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第114話 悪女は真実を知る
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「グリディアード公爵です」
ヴィオレッタは愕然とする。
ルクアーデ先代公爵は、サンロレツォ公爵ではなく、グリディアード公爵の陰謀にはめられた。ルクアーデ先代公爵の夫人であったヴィオレッタの母と友人関係で、ヴィオレッタの婚約者ルカの父である、あのグリディアード公爵が……。夜よりも深い黒髪に、ラベンダーモーヴの双眸。若々しい美貌を持つジウベルト・レード・ティサレム・グリディアード公爵。いつも優美な笑顔を湛え、穏やかな雰囲気をまとう彼が、ルクアーデ先代公爵を間接的に、手にかけただなんて。
ヴィオレッタはマナの手を放し、腕を組んだ。目を逸らして、鼻で笑い飛ばす。
「そんなわけないでしょう。私を騙すのはお止めなさい。分かりやすい嘘をつくなんて、マナも偉くなったものね」
ヴィオレッタは、必死に動揺を隠す。窓辺に座っていたユリウスは、そんな彼女の様子を見て、口を開く。
「嘘だと思うわけ?」
「…………何が言いたいの?」
「本当は分かってるくせに。侍女さんの言葉は、信用に足るということを」
ヴィオレッタは、眦を裂く。飄々としたユリウスに刃物よりも鋭い言葉を投げかけようとしたが、すんでのところで呑み込んだ。
ユリウスの言う通り、マナの言葉には謎の信憑性が秘められている。嘘だと鼻で笑い飛ばすには、あまりにも無謀。今にも泣きそうな顔で、かつ真剣な表情で、趣味の悪い嘘を吐くほど、マナは最低最悪な人間ではない。マナは十中八九、真実を口にしている。
「そして公爵夫人、奥様は、病気によって亡くなったのではありません。先代公爵同様、グリディアード公爵が殺害した可能性が高いです」
「……な、にを……。何を、言っているの?」
「グリディアード公爵は、奥様に対して、物凄い執着をしています。それも、ずっと、ずっと昔から……」
ヴィオレッタは今にも耳を塞いでしまいたくなった。全ての情報を遮断し、一生という時間、耳が聞こえなくなってもいいと罰当たりにも思ってしまったのだ。
サンロレツォ公爵家は没落、処刑されるような大事件を起こしてなどいなかった。それどころか、ルクアーデ先代公爵処刑の件に関しては、真っ白、つまり無実であったのだ。ルクアーデ先代公爵処刑の件に深く関わっているのは、グリディアード公爵であり、ずっと病死したと思い込んでいたルクアーデ公爵夫人は、彼によって殺害された。そんな話、どう信じろというのか。どう受け入れろというのか。酷すぎやしないか。
ヴィオレッタの目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「あんな、あんな優しい公爵が、そんな酷いこと、するはずないわ……」
ヴィオレッタの泣き声と一緒に吐き出される感情は、彼女を慕うマナからしたら、耐え難い苦痛である。ヴィオレッタの言葉に対して、マナとユリウスは肯定も否定もしない。それがまたヴィオレッタにとって、辛いことであった。
ヴィロードとよく似て、優しく誠実なグリディアード公爵。ルクアーデ公爵夫人を懐かしむ表情や言葉から、彼女のよき友人であったのだろうと勝手に思い込んでいた。しかしまさか、裏では倫理観を無視した行いをしていたとは。すぐに受け入れろと言われても、それは無理な話である。
ユリウスはマナの肩に腕を回して、ヴィオレッタを真っ向から見つめる。
「信じられないなら、自分の目で確かめておいでよ」
ヴィオレッタは目線を上げ、軽薄に笑うユリウスを睨みつける。
「場所は、グリディアード公爵城。白い羽衣を着た金髪の女神と懺悔する黒髪の男が描かれた絵画に秘密が隠されてるから」
「なんですって……? 絵画?」
ヴィオレッタの目から涙が消え去る。その瞳には、驚きが満ちていた。
白い羽衣をまとった金髪の女神と両膝をついて懺悔する黒髪の男の絵画。その文面を脳内で丁寧に浮かび上がらせていく。ヴィオレッタはそれに既視感を抱いた。
「もしかして、地下に続く階段のことを言っているの?」
「……おねーさん、なんで知ってるわけ?」
「以前、一度入ろうとしたことがあるのよ」
ヴィオレッタは、マナとユリウスに背を向けてそう言った。
グリディアード公爵城で開催された舞踏会に出席した時のこと。ほかとは一線を画す美しい絵画に惹かれて、何気なく触れたところ、突然壁が動いて階段が現れたのだ。今のユリウスの反応から見て、真実の証拠が隠されているのはその階段の先で間違いないのだろう。
ヴィオレッタの目尻に再び涙が溜まる。心の中を、後悔とも取れる感情が支配する。もし、その時に真実を知っていたら、ルカのことを本気で好きになる前に、ルカと離れることができたのかもしれないのに、と。だが、そこで見て見ぬフリをしたからこそ、かけがえのない時間をルカと過ごすことができたのもまた事実なのだ。
しかしルカは、ヴィオレッタの家族を奪い去った可能性のある男のひとり息子。ヴィオレッタにとっては、恨むべき、そして呪うべき対象である――。
カチリ。時を刻む音がやけに大きく響き渡る。真夜中であることを知らせる、不気味な音であった。
ヴィオレッタは愕然とする。
ルクアーデ先代公爵は、サンロレツォ公爵ではなく、グリディアード公爵の陰謀にはめられた。ルクアーデ先代公爵の夫人であったヴィオレッタの母と友人関係で、ヴィオレッタの婚約者ルカの父である、あのグリディアード公爵が……。夜よりも深い黒髪に、ラベンダーモーヴの双眸。若々しい美貌を持つジウベルト・レード・ティサレム・グリディアード公爵。いつも優美な笑顔を湛え、穏やかな雰囲気をまとう彼が、ルクアーデ先代公爵を間接的に、手にかけただなんて。
ヴィオレッタはマナの手を放し、腕を組んだ。目を逸らして、鼻で笑い飛ばす。
「そんなわけないでしょう。私を騙すのはお止めなさい。分かりやすい嘘をつくなんて、マナも偉くなったものね」
ヴィオレッタは、必死に動揺を隠す。窓辺に座っていたユリウスは、そんな彼女の様子を見て、口を開く。
「嘘だと思うわけ?」
「…………何が言いたいの?」
「本当は分かってるくせに。侍女さんの言葉は、信用に足るということを」
ヴィオレッタは、眦を裂く。飄々としたユリウスに刃物よりも鋭い言葉を投げかけようとしたが、すんでのところで呑み込んだ。
ユリウスの言う通り、マナの言葉には謎の信憑性が秘められている。嘘だと鼻で笑い飛ばすには、あまりにも無謀。今にも泣きそうな顔で、かつ真剣な表情で、趣味の悪い嘘を吐くほど、マナは最低最悪な人間ではない。マナは十中八九、真実を口にしている。
「そして公爵夫人、奥様は、病気によって亡くなったのではありません。先代公爵同様、グリディアード公爵が殺害した可能性が高いです」
「……な、にを……。何を、言っているの?」
「グリディアード公爵は、奥様に対して、物凄い執着をしています。それも、ずっと、ずっと昔から……」
ヴィオレッタは今にも耳を塞いでしまいたくなった。全ての情報を遮断し、一生という時間、耳が聞こえなくなってもいいと罰当たりにも思ってしまったのだ。
サンロレツォ公爵家は没落、処刑されるような大事件を起こしてなどいなかった。それどころか、ルクアーデ先代公爵処刑の件に関しては、真っ白、つまり無実であったのだ。ルクアーデ先代公爵処刑の件に深く関わっているのは、グリディアード公爵であり、ずっと病死したと思い込んでいたルクアーデ公爵夫人は、彼によって殺害された。そんな話、どう信じろというのか。どう受け入れろというのか。酷すぎやしないか。
ヴィオレッタの目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「あんな、あんな優しい公爵が、そんな酷いこと、するはずないわ……」
ヴィオレッタの泣き声と一緒に吐き出される感情は、彼女を慕うマナからしたら、耐え難い苦痛である。ヴィオレッタの言葉に対して、マナとユリウスは肯定も否定もしない。それがまたヴィオレッタにとって、辛いことであった。
ヴィロードとよく似て、優しく誠実なグリディアード公爵。ルクアーデ公爵夫人を懐かしむ表情や言葉から、彼女のよき友人であったのだろうと勝手に思い込んでいた。しかしまさか、裏では倫理観を無視した行いをしていたとは。すぐに受け入れろと言われても、それは無理な話である。
ユリウスはマナの肩に腕を回して、ヴィオレッタを真っ向から見つめる。
「信じられないなら、自分の目で確かめておいでよ」
ヴィオレッタは目線を上げ、軽薄に笑うユリウスを睨みつける。
「場所は、グリディアード公爵城。白い羽衣を着た金髪の女神と懺悔する黒髪の男が描かれた絵画に秘密が隠されてるから」
「なんですって……? 絵画?」
ヴィオレッタの目から涙が消え去る。その瞳には、驚きが満ちていた。
白い羽衣をまとった金髪の女神と両膝をついて懺悔する黒髪の男の絵画。その文面を脳内で丁寧に浮かび上がらせていく。ヴィオレッタはそれに既視感を抱いた。
「もしかして、地下に続く階段のことを言っているの?」
「……おねーさん、なんで知ってるわけ?」
「以前、一度入ろうとしたことがあるのよ」
ヴィオレッタは、マナとユリウスに背を向けてそう言った。
グリディアード公爵城で開催された舞踏会に出席した時のこと。ほかとは一線を画す美しい絵画に惹かれて、何気なく触れたところ、突然壁が動いて階段が現れたのだ。今のユリウスの反応から見て、真実の証拠が隠されているのはその階段の先で間違いないのだろう。
ヴィオレッタの目尻に再び涙が溜まる。心の中を、後悔とも取れる感情が支配する。もし、その時に真実を知っていたら、ルカのことを本気で好きになる前に、ルカと離れることができたのかもしれないのに、と。だが、そこで見て見ぬフリをしたからこそ、かけがえのない時間をルカと過ごすことができたのもまた事実なのだ。
しかしルカは、ヴィオレッタの家族を奪い去った可能性のある男のひとり息子。ヴィオレッタにとっては、恨むべき、そして呪うべき対象である――。
カチリ。時を刻む音がやけに大きく響き渡る。真夜中であることを知らせる、不気味な音であった。
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