34 / 168
第34話 祭り
しおりを挟む
夕日を闇夜が呑み込む。
ヴィオレッタとルカを乗せた馬車は、騎士団の本部に到着した。聞こえてくるのは、愉快な笑い声と屋台の店主たちの声。小窓から見える建物は、暗闇も相まってか、やけに明るかった。
乗り気かそうでないかと問われればどちらとも言えない気分であったヴィオレッタも、ワクワクと胸が踊る感覚を感じ取った。
続々と正門に到着する馬車の中でも群を抜いて豪華である彼女たちの馬車は、ゆっくりと停止する。扉を開け、ルカが先に降りる。周囲の令嬢たちは、ルカの突然の登場に色めき立った。しかし、彼のエスコートにより地に降り立ったヴィオレッタの姿を見て、落胆する。天国に引き上げられたと思ったら、地獄へ突き落とされたかのような表情であった。
ヴィオレッタは、ルカの腕に手を添える。ふたりは歩き出した。
どうやら騎士だけではなく、その身内や婚約者も大勢来ているみたいだ。
昨年のヴィオレッタには、考えられない光景。彼女は新鮮に思いながら、楽しげな雰囲気に身を委ねる。
「騎士王様にふさわしくないわ……」
「本当ね。なぜ、騎士王様はあんな悪女を選んだのかしら?」
「サンロレツォ公爵令嬢か、姫騎士様のほうがよっぽどお似合いよね」
ひそひそと聞こえてくる令嬢たちの声。もはや慣れてしまったが、楽しかった空気は一変、不快な空気へと変わってしまった。
あからさまに溜息をつくヴィオレッタを横目に見たルカは、噂をしている令嬢たちを鋭く睨みつける。女だからと容赦しない、愛しのヴィオレッタの陰口を叩くとは、覚悟できているのだろうな、と問いかけるターコイズブルーの瞳に、令嬢たちは震え上がる。勢いよく頭を下げるとその場からそそくさと去っていった。
ルカは何も話さないヴィオレッタに声をかける。
「何か食べるか」
「……そうね。こういった祭りは初めてなのだけど、何があるの?」
「肉も魚も甘い物もある」
ヴィオレッタは、肉と聞いた途端に、キラリと目を輝かせた。ルカは決してそれを見逃さなかった。腕にかけられた彼女の手を握り、ほんの少しだけ足早に歩き出す。ヴィオレッタは突然手を握られたことに驚きつつも、ほんのりと頬を赤らめた。どうか彼には見られませんように、と祈りを込めて。
手を引かれ、到着した屋台は、長い行列ができた屋台であった。ルカはその行列に並ばず、先頭に立っていたひとりの騎士と若い女性に話しかける。
「おい」
「ふ、副長っ!」
騎士は驚愕の表情を浮かべながらもなんとか敬礼をする。そしてルカと手を繋ぐヴィオレッタを見て、ゴクリと息を呑む。彼女の美しさに圧倒されたというのもそうだが、それ以上に副団長が女性と手を繋いでいることに驚いている様子であった。
「前譲れ」
「も、もちろんです!!!」
騎士は気前よく、一番前を譲った。
騎士団は非常に序列が厳しいことで知られている。序列、性別、身分関係なく楽しむ祭りにおいても、ルカの命令は断れないようであった。
権限を容赦なく駆使するルカに変な目線を送るヴィオレッタ。彼女は申し訳なさを覚え、先頭を譲ってくれた騎士と若い女性に軽く会釈をする。ふたりはとんでもないと首を左右に振った。
店主に注文をし終わったルカの耳元に、ヴィオレッタは口を寄せる。
「グリディアード公爵令息」
「っ……」
「今度からはしっかり列に並びましょう。順番も守れない婚約者なんて恥ずかしくて嫌だわ」
「………………」
ヴィオレッタの言葉の刃がルカの心臓に突き刺さる。ぽっかりと口を開けて、魂を逃がそうとするルカに構いもせず、ヴィオレッタは店主から骨付き肉を受け取った。なかなか我に返ることができない彼に骨付き肉を持たせ、ドレスを翻し優雅に歩みを進めた。やっと現実に戻ってきたルカも彼女のあとを追う。
「ん~……美味しいわね」
ヴィオレッタは満足気に骨付き肉を食す。
彼女も端くれとは言え、一応貴族である。食べ歩き、というものをした経験はほぼないため、彼女はたまにはこういう行儀の悪いこともいいな、と思った。
骨付き肉をものの一分もしないうちに、ペロリと食べ終わる。ヴィオレッタは振り向き、どこか苛立った様子で豪快に肉を食すルカを見つめると、ドンッと誰かの胸板に当たった。
「ごめんなさ…………」
謝罪を口にしながら当たった人物を見上げると、そこには見覚えのある顔があった。至近距離に迫るのは、ゾッとするほどの美貌。甘い香りが鼻を擽った。桃色の厚い唇は弧を描く。
「また会ったね、おねーさん」
ヴィオレッタとルカを乗せた馬車は、騎士団の本部に到着した。聞こえてくるのは、愉快な笑い声と屋台の店主たちの声。小窓から見える建物は、暗闇も相まってか、やけに明るかった。
乗り気かそうでないかと問われればどちらとも言えない気分であったヴィオレッタも、ワクワクと胸が踊る感覚を感じ取った。
続々と正門に到着する馬車の中でも群を抜いて豪華である彼女たちの馬車は、ゆっくりと停止する。扉を開け、ルカが先に降りる。周囲の令嬢たちは、ルカの突然の登場に色めき立った。しかし、彼のエスコートにより地に降り立ったヴィオレッタの姿を見て、落胆する。天国に引き上げられたと思ったら、地獄へ突き落とされたかのような表情であった。
ヴィオレッタは、ルカの腕に手を添える。ふたりは歩き出した。
どうやら騎士だけではなく、その身内や婚約者も大勢来ているみたいだ。
昨年のヴィオレッタには、考えられない光景。彼女は新鮮に思いながら、楽しげな雰囲気に身を委ねる。
「騎士王様にふさわしくないわ……」
「本当ね。なぜ、騎士王様はあんな悪女を選んだのかしら?」
「サンロレツォ公爵令嬢か、姫騎士様のほうがよっぽどお似合いよね」
ひそひそと聞こえてくる令嬢たちの声。もはや慣れてしまったが、楽しかった空気は一変、不快な空気へと変わってしまった。
あからさまに溜息をつくヴィオレッタを横目に見たルカは、噂をしている令嬢たちを鋭く睨みつける。女だからと容赦しない、愛しのヴィオレッタの陰口を叩くとは、覚悟できているのだろうな、と問いかけるターコイズブルーの瞳に、令嬢たちは震え上がる。勢いよく頭を下げるとその場からそそくさと去っていった。
ルカは何も話さないヴィオレッタに声をかける。
「何か食べるか」
「……そうね。こういった祭りは初めてなのだけど、何があるの?」
「肉も魚も甘い物もある」
ヴィオレッタは、肉と聞いた途端に、キラリと目を輝かせた。ルカは決してそれを見逃さなかった。腕にかけられた彼女の手を握り、ほんの少しだけ足早に歩き出す。ヴィオレッタは突然手を握られたことに驚きつつも、ほんのりと頬を赤らめた。どうか彼には見られませんように、と祈りを込めて。
手を引かれ、到着した屋台は、長い行列ができた屋台であった。ルカはその行列に並ばず、先頭に立っていたひとりの騎士と若い女性に話しかける。
「おい」
「ふ、副長っ!」
騎士は驚愕の表情を浮かべながらもなんとか敬礼をする。そしてルカと手を繋ぐヴィオレッタを見て、ゴクリと息を呑む。彼女の美しさに圧倒されたというのもそうだが、それ以上に副団長が女性と手を繋いでいることに驚いている様子であった。
「前譲れ」
「も、もちろんです!!!」
騎士は気前よく、一番前を譲った。
騎士団は非常に序列が厳しいことで知られている。序列、性別、身分関係なく楽しむ祭りにおいても、ルカの命令は断れないようであった。
権限を容赦なく駆使するルカに変な目線を送るヴィオレッタ。彼女は申し訳なさを覚え、先頭を譲ってくれた騎士と若い女性に軽く会釈をする。ふたりはとんでもないと首を左右に振った。
店主に注文をし終わったルカの耳元に、ヴィオレッタは口を寄せる。
「グリディアード公爵令息」
「っ……」
「今度からはしっかり列に並びましょう。順番も守れない婚約者なんて恥ずかしくて嫌だわ」
「………………」
ヴィオレッタの言葉の刃がルカの心臓に突き刺さる。ぽっかりと口を開けて、魂を逃がそうとするルカに構いもせず、ヴィオレッタは店主から骨付き肉を受け取った。なかなか我に返ることができない彼に骨付き肉を持たせ、ドレスを翻し優雅に歩みを進めた。やっと現実に戻ってきたルカも彼女のあとを追う。
「ん~……美味しいわね」
ヴィオレッタは満足気に骨付き肉を食す。
彼女も端くれとは言え、一応貴族である。食べ歩き、というものをした経験はほぼないため、彼女はたまにはこういう行儀の悪いこともいいな、と思った。
骨付き肉をものの一分もしないうちに、ペロリと食べ終わる。ヴィオレッタは振り向き、どこか苛立った様子で豪快に肉を食すルカを見つめると、ドンッと誰かの胸板に当たった。
「ごめんなさ…………」
謝罪を口にしながら当たった人物を見上げると、そこには見覚えのある顔があった。至近距離に迫るのは、ゾッとするほどの美貌。甘い香りが鼻を擽った。桃色の厚い唇は弧を描く。
「また会ったね、おねーさん」
1
お気に入りに追加
709
あなたにおすすめの小説
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる