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本編

第38話 友人との会話

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 マリアンヌとトリンプラ侯爵を見送ったあと、サナはリリアンナとふたりで庭園のガゼボにやって来ていた。侍女たちが用意してくれた美しい朝食が目の前に広がっている。
 良い匂いが食欲を誘う中、サナは先程の出来事を思い浮かべていた。

『エルヴァンクロー公爵もご一緒にいかがですか?』
『……いや、俺は遠慮しておこう』

 リリアンナの誘いをアルベルクは断った。庭園で朝食を取る暇なんてないくらい、彼が多忙であることは分かっている。しかし、彼がリリアンナの誘いを断ったのは、忙しさだけが理由ではない気がするのだ。

(もしかして、私がトリンプラ侯爵令嬢にかけた言葉が気に入らなかった……? 悪女だったくせに随分と上から目線な女だとか思われた!?)

 サナがその場で白目を剥く。
 アルベルクから「生意気な女だ」と直接罵られた暁には、ショックで寝込んでしまいそうだ。そしてその数日後に、新たな性癖せいへきの扉を開いてしまいそうだが……その扉の鍵を持つことを許されるはこの世でアルベルクだけだろう。

「サナ様?」
「はいっ!?」
「やっと返事をしましたね……。ずっと話しかけていますのに反応がないものですから心配しました」
「……申し訳ございません。少し考え事をしていて……。もう一度仰っていただけますか?」

 リリアンナは瑞々みずみずしい野菜で作られたサラダを頬張りながら、微笑みを浮かべた。

「サナ様が先程、トリンプラ侯爵令嬢にかけたお言葉、とても素敵でした」
「……え?」
「私がトリンプラ侯爵令嬢の立場でしたら、すぐにサナ様とお友達になりたいと思いますわ」

 リリアンナはサナを手放しで褒める。
 そう言えば、サナがレオンの件に関してリリアンナに謝罪した時、リリアンナはサナと「また会いたい」、「仲良くなりたい」と口にしていた。ついこの間も、「お話したい」と言っていた。彼女は間違いなく、サナを友人として見ている。散々自分のことをいじめて、嫌がらせを幾度となくしてきたサナのことを、だ。

「以前から気になっていたのですが、どうしてリリアンナ様は私と仲良くなりたいのですか?」

 サラダを平らげ、スープを飲み干すリリアンナに問いかけると、彼女は大きな目をぱちくりさせた。

「仲良くなりたいという感情に理由が必要ですか?」

 まさに青天の霹靂へきれき。衝撃的な一言に、サナは口をあんぐりと開けた。

「私は以前からサナ様と仲良くなりたいと思っていました。サナ様が私の今の夫であるレオンに恋をなさっている時も、私に嫉妬してあらゆる嫌がらせをしてきた時も、ずっとずっと、私はサナ様を見ていましたの」

 リリアンナは、長い間ずっと、悪女であるサナと仲良くなりたかったのだ。彼女の様子を見る限り、そこに大した理由はないだろうが、とにかくサナという人間を知りたかったのだ。それ故、サナに仕返しという仕返しをしなかった。マリアンヌとトリンプラ侯爵に恐怖を植えつけるほどだ。サナに倍返しするだけの力が備わっていたにも拘わらず、リリアンナはサナを傍観していた。そう、恍惚とした表情で――。

「ですから今、こうしてサナ様とふたりでお話ができて、本当に嬉しいのです」

 リリアンナは満面の笑顔となる。瞼から僅かに見えるサファイア色の瞳がなぜか恐ろしく見えた。まるで「逃がしませんよ?」と訴えかけてくるその目に、サナはぎこちなく笑いながら、水を飲む。

「ところで、エルヴァンクロー公爵とはどこまで進みましたか?」
「ぶほっ!!!」

 予想できなかった角度から投下された爆弾により、大ダメージを受けたサナは、口内に含んだ水を吐き出してしまった。すぐさまエリルナが駆けつけ、こぼれた水を拭いてくれる。サナは口元を拭いながら、キョトンとしているリリアンナを睨みつけた。

(さてはこやつ、私が水を飲むタイミングを見計らっていたな?)

 サナの睨みにまったく屈しないリリアンナは、手のひらで口元を覆いながら、目をキラキラと輝かせる。彼女のただならぬ様子を察知したサナは、身構える。

「無事に最後までなさっt」
「なさってません」

 リリアンナの声に自らの声を重ねる。彼女はあからさまにガッカリした顔をした。なんだか可哀想に思ったサナは、空咳してから口を開く。

「リリアンナ様の助言通り、デートはしましたし……き、キスも、しました」

 アルベルクとの間にあった出来事を打ち明けると、リリアンナの表情がぱあっと晴れる。水を拭いていたエリルナはサナの顔を見上げてから、口角を上げた。エリルナも喜んでくれているらしい。

「さすがサナ様です! 頑張りましたね!」

 サナは羞恥に悶える。だがそれもつかの間のこと。現実に戻った彼女は、不安を吐露した。

「しかし、ひとつだけ気がかりなことがありまして……キスしたあとに、アルベルク様に「悪い、」と謝られたのです」

 一日経った今でも、アルベルクの謝罪の意味が分からない。キスできたことにバカみたいに浮かれていたが、その謝罪だけが気がかりだ。

「あぁ……それは……」

 リリアンナの桃色の唇が動く。サナはゴクリと息を呑んだ。
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