50 / 168
第50話 20歳の誕生日
しおりを挟む
待ちに待ったヴィオレッタの誕生日の夜。
20年前の今日。快晴の日であった。太陽のように燃え盛る赤髪を持って生まれてきたヴィオレッタは、それはそれは天使の赤子であった。父親の美貌と母親の美貌を中和させた顔立ちは、赤子ながら絶世の美少女だった。成長するにつれ、その顔立ちはさらに見目麗しいものとなり、数多の男性を虜にした。
本日、20歳となったヴィオレッタは、神より授けられたと言っても過言ではない美貌に加え、高級娼婦も太刀打ちできない色気をまとっていた。
夜空を染み込ませた瑠璃紺と真珠色のドレス。肩から胸元にかけて白く滑らかな肌が大きく露出している。胸の下には、銀色の宝石があしらわれており、腰の細さを際立たせていた。首元には、淡い水色の宝石のネックレスが。ルカとお揃いで購入したネックレスだ。ルージュ色の長髪は、腰元まで滴り落ちる。控えめな銀色のバレッタで彩られていた。ドレスはルカに購入してもらった物であり、バレッタもベルにもらった物である。
子爵家の令嬢であるとは信じ難い上品さと滲み出る色気を惜しげなく晒したヴィオレッタは、パーティー会場である食卓の間に足を踏み入れた。その瞬間、パァンッと何かが弾ける音と同時に、彩り豊かなテープや紙片が宙を舞った。
「おめでとう、ヴィオレッタ」
ヴィロードが聖人よりも優しい笑みを湛え、ヴィオレッタに祝福を贈る。ヴィロードに続いて、マナや数人の侍女と騎士、そしてシェフを務める料理人まで彼女の誕生日を祝った。
パーティー会場は、かつてのルクアーデ公爵城のような王座の間ではない。壁には深いシミがこびりついており、椅子もテーブルも今にも壊れそうだ。廃れた食卓の間なのにも関わらず、ヴィオレッタは至上の喜悦を味わっていた。王座の間で多くの人々を招いて誕生パーティーを行っていた幼い頃では、決して味わうことができない喜び。自分のことを本当に大切に思ってくれている数人でいい。その数人に祝福してもらうだけで、嬉しいのだ。
せっかく化粧を施した目尻に、涙が溜まる。
「ありがとう……」
ヴィオレッタは満面の笑みを浮かべた。
ヴィロードは彼女を席に案内する。テーブルの上にはいつもより豪勢な食事が並んでいた。ヴィオレッタの好物である肉料理も置かれている。
恐らく今日の誕生パーティーのために、マナをはじめルクアーデ子爵邸に仕える人々が皇都の市場を駆け回り、安い食品を多く仕入れてくれたのだろう。
「あら……椅子が三つ、あるのね……。マナの分かしら」
円卓のテーブルには、空席がひとつ存在した。ヴィオレッタの疑問の声に、ヴィロードはごにょごにょと吃る。
「何よ、はっきり言ってちょうだい」
「あ~、その……実はな……ヴィオレッタの誕生日を祝いに来てくれている人が、いるんだ」
「私の、誕生日を……?」
ヴィオレッタは首を傾げるも、自分の誕生日を祝いに来てくれている人物に心当たりがあった。「まさか……」と呆然と呟く。食卓の間に通ずる廊下がやけに騒がしいことに気がついた。ヴィオレッタは突然席を立ち、扉を開け放つ。
「っ………………」
息を呑んだのは、ヴィオレッタの目の前に佇む人物。美しい黒髪に、彼女の首を装飾する宝石と同色の瞳。丸みを帯びた頭には、パーティー用の帽子が被せられていた。冷ややかな印象を持たせる美貌は、不機嫌一色に塗り固められていたが、どことなく照れた様子も感じさせる。肩苦しい騎士服がまた彼の美しさを引き立てていた。
ヴィオレッタの誕生日を祝いに来ている人物とは、なんとルカであったのだ。あのルカが、彼女の誕生日を祝いに来てくれた。ヴィオレッタは夢なのではないか、と不安を覚える。
「本当は……グリディアード公爵城で誕生パーティーを、と思ったんだが、ルクアーデ子爵に断られた。こうして慎ましく、テメェの……ヴィ、ヴィオレッタの誕生日を祝うことしかできねぇが、許してくれ」
ルカは持っていた白い袋をヴィオレッタに差し出す。彼女はそれを受け取った。
「女の喜ぶもんなんて知らねぇし、気に入るかも分からねぇが……一応特注品だ。ドレスも二十着くらい購入した。いずれ届く」
ヴィオレッタは現状を受け入れられず、ぽかんと口を開ける。彼女の間抜け面を目の当たりにして、ルカの胸は薔薇色に染まった。ヴィオレッタのどんな表情でも胸を高鳴らせることができるとは、それほどルカが彼女に惚れているということだろうか。
ルカは絶句するヴィオレッタの手から袋を奪い取り、純白のケースを取り出した。蓋を開けた先には、黄金のブレスレット。ところどころ宝石などの細工が施された美しいそれは、この世にひとつしかない代物であった。
ルカはブレスレットを慎重に取り、ヴィオレッタの手を掬う。そして彼女の細い手首にブレスレットをつけてあげた。彼女は手首で煌めくブレスレットをまじまじと見つめたあと、ルカに視線を向ける。
「グリディアード公爵令息。心より、感謝申し上げます」
ヴィオレッタはドレスの裾を摘み、優雅に礼をした。プリムローズイエローの瞳に涙を滲ませた彼女は、この世で一番美しく微笑んだのだった。
20年前の今日。快晴の日であった。太陽のように燃え盛る赤髪を持って生まれてきたヴィオレッタは、それはそれは天使の赤子であった。父親の美貌と母親の美貌を中和させた顔立ちは、赤子ながら絶世の美少女だった。成長するにつれ、その顔立ちはさらに見目麗しいものとなり、数多の男性を虜にした。
本日、20歳となったヴィオレッタは、神より授けられたと言っても過言ではない美貌に加え、高級娼婦も太刀打ちできない色気をまとっていた。
夜空を染み込ませた瑠璃紺と真珠色のドレス。肩から胸元にかけて白く滑らかな肌が大きく露出している。胸の下には、銀色の宝石があしらわれており、腰の細さを際立たせていた。首元には、淡い水色の宝石のネックレスが。ルカとお揃いで購入したネックレスだ。ルージュ色の長髪は、腰元まで滴り落ちる。控えめな銀色のバレッタで彩られていた。ドレスはルカに購入してもらった物であり、バレッタもベルにもらった物である。
子爵家の令嬢であるとは信じ難い上品さと滲み出る色気を惜しげなく晒したヴィオレッタは、パーティー会場である食卓の間に足を踏み入れた。その瞬間、パァンッと何かが弾ける音と同時に、彩り豊かなテープや紙片が宙を舞った。
「おめでとう、ヴィオレッタ」
ヴィロードが聖人よりも優しい笑みを湛え、ヴィオレッタに祝福を贈る。ヴィロードに続いて、マナや数人の侍女と騎士、そしてシェフを務める料理人まで彼女の誕生日を祝った。
パーティー会場は、かつてのルクアーデ公爵城のような王座の間ではない。壁には深いシミがこびりついており、椅子もテーブルも今にも壊れそうだ。廃れた食卓の間なのにも関わらず、ヴィオレッタは至上の喜悦を味わっていた。王座の間で多くの人々を招いて誕生パーティーを行っていた幼い頃では、決して味わうことができない喜び。自分のことを本当に大切に思ってくれている数人でいい。その数人に祝福してもらうだけで、嬉しいのだ。
せっかく化粧を施した目尻に、涙が溜まる。
「ありがとう……」
ヴィオレッタは満面の笑みを浮かべた。
ヴィロードは彼女を席に案内する。テーブルの上にはいつもより豪勢な食事が並んでいた。ヴィオレッタの好物である肉料理も置かれている。
恐らく今日の誕生パーティーのために、マナをはじめルクアーデ子爵邸に仕える人々が皇都の市場を駆け回り、安い食品を多く仕入れてくれたのだろう。
「あら……椅子が三つ、あるのね……。マナの分かしら」
円卓のテーブルには、空席がひとつ存在した。ヴィオレッタの疑問の声に、ヴィロードはごにょごにょと吃る。
「何よ、はっきり言ってちょうだい」
「あ~、その……実はな……ヴィオレッタの誕生日を祝いに来てくれている人が、いるんだ」
「私の、誕生日を……?」
ヴィオレッタは首を傾げるも、自分の誕生日を祝いに来てくれている人物に心当たりがあった。「まさか……」と呆然と呟く。食卓の間に通ずる廊下がやけに騒がしいことに気がついた。ヴィオレッタは突然席を立ち、扉を開け放つ。
「っ………………」
息を呑んだのは、ヴィオレッタの目の前に佇む人物。美しい黒髪に、彼女の首を装飾する宝石と同色の瞳。丸みを帯びた頭には、パーティー用の帽子が被せられていた。冷ややかな印象を持たせる美貌は、不機嫌一色に塗り固められていたが、どことなく照れた様子も感じさせる。肩苦しい騎士服がまた彼の美しさを引き立てていた。
ヴィオレッタの誕生日を祝いに来ている人物とは、なんとルカであったのだ。あのルカが、彼女の誕生日を祝いに来てくれた。ヴィオレッタは夢なのではないか、と不安を覚える。
「本当は……グリディアード公爵城で誕生パーティーを、と思ったんだが、ルクアーデ子爵に断られた。こうして慎ましく、テメェの……ヴィ、ヴィオレッタの誕生日を祝うことしかできねぇが、許してくれ」
ルカは持っていた白い袋をヴィオレッタに差し出す。彼女はそれを受け取った。
「女の喜ぶもんなんて知らねぇし、気に入るかも分からねぇが……一応特注品だ。ドレスも二十着くらい購入した。いずれ届く」
ヴィオレッタは現状を受け入れられず、ぽかんと口を開ける。彼女の間抜け面を目の当たりにして、ルカの胸は薔薇色に染まった。ヴィオレッタのどんな表情でも胸を高鳴らせることができるとは、それほどルカが彼女に惚れているということだろうか。
ルカは絶句するヴィオレッタの手から袋を奪い取り、純白のケースを取り出した。蓋を開けた先には、黄金のブレスレット。ところどころ宝石などの細工が施された美しいそれは、この世にひとつしかない代物であった。
ルカはブレスレットを慎重に取り、ヴィオレッタの手を掬う。そして彼女の細い手首にブレスレットをつけてあげた。彼女は手首で煌めくブレスレットをまじまじと見つめたあと、ルカに視線を向ける。
「グリディアード公爵令息。心より、感謝申し上げます」
ヴィオレッタはドレスの裾を摘み、優雅に礼をした。プリムローズイエローの瞳に涙を滲ませた彼女は、この世で一番美しく微笑んだのだった。
1
お気に入りに追加
709
あなたにおすすめの小説
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる