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第50話 20歳の誕生日

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 待ちに待ったヴィオレッタの誕生日の夜。
 20年前の今日。快晴の日であった。太陽のように燃え盛る赤髪を持って生まれてきたヴィオレッタは、それはそれは天使の赤子であった。父親の美貌と母親の美貌を中和させた顔立ちは、赤子ながら絶世の美少女だった。成長するにつれ、その顔立ちはさらに見目麗みめうるわしいものとなり、数多の男性を虜にした。
 本日、20歳となったヴィオレッタは、神より授けられたと言っても過言ではない美貌に加え、高級娼婦も太刀打ちできない色気をまとっていた。
 夜空を染み込ませた瑠璃紺るりこん真珠色しんじゅいろのドレス。肩から胸元にかけて白く滑らかな肌が大きく露出している。胸の下には、銀色の宝石があしらわれており、腰の細さを際立たせていた。首元には、淡い水色の宝石のネックレスが。ルカとお揃いで購入したネックレスだ。ルージュ色の長髪は、腰元まで滴り落ちる。控えめな銀色のバレッタで彩られていた。ドレスはルカに購入してもらった物であり、バレッタもベルにもらった物である。
 子爵家の令嬢であるとは信じ難い上品さと滲み出る色気を惜しげなく晒したヴィオレッタは、パーティー会場である食卓の間に足を踏み入れた。その瞬間、パァンッと何かが弾ける音と同時に、彩り豊かなテープや紙片が宙を舞った。

「おめでとう、ヴィオレッタ」

 ヴィロードが聖人よりも優しい笑みを湛え、ヴィオレッタに祝福を贈る。ヴィロードに続いて、マナや数人の侍女と騎士、そしてシェフを務める料理人まで彼女の誕生日を祝った。
 パーティー会場は、かつてのルクアーデ公爵城のような王座の間ではない。壁には深いシミがこびりついており、椅子もテーブルも今にも壊れそうだ。廃れた食卓の間なのにも関わらず、ヴィオレッタは至上の喜悦を味わっていた。王座の間で多くの人々を招いて誕生パーティーを行っていた幼い頃では、決して味わうことができない喜び。自分のことを本当に大切に思ってくれている数人でいい。その数人に祝福してもらうだけで、嬉しいのだ。
 せっかく化粧を施した目尻に、涙が溜まる。

「ありがとう……」

 ヴィオレッタは満面の笑みを浮かべた。
 ヴィロードは彼女を席に案内する。テーブルの上にはいつもより豪勢な食事が並んでいた。ヴィオレッタの好物である肉料理も置かれている。
 恐らく今日の誕生パーティーのために、マナをはじめルクアーデ子爵邸に仕える人々が皇都の市場を駆け回り、安い食品を多く仕入れてくれたのだろう。

「あら……椅子が三つ、あるのね……。マナの分かしら」

 円卓のテーブルには、空席がひとつ存在した。ヴィオレッタの疑問の声に、ヴィロードはごにょごにょと吃る。

「何よ、はっきり言ってちょうだい」
「あ~、その……実はな……ヴィオレッタの誕生日を祝いに来てくれている人が、いるんだ」
「私の、誕生日を……?」

 ヴィオレッタは首を傾げるも、自分の誕生日を祝いに来てくれている人物に心当たりがあった。「まさか……」と呆然と呟く。食卓の間に通ずる廊下がやけに騒がしいことに気がついた。ヴィオレッタは突然席を立ち、扉を開け放つ。

「っ………………」

 息を呑んだのは、ヴィオレッタの目の前に佇む人物。美しい黒髪に、彼女の首を装飾する宝石と同色の瞳。丸みを帯びた頭には、パーティー用の帽子が被せられていた。冷ややかな印象を持たせる美貌は、不機嫌一色に塗り固められていたが、どことなく照れた様子も感じさせる。肩苦しい騎士服がまた彼の美しさを引き立てていた。
 ヴィオレッタの誕生日を祝いに来ている人物とは、なんとルカであったのだ。あのルカが、彼女の誕生日を祝いに来てくれた。ヴィオレッタは夢なのではないか、と不安を覚える。

「本当は……グリディアード公爵城で誕生パーティーを、と思ったんだが、ルクアーデ子爵に断られた。こうして慎ましく、テメェの……ヴィ、ヴィオレッタの誕生日を祝うことしかできねぇが、許してくれ」

 ルカは持っていた白い袋をヴィオレッタに差し出す。彼女はそれを受け取った。

「女の喜ぶもんなんて知らねぇし、気に入るかも分からねぇが……一応特注品だ。ドレスも二十着くらい購入した。いずれ届く」

 ヴィオレッタは現状を受け入れられず、ぽかんと口を開ける。彼女の間抜け面を目の当たりにして、ルカの胸は薔薇色に染まった。ヴィオレッタのどんな表情でも胸を高鳴らせることができるとは、それほどルカが彼女に惚れているということだろうか。
 ルカは絶句するヴィオレッタの手から袋を奪い取り、純白のケースを取り出した。蓋を開けた先には、黄金のブレスレット。ところどころ宝石などの細工が施された美しいそれは、この世にひとつしかない代物であった。
 ルカはブレスレットを慎重に取り、ヴィオレッタの手を掬う。そして彼女の細い手首にブレスレットをつけてあげた。彼女は手首で煌めくブレスレットをまじまじと見つめたあと、ルカに視線を向ける。

「グリディアード公爵令息。心より、感謝申し上げます」

 ヴィオレッタはドレスの裾を摘み、優雅に礼をした。プリムローズイエローの瞳に涙を滲ませた彼女は、この世で一番美しく微笑んだのだった。
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