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第104話 21歳の誕生日
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涼風が吹く。本格的な夏が到来し、太陽は我を見ろと言わんばかりに燦然と輝いていた。太陽が藍色の空に呑まれる時間帯は、星屑と月の出番である。
今日は、ヴィオレッタの21歳の誕生日。ルクアーデ子爵令嬢から公爵令嬢へとなった彼女に、兄であるヴィロードは、招待状を出して公爵城でパーティーを行おうと提案した。しかしヴィオレッタはそれを断固拒否。ただの噂を鵜呑みにして、彼女の陰口を叩いていた貴族を招待などしたくはない。それに、自分のことを本当に大切に思ってくれている人々に祝福してもらうだけで、何物にも代えがたい喜びを味わうことができるのだ。公爵令嬢だからと言って、誕生日にわざわざ部外者を招いて上辺だけの祝福を受けるなんて、ヴィオレッタは心底嫌悪を抱いた。
ルクアーデ公爵城の食卓の間。古びた円卓のテーブルを囲んで食事をしていた頃が懐かしく感じるほどに巨大なテーブルには、ヴィオレッタ、ヴィロード、ルカが座っていた。三人は食事を終え、食後のワインを楽しんでいた。
「ヴィオレッタ、21歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう、お兄様」
ヴィオレッタは、ヴィロードに向かって微笑む。
彼女は、夕焼け、太陽が沈む時間帯の空色で染めた明るい色味のドレスをまとっている。足元にかけてのグラデーションが美しい。肩と胸元は剥き出しになっている。何弾にも重なるレースが上膊部を彩っていた。スカート部分は、スレンダーラインのため、ヴィオレッタの体型をよりスリムに描いている。長髪は後頭部にて薔薇の花束のように、複雑に結われる。手首には、昨年の誕生日にてルカから受け取ったブレスレットが。そして首元には、水色の宝石のネックレスが装飾されていた。
「これは私からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
ヴィロードがそう言ったと同時に、間の扉が開き、ふたりの侍女がドレスを運んで入ってきた。
床に引き摺るほど袖は、黄金の花々で染められている。デコルテを大きく露出するデザインだが、肩はすっぽりと布に覆われているため、妖艶な雰囲気はあまり感じさせない。腰元には黄金のスパンコールが散らばり、純白の生地によく映えていた。ネックレスも靴もイヤリングも髪飾りであるティアラも、一式全て揃っている。純白と黄金の共演は、まさしく美の極限であった。
ヴィオレッタが思わずそのドレスに見惚れていると、ヴィロードは口を開く。
「母上の形見のドレスだよ」
「お母様の……」
「母上が社交界、いや、帝国中に名を知らしめるきっかけとなった式典でまとっていたドレスだと言われている」
ヴィオレッタはヴィロードの説明を受け、息を呑んだ。
記憶には存在していない美しい母は、かつて純白と黄金のドレスを着て帝国の式典に出席をした。全身を黄金に着飾った彼女は、誰もが見惚れてしまう美しさを誇っていたことだろう。
「子爵家であった時、どれほど家計が苦しくなろうと、これだけは手放すことができなかった。今ではその考えは間違っていなかったんだと実感しているよ……。ヴィオレッタ。どうか、母上の形見を、大事に持っていてほしい」
「……ありがとう」
ヴィロードの熱い眼差しに、ヴィオレッタは頷きながら礼を言った。母と同じプリムローズイエローの瞳には、薄らと涙の膜が張った。
「お前の嫁入りも近いことだし、今日がいいタイミングだと思ったんだ」
「よ、嫁入りっ……?」
ヴィオレッタは、瞠目する。彼女の驚きようを見て、ヴィロードは狼狽する。違うのか? と言いたげな顔だ。
ヴィロードには、ルカと無事に心を通わせることができたと報告済みだ。ヴィオレッタとルカは既に婚約しているため、残すところ結婚だけなのだが……。
ヴィオレッタは正面に座るルカの顔を盗み見る。てっきり彼も肝を潰しているものかと思ったが、ルカは全く別の場所を見つめていた。何か考え事をしている様子だ。その姿に、ムッとしたヴィオレッタが彼に声をかける。
「ルカ。私、あなたからのプレゼントも楽しみにしてたのよ?」
「……あぁ」
やっと現実世界へと戻ってきたルカは、侍女たちに目で訴えかける。侍女たちは彼の意図を瞬時に察し、間をあとにした。それからしばらくして、侍女たちが戻ってくる。大量のドレスと宝石箱を持って。尋常ではない量を目の当たりにしたヴィオレッタとヴィロードは、驚愕する。
「おめでとう、ヴィオレッタ」
「あ、あ…………あり、がとう……」
婚約者に贈るプレゼントにしては、あまりにも豪華である。煌びやかなドレスたちに気圧されたヴィオレッタは、呆然と礼を言い続けるほかなかった。
今日は、ヴィオレッタの21歳の誕生日。ルクアーデ子爵令嬢から公爵令嬢へとなった彼女に、兄であるヴィロードは、招待状を出して公爵城でパーティーを行おうと提案した。しかしヴィオレッタはそれを断固拒否。ただの噂を鵜呑みにして、彼女の陰口を叩いていた貴族を招待などしたくはない。それに、自分のことを本当に大切に思ってくれている人々に祝福してもらうだけで、何物にも代えがたい喜びを味わうことができるのだ。公爵令嬢だからと言って、誕生日にわざわざ部外者を招いて上辺だけの祝福を受けるなんて、ヴィオレッタは心底嫌悪を抱いた。
ルクアーデ公爵城の食卓の間。古びた円卓のテーブルを囲んで食事をしていた頃が懐かしく感じるほどに巨大なテーブルには、ヴィオレッタ、ヴィロード、ルカが座っていた。三人は食事を終え、食後のワインを楽しんでいた。
「ヴィオレッタ、21歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう、お兄様」
ヴィオレッタは、ヴィロードに向かって微笑む。
彼女は、夕焼け、太陽が沈む時間帯の空色で染めた明るい色味のドレスをまとっている。足元にかけてのグラデーションが美しい。肩と胸元は剥き出しになっている。何弾にも重なるレースが上膊部を彩っていた。スカート部分は、スレンダーラインのため、ヴィオレッタの体型をよりスリムに描いている。長髪は後頭部にて薔薇の花束のように、複雑に結われる。手首には、昨年の誕生日にてルカから受け取ったブレスレットが。そして首元には、水色の宝石のネックレスが装飾されていた。
「これは私からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
ヴィロードがそう言ったと同時に、間の扉が開き、ふたりの侍女がドレスを運んで入ってきた。
床に引き摺るほど袖は、黄金の花々で染められている。デコルテを大きく露出するデザインだが、肩はすっぽりと布に覆われているため、妖艶な雰囲気はあまり感じさせない。腰元には黄金のスパンコールが散らばり、純白の生地によく映えていた。ネックレスも靴もイヤリングも髪飾りであるティアラも、一式全て揃っている。純白と黄金の共演は、まさしく美の極限であった。
ヴィオレッタが思わずそのドレスに見惚れていると、ヴィロードは口を開く。
「母上の形見のドレスだよ」
「お母様の……」
「母上が社交界、いや、帝国中に名を知らしめるきっかけとなった式典でまとっていたドレスだと言われている」
ヴィオレッタはヴィロードの説明を受け、息を呑んだ。
記憶には存在していない美しい母は、かつて純白と黄金のドレスを着て帝国の式典に出席をした。全身を黄金に着飾った彼女は、誰もが見惚れてしまう美しさを誇っていたことだろう。
「子爵家であった時、どれほど家計が苦しくなろうと、これだけは手放すことができなかった。今ではその考えは間違っていなかったんだと実感しているよ……。ヴィオレッタ。どうか、母上の形見を、大事に持っていてほしい」
「……ありがとう」
ヴィロードの熱い眼差しに、ヴィオレッタは頷きながら礼を言った。母と同じプリムローズイエローの瞳には、薄らと涙の膜が張った。
「お前の嫁入りも近いことだし、今日がいいタイミングだと思ったんだ」
「よ、嫁入りっ……?」
ヴィオレッタは、瞠目する。彼女の驚きようを見て、ヴィロードは狼狽する。違うのか? と言いたげな顔だ。
ヴィロードには、ルカと無事に心を通わせることができたと報告済みだ。ヴィオレッタとルカは既に婚約しているため、残すところ結婚だけなのだが……。
ヴィオレッタは正面に座るルカの顔を盗み見る。てっきり彼も肝を潰しているものかと思ったが、ルカは全く別の場所を見つめていた。何か考え事をしている様子だ。その姿に、ムッとしたヴィオレッタが彼に声をかける。
「ルカ。私、あなたからのプレゼントも楽しみにしてたのよ?」
「……あぁ」
やっと現実世界へと戻ってきたルカは、侍女たちに目で訴えかける。侍女たちは彼の意図を瞬時に察し、間をあとにした。それからしばらくして、侍女たちが戻ってくる。大量のドレスと宝石箱を持って。尋常ではない量を目の当たりにしたヴィオレッタとヴィロードは、驚愕する。
「おめでとう、ヴィオレッタ」
「あ、あ…………あり、がとう……」
婚約者に贈るプレゼントにしては、あまりにも豪華である。煌びやかなドレスたちに気圧されたヴィオレッタは、呆然と礼を言い続けるほかなかった。
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