生きていられない心地だったのよ~~~~~~!!」

 大号泣し、がばっと抱きついた。
 翠さまにとっては、玉楊さんは命の恩人だ。
 自分のせいで玉楊さんが青牙部(せいがぶ)に連れ去られたことを、翠さまは本当に、心から悔やんでいた。
 その後悔は、責任感とプライドの高い翠さまにとって、身が張り裂けるほどのものだっただろう。

「司……翠蝶。わたくしも、またあなたに会えて、嬉しいわ。こんな日が来るなんて、思わなかった……」

 抱擁を返し、玉楊さんもホロホロと泣いた。
 うう、良かったよう。
 二人の貴妃が再会し、喜びの涙に濡れて抱き合っているこの光景こそ、邑のかたき討ちと並んで、私が望んで見た夢なのだ。
 このために頑張ったのだと思うと、今までの苦難と悲痛のすべてが、洗い流されて行くようだ。
 私?
 いやもちろん、翠さまにはまた会いたかったですよ、そりゃ。
 でも私は、翠さまにいくらでも、戦いの旅をやめるという恥を忍べば会いに行けたわけだからね。
 けれどかつての環(かん)貴人、今は私たちの友人の玉楊さんを翠さまに再び会わせるというのは、私の意志と力だけでは成し遂げられないことである。
 それが叶えられて、本当に、本当に嬉しいよ。
 翠さまと玉楊さんはたっぷり泣いて抱き合って、お互いの想いをぼそぼそと涙声で打ち明け合って。
 次はどうやら、私の番である。
 さあ、ばっちこーい、と翠さまの全力ハグを待ち構えていたら。

「玄兄さまに聞いたわよ。あんたたち追われてるんでしょ。まあ色々あったし仕方ないと思うけど」

 あれ、なんかクールですね。
 私と翠さまの絆ってもっとこう、後宮の奥に香る花のように甘く優美で濃密なはずでは、と都合よく脳内変換。

「翠さま、照れてるのよ。央那が思ったより元気そうでいつも通りだから」
 
 毛蘭さんが小声で耳打ちしてくれる。
 キッと翠さまに睨まれて、誤魔化すように私たちは目を逸らす。
 フンス、といつものむっつり顔で息を吐いた翠さまが言った。

「あんたたちしばらく司午本家(うち)に来なさいな。匿ってあげるから。身重のあたしの傍にいれば誰だって下手な手出しをできないわ。なにせあたしのお腹にいるのは陛下の御子なんだから」
「え、翠さま、ご実家にお帰りになるんですか」

 まさか三下り半を突き付けられたか。
 なんてバカなことを思ったけれど、事態は違うらしいことを毛蘭さんが教えてくれる。
  
「翠さまは、ご実家に里帰り出産することになったの。ほら、後宮が戌族に荒らされて、予定していた工事が遅れているでしょう? 他の妃たちに部屋を空けるために、しばらく角州に帰ることにしたのよ」

 はぁー、なるほどお、と納得する私の横で、翔霏が渋い顔で質問した。

「そんな大事なお体で、少ない伴しか連れずに街の芝居小屋に来るなんて、危険ではないのか」
「ご心配どうも。でも劇場の観客の半分は姿を庶民に変えた役人どもよ。ついでにこの茶屋にいる客もほとんどは翼州公が派遣してくれた護衛の武官。干渉はされてないけどとにかく四六時中見張られて肩が凝って仕方ないわ」

 好き勝手振る舞っているようではあれど、今の翠さまは公(おおやけ)の保護と監視の厳しい目の中に置かれているようだ。
 フルーツティーをちびちび飲み、翠さまは力強く続けて言った。

「少なくともあたしが司午家にいる間は誰にもなにもあんたたちに文句を言わせないわ。もちろん正妃さまや素乾家(そかんけ)にもね。その間にあんたたちの立場が良くなるように朝廷の連中に働きかけましょう。邑の再建は自由になってから堂々と思いっきりやればいいわよ」

 ありがた過ぎる申し出を受けて、私たち三人は黙って考える。
 少し時間を貰い、男子グループとも相談して答えを出したいところだけれど。

「監視の目が今も常にあるということは、翠蝶から離れた途端に、わたくしたちは捕まってしまうのですね……」

 残酷な事実を玉楊さんが指摘して、選択肢は他にないのだと思い知らされた。
 まさにその通りで、今、私たちがお縄にかかっていないのは、翠さま個人のカリスマに守られているからに他ならないのだ。
 どうしようもないな、これは。
 まったく、妊娠して少しは大人しくなったのではと思ったけれど、相変わらず問答無用の展開が好きなお方だよ、翠さまは。
 後宮に来た最初の日を思い出してしまうな。
 そうするしかないのだと、話に納得した翔霏が素直に頭を下げた。

「わかった。貴妃殿下のご厚情に甘えたいと思う。神台邑にいる他の三人にも、角州の司午本家に来るように伝えていただけるだろうか」
「とっくに使いは出してるわよ。あんたたちが断らないってのはわかりきってたからね」

 フフン、とすべてを見透かしたようなドヤ顔を翠さまは見せて。
 席をゆっくりと立ち、椅子に座る私の頭を、むぎゅうとその胸に抱いた。

「いきなりあんたがいなくなって寂しかったんだからね……しばらくあたしの側にいなさいよ。命令なんだから……」
「はい、私も翠さまの産む赤ちゃんに会いたいです。また誠心誠意、お側で仕えさせていただきます……」

 やっと、感動の涙に濡れながら、再会の抱擁を私たちは交わすのだった。
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