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本編

第28話 お互いの体に

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「さらには、アルベルク様ではなく、公爵夫人である私に何か問題があるのではないか、アルベルク様を満足させてあげることができないとか、アルベルク様が私の体に魅力を感じないとか……戯言たわごとを並べたのです」
 
 マリアンヌが冷や汗を流す。

「そ、そんな……マリアンヌがそんなことを言うわけ……」
「私が嘘を言っていると?」
「っ……。失礼いたしました……」

 トリンプラ侯爵は、サナに謝罪する。その表情は、ショックを隠しきれていない。

「どうでしょう? 私が手を上げてしまうのも、正当な理由だとは思いませんか?」

 トリンプラ侯爵は絶句し、マリアンヌは何も言えず俯く。アルベルクは、サナに軍配が上がったと判断し、静かに首肯した。
 マリアンヌがサナを罵倒するということは、エルヴァンクロー公爵家を愚弄ぐろうするのと同じこと。マリアンヌの愚行を咎めず見逃すのは、エルヴァンクロー公爵家への侮辱ぶじょくを見逃すのも同然。よって、侮辱的な発言をしたマリアンヌを咎めるのは、公爵家の夫人として当然のことというわけだ。

「ご令嬢を叩いてしまったことは謝罪します。申し訳ございません。ですが、その行動にはそれなりの理由があるということを分かっていただきたいのです」

 サナの言葉に、トリンプラ侯爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 なぜトリンプラ侯爵とマリアンヌまで夕食の場にいるのか、とはらわたが煮えくり返ったが、ふたりがいてくれてむしろよかった。
 サナがそう思った時、それまで黙っていたアルベルクが口を開く。

「トリンプラ侯爵令嬢。これにりたら、二度と俺の妻を侮辱するな」

 アルベルクの低い声に、俯いていたマリアンヌが勢いよく顔を上げる。アルベルクの人間味を感じさせない面様を見たマリアンヌは、涙ぐむ。エメラルドグリーンの瞳子が潤み始めるが、アルベルクは威圧感を緩めない。

「体調が優れませんので……この辺りで失礼いたします……」

 マリアンヌは席を立ち、食卓の間を出ていった。トリンプラ侯爵も彼女を追うため立ち上がる。

「ご当主様! この間お話した件、もう一度お考え直しを! では失礼いたします!」

 トリンプラ侯爵は、矢継やつばやにそう言って、間を飛び出した。間に取り残されたサナとアルベルクは、互いの顔を見合う。先程の冷たい顔とは打って変わって、穏やかな顔をしていた。

「アルベルク様。先日は、何も言わず立ち去ってしまい、申し訳ございませんでした」
「……構わない。俺のほうこそ、すまなかった。お前の口から真実を聞きたかっただけなんだが、あとになってお前を傷つけてしまったかもしれないと後悔した……」

 アルベルクは、サナの口から、マリアンヌとの間に起きたことを聞きたかったのだ。だからこそ、マリアンヌの言うことは事実なのかとわざわざ問いかけてくれたのだ。マリアンヌに馬鹿にされた時と同様、冷静になれなかった自分を恨む。

「アルベルク様は何も悪くありません。私がしっかり状況を説明していればよかったのですから……」
「酷い侮辱を受けたんだろう? 冷静になれないのも無理はない」

 マリアンヌから言われた言葉の数々を暴露してしまった。

(トリンプラ侯爵令嬢の愚行を暴露できたのはよかったけど、今考えると、かなり恥ずかしいことを口走っちゃったんじゃない……?)

 夜の相手を務めることができないとか、自分の体に魅力がないとか、アルベルクを前にそんなことを言ってしまったのだ。その事実に、遅れて気がついたサナは、頬を赤らめながら顔を背ける。

「サナ」
「はいっ!」

 反射的に反応したせいで声が裏返ってしまうが、アルベルクはまったく気にしない様子で口火を切る。

「トリンプラ侯爵令嬢の言うことは鵜呑うのみにするな」
「え……?」

 目をぱちくりとさせる。アルベルクは小さく咳払いして、目を逸らす。

「俺とお前が夜を共にしていないのは、お前に問題があるわけではないし……お前の体に魅力を感じないというのもありえない」

 アルベルクはどこか恥ずかしげにそう言った。彼の言葉の意味を理解したサナの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
 マリアンヌの言ったことは全て嘘。アルベルクは、サナの体に魅力を感じないのはありえないと言ったのだ。つまり、サナの体に女性としての魅力を感じているということ。
 アルベルクとサナの間に長い沈黙が流れる。何がしゃべらなければ、と思ったサナは、衝動のまま叫ぶ。

「私も、アルベルク様の体に魅力を感じています!!!」
「………………」

 間に反響するサナの声。アルベルクは、目を見開き驚いている。

(な、何言っちゃってんの~!?)

 サナは心の中で全力で叫んだ。
 何か話さなければいけないという衝動に駆られたとはいえ、口走ったことが「アルベルク様の体に魅力を感じています!」とは笑えないだろう。
 突拍子とっぴょうしもない発言を後悔するサナの傍ら、顔を赤らめながらもどことなく嬉しそうにしているアルベルクがいたのであった。
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