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本編
第25話 愚かで哀れなのは
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「エルヴァンクロー公爵夫人は、公爵とどのように出会われたのですか?」
マリアンヌは、サナに牽制するためにわざわざお茶会を開催したのだ。マウントを取ると言ったほうが正しいかもしれない。
アルベルクとどのように出会ったのか、と聞いてはいるものの、本当は噂で知っているはずだ。アルベルクとサナの間に馴れ初めなどはない、と。もしかしたらお茶会開催には、マウントを取る以外にも、噂が真実かどうかを確かめる意図も含まれているのかもしれない。
「結婚式の数日前に初めてお会いしました」
「……あら、馴れ初めがない、完璧な政略結婚というお話は本当だったのですわね。私ったらてっきりおふたりにはしっかりとした馴れ初めがあるものだと思っていましたから……。そうでなければ、リーバー伯爵を想い続けていた公爵夫人が急な結婚に応じるはずがありませんもの」
サナのことを完全に知り尽くしたかの如く、ひとり語るマリアンヌ。知った口を叩くな、と彼女の頬を平手打ちしてやりたいくらいだが、ここは我慢だ。
「馴れ初めも、結婚前にふたりで過ごした時間もなかったのですわね。少し、がっかりですわ」
マリアンヌは肩を落としながら、優雅に紅茶を飲む。
「公爵夫人もご存じの通り、私は幼い頃から公爵……アルベルクと過ごしてきて、誰よりも彼を理解しておりますの。アルベルクは、会ったこともないお方、それもあまり良い評判を聞かない方との結婚を独断で進めるお方ではございません。ですから何か大きなきっかけがあると思うのですが……」
白く小さな手を頬に押し当てながら考える素振りをする。
いつの間にか、アルベルクを「公爵」ではなく、名で呼んでいる辺り、明らかにサナを牽制している。自分が誰よりもアルベルクを理解しているのだと、結婚してまだ一年も経っていないぽっと出の妻よりもずっと彼を想っているのだと言いたげだ。
マリアンヌは何かに気がついたのか、ハッとした表情を見せる。
「もしかして、公爵夫人がアルベルクを脅したのではありませんか?」
「………………」
「公爵夫人がリーバー伯爵を諦め、次なる獲物として密かにアルベルクに惚れ込んでいらっしゃったのだとしたら……。アルベルクを脅したのではありませんか?」
失礼極まりないマリアンヌの言葉。ほかの貴婦人であれば、憤慨して彼女の頬を平手打ちしていただろう。それだけでは飽き足らず、彼女の実家、トリンプラ侯爵家に彼女の愚行を訴え、どう責任を取るのか言及しているはずだ。
だが、サナは違う。彼女は、かつて悪女として帝国中に名を馳せた令嬢だ――。
サナは席を立ち、マリアンヌのもとに向かう。大きな目を瞬かせる彼女の胸倉を掴み上げる。
「私と結婚しなさい。拒絶したら、そうね……。あなたの大事なトリンプラ侯爵令嬢の命を奪ってあげようかしら」
冷たい微笑み。ルビー色の目は、完全に据わっていた。温室の温度が、何度か低下する。マリアンヌの全身に寒気が走り、彼女はサナに胸倉を掴まれた体勢から少しも動くことができなかった。本物の恐怖を前にして、体が硬直してしまったのだ。
「私がこんなふうにアルベルク様を脅迫したと?」
マリアンヌの喉が上下する。
「妄想も大概にしてくださる? 想い人がほかの女と結婚したのが許せないからと言って、妻である私にいちいちマウントを取らないでいただきたいわ」
サナはマリアンヌの胸倉から手を放す。汚いものを触ったとでも言うように、両手をパンパンと払いながら、大息を吐く。
「あぁ、そうなのね。あなた、アルベルク様を振り向かせる自信がないんだわ」
そう告げると、マリアンヌの顔が真っ赤に染まる。図星だったみたいだ。
「恥ずかしがることじゃないわよ、トリンプラ侯爵令嬢。少し前の愚かだった私もあなたと同じことをしていたわ。リーバー伯爵を振り向かせる自信がないから、彼に愛されているリリアンナ様をよく牽制したもの」
先程の冷たい表情からは一変、哀れみの面様になる。
マウントを取られたり、嫌がらせをされていたリリアンナもこんな気持ちだったのだろうか。サナは申し訳ない気持ちになり、心中で彼女に謝罪した。
「大丈夫。あなたも時が経てば、自分がいかに愚かで哀れだったか、無意味なことをしていたのか理解できるはずよ。頑張って」
サナはマリアンヌの手を両手で掴み、花が綻ぶような笑みを湛えた。
マリアンヌは怒りに任せ罵倒されるのを望んでいたのかもしれないが、そう簡単には思い通りにいかせない。むしろ彼女の予想とは真逆の言動で、度肝を抜いてやろう。
サナがそう思案した時、マリアンヌがテーブルの上に置かれた時計を横目で見る。
「ご忠告ありがとうございます、公爵夫人。ですが、本当に愚かで哀れなのは私でしょうか?」
「……どういうことかしら」
マリアンヌは意味深長に笑う。
「妻としての役目、後継者を作るための夜の行為もまともにできないあなた様のほうがずっと愚かで哀れでは?」
超えてはいけない一線を悠々と超えたマリアンヌの一言に、サナの怒りは沸点に達した。
マリアンヌは、サナに牽制するためにわざわざお茶会を開催したのだ。マウントを取ると言ったほうが正しいかもしれない。
アルベルクとどのように出会ったのか、と聞いてはいるものの、本当は噂で知っているはずだ。アルベルクとサナの間に馴れ初めなどはない、と。もしかしたらお茶会開催には、マウントを取る以外にも、噂が真実かどうかを確かめる意図も含まれているのかもしれない。
「結婚式の数日前に初めてお会いしました」
「……あら、馴れ初めがない、完璧な政略結婚というお話は本当だったのですわね。私ったらてっきりおふたりにはしっかりとした馴れ初めがあるものだと思っていましたから……。そうでなければ、リーバー伯爵を想い続けていた公爵夫人が急な結婚に応じるはずがありませんもの」
サナのことを完全に知り尽くしたかの如く、ひとり語るマリアンヌ。知った口を叩くな、と彼女の頬を平手打ちしてやりたいくらいだが、ここは我慢だ。
「馴れ初めも、結婚前にふたりで過ごした時間もなかったのですわね。少し、がっかりですわ」
マリアンヌは肩を落としながら、優雅に紅茶を飲む。
「公爵夫人もご存じの通り、私は幼い頃から公爵……アルベルクと過ごしてきて、誰よりも彼を理解しておりますの。アルベルクは、会ったこともないお方、それもあまり良い評判を聞かない方との結婚を独断で進めるお方ではございません。ですから何か大きなきっかけがあると思うのですが……」
白く小さな手を頬に押し当てながら考える素振りをする。
いつの間にか、アルベルクを「公爵」ではなく、名で呼んでいる辺り、明らかにサナを牽制している。自分が誰よりもアルベルクを理解しているのだと、結婚してまだ一年も経っていないぽっと出の妻よりもずっと彼を想っているのだと言いたげだ。
マリアンヌは何かに気がついたのか、ハッとした表情を見せる。
「もしかして、公爵夫人がアルベルクを脅したのではありませんか?」
「………………」
「公爵夫人がリーバー伯爵を諦め、次なる獲物として密かにアルベルクに惚れ込んでいらっしゃったのだとしたら……。アルベルクを脅したのではありませんか?」
失礼極まりないマリアンヌの言葉。ほかの貴婦人であれば、憤慨して彼女の頬を平手打ちしていただろう。それだけでは飽き足らず、彼女の実家、トリンプラ侯爵家に彼女の愚行を訴え、どう責任を取るのか言及しているはずだ。
だが、サナは違う。彼女は、かつて悪女として帝国中に名を馳せた令嬢だ――。
サナは席を立ち、マリアンヌのもとに向かう。大きな目を瞬かせる彼女の胸倉を掴み上げる。
「私と結婚しなさい。拒絶したら、そうね……。あなたの大事なトリンプラ侯爵令嬢の命を奪ってあげようかしら」
冷たい微笑み。ルビー色の目は、完全に据わっていた。温室の温度が、何度か低下する。マリアンヌの全身に寒気が走り、彼女はサナに胸倉を掴まれた体勢から少しも動くことができなかった。本物の恐怖を前にして、体が硬直してしまったのだ。
「私がこんなふうにアルベルク様を脅迫したと?」
マリアンヌの喉が上下する。
「妄想も大概にしてくださる? 想い人がほかの女と結婚したのが許せないからと言って、妻である私にいちいちマウントを取らないでいただきたいわ」
サナはマリアンヌの胸倉から手を放す。汚いものを触ったとでも言うように、両手をパンパンと払いながら、大息を吐く。
「あぁ、そうなのね。あなた、アルベルク様を振り向かせる自信がないんだわ」
そう告げると、マリアンヌの顔が真っ赤に染まる。図星だったみたいだ。
「恥ずかしがることじゃないわよ、トリンプラ侯爵令嬢。少し前の愚かだった私もあなたと同じことをしていたわ。リーバー伯爵を振り向かせる自信がないから、彼に愛されているリリアンナ様をよく牽制したもの」
先程の冷たい表情からは一変、哀れみの面様になる。
マウントを取られたり、嫌がらせをされていたリリアンナもこんな気持ちだったのだろうか。サナは申し訳ない気持ちになり、心中で彼女に謝罪した。
「大丈夫。あなたも時が経てば、自分がいかに愚かで哀れだったか、無意味なことをしていたのか理解できるはずよ。頑張って」
サナはマリアンヌの手を両手で掴み、花が綻ぶような笑みを湛えた。
マリアンヌは怒りに任せ罵倒されるのを望んでいたのかもしれないが、そう簡単には思い通りにいかせない。むしろ彼女の予想とは真逆の言動で、度肝を抜いてやろう。
サナがそう思案した時、マリアンヌがテーブルの上に置かれた時計を横目で見る。
「ご忠告ありがとうございます、公爵夫人。ですが、本当に愚かで哀れなのは私でしょうか?」
「……どういうことかしら」
マリアンヌは意味深長に笑う。
「妻としての役目、後継者を作るための夜の行為もまともにできないあなた様のほうがずっと愚かで哀れでは?」
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