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第163話 悪女は出かける
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ヴィオレッタは、ルクアーデ公爵として多忙な日々を送っていた。公爵という地位を手に入れてから、父や兄が抱えていた苦労というものを身をもって実感している。領土における予算計画や、抱える事業の管理など、公爵家の当主が行うべきことは山積みだ。外部から雇ったそれぞれの専門分野のスペシャリストの助けも借りて、ヴィオレッタはなんとか公爵業務を遂行していた。最近ようやく業務にも慣れてきて、想像を絶する大変さであるが、なかなかに充実した時間を過ごしている。
仕事が一段落ついたところで、ヴィオレッタはペンを置き、腕を回して凝り固まった筋肉を鳴らす。その時、何者かが訪ねてきた。
「どなた?」
「奥様。マナです」
「入って」
ヴィオレッタが下した許可と共に、マナは公爵の執務室に足を踏み入れた。その手には、書類がまとめられた冊子が。ヴィオレッタはそれを見て、眉を顰める。
「お仕事中、失礼いたします。先程、婚約者様のお部屋を掃除していましたところ、重要と思わしき書類を発見いたしました」
「貸してちょうだい」
マナはヴィオレッタに冊子を手渡す。ヴィオレッタは丁寧に冊子を捲り、書類に目を通し始めた。その冊子には、多くの騎士の顔写真、出身地、特性、戦歴など、様々な情報が事細かに記されている。
「近いうちに昇級試験があると言っていたけど……もしかしてこの書類、かなり重要な物かしら」
ヴィオレッタはひとり呟く。
騎士団長のイェレミスにより、長期の休暇を取っていたルカだが、その際に彼は昇級試験について話していたのだ。夏頃、騎士たちが待ちに待った試験がある、と。試験結果によって隊の階級が上がる者もいれば、当然下がる者もいる。総合的に優秀な成績を収めると、隊の重鎮の座を手に入れることができるのだ。もちろん、それには数日間に渡り地獄のような試験を乗り越えなければならないのだが。
夏の昇級試験は刻一刻と近づいている。騎士たちの情報が記された書類は、昇級試験には欠かせない重要な物だろう。ヴィオレッタはマナに届けてもらおうと思うも、すぐにその考えを払拭する。久々に騎士団に顔を出したくなったヴィオレッタは、自分の足で騎士団の本部に向かおうと決意をした。
「マナ。少し出かけるから、その間城をよろしく頼むわ」
「奥様が直接お届けに上がるのですか?」
「えぇ、そうよ。ちょうど仕事もおわったことだし、ルカの顔を拝みに行ってくるわ」
ヴィオレッタは椅子から立ち上がり、着替えをするため衣装室に向かおうとする。
「……ルクアーデの女公爵となられた奥様に雑務を押しつけるなどっ、やはりあの男許せません……」
「聞こえているわよ、マナ」
小言を漏らすマナに対して、笑い混じりの注意をする。マナは「……申し訳ございません」と上辺だけの謝罪をして、ヴィオレッタの着替えを手伝うべく、彼女のあとに続いたのであった。
馬車に揺られ、騎士団の本部に到着する。ヴィオレッタは馬車から降りると、まっすぐに正門へと向かう。本日の門番を担当していた騎士たちは、彼女の姿を発見するなり、敬礼をする。ヴィオレッタは既に騎士団の中では有名人であるのだ。
「ルクアーデ公爵! すぐに客間へとご案内を、」
「結構よ。今日はルカに届け物をしに来ただけなの。ルカはどこにいるのかしら? 彼の元に案内してちょうだい」
ヴィオレッタの頼みに、騎士たちは顔を見合わせ、気まずけな形相を浮かべる。ルカは何か取り込み中なのだろうか。
「副長はただ今、ほかの《四騎士》様方や各隊の責任者の方々と重要な会議を行っている最中です。たとえ皇族の方であろうと、なん人足りとも部屋に入れてはならないと強く忠告されております」
騎士の丁寧な説明に、ヴィオレッタは二回頷きを見せる。皇族であろうとも入室できない重要会議。つまり、女公爵であるヴィオレッタも入室できないというわけだ。恐らくその重要会議は、ヴィオレッタが持ってきた書類が大きく関わっていると考えられる。
「いいわ。そこに連れて行って」
「し、しかしっ」
「ルカに説明するわ。間違ってもあなた方の首は飛ばないわよ。ご安心なさい」
「「………………」」
ヴィオレッタの傲慢とも言える態度に、騎士たちはもはや何も言えなくなってしまった。騎士団副団長であり《四騎士》の騎士王の名を持つルカは、平民に成り下がったとは言え、彼らの上司に当たる。そんなルカの婚約者の女公爵を邪険に扱ったと知られれば、それこそ彼らの首が飛びかねない。だからと言って、重要な会議になんら関係のないヴィオレッタを案内してしまえば、非難は避けられないだろう。だがしかし、周知の事実であるように、ルカはヴィオレッタに心底弱い。ヴィオレッタが騎士たちの命を保証してくれるのであれば、出すべき答えは決まっているだろう。
騎士たちは再び顔を合わせ、強く頷いた。
仕事が一段落ついたところで、ヴィオレッタはペンを置き、腕を回して凝り固まった筋肉を鳴らす。その時、何者かが訪ねてきた。
「どなた?」
「奥様。マナです」
「入って」
ヴィオレッタが下した許可と共に、マナは公爵の執務室に足を踏み入れた。その手には、書類がまとめられた冊子が。ヴィオレッタはそれを見て、眉を顰める。
「お仕事中、失礼いたします。先程、婚約者様のお部屋を掃除していましたところ、重要と思わしき書類を発見いたしました」
「貸してちょうだい」
マナはヴィオレッタに冊子を手渡す。ヴィオレッタは丁寧に冊子を捲り、書類に目を通し始めた。その冊子には、多くの騎士の顔写真、出身地、特性、戦歴など、様々な情報が事細かに記されている。
「近いうちに昇級試験があると言っていたけど……もしかしてこの書類、かなり重要な物かしら」
ヴィオレッタはひとり呟く。
騎士団長のイェレミスにより、長期の休暇を取っていたルカだが、その際に彼は昇級試験について話していたのだ。夏頃、騎士たちが待ちに待った試験がある、と。試験結果によって隊の階級が上がる者もいれば、当然下がる者もいる。総合的に優秀な成績を収めると、隊の重鎮の座を手に入れることができるのだ。もちろん、それには数日間に渡り地獄のような試験を乗り越えなければならないのだが。
夏の昇級試験は刻一刻と近づいている。騎士たちの情報が記された書類は、昇級試験には欠かせない重要な物だろう。ヴィオレッタはマナに届けてもらおうと思うも、すぐにその考えを払拭する。久々に騎士団に顔を出したくなったヴィオレッタは、自分の足で騎士団の本部に向かおうと決意をした。
「マナ。少し出かけるから、その間城をよろしく頼むわ」
「奥様が直接お届けに上がるのですか?」
「えぇ、そうよ。ちょうど仕事もおわったことだし、ルカの顔を拝みに行ってくるわ」
ヴィオレッタは椅子から立ち上がり、着替えをするため衣装室に向かおうとする。
「……ルクアーデの女公爵となられた奥様に雑務を押しつけるなどっ、やはりあの男許せません……」
「聞こえているわよ、マナ」
小言を漏らすマナに対して、笑い混じりの注意をする。マナは「……申し訳ございません」と上辺だけの謝罪をして、ヴィオレッタの着替えを手伝うべく、彼女のあとに続いたのであった。
馬車に揺られ、騎士団の本部に到着する。ヴィオレッタは馬車から降りると、まっすぐに正門へと向かう。本日の門番を担当していた騎士たちは、彼女の姿を発見するなり、敬礼をする。ヴィオレッタは既に騎士団の中では有名人であるのだ。
「ルクアーデ公爵! すぐに客間へとご案内を、」
「結構よ。今日はルカに届け物をしに来ただけなの。ルカはどこにいるのかしら? 彼の元に案内してちょうだい」
ヴィオレッタの頼みに、騎士たちは顔を見合わせ、気まずけな形相を浮かべる。ルカは何か取り込み中なのだろうか。
「副長はただ今、ほかの《四騎士》様方や各隊の責任者の方々と重要な会議を行っている最中です。たとえ皇族の方であろうと、なん人足りとも部屋に入れてはならないと強く忠告されております」
騎士の丁寧な説明に、ヴィオレッタは二回頷きを見せる。皇族であろうとも入室できない重要会議。つまり、女公爵であるヴィオレッタも入室できないというわけだ。恐らくその重要会議は、ヴィオレッタが持ってきた書類が大きく関わっていると考えられる。
「いいわ。そこに連れて行って」
「し、しかしっ」
「ルカに説明するわ。間違ってもあなた方の首は飛ばないわよ。ご安心なさい」
「「………………」」
ヴィオレッタの傲慢とも言える態度に、騎士たちはもはや何も言えなくなってしまった。騎士団副団長であり《四騎士》の騎士王の名を持つルカは、平民に成り下がったとは言え、彼らの上司に当たる。そんなルカの婚約者の女公爵を邪険に扱ったと知られれば、それこそ彼らの首が飛びかねない。だからと言って、重要な会議になんら関係のないヴィオレッタを案内してしまえば、非難は避けられないだろう。だがしかし、周知の事実であるように、ルカはヴィオレッタに心底弱い。ヴィオレッタが騎士たちの命を保証してくれるのであれば、出すべき答えは決まっているだろう。
騎士たちは再び顔を合わせ、強く頷いた。
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