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本編
第3話 いざ、妻のもとへ
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ベルガー帝国皇都から南に外れた場所にあるエルヴァンクロー公爵城。代々、南部のリーユニアを統治する領主エルヴァンクロー公爵家の当主たちが守護してきた城だ。
エルヴァンクロー公爵家は長い歴史を持ち、代々優秀な人材を輩出してきた。それに容姿に恵まれた子たちが生まれやすいことから、その名を知らぬ者はこの帝国にはいなかった。つまり、帝国でも指折りの貴族なのだ。
そんな彼らが統治するのは、南部のリーユニアという地域。広大な海に面していることから、貿易や漁、観光業が盛んな地域だ。料理も美味しく、特産品も多く存在する。ベルガー帝国民なら一度は行ってみたい観光地として知られているのだ。
高台に鎮座する公爵城からも部屋によっては美しい海が見える。公爵家の当主の執務室の窓からは、水平線と、賑わう街を一望することができるのだ。
現在、時刻は夜のため、街は無数の光に満ちていた。
「離婚…………」
街を眺めながら呟いたのは、ひとりの青年。夜空から色を抽出したかのような漆黒の髪。タンザナイト色の双眸は、絶景を映していた。左目元には小さなほくろがある。高い鼻に、形の良い薄めの唇。ジャケットの上からでも分かる筋肉は、鍛え抜かれていた。
アルベルク・ド・エルヴァンクロー。エルヴァンクロー公爵家当主であり、リーユニアの領主だ。年齢は、20歳。
誰もが羨む美貌、地位、名誉、その全てを手に入れているエルヴァンクロー公爵のアルベルクにも、悩みがあった。
「離婚………………」
先程よりも深刻な声色で呟く。
アルベルクの悩み。それは、離婚の危機にあるということだ。六か月前、彼はサナ・バルテルというバルテル伯爵家の令嬢と結婚した。しかし早くも妻に愛想を尽かされ、離婚の話が浮上しそうになっているのだ。彼自身がサナから離婚をしてほしいと言い渡されたわけではないが、三十分ほど前、遠くから、とある声が聞こえてきた。
『離婚しようかしら~~~~~!!!』
城中に響き渡る声は、間違いなくサナのものだった。仕事を片していたアルベルクは手を止め、それから三十分も放心状態で街を眺めている。
二日前、サナが転んで意識を失ったと聞いた時は、さすがのアルベルクも取り乱してしまった。仕事の合間を見つけては彼女の部屋まで向かい、扉の隙間からこっそり様子を見るという謎の行動を繰り返していた。ちょうど三十分前、サナの叫び声が聞こえ、無事に目覚めたのかと安堵すると共に、彼女の叫んだ言葉に胸を抉られてしまったのだ。
どうしたらいいのか、とろくに働かない頭で考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「旦那様」
ハルクの声だ。
「入れ」
許可を出すと、ハルクが部屋の中へ入ってきた。
「奥様が無事に目を覚まされました。後頭部を激しく打ってしまった後遺症からか、いつもの奥様と少々違うところはあるものの、お元気そうでした」
「……そうか」
ホッと息をつく。動揺しているのがバレないよう、すっかり冷えきった紅茶を口に含んだ。
「旦那様。よろしければ、今から奥様のもとに行ってみてはいかがですか?」
「ん゛っ!!!」
予想だにしなかったハルクからの提案に、紅茶を吐き出しそうになってしまう。すんでのところで耐え、無理やり飲み込んだ。
「結婚なさってから既に半年。新婚だと言うのに、夫婦仲は冷めきってしまっています。このままではいけないと、旦那様も分かっておられるはずです。出すぎたことを申し上げますが……お互いの心を理解する第一歩を、踏み出すべきではないでしょうか?」
ハルクの真剣な面持ちに、アルベルクは顎に手を添えて考え込んだ。
ハルクの言う通りだ。この六ヶ月間、何度か彼女に話しかけようと試みたり、彼女の部屋の前まで行ったり、夫婦の寝室をひとりで利用したりはしたが、肝心の行動を起こすことはできなかった。このままでは本当に愛想を尽かされてしまう。
腹を決めたアルベルクは立ち上がる。
「……行ってくる」
戦場にでも行くかのような表情に、ハルクは感極まって涙を流した。
アルベルクは執務室をあとにして、サナが住む宮に向かう。アルベルクの執務室や自室がある宮と彼女が生活する宮は一本の廊下で繋がっているのだ。ふたりの寝室は執務室がある宮にあるのだが、何度か訪れただけで終わってしまっている。
誰もいない薄暗い廊下を歩きながら、サナのことを思い浮かべた。彼女の実家、バルテル伯爵家はかなりの金持ちとして知られている。皇都で贅沢三昧していた彼女にとって、皇都と比べると自然豊かな田舎のリーユニアは退屈かもしれない。彼女が自由に使える予算は毎月確保している。それに定期的に市場を開催したり、事業を計画する者たちの手助けをして街を活性化させたりなど、彼女が退屈しないようできる限りの努力はしているつもりだ。
一日の終わりに、ハルクからサナの報告を受けるのだが、嫁いできてから頻繁に城外へ遊びに出ているという。リーユニアはベルガー帝国内でトップレベルの観光地だからという理由もあるだろうが、夫であるアルベルクと同じ城にいたくないのかもしれない。
アルベルクは下唇をきゅっと噛み、胸の痛みに堪えたのであった。
エルヴァンクロー公爵家は長い歴史を持ち、代々優秀な人材を輩出してきた。それに容姿に恵まれた子たちが生まれやすいことから、その名を知らぬ者はこの帝国にはいなかった。つまり、帝国でも指折りの貴族なのだ。
そんな彼らが統治するのは、南部のリーユニアという地域。広大な海に面していることから、貿易や漁、観光業が盛んな地域だ。料理も美味しく、特産品も多く存在する。ベルガー帝国民なら一度は行ってみたい観光地として知られているのだ。
高台に鎮座する公爵城からも部屋によっては美しい海が見える。公爵家の当主の執務室の窓からは、水平線と、賑わう街を一望することができるのだ。
現在、時刻は夜のため、街は無数の光に満ちていた。
「離婚…………」
街を眺めながら呟いたのは、ひとりの青年。夜空から色を抽出したかのような漆黒の髪。タンザナイト色の双眸は、絶景を映していた。左目元には小さなほくろがある。高い鼻に、形の良い薄めの唇。ジャケットの上からでも分かる筋肉は、鍛え抜かれていた。
アルベルク・ド・エルヴァンクロー。エルヴァンクロー公爵家当主であり、リーユニアの領主だ。年齢は、20歳。
誰もが羨む美貌、地位、名誉、その全てを手に入れているエルヴァンクロー公爵のアルベルクにも、悩みがあった。
「離婚………………」
先程よりも深刻な声色で呟く。
アルベルクの悩み。それは、離婚の危機にあるということだ。六か月前、彼はサナ・バルテルというバルテル伯爵家の令嬢と結婚した。しかし早くも妻に愛想を尽かされ、離婚の話が浮上しそうになっているのだ。彼自身がサナから離婚をしてほしいと言い渡されたわけではないが、三十分ほど前、遠くから、とある声が聞こえてきた。
『離婚しようかしら~~~~~!!!』
城中に響き渡る声は、間違いなくサナのものだった。仕事を片していたアルベルクは手を止め、それから三十分も放心状態で街を眺めている。
二日前、サナが転んで意識を失ったと聞いた時は、さすがのアルベルクも取り乱してしまった。仕事の合間を見つけては彼女の部屋まで向かい、扉の隙間からこっそり様子を見るという謎の行動を繰り返していた。ちょうど三十分前、サナの叫び声が聞こえ、無事に目覚めたのかと安堵すると共に、彼女の叫んだ言葉に胸を抉られてしまったのだ。
どうしたらいいのか、とろくに働かない頭で考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「旦那様」
ハルクの声だ。
「入れ」
許可を出すと、ハルクが部屋の中へ入ってきた。
「奥様が無事に目を覚まされました。後頭部を激しく打ってしまった後遺症からか、いつもの奥様と少々違うところはあるものの、お元気そうでした」
「……そうか」
ホッと息をつく。動揺しているのがバレないよう、すっかり冷えきった紅茶を口に含んだ。
「旦那様。よろしければ、今から奥様のもとに行ってみてはいかがですか?」
「ん゛っ!!!」
予想だにしなかったハルクからの提案に、紅茶を吐き出しそうになってしまう。すんでのところで耐え、無理やり飲み込んだ。
「結婚なさってから既に半年。新婚だと言うのに、夫婦仲は冷めきってしまっています。このままではいけないと、旦那様も分かっておられるはずです。出すぎたことを申し上げますが……お互いの心を理解する第一歩を、踏み出すべきではないでしょうか?」
ハルクの真剣な面持ちに、アルベルクは顎に手を添えて考え込んだ。
ハルクの言う通りだ。この六ヶ月間、何度か彼女に話しかけようと試みたり、彼女の部屋の前まで行ったり、夫婦の寝室をひとりで利用したりはしたが、肝心の行動を起こすことはできなかった。このままでは本当に愛想を尽かされてしまう。
腹を決めたアルベルクは立ち上がる。
「……行ってくる」
戦場にでも行くかのような表情に、ハルクは感極まって涙を流した。
アルベルクは執務室をあとにして、サナが住む宮に向かう。アルベルクの執務室や自室がある宮と彼女が生活する宮は一本の廊下で繋がっているのだ。ふたりの寝室は執務室がある宮にあるのだが、何度か訪れただけで終わってしまっている。
誰もいない薄暗い廊下を歩きながら、サナのことを思い浮かべた。彼女の実家、バルテル伯爵家はかなりの金持ちとして知られている。皇都で贅沢三昧していた彼女にとって、皇都と比べると自然豊かな田舎のリーユニアは退屈かもしれない。彼女が自由に使える予算は毎月確保している。それに定期的に市場を開催したり、事業を計画する者たちの手助けをして街を活性化させたりなど、彼女が退屈しないようできる限りの努力はしているつもりだ。
一日の終わりに、ハルクからサナの報告を受けるのだが、嫁いできてから頻繁に城外へ遊びに出ているという。リーユニアはベルガー帝国内でトップレベルの観光地だからという理由もあるだろうが、夫であるアルベルクと同じ城にいたくないのかもしれない。
アルベルクは下唇をきゅっと噛み、胸の痛みに堪えたのであった。
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