20 / 54
本編
第20話 気遣ってくれる優しい人
しおりを挟む
「はぁぁぁぁぁぁ……」
サナは深く溜息をついて、ベッドに飛び込んだ。一日の疲れが一気に押し寄せてくる。
今日は散々な一日だった。アルベルクとデートした幸せを噛みしめていたら、彼の幼馴染だというトリンプラ侯爵令嬢マリアンヌが城を訪ねてきたのだ。図々しくも、一ヶ月滞在するらしい。まさに天国から地獄に落とされる気分を味わったのだ。まぁ、彼女の滞在を許したのは、ほかでもないサナ自身なのだが。
「どうしてオッケーしちゃったの? バカなの? ねぇバカなの? バカなのよね?」
じたばたと足を動かしながら、枕に顔を埋める。エリルナに乾かしてもらい、オイルで仕上げたばかりの髪がぐちゃぐちゃになってしまうが今はそんなことどうでもよかった。
トリンプラ侯爵とマリアンヌを案内するというアルベルクと別れたあと、サナは鬱々とした気持ちのまま、仕事をした。まったく捗らないため、今日は早めに仕事を切り上げ、ベッドにダイブしたのだ。
今頃、トリンプラ侯爵とマリアンヌ、そしてアルベルクの三人は、一緒に食後のデザートでも楽しんでいるのだろうか。それを想像したサナは、不甲斐ない自分と、仲睦まじいマリアンヌとアルベルクを思い、深く溜息を吐いた。
その時、扉がノックされる。
「どちら様?」
サナは重たい体を動かし、ベッドから下りて、扉に向かう。解鍵して、目元を擦りながら扉を開けると、そこには信じがたい人物がいた。
「アルベルク様……!」
扉の向こうには、軽装に着替えたアルベルクが立っていた。
「少し話せるか」
サナは何度も首を縦に振り、アルベルクを部屋に招き入れる。
「今日は、酒は飲んでいないんだな」
「えっ……あ~……はい……」
顔を真っ赤にして俯く。
アルベルクをデートに誘った時、サナは酷く酒に酔っていた。そのため、今日も酒を飲んでいると思われたらしい。
アルベルクはソファーに腰掛ける。彼の隣にサナも座った。
「トリンプラ侯爵と令嬢の件だが……すまなかった。まさか令嬢も一緒に来るとは……」
「アルベルク様も知らされていなかったのですか?」
「あぁ」
トリンプラ侯爵だけでなく、娘のマリアンヌも来ることをアルベルクは知らなかったらしい。それにも拘わらず、温かく迎えるとは、やはりマリアンヌはアルベルクにとって大事な人なのだろう。
「帰らせることもできる。令嬢が嫌になったらいつでも言え」
気遣ってくれるアルベルクに、サナは涙が出そうになった。大人気ない、不甲斐ない自分ではいられないと、かぶりを振る。
「いいえ、嫌になどなりません。トリンプラ侯爵令嬢は、アルベルク様の大切な幼馴染なのでしょう? それに大事なお客様でもあります。公爵夫人として、ご令嬢を心から歓迎します」
まったく歓迎していないが、それがアルベルクにバレてしまえば、彼にも迷惑や心配をかけてしまう。ただでさえ多忙で気苦労の多い彼を、さらに困らせるわけにはいかない。
必死に取り繕った笑みを浮かべていると、アルベルクの眉間に微かに皺が寄っているのが見えた。
「アルベルク様?」
「……なんでもない。夜分遅くに訪ねてきて悪かった」
アルベルクは席を立ち、スタスタと扉がある方向へと歩いていってしまう。サナは急いで彼のあとを追った。彼の肩に糸くずが付着しているのが目に入り、そっと手を伸ばして肩に触れる。
「っ!」
ビクッと肩を震わせ、驚きながら振り返るアルベルク。拒絶、とまではいかないものの、少し避けられた気もする。
「肩にゴミがついていたので、取ってさしあげようとしたのですが……」
「……あぁ、ありがとう」
アルベルクは、自身の肩に付着する糸くずを取った。了承も得ず、急に触れるのはまだ駄目だったか、とサナは肩を落とす。
扉を開けて、そそくさと去ってしまったアルベルクを見送り、再び部屋に閉じこもる。
初デートの結果、以前よりもだいぶ距離が縮まったはずだが、また少し離れてしまったかもしれない。マリアンヌの登場が夫婦仲に悪影響を与えるのだとしたら、アルベルクと一晩を過ごすというサナの目標は、遠ざかってしまうだろう。
「アルベルク様が好きだから、あなたと深く繋がりたいですって言えたらいいのに!!!」
誰もいない部屋の中、全力で叫ぶ。
リリアンナのアドバイス通り行くならば、最終的にはアルベルクを誘わなければならない。デートに誘うだけでも、緊張して心臓が口から飛び出してしまいそうだったのに。一緒に夜を過ごさないかと誘う暁には、本当に口から心臓を吐き出して帰らぬ人になってしまうかもしれない。
遠い未来を想像したサナは、ぶるりと身震いしたのであった。
サナは深く溜息をついて、ベッドに飛び込んだ。一日の疲れが一気に押し寄せてくる。
今日は散々な一日だった。アルベルクとデートした幸せを噛みしめていたら、彼の幼馴染だというトリンプラ侯爵令嬢マリアンヌが城を訪ねてきたのだ。図々しくも、一ヶ月滞在するらしい。まさに天国から地獄に落とされる気分を味わったのだ。まぁ、彼女の滞在を許したのは、ほかでもないサナ自身なのだが。
「どうしてオッケーしちゃったの? バカなの? ねぇバカなの? バカなのよね?」
じたばたと足を動かしながら、枕に顔を埋める。エリルナに乾かしてもらい、オイルで仕上げたばかりの髪がぐちゃぐちゃになってしまうが今はそんなことどうでもよかった。
トリンプラ侯爵とマリアンヌを案内するというアルベルクと別れたあと、サナは鬱々とした気持ちのまま、仕事をした。まったく捗らないため、今日は早めに仕事を切り上げ、ベッドにダイブしたのだ。
今頃、トリンプラ侯爵とマリアンヌ、そしてアルベルクの三人は、一緒に食後のデザートでも楽しんでいるのだろうか。それを想像したサナは、不甲斐ない自分と、仲睦まじいマリアンヌとアルベルクを思い、深く溜息を吐いた。
その時、扉がノックされる。
「どちら様?」
サナは重たい体を動かし、ベッドから下りて、扉に向かう。解鍵して、目元を擦りながら扉を開けると、そこには信じがたい人物がいた。
「アルベルク様……!」
扉の向こうには、軽装に着替えたアルベルクが立っていた。
「少し話せるか」
サナは何度も首を縦に振り、アルベルクを部屋に招き入れる。
「今日は、酒は飲んでいないんだな」
「えっ……あ~……はい……」
顔を真っ赤にして俯く。
アルベルクをデートに誘った時、サナは酷く酒に酔っていた。そのため、今日も酒を飲んでいると思われたらしい。
アルベルクはソファーに腰掛ける。彼の隣にサナも座った。
「トリンプラ侯爵と令嬢の件だが……すまなかった。まさか令嬢も一緒に来るとは……」
「アルベルク様も知らされていなかったのですか?」
「あぁ」
トリンプラ侯爵だけでなく、娘のマリアンヌも来ることをアルベルクは知らなかったらしい。それにも拘わらず、温かく迎えるとは、やはりマリアンヌはアルベルクにとって大事な人なのだろう。
「帰らせることもできる。令嬢が嫌になったらいつでも言え」
気遣ってくれるアルベルクに、サナは涙が出そうになった。大人気ない、不甲斐ない自分ではいられないと、かぶりを振る。
「いいえ、嫌になどなりません。トリンプラ侯爵令嬢は、アルベルク様の大切な幼馴染なのでしょう? それに大事なお客様でもあります。公爵夫人として、ご令嬢を心から歓迎します」
まったく歓迎していないが、それがアルベルクにバレてしまえば、彼にも迷惑や心配をかけてしまう。ただでさえ多忙で気苦労の多い彼を、さらに困らせるわけにはいかない。
必死に取り繕った笑みを浮かべていると、アルベルクの眉間に微かに皺が寄っているのが見えた。
「アルベルク様?」
「……なんでもない。夜分遅くに訪ねてきて悪かった」
アルベルクは席を立ち、スタスタと扉がある方向へと歩いていってしまう。サナは急いで彼のあとを追った。彼の肩に糸くずが付着しているのが目に入り、そっと手を伸ばして肩に触れる。
「っ!」
ビクッと肩を震わせ、驚きながら振り返るアルベルク。拒絶、とまではいかないものの、少し避けられた気もする。
「肩にゴミがついていたので、取ってさしあげようとしたのですが……」
「……あぁ、ありがとう」
アルベルクは、自身の肩に付着する糸くずを取った。了承も得ず、急に触れるのはまだ駄目だったか、とサナは肩を落とす。
扉を開けて、そそくさと去ってしまったアルベルクを見送り、再び部屋に閉じこもる。
初デートの結果、以前よりもだいぶ距離が縮まったはずだが、また少し離れてしまったかもしれない。マリアンヌの登場が夫婦仲に悪影響を与えるのだとしたら、アルベルクと一晩を過ごすというサナの目標は、遠ざかってしまうだろう。
「アルベルク様が好きだから、あなたと深く繋がりたいですって言えたらいいのに!!!」
誰もいない部屋の中、全力で叫ぶ。
リリアンナのアドバイス通り行くならば、最終的にはアルベルクを誘わなければならない。デートに誘うだけでも、緊張して心臓が口から飛び出してしまいそうだったのに。一緒に夜を過ごさないかと誘う暁には、本当に口から心臓を吐き出して帰らぬ人になってしまうかもしれない。
遠い未来を想像したサナは、ぶるりと身震いしたのであった。
121
お気に入りに追加
527
あなたにおすすめの小説
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
この朝に辿り着く
豆狸
恋愛
「あはははは」
「どうしたんだい?」
いきなり笑い出した私に、殿下は戸惑っているようです。
だけど笑うしかありません。
だって私はわかったのです。わかってしまったのです。
「……これは夢なのですね」
「な、なにを言ってるんだい、カロリーヌ」
「殿下が私を愛しているなどとおっしゃるはずがありません」
なろう様でも公開中です。
※1/11タイトルから『。』を外しました。
公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます
柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。
社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。
※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。
※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意!
※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
貴方の運命になれなくて
豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。
ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ──
「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」
「え?」
「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる