24 / 54
第十章 白き髪の戦士たち
八十話 勇者の血統
しおりを挟む
白髪部(はくはつぶ)の軍勢と一緒に、東へ向かう道中である。
「武器は腕で振るわけではない、か。せっかく同じ鞍上(あんじょう)にある縁だ。詳しく教えてくれないか」
私の横を走る、翔霏を同乗させてくれた若い武将。
彼と翔霏の話す武術についての見解が、私の耳にも聞こえてくる。
翔霏は少しばかり考える様子を見せて、こう答えた。
「手に持った棍は、すでに体の一部だ。私が棍を振り回すのではなく、棍が最大の力を発揮できるように、私の体も付いて行くという感じだな」
相手を打ち据える主体が武器である以上、操る体はそれに従属するもの、という意味になるだろうか。
武器を上手く振り回そうと考えている時点で、邪念であり余計な作為の心であると翔霏は言っているのかもね。
それを聞いた武将さんは、へえ、と面白そうな表情を浮かべ、こう返した。
「そうは言っても、体には骨があり、筋がある。心も無私にはなれんだろう」
関節が逆に曲がることはできないし、怒りや怖れから解き放たれることも難しい。
いつだか「自由」について、霞のような怪しい坊さんと中書堂で話したことを思い出すなあ。
「私はあまり気にしたことはないが。例えば私の体全身とこの鉄棍、合わせればかなりの重さになる」
「そうだな。一抱えの岩じゃ足りんくらいだ」
人間一人と鉄棍一本、合わせて仮に60~70キログラムだとして。
同じ重さの岩となれば、それはかなりのものであると二人は話している。
その前提で、翔霏は武将さんに問う。
「その岩が頭から落ちてきたら、どうなる」
「どうなるって、そりゃあ、死ぬさ。死なんまでも、頭蓋の骨が割れるか、首の骨が折れて、ひどいことになる。あるいは目玉が飛び出すかもな」
なにを当然のことを、と武将さんは笑った。
しかし翔霏は大真面目に、こう説くのである。
「それをするだけだ。そこらに転がっている岩にできて、私にできない理屈はない」
横で聞いてる私も、笑ってしまった。
要するに運動エネルギーと位置エネルギーを最大限に活かす、という話なのだろうけれど。
武将さんはその講義を聞き、嘲笑せず、ははあ、と感心したように言った。
「剣これ身(しん)なり、か。兵法を習ったガキの頃に聞いたことがある。そんな境地は、俺にはわからないがね」
「まあ私は蹴りも頭突きも肘打ちも、場合によっては厭(いと)わないが」
武器は体の一部であり、自分の体もまた、武器の一部である。
翔霏は教わらずともその境地に至ったようだけれど、常人が足を踏み入れられる領域ではないだろうな。
武将さんは面白い話を聞けたことに機嫌を良くし、笑って名乗った。
「俺は突骨無(とごん)。大統の末息子(すえむすこ)だ。先鋒を任された斗羅畏(とらい)から見れば、同い年の叔父ってことになるな」
思いの外、偉い人だったよ。
そんな立場にありながらも、小娘の話とバカにせず耳を傾け、教えを請う姿勢を持っているなんて、立派な人だなあと私は思った。
父である阿突羅(あつら)さんの薫陶だろうか。
私と翔霏も、自己紹介を返す。
「どうも。よろしくお願いします。麗央那(れおな)です」
「紺だ」
叔父と甥がお互い同年齢と言うことは、突骨無さんは阿突羅さんの、遅くして授かった息子なわけだな。
殺気や闘気が前面に出ているタイプではなく、どちらかと言うと私たち庶民に近い、柔らかな雰囲気を持った人だ。
末っ子は優しく穏やかになると世間に言うけれど、白髪部にもそういった傾向があるのかな?
滅茶苦茶に凛々しく渋い面影なのは、強烈な遺伝子の賜物だろうけれど。
白髪部(はくはつぶ)の貴公子たち、イイ男が多すぎて、困りますぅ。
そんなイケメン突骨無さんが、悔しそうに嗤いながら言った。
「斗羅畏のやつに先鋒を持って行かれちまったな。覇聖鳳(はせお)がどれほどのものか、ぶつかってみたかったんだが」
醸し出す空気は丸くても、そこはやはり戦闘民族、白髪部の御曹司らしい。
そう話す彼に、ときめきとは違うけれど、私は大きな好印象を持った。
偉い立場のボンボンだからと言って、安全な後方で楽をしようなどとは、1ミリも考えていないのだ。
だからこそ私は、言わなければならないことを、彼に伝える。
「差し出がましい物言いですけど、覇聖鳳(はせお)はただの調子に乗った暴れん坊じゃありません。勢いに任せて突っ込むだけでは、手痛い反撃を喰らうと思います」
翔霏も頷き、忌々しい思いを隠さない顔で言った。
「やつがただのバカなら、私が河旭(かきょく)で叩き殺している。そうなっていないということは、悪知恵か悪運が強く味方しているということだ」
私たちの言い分に疑問を持った突骨無さんが、怪訝そうな顔で聞いた。
「河旭で、とはどういうことだ。あんたら、覇聖鳳となにか、皇都で起きたって言う焼き討ちに因縁でもあるのか」
「ええとですね」
私と翔霏は、突骨無さんを含めた並走している騎手さんたちに、神台邑の襲撃と、河旭城都での戦いを、ざっくりかいつまんで話した。
「メェ! メェ!」
馬に負けない速さで隣を走る白ヤギくんも、激しく自己主張する。
うんうん、きみの雄姿も忘れてないよ。
ところでコイツ、滅茶苦茶に足が速いけれど、本当にヤギなんだろうか?
「この子も、覇聖鳳の手下を体当たりでやっつけてくれたんです。凄い猛突進で」
聞き終えた突骨無さんはあんぐりと口を開け、言葉を出せないでいた。
「オイオイオイオイ」
「死ぬぞお前ら」
「ほお、後宮の事件か。大したものだな」
周りを囲んで話を聞いていた武人さんたちが、感心なのかドン引きなのか分からないセリフを、口々に放つ。
道中はまだ長いので、私は気になっていたことを彼らに聞いてみた。
「出発のとき、阿突羅(あつら)さんが斗羅畏(とらい)さんになにか謝罪していました。今回の出陣に、不味い事情でもあったんでしょうか?」
形だけ見れば、白髪部が出陣することをけしかけたのは私たちである。
その結果として、大統のお孫さんである斗羅畏さんになにか不利益がかかるなら、私はそれを、知っておくべきではないかと思うのだ。
私の度量で償える規模のことではないかもしれないけれど。
突骨無さんは特に気にする風でもなく、しれっとその問いに答えた。
「戦に出ちまえば、輝留戴(きるたい)に間に合う期日には帰られないだろうからな。斗羅畏を次の族長にしようかって話も、ご破算だ」
「え」
ちょ、それぇ!?
ものすごく重要なことなんじゃないのぉ!?
阿突羅(あつら)さんが近く引退を考えていたであろうことは、物言いや雰囲気からわかるけれど。
次の選挙で大統の座を掴むはずだった、立派なお孫の斗羅畏さん。
意味が分からない、そう思っていたのは私だけではなく。
「孫は戦場に行かずに、輝留戴の選挙に出れば良かったんじゃないのか?」
翔霏が口にした疑問に、突骨無さんは眉をひそめてこう返した。
「爺が戦場(いくさば)に出るってのに、戦える歳の孫が逃げるわけにいかないだろう。そんな卑怯なことをするやつを、誰が大統に担ぎたいと思うんだ」
あ~~~!
そう言う価値観か~~~!!
阿突羅さんは、おそらくお孫さんを輝留戴の選挙で勝たせたい気持ちもあって、それが終わるまでは覇聖鳳と干戈(かんか)を交えることを、保留していたんだ。
覇聖鳳が白髪部に対して嫌がらせを仕掛けて来たとしても、輝留戴が終わるそれまでは苦渋を耐え忍ぼう、と。
けれどそれは、自分の孫を良い位に就かせたいと願う、祖父としての個人的な情愛でしかない。
阿突羅さんが「義」と「天命」について思い悩んでいたのは、そんな背景があったんだなあ。
覇聖鳳を放置するのは義にもとると、阿突羅(あつら)さん自身も考えていたのだ。
けれど戦を起こせば、可愛い孫が選挙で勝つことは不可能になる。
斗羅畏(とらい)さんは必ず、自分に従って戦うことになるからね。
それが阿突羅さんの孫、後継者として生まれた男子の、宿命なのだ。
「き、輝留戴の期日を先延ばしにすることはできないんですか? せめて、この戦が終わった後にすぐ、とか」
「そんなバカなことをできるはずがないだろう。この戦は、おやじが望んで始めたものだ。その勝手な都合に、伝統ある輝留戴の段取りをいじくり回すわけにはいかない。覇聖鳳をブチのめしたとしても、邑の慰撫と後始末にいつまでかかるかわからないしな」
ああ、そうだ、そうなのだ。
選挙で選ばれた大統である阿突羅さんに付き従うこの兵たちは、あくまでも阿突羅さん個人を支持する勢力の集まりなのだ。
それは白髪部全体の政治や伝統と関係ない。
阿突羅さんが戦を始めたところで、部族全体のしきたりや習俗を曲げる理由にはならいんだな。
なにより大義としては、東の邑を救うための戦いである。
戦闘が終わったからと言って、邑のことをほったらかして良い訳は、ないのだ。
「そ、そんな重い決断を、私たちのせいで」
とんでもないことをしてしまった。
私が罪悪感でいっぱいになっていると、へっ、とつまらない感じで、突骨無さんはこう言った。
「気にするな。どの道、覇聖鳳とはいつかやり合う定めだったし、輝留戴はまた四年後にあるからな」
「で、でも」
泣きそうな顔で私は突骨無さんを見る。
それを慰めすかすように、彼はにかっと歯を見せて、子どものようないたずらっぽい顔で、言ったのだ。
「それより、あんたらの話を聞いてたら、覇聖鳳の弱点がわかった気がする。小休止のときにでも、おやじに具申してみるか」
楽しそうに思案を巡らす突骨無さんを見て。
優しい顔で笑っていても、性根は戦士なんだなあ、と私は思う。
生活の中に戦闘や謀略が同居してしまっている、若白髪の軍師の顔が浮かび。
頼もしい反面、怖さ危うさも抱いてしまうのであった。
「武器は腕で振るわけではない、か。せっかく同じ鞍上(あんじょう)にある縁だ。詳しく教えてくれないか」
私の横を走る、翔霏を同乗させてくれた若い武将。
彼と翔霏の話す武術についての見解が、私の耳にも聞こえてくる。
翔霏は少しばかり考える様子を見せて、こう答えた。
「手に持った棍は、すでに体の一部だ。私が棍を振り回すのではなく、棍が最大の力を発揮できるように、私の体も付いて行くという感じだな」
相手を打ち据える主体が武器である以上、操る体はそれに従属するもの、という意味になるだろうか。
武器を上手く振り回そうと考えている時点で、邪念であり余計な作為の心であると翔霏は言っているのかもね。
それを聞いた武将さんは、へえ、と面白そうな表情を浮かべ、こう返した。
「そうは言っても、体には骨があり、筋がある。心も無私にはなれんだろう」
関節が逆に曲がることはできないし、怒りや怖れから解き放たれることも難しい。
いつだか「自由」について、霞のような怪しい坊さんと中書堂で話したことを思い出すなあ。
「私はあまり気にしたことはないが。例えば私の体全身とこの鉄棍、合わせればかなりの重さになる」
「そうだな。一抱えの岩じゃ足りんくらいだ」
人間一人と鉄棍一本、合わせて仮に60~70キログラムだとして。
同じ重さの岩となれば、それはかなりのものであると二人は話している。
その前提で、翔霏は武将さんに問う。
「その岩が頭から落ちてきたら、どうなる」
「どうなるって、そりゃあ、死ぬさ。死なんまでも、頭蓋の骨が割れるか、首の骨が折れて、ひどいことになる。あるいは目玉が飛び出すかもな」
なにを当然のことを、と武将さんは笑った。
しかし翔霏は大真面目に、こう説くのである。
「それをするだけだ。そこらに転がっている岩にできて、私にできない理屈はない」
横で聞いてる私も、笑ってしまった。
要するに運動エネルギーと位置エネルギーを最大限に活かす、という話なのだろうけれど。
武将さんはその講義を聞き、嘲笑せず、ははあ、と感心したように言った。
「剣これ身(しん)なり、か。兵法を習ったガキの頃に聞いたことがある。そんな境地は、俺にはわからないがね」
「まあ私は蹴りも頭突きも肘打ちも、場合によっては厭(いと)わないが」
武器は体の一部であり、自分の体もまた、武器の一部である。
翔霏は教わらずともその境地に至ったようだけれど、常人が足を踏み入れられる領域ではないだろうな。
武将さんは面白い話を聞けたことに機嫌を良くし、笑って名乗った。
「俺は突骨無(とごん)。大統の末息子(すえむすこ)だ。先鋒を任された斗羅畏(とらい)から見れば、同い年の叔父ってことになるな」
思いの外、偉い人だったよ。
そんな立場にありながらも、小娘の話とバカにせず耳を傾け、教えを請う姿勢を持っているなんて、立派な人だなあと私は思った。
父である阿突羅(あつら)さんの薫陶だろうか。
私と翔霏も、自己紹介を返す。
「どうも。よろしくお願いします。麗央那(れおな)です」
「紺だ」
叔父と甥がお互い同年齢と言うことは、突骨無さんは阿突羅さんの、遅くして授かった息子なわけだな。
殺気や闘気が前面に出ているタイプではなく、どちらかと言うと私たち庶民に近い、柔らかな雰囲気を持った人だ。
末っ子は優しく穏やかになると世間に言うけれど、白髪部にもそういった傾向があるのかな?
滅茶苦茶に凛々しく渋い面影なのは、強烈な遺伝子の賜物だろうけれど。
白髪部(はくはつぶ)の貴公子たち、イイ男が多すぎて、困りますぅ。
そんなイケメン突骨無さんが、悔しそうに嗤いながら言った。
「斗羅畏のやつに先鋒を持って行かれちまったな。覇聖鳳(はせお)がどれほどのものか、ぶつかってみたかったんだが」
醸し出す空気は丸くても、そこはやはり戦闘民族、白髪部の御曹司らしい。
そう話す彼に、ときめきとは違うけれど、私は大きな好印象を持った。
偉い立場のボンボンだからと言って、安全な後方で楽をしようなどとは、1ミリも考えていないのだ。
だからこそ私は、言わなければならないことを、彼に伝える。
「差し出がましい物言いですけど、覇聖鳳(はせお)はただの調子に乗った暴れん坊じゃありません。勢いに任せて突っ込むだけでは、手痛い反撃を喰らうと思います」
翔霏も頷き、忌々しい思いを隠さない顔で言った。
「やつがただのバカなら、私が河旭(かきょく)で叩き殺している。そうなっていないということは、悪知恵か悪運が強く味方しているということだ」
私たちの言い分に疑問を持った突骨無さんが、怪訝そうな顔で聞いた。
「河旭で、とはどういうことだ。あんたら、覇聖鳳となにか、皇都で起きたって言う焼き討ちに因縁でもあるのか」
「ええとですね」
私と翔霏は、突骨無さんを含めた並走している騎手さんたちに、神台邑の襲撃と、河旭城都での戦いを、ざっくりかいつまんで話した。
「メェ! メェ!」
馬に負けない速さで隣を走る白ヤギくんも、激しく自己主張する。
うんうん、きみの雄姿も忘れてないよ。
ところでコイツ、滅茶苦茶に足が速いけれど、本当にヤギなんだろうか?
「この子も、覇聖鳳の手下を体当たりでやっつけてくれたんです。凄い猛突進で」
聞き終えた突骨無さんはあんぐりと口を開け、言葉を出せないでいた。
「オイオイオイオイ」
「死ぬぞお前ら」
「ほお、後宮の事件か。大したものだな」
周りを囲んで話を聞いていた武人さんたちが、感心なのかドン引きなのか分からないセリフを、口々に放つ。
道中はまだ長いので、私は気になっていたことを彼らに聞いてみた。
「出発のとき、阿突羅(あつら)さんが斗羅畏(とらい)さんになにか謝罪していました。今回の出陣に、不味い事情でもあったんでしょうか?」
形だけ見れば、白髪部が出陣することをけしかけたのは私たちである。
その結果として、大統のお孫さんである斗羅畏さんになにか不利益がかかるなら、私はそれを、知っておくべきではないかと思うのだ。
私の度量で償える規模のことではないかもしれないけれど。
突骨無さんは特に気にする風でもなく、しれっとその問いに答えた。
「戦に出ちまえば、輝留戴(きるたい)に間に合う期日には帰られないだろうからな。斗羅畏を次の族長にしようかって話も、ご破算だ」
「え」
ちょ、それぇ!?
ものすごく重要なことなんじゃないのぉ!?
阿突羅(あつら)さんが近く引退を考えていたであろうことは、物言いや雰囲気からわかるけれど。
次の選挙で大統の座を掴むはずだった、立派なお孫の斗羅畏さん。
意味が分からない、そう思っていたのは私だけではなく。
「孫は戦場に行かずに、輝留戴の選挙に出れば良かったんじゃないのか?」
翔霏が口にした疑問に、突骨無さんは眉をひそめてこう返した。
「爺が戦場(いくさば)に出るってのに、戦える歳の孫が逃げるわけにいかないだろう。そんな卑怯なことをするやつを、誰が大統に担ぎたいと思うんだ」
あ~~~!
そう言う価値観か~~~!!
阿突羅さんは、おそらくお孫さんを輝留戴の選挙で勝たせたい気持ちもあって、それが終わるまでは覇聖鳳と干戈(かんか)を交えることを、保留していたんだ。
覇聖鳳が白髪部に対して嫌がらせを仕掛けて来たとしても、輝留戴が終わるそれまでは苦渋を耐え忍ぼう、と。
けれどそれは、自分の孫を良い位に就かせたいと願う、祖父としての個人的な情愛でしかない。
阿突羅さんが「義」と「天命」について思い悩んでいたのは、そんな背景があったんだなあ。
覇聖鳳を放置するのは義にもとると、阿突羅(あつら)さん自身も考えていたのだ。
けれど戦を起こせば、可愛い孫が選挙で勝つことは不可能になる。
斗羅畏(とらい)さんは必ず、自分に従って戦うことになるからね。
それが阿突羅さんの孫、後継者として生まれた男子の、宿命なのだ。
「き、輝留戴の期日を先延ばしにすることはできないんですか? せめて、この戦が終わった後にすぐ、とか」
「そんなバカなことをできるはずがないだろう。この戦は、おやじが望んで始めたものだ。その勝手な都合に、伝統ある輝留戴の段取りをいじくり回すわけにはいかない。覇聖鳳をブチのめしたとしても、邑の慰撫と後始末にいつまでかかるかわからないしな」
ああ、そうだ、そうなのだ。
選挙で選ばれた大統である阿突羅さんに付き従うこの兵たちは、あくまでも阿突羅さん個人を支持する勢力の集まりなのだ。
それは白髪部全体の政治や伝統と関係ない。
阿突羅さんが戦を始めたところで、部族全体のしきたりや習俗を曲げる理由にはならいんだな。
なにより大義としては、東の邑を救うための戦いである。
戦闘が終わったからと言って、邑のことをほったらかして良い訳は、ないのだ。
「そ、そんな重い決断を、私たちのせいで」
とんでもないことをしてしまった。
私が罪悪感でいっぱいになっていると、へっ、とつまらない感じで、突骨無さんはこう言った。
「気にするな。どの道、覇聖鳳とはいつかやり合う定めだったし、輝留戴はまた四年後にあるからな」
「で、でも」
泣きそうな顔で私は突骨無さんを見る。
それを慰めすかすように、彼はにかっと歯を見せて、子どものようないたずらっぽい顔で、言ったのだ。
「それより、あんたらの話を聞いてたら、覇聖鳳の弱点がわかった気がする。小休止のときにでも、おやじに具申してみるか」
楽しそうに思案を巡らす突骨無さんを見て。
優しい顔で笑っていても、性根は戦士なんだなあ、と私は思う。
生活の中に戦闘や謀略が同居してしまっている、若白髪の軍師の顔が浮かび。
頼もしい反面、怖さ危うさも抱いてしまうのであった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
アレキサンドライトの憂鬱。
雪月海桜
ファンタジー
桜木愛、二十五歳。王道のトラック事故により転生した先は、剣と魔法のこれまた王道の異世界だった。
アレキサンドライト帝国の公爵令嬢ミア・モルガナイトとして生まれたわたしは、五歳にして自身の属性が限りなく悪役令嬢に近いことを悟ってしまう。
どうせ生まれ変わったなら、悪役令嬢にありがちな処刑や追放バッドエンドは回避したい!
更正生活を送る中、ただひとつ、王道から異なるのが……『悪役令嬢』のライバルポジション『光の聖女』は、わたしの前世のお母さんだった……!?
これは双子の皇子や聖女と共に、皇帝陛下の憂鬱を晴らすべく、各地の異変を解決しに向かうことになったわたしたちの、いろんな形の家族や愛の物語。
★表紙イラスト……rin.rin様より。
翠の蝶と毒の蚕、万里の風に乗る ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第四部~
西川 旭
ファンタジー
バイト先は後宮、胸に抱える目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~
の続編です。
前編までのリンクは概要欄下記に。
中華風ファンタジー、ごった煮エンターテインメント。
知と和と祈りの壮大な叙事詩をあなたへ。
登場人物
北原麗央那(きたはら・れおな) 後宮の侍女でガリ勉
司午翠蝶(しご・すいちょう) 後宮での麗央那の主人
応軽螢(おう・けいけい) 麗央那が世話になった邑のリーダー
紺翔霏(こん・しょうひ) 軽螢の姉貴分で武術の達人
銀月奴(ぎんげつやっこ) 年かさの情報通な宦官
巌力奴(がんりきやっこ) 休職中の怪力宦官
司午玄霧(しご・げんむ) 翠蝶の兄で謹直な武官
司午想雲(しご・そうん) 玄霧の息子で清廉な少年
環椿珠(かん・ちんじゅ) 金持ちのドラ息子
環玉楊(かん・ぎょくよう) 巌力の主人で椿珠の異母妹
斗羅畏(とらい) 東北草原の若き首領
突骨無(とごん) 斗羅畏の叔父で中北草原の大統
阿突羅(あつら) 大統を引退した斗羅畏の祖父
星荷(せいか) 赤目部出身の僧侶で突骨無の伯父
除葛姜(じょかつ・きょう) 旧王族傍流の天才軍師
一部
https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/437803662
二部
https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/758818960
三部
https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/178880261
3.5部
https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/368887769
酒見賢一先生のご霊前に捧ぐ
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
人間とはなんだ?治療において『神の領域』は存在しない~遺伝子改造治療~究極の選択を迫られたとき人間であり続けますか?進化を選びますか?
常陸之介寛浩☆第4回歴史時代小説読者賞
大衆娯楽
『神の領域』と言われた遺伝子操作技術を手に入れてしまった主人公は、難病に苦しむ愛する子供たちを救うべく、遺伝子治療を行った。
そして、成功したことで世界に公表をする。
すべての病に苦しむ人を助けたくて。
『神の領域』として禁じられた技術、『遺伝子書換』『遺伝子改造』その技術を使えば全ての病を克服することが出来る。
しかし、それを阻む勢力がいた・・・・・・。
近未来、必ずやってくるであろう遺伝子治療の世界。
助からなかった病が助かるようになる。
その時あなたは、その治療法を『神の領域』と言いますか?
あなたの大切な家族が、恋人が、友人が助かる時に『倫理』と言う言葉を使って否定しますか?
これは『神の領域』に踏み込んだ世界の近未来物語です。
きっとあなたも、選択の時が来る。少しだけ本気で考えてみませんか?
人間が今の人間であり続ける理由は、どこにあります?
科学が進めばもうすぐ、いや、現在進行形で目前まで来ている遺伝子改造技術、使わない理由はなんですか?
♦♦♦
特定の病名は避けさせていただきます。
決して難しい話ではないと思います。
また、現在の時節を入れた物語ですが、フィクションです。
病名・国名・人名、すべて架空の物語です。
コンテスト中、完結します。
5月31日最終回公開予約設定済み。
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜
二階堂まりい
ファンタジー
メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ
超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。
同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる