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第十章 白き髪の戦士たち

七十九話 決断

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「輝留戴(きるたい)が近付いていることは、兄者も知っておろうが」

 重苦しい雰囲気が一気に和らいだ話し合いの場。
 一献、また一献と楽しげに酒を交わしながら、隣に座る星荷(せいか)さんに阿突羅(あつら)さんが言う。

「うむ。覇聖鳳(はせお)が能書きを垂れて、頼んでもおらぬのに顔を出したがっておるようじゃのう。詳しい話を教えてくれんか」

 白髪部(はくはつぶ)の族長選挙である輝留戴に干渉しようとする、覇聖鳳の意図や企み。
 その説明を求められて、阿突羅さんは苦い顔に変わり、話し始めた。

「父祖を同じくすると言っても、昔の話。連中を身内と思ったことはない」

 白髪部と青牙部(せいがぶ)が共通の先祖を持っていると言うのは、あくまでも過去の歴史、古い言い伝えである。
 言うなれば覇聖鳳は、ドイツ人なのにフランスの選挙権をよこせと言っているようなものだ。
 そんなバカバカしい要求を、もちろん阿突羅さんたちは聞き入れる理由がないのだけれど。

「しかしながら覇聖鳳にはなにか、大義、もしくは小細工があるのじゃろう?」

 星荷さんの推測に、阿突羅さんは深く頷いた。

「白髪(はくはつ)と青牙(せいが)の境の地に、小さな邑がある。覇聖鳳はその地を接収し、白髪の民なのだから輝留戴に票を投ずる資格があるはず、と抜かしおった」
「それって」

 覇聖鳳は白髪部の辺境を占領し、自身の傀儡(かいらい)となる自治区を構えたということか。
 あの覇聖鳳がそんな老獪で回りくどい手を?
 私が考えている横で、翔霏が地図を広げてくれた。
 白髪部の領域の最も東、山間に小さな集落があると記されている。

「角州(かくしゅう)の西北かあ。山ばっかりの土地だぜ。大した人数もいないだろ」

 図を確認した軽螢(けいけい)が言った。
 私が仕えていた愛しのあるじ、翠蝶(すいちょう)さまの故郷に近い、半島の付け根だ。
 けれど戌族(じゅつぞく)側の北部地域は山ばかりの地形で、猫の額ほどしか人の住む場所はないように見える。
 選挙や投票と言うのは結局のところ人の数がモノを言う。
 覇聖鳳がそんな小さな集落を足掛かりに投票権を主張、行使したところで、どれほどの意味があるのか。
 みんなが首をひねっていると、阿突羅さんは、覇聖鳳ならではのウルトラCを教授してくれた。

「あの若造、その小さな邑に、各所から攫って来た女や子を無理矢理に移した。邑人の数は千を越えているのだから、輝留戴の票数も千は貰わねば道理に合わん、と言ってな」
「ゲホ、なんじゃい、そりゃあ」

 呆れるしかないというのはこのことで、星荷さんは酒を喉に絡ませ、咳き込んだ。
 あれか、地方選挙のたびに特定の自治体に支持者を引っ越しさせて、組織票をブチ込むような、どこぞの政党のやり口か。
 いやもうホント、覇聖鳳の横暴は無茶苦茶も度を過ぎていて、想像をはるかに超えて来る。
 私が言えた義理じゃないけれど、他人が嫌がることをやる天才だな。
 げんなりしていると、隣に座る翔霏(しょうひ)が渋面で言った。

「……翼州(よくしゅう)で人攫いが多かったというのは、このときのためか」
「あ」

 私が神台邑(じんだいむら)で暮らしていた頃から、人攫い、神隠しの多発は問題になっていた。
 覇聖鳳は、いつか必ず来る輝留戴(きるたい)の選挙のために、投票に必要だと言うだけで、人を攫って占拠地の人口を増やしていたと言うのか!?
 そのことから私は、確度の高い一つの予想を口にする。

「神台邑が焼かれたときに連れて行かれた何人かも、その邑に移住させられてるかもしれない!!」
「かもなあ……」

 地図を睨みながら、苦痛のように顔を歪めて軽螢が呻く。
 邑の仲間に、また会えるかもしれない。
 けれど、満足の行く扱いは受けていないだろう。
 連れ去られたのは若い女の人や子ども、赤ちゃんが中心のはず。
 武器を持って戦えるような青少年は、軽螢や翔霏と一緒に流浪してたからね。
 他の人たちが無惨に殺し尽くされたことは、遺体を確認した私が嫌と言うほど知っている。
 さらに、それ以上に悪いことがある。
 阿突羅さんが改めて、言葉にしてくれた。

「そんな狭い邑に、多くの民を住まわせればどうなる。食は足りず、病は蔓延り、隣り合う者同士が憎み、互いの子を喰らい合う」
 
 ぶるぶる、と怒りに阿突羅さんの体が震えた。
 ああ、そうか。
 覇聖鳳は、輝留戴の選挙が終わってしまえば、そんな邑のことはどうでもいいと思っているのだ。
 だからそんな横暴極まる強制移住を断行したんだ。
 それは部族の平穏を願い、断腸の思いで人口抑制に舵を切った阿突羅さんには、どうしたって許しがたいことなのだろう。
 阿突羅さんの怒りが乗り移っているかのように、軽螢が悔しそうな顔で、固く拳を握っていた。
 狭い邑に多くの人が無理矢理住まわせられればどうなるか。
 未来の神台邑で長老になるはずだった彼は、痛いほど知っている。
 増え過ぎて病気が蔓延しないように、心を砕きながらヤギを間引いて過ごした彼だからね。
 私たち全員に伝わる強烈な怒気を孕んだ声で、阿突羅さんが唸った。

「覇聖鳳を殺す義と天命がおれにあるのか、今までは掴み切れなかった。嫌悪や憎しみでやつを殺すのは義ではない、と。しかし今日、兄者がお前たちに引き合わせてくれたことが、おれに下った天命と信じよう」

 ガチャン、と手に持っていた杯を地面に叩きつけて割り、深い呼吸のあとで阿突羅さんは言い切った。

「泣いている子は救わねばならん。目の前にいるお前たちも、東に住む小さな邑の子も、だ。天がおれに残した、最後の務めであろうか」

 そうして靴と鎧の合わせ目をチャリチャリと鳴らし、大テントの外へ向かった阿突羅さん。
 歩きながら仲間たちに叫び、命じた。

「兵をまとめろ!! 東の邑を、図に乗った餓鬼(ガキ)から取り戻す!!」

 うおおおおッ、と男たちの喚声が響く。
 兵隊さんたちが混乱していない、むしろ待ってましたとばかりに喜んでいるということは。
 いつか覇聖鳳と決戦しなければならないことを、みんな、予感していたのだろう。

「親爺(おやじ)、先鋒は俺に」

 阿突羅さんをそっくり若くしたような精悍な武者が、前に進み出て胸を張った。
 お子さんなのかお孫さんなのか、わからないけれど血縁の人だろう。
 ギリッ! と音が聞こえてきそうな強烈な眼差しを放ち、鋼のようにブレのない姿で屹立している。

「ほぉ」

 翔霏もその若武者に興味を持ったようだ。
 自分と近い領域(レベル)の使い手だという雰囲気を感じ取ったのだろうか。
 私は、全く別方向の感想から、胸がドキドキしっぱなしである。
 頬に付いた泥と、体に降りかかる土埃さえ魅力を増大させる化粧であるような、逞しい男の人~~!
 翔霏が男性化して、さらに玄霧(げんむ)さんのような責任感と器量が混じったような、厳しくも頼もしく熱い空気を纏っている。
 ああダメだ~。
 魂が持って行かれるほど、ど真ん中、むしろちょっと高めのストライク。

「斗羅畏(とらい)か。短気な爺を許せ。左翼軍から精兵を選んで先行せよ」
「御意」
「くれぐれも逸(はや)るな。老将たちに意見を仰げ」

 少ない言葉を交わし、斗羅畏と呼ばれた若者は瞬く間に馬上の人になった。
 阿突羅さんの親族、おそらくはお孫さんだから、名前に羅の一文字を貰っているのかな。
 後姿までカッコ良すぎて涙出そう。
 でも、どうして阿突羅さんは彼に謝ったのだろう?
 私の疑問を置き去りにして、馬のいななきと男たちの鬨(とき)の声が、みるみる遠ざかって行く。
 平時には巌(いわお)や泰然とした山の如く。
 しかしひとたび動けば、電光石火。
 これが、北方の雄と名を馳せる白髪部の大統、阿突羅さんの子飼いの兵たちか。

「兄者、止めに来てくれたというのに、すまぬ」

 見事な馬体の褐毛を寄せながら、阿突羅さんが頭を下げた。

「ほ、北方(ほっぽう)無二号(むにごう)……!!」

 生ける伝説の名馬を触れんばかりの間近で見た軽螢は、感激と興奮で昇天しそうだった。
 きみは純粋でいいなあ。
 立派な馬ほど美しい生き物はいないという感覚は、わかるけれどね。
 星荷(せいか)さんは阿突羅さんや私たちを見渡し。
 呆れて、諦めて。

「止めれば走り出すのが、戌(じゅつ)の男(おのこ)と言うものよ。沸(ふつ)の教えに長く親しみ過ぎたワシが、それを見誤っておっただけじゃ」

 そう言ってシャランと、錫杖の金環を鳴らし、片手拝を捧げるのだった。
 笑いながら、阿突羅さんは返した。

「すぐに片付ける。赤目(せきもく)に災禍が及ばぬよう、祈りながら待ってくれ」

 星荷さんを南都に残し、私たちも馬に乗せられ、阿突羅さんと行動を共にした。

「軽螢と言ったな。来い」
「えっえっ」

 馬上から力強く手を引かれ、阿突羅さんの後ろ、北方無二の背中に乗せられる軽螢。

「ワァ、ア、アゥ……!」

 憧れの人と、憧れの馬の背に一緒にまたがる栄誉に与り、文字通り言葉を失っていた。

「うわ、いいなあ。一生の思い出だね」
「メェエ~」

 顔を真っ赤に上気させ、瞳を潤ませている軽螢を、私とヤギが羨みながらも祝福する。
 興奮しすぎておしっこ漏らすなよ。

「立派な鉄棍だ。その細い体で扱えるのか?」
「腕の力で振っているわけではないからな」

 翔霏も、馬に乗せてくれたこれまた武骨で素敵な兵士さんと、武術談義を交わしていた。
 向かう先は、白髪部の領内、東の果ての山間部。
 輝留戴(きるたい)を前に選挙工作をしようとしている覇聖鳳は、必ず一度、邑に直接来るはずだ。
 そこを叩く。
 私たちにとっては他愛のない私闘。
 けれども白髪部にとっては大きな義のある戦が、今、始まろうとしていた。

「ワシも耄碌したのう。死ぬのが誰になるのか、はっきり見えんようになってしまったわい」

 星荷さんがなんか不吉なこと言ってる。
 所詮はクサレ坊主の戯言なので、どうでも良かった。
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