28 / 54
本編
第28話 お互いの体に
しおりを挟む
「さらには、アルベルク様ではなく、公爵夫人である私に何か問題があるのではないか、アルベルク様を満足させてあげることができないとか、アルベルク様が私の体に魅力を感じないとか……戯言を並べたのです」
マリアンヌが冷や汗を流す。
「そ、そんな……マリアンヌがそんなことを言うわけ……」
「私が嘘を言っていると?」
「っ……。失礼いたしました……」
トリンプラ侯爵は、サナに謝罪する。その表情は、ショックを隠しきれていない。
「どうでしょう? 私が手を上げてしまうのも、正当な理由だとは思いませんか?」
トリンプラ侯爵は絶句し、マリアンヌは何も言えず俯く。アルベルクは、サナに軍配が上がったと判断し、静かに首肯した。
マリアンヌがサナを罵倒するということは、エルヴァンクロー公爵家を愚弄するのと同じこと。マリアンヌの愚行を咎めず見逃すのは、エルヴァンクロー公爵家への侮辱を見逃すのも同然。よって、侮辱的な発言をしたマリアンヌを咎めるのは、公爵家の夫人として当然のことというわけだ。
「ご令嬢を叩いてしまったことは謝罪します。申し訳ございません。ですが、その行動にはそれなりの理由があるということを分かっていただきたいのです」
サナの言葉に、トリンプラ侯爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
なぜトリンプラ侯爵とマリアンヌまで夕食の場にいるのか、と腸が煮えくり返ったが、ふたりがいてくれてむしろよかった。
サナがそう思った時、それまで黙っていたアルベルクが口を開く。
「トリンプラ侯爵令嬢。これに懲りたら、二度と俺の妻を侮辱するな」
アルベルクの低い声に、俯いていたマリアンヌが勢いよく顔を上げる。アルベルクの人間味を感じさせない面様を見たマリアンヌは、涙ぐむ。エメラルドグリーンの瞳子が潤み始めるが、アルベルクは威圧感を緩めない。
「体調が優れませんので……この辺りで失礼いたします……」
マリアンヌは席を立ち、食卓の間を出ていった。トリンプラ侯爵も彼女を追うため立ち上がる。
「ご当主様! この間お話した件、もう一度お考え直しを! では失礼いたします!」
トリンプラ侯爵は、矢継ぎ早にそう言って、間を飛び出した。間に取り残されたサナとアルベルクは、互いの顔を見合う。先程の冷たい顔とは打って変わって、穏やかな顔をしていた。
「アルベルク様。先日は、何も言わず立ち去ってしまい、申し訳ございませんでした」
「……構わない。俺のほうこそ、すまなかった。お前の口から真実を聞きたかっただけなんだが、あとになってお前を傷つけてしまったかもしれないと後悔した……」
アルベルクは、サナの口から、マリアンヌとの間に起きたことを聞きたかったのだ。だからこそ、マリアンヌの言うことは事実なのかとわざわざ問いかけてくれたのだ。マリアンヌに馬鹿にされた時と同様、冷静になれなかった自分を恨む。
「アルベルク様は何も悪くありません。私がしっかり状況を説明していればよかったのですから……」
「酷い侮辱を受けたんだろう? 冷静になれないのも無理はない」
マリアンヌから言われた言葉の数々を暴露してしまった。
(トリンプラ侯爵令嬢の愚行を暴露できたのはよかったけど、今考えると、かなり恥ずかしいことを口走っちゃったんじゃない……?)
夜の相手を務めることができないとか、自分の体に魅力がないとか、アルベルクを前にそんなことを言ってしまったのだ。その事実に、遅れて気がついたサナは、頬を赤らめながら顔を背ける。
「サナ」
「はいっ!」
反射的に反応したせいで声が裏返ってしまうが、アルベルクはまったく気にしない様子で口火を切る。
「トリンプラ侯爵令嬢の言うことは鵜呑みにするな」
「え……?」
目をぱちくりとさせる。アルベルクは小さく咳払いして、目を逸らす。
「俺とお前が夜を共にしていないのは、お前に問題があるわけではないし……お前の体に魅力を感じないというのもありえない」
アルベルクはどこか恥ずかしげにそう言った。彼の言葉の意味を理解したサナの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
マリアンヌの言ったことは全て嘘。アルベルクは、サナの体に魅力を感じないのはありえないと言ったのだ。つまり、サナの体に女性としての魅力を感じているということ。
アルベルクとサナの間に長い沈黙が流れる。何が喋らなければ、と思ったサナは、衝動のまま叫ぶ。
「私も、アルベルク様の体に魅力を感じています!!!」
「………………」
間に反響するサナの声。アルベルクは、目を見開き驚いている。
(な、何言っちゃってんの~!?)
サナは心の中で全力で叫んだ。
何か話さなければいけないという衝動に駆られたとはいえ、口走ったことが「アルベルク様の体に魅力を感じています!」とは笑えないだろう。
突拍子もない発言を後悔するサナの傍ら、顔を赤らめながらもどことなく嬉しそうにしているアルベルクがいたのであった。
マリアンヌが冷や汗を流す。
「そ、そんな……マリアンヌがそんなことを言うわけ……」
「私が嘘を言っていると?」
「っ……。失礼いたしました……」
トリンプラ侯爵は、サナに謝罪する。その表情は、ショックを隠しきれていない。
「どうでしょう? 私が手を上げてしまうのも、正当な理由だとは思いませんか?」
トリンプラ侯爵は絶句し、マリアンヌは何も言えず俯く。アルベルクは、サナに軍配が上がったと判断し、静かに首肯した。
マリアンヌがサナを罵倒するということは、エルヴァンクロー公爵家を愚弄するのと同じこと。マリアンヌの愚行を咎めず見逃すのは、エルヴァンクロー公爵家への侮辱を見逃すのも同然。よって、侮辱的な発言をしたマリアンヌを咎めるのは、公爵家の夫人として当然のことというわけだ。
「ご令嬢を叩いてしまったことは謝罪します。申し訳ございません。ですが、その行動にはそれなりの理由があるということを分かっていただきたいのです」
サナの言葉に、トリンプラ侯爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
なぜトリンプラ侯爵とマリアンヌまで夕食の場にいるのか、と腸が煮えくり返ったが、ふたりがいてくれてむしろよかった。
サナがそう思った時、それまで黙っていたアルベルクが口を開く。
「トリンプラ侯爵令嬢。これに懲りたら、二度と俺の妻を侮辱するな」
アルベルクの低い声に、俯いていたマリアンヌが勢いよく顔を上げる。アルベルクの人間味を感じさせない面様を見たマリアンヌは、涙ぐむ。エメラルドグリーンの瞳子が潤み始めるが、アルベルクは威圧感を緩めない。
「体調が優れませんので……この辺りで失礼いたします……」
マリアンヌは席を立ち、食卓の間を出ていった。トリンプラ侯爵も彼女を追うため立ち上がる。
「ご当主様! この間お話した件、もう一度お考え直しを! では失礼いたします!」
トリンプラ侯爵は、矢継ぎ早にそう言って、間を飛び出した。間に取り残されたサナとアルベルクは、互いの顔を見合う。先程の冷たい顔とは打って変わって、穏やかな顔をしていた。
「アルベルク様。先日は、何も言わず立ち去ってしまい、申し訳ございませんでした」
「……構わない。俺のほうこそ、すまなかった。お前の口から真実を聞きたかっただけなんだが、あとになってお前を傷つけてしまったかもしれないと後悔した……」
アルベルクは、サナの口から、マリアンヌとの間に起きたことを聞きたかったのだ。だからこそ、マリアンヌの言うことは事実なのかとわざわざ問いかけてくれたのだ。マリアンヌに馬鹿にされた時と同様、冷静になれなかった自分を恨む。
「アルベルク様は何も悪くありません。私がしっかり状況を説明していればよかったのですから……」
「酷い侮辱を受けたんだろう? 冷静になれないのも無理はない」
マリアンヌから言われた言葉の数々を暴露してしまった。
(トリンプラ侯爵令嬢の愚行を暴露できたのはよかったけど、今考えると、かなり恥ずかしいことを口走っちゃったんじゃない……?)
夜の相手を務めることができないとか、自分の体に魅力がないとか、アルベルクを前にそんなことを言ってしまったのだ。その事実に、遅れて気がついたサナは、頬を赤らめながら顔を背ける。
「サナ」
「はいっ!」
反射的に反応したせいで声が裏返ってしまうが、アルベルクはまったく気にしない様子で口火を切る。
「トリンプラ侯爵令嬢の言うことは鵜呑みにするな」
「え……?」
目をぱちくりとさせる。アルベルクは小さく咳払いして、目を逸らす。
「俺とお前が夜を共にしていないのは、お前に問題があるわけではないし……お前の体に魅力を感じないというのもありえない」
アルベルクはどこか恥ずかしげにそう言った。彼の言葉の意味を理解したサナの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
マリアンヌの言ったことは全て嘘。アルベルクは、サナの体に魅力を感じないのはありえないと言ったのだ。つまり、サナの体に女性としての魅力を感じているということ。
アルベルクとサナの間に長い沈黙が流れる。何が喋らなければ、と思ったサナは、衝動のまま叫ぶ。
「私も、アルベルク様の体に魅力を感じています!!!」
「………………」
間に反響するサナの声。アルベルクは、目を見開き驚いている。
(な、何言っちゃってんの~!?)
サナは心の中で全力で叫んだ。
何か話さなければいけないという衝動に駆られたとはいえ、口走ったことが「アルベルク様の体に魅力を感じています!」とは笑えないだろう。
突拍子もない発言を後悔するサナの傍ら、顔を赤らめながらもどことなく嬉しそうにしているアルベルクがいたのであった。
173
お気に入りに追加
525
あなたにおすすめの小説
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
あなたが私を捨てた夏
豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。
幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。
ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。
──彼は今、恋に落ちたのです。
なろう様でも公開中です。
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる