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第131話 南の街
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ルクアーデ公爵夫人の診察をしていたマクスという医者の手紙を証拠として入手したルカは、再び愛馬に乗り、疾駆していた。ルクアーデ公爵夫人を殺した疑いのある侍女の名は、ミレ。現在は、比較的街として機能している皇都外の領地にて暮らしているらしい。出身地がその領地のため、ルクアーデ公爵家の侍女を辞めたあと、故郷に帰ったのだろうと推測される。
ルカは、医者が住んでいた村からさらに南下する。目的地までの村の宿で宿泊を繰り返し、自身の体と馬を休めつつ、南に向かった。
目的地である街に到着する頃には、皇都を出発してから既に一週間が経過していた。黒いローブのフードを目深に被り、目立たぬよう顔を隠す。街に入ると、活気づいた空気が辺りを覆った。宿や酒屋に加え、野菜や肉、服や宝石類など様々な物を販売する店が立ち並ぶ中、怪しげな水晶玉を片手に客の運勢を占っている占い師を発見する。どことなくグリディアード街にいた占い師の老婆を彷彿とさせるが、全くの別人だろう。そう言えば、ヴィオレッタと共に、グリディアード街にてデートをした際、占い師はこう言っていた。
『あんたたちの未来は、黒で塗り潰されている』
『おや、黒の先には、眩い白と美麗な赤が待っているね。辛いことを乗り越えたあと、あんたたちの間に大きな愛が育まれる』
たまたま占い師の言葉を思い出したルカは、「あながち間違ってねぇじゃねぇか」と舌打ちをした。
現実は、占い師が占った通りになりつつある。その占いよりもさらに酷いものとなってしまっているが。なぜならば、辛い現状を乗り越えてもなお、ルカがヴィオレッタと結ばれることは決してありえないのだから。
ルカは、嫌悪に塗れた思考を振り払い、現実逃避をする。今はただ、ミレという侍女と会うことだけを考えるべきだ。気持ちを新たにしたルカは、顔も分からないミレの情報を収集するべく、顔を上げて歩き出した。
「悪いが知らねぇな」
「ミレ? 聞いたこともないね」
「御歳80になるおばあちゃんがミレっていう名前だけど……」
「かつて公爵家に仕えていた? そんな優秀な人間はこの街からは出ねぇよ」
八百屋の若い男、酒屋の女、昼間から声をかけてきた娼婦に、街の自警団の男。片っ端からミレについて尋ねてみるも、どの人間も「知らない」という同じ回答であった。街で暮らす以上、必ずどこかに足がつく。だがどの者も知らないということは、既にこの街にはいないか、もしくは殺されている。可能性としては、後者のほうが高いだろう。
諦念を抱いたルカは、もう間もなく日が落ちることを確認し、近くの宿屋に入った。
「いらっしゃい。ひとりかい?」
「あぁ、一晩泊まりてぇ。三階の角部屋は空いてるか?」
「三階の角部屋は……」
ルカの問いかけに、店主の女性は言葉を濁す。「空いてねぇならいい」と言うため口を開きかけた時、苦情がくるほどの大声を発しながら愉快に階段を下りてくる四人の男たちを発見する。
「あの男共が一週間も借りてるんだ。三階の角部屋は諦めてくれやしないかい?」
「………………」
ルカはこちらの様子を窺う店主を無視して、四人の男たちを見つめる。
「あんた。悪いことは言いやしない。あの男たちに関わることだけはやめときな。毎晩宿に娼婦を連れ込む迷惑客だ。薬の密売なんかもやってるらしい」
店主は、小声でルカに警告をした。しかし彼女の警告も虚しく、ルカが目を逸らす前に、四人の男たちはルカの視線に気がついてしまった。先頭の男の口端が卑しく吊り上がる。ストレスを発散する玩具が見つかったとでも言うように。
「おいおいおい、顔も満足に晒せないクソ坊主がオレたちになんの用だよ、あ゛ぁ゛?」
「こっち見てんじゃねぇぞ!!!」
男たちはルカに歩み寄り、至近距離で唾を撒き散らす。店主は溜息を吐いて、肩を落とした。どうやら理不尽に絡まれるているのを目撃するのは、初めてではないらしい。彼たちが宿泊している間も、ほかの客との間で何かしらのトラブルがあったのだろう。
「無視してんじゃねぇぞゴラァ!!!」
沈黙を貫くルカに痺れを切らしたひとりの男が殴りかかる。それを軽くいなしたルカは、男の後頭部を掴み、思いっきり膝に叩きつける。顔面に強打を食らった男は、声を発することもできぬまま、床に沈みゆく。激しく動きた衝撃で、ローブのフードがふわりと脱げてしまった。癖のない黒髪が揺れ、ハッとする眩さを誇るターコイズブルーの双眸が現れる。残りの三人の男たちは、顔を晒せないのはあまりにも美丈夫だからだったのか、と悟った。
「雑魚はよく喋る。気色悪ぃ顔面でほざいてんじゃねぇぞクソが」
「このやろっ!!!」
ルカの通常運転を煽りだと勘違いした男は、拳をルカの顔面めがけて叩き込む。それよりも速く、ルカは男の鳩尾に凄まじい蹴りを入れた。まともに食らってしまった男は、蛙が潰れる声を上げて、その場に激しく吐血した。愛剣を抜くまでもない雑魚敵に対して、訓練の一環にもならないとルカはせせら笑う。そして恐怖に後退るふたりの男との距離を一瞬で詰めて、たった一撃で意識を沈めた。宿側も苦労していたガタイのいい迷惑客があっさりと意識を飛ばしたことにより、店主はあんぐりと口を開けて仰天していた。
「あんた、何者だい……」
「俺は、ヘティリガの《四騎士》がひとり、騎士王ルカ・リート・ティサレム・グリディアードだ。テメェに聞きてぇことがある」
店主は、ゴクリと息を呑んだ。
ルカは、医者が住んでいた村からさらに南下する。目的地までの村の宿で宿泊を繰り返し、自身の体と馬を休めつつ、南に向かった。
目的地である街に到着する頃には、皇都を出発してから既に一週間が経過していた。黒いローブのフードを目深に被り、目立たぬよう顔を隠す。街に入ると、活気づいた空気が辺りを覆った。宿や酒屋に加え、野菜や肉、服や宝石類など様々な物を販売する店が立ち並ぶ中、怪しげな水晶玉を片手に客の運勢を占っている占い師を発見する。どことなくグリディアード街にいた占い師の老婆を彷彿とさせるが、全くの別人だろう。そう言えば、ヴィオレッタと共に、グリディアード街にてデートをした際、占い師はこう言っていた。
『あんたたちの未来は、黒で塗り潰されている』
『おや、黒の先には、眩い白と美麗な赤が待っているね。辛いことを乗り越えたあと、あんたたちの間に大きな愛が育まれる』
たまたま占い師の言葉を思い出したルカは、「あながち間違ってねぇじゃねぇか」と舌打ちをした。
現実は、占い師が占った通りになりつつある。その占いよりもさらに酷いものとなってしまっているが。なぜならば、辛い現状を乗り越えてもなお、ルカがヴィオレッタと結ばれることは決してありえないのだから。
ルカは、嫌悪に塗れた思考を振り払い、現実逃避をする。今はただ、ミレという侍女と会うことだけを考えるべきだ。気持ちを新たにしたルカは、顔も分からないミレの情報を収集するべく、顔を上げて歩き出した。
「悪いが知らねぇな」
「ミレ? 聞いたこともないね」
「御歳80になるおばあちゃんがミレっていう名前だけど……」
「かつて公爵家に仕えていた? そんな優秀な人間はこの街からは出ねぇよ」
八百屋の若い男、酒屋の女、昼間から声をかけてきた娼婦に、街の自警団の男。片っ端からミレについて尋ねてみるも、どの人間も「知らない」という同じ回答であった。街で暮らす以上、必ずどこかに足がつく。だがどの者も知らないということは、既にこの街にはいないか、もしくは殺されている。可能性としては、後者のほうが高いだろう。
諦念を抱いたルカは、もう間もなく日が落ちることを確認し、近くの宿屋に入った。
「いらっしゃい。ひとりかい?」
「あぁ、一晩泊まりてぇ。三階の角部屋は空いてるか?」
「三階の角部屋は……」
ルカの問いかけに、店主の女性は言葉を濁す。「空いてねぇならいい」と言うため口を開きかけた時、苦情がくるほどの大声を発しながら愉快に階段を下りてくる四人の男たちを発見する。
「あの男共が一週間も借りてるんだ。三階の角部屋は諦めてくれやしないかい?」
「………………」
ルカはこちらの様子を窺う店主を無視して、四人の男たちを見つめる。
「あんた。悪いことは言いやしない。あの男たちに関わることだけはやめときな。毎晩宿に娼婦を連れ込む迷惑客だ。薬の密売なんかもやってるらしい」
店主は、小声でルカに警告をした。しかし彼女の警告も虚しく、ルカが目を逸らす前に、四人の男たちはルカの視線に気がついてしまった。先頭の男の口端が卑しく吊り上がる。ストレスを発散する玩具が見つかったとでも言うように。
「おいおいおい、顔も満足に晒せないクソ坊主がオレたちになんの用だよ、あ゛ぁ゛?」
「こっち見てんじゃねぇぞ!!!」
男たちはルカに歩み寄り、至近距離で唾を撒き散らす。店主は溜息を吐いて、肩を落とした。どうやら理不尽に絡まれるているのを目撃するのは、初めてではないらしい。彼たちが宿泊している間も、ほかの客との間で何かしらのトラブルがあったのだろう。
「無視してんじゃねぇぞゴラァ!!!」
沈黙を貫くルカに痺れを切らしたひとりの男が殴りかかる。それを軽くいなしたルカは、男の後頭部を掴み、思いっきり膝に叩きつける。顔面に強打を食らった男は、声を発することもできぬまま、床に沈みゆく。激しく動きた衝撃で、ローブのフードがふわりと脱げてしまった。癖のない黒髪が揺れ、ハッとする眩さを誇るターコイズブルーの双眸が現れる。残りの三人の男たちは、顔を晒せないのはあまりにも美丈夫だからだったのか、と悟った。
「雑魚はよく喋る。気色悪ぃ顔面でほざいてんじゃねぇぞクソが」
「このやろっ!!!」
ルカの通常運転を煽りだと勘違いした男は、拳をルカの顔面めがけて叩き込む。それよりも速く、ルカは男の鳩尾に凄まじい蹴りを入れた。まともに食らってしまった男は、蛙が潰れる声を上げて、その場に激しく吐血した。愛剣を抜くまでもない雑魚敵に対して、訓練の一環にもならないとルカはせせら笑う。そして恐怖に後退るふたりの男との距離を一瞬で詰めて、たった一撃で意識を沈めた。宿側も苦労していたガタイのいい迷惑客があっさりと意識を飛ばしたことにより、店主はあんぐりと口を開けて仰天していた。
「あんた、何者だい……」
「俺は、ヘティリガの《四騎士》がひとり、騎士王ルカ・リート・ティサレム・グリディアードだ。テメェに聞きてぇことがある」
店主は、ゴクリと息を呑んだ。
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