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第157話 神の判決
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家族というものに関して、考え方を変えなければならならいのかもしれないとラダベルが思案していると、背後で物音がする。
「ラダベル」
ジークルドの声だ。ラダベルはすぐさま振り返る。ジークルドが彼女に歩み寄った。
「どこにいるかと捜したぞ」
「申し訳ございません。少し、お父様たちとお話をしていたものですから……」
「あぁ……」
ラダベルの姿しか見えていなかったジークルドは、そこでようやくほかの人々も視界に入れる。
「ティオーレ公爵、ご無沙汰しております」
ティオーレ公爵に向かって頭を下げた。ティオーレ公爵は立ち上がる。
「こちらこそ。ルドルガー伯爵」
ティオーレ公爵が握手を求めると、ジークルドがそれに応える。ラディオルとカトリーナも立ち上がり、ジークルドに深く頭を下げた。
「あなた方は……。随分と見慣れない並びですね」
ジークルドの言う通り、不自然な顔ぶれだ。かつて極東部の城を電撃訪問してきたことであまり良い印象のないカトリーナと、ラダベルの双子の兄。不自然にもほどがある。
「あ、あぁ、まぁ……いろいろとありまして」
ラディオルが焦りながら濁す。たじたじの実兄を見て、ラダベルは口端を吊り上げる。
「ジークルド様。お兄様とチェスター伯爵令嬢は婚約間近なのですよ」
「……そうだったのか。ティオーレ公爵令息、チェスター伯爵令嬢、おめでとうございます」
ジークルドが祝福の言葉を送ると、ラディオルとカトリーナは顔を紅潮させて俯いてしまった。キスだけではなくそれ以上まで進んでいるというのに、何を今さら恥ずかしがることがあろうか。ラダベルはふたりが照れるポイントがいまいち掴めないのであった。
「それより、ラダベル。いつもはジークルドと呼んでくれているだろう?」
「へ?」
「様はいらない。いつものように呼んでくれ」
ジークルドは、ラダベルの髪先にキスを落とした。ラダベルは僅かに頬を赤らめて、下を向く。城を飛び出した際にあとを追ってきたジークルドと体を繋げてからというもの、彼のことを敬称をつけず呼ぶようになっていた。しかしそれをわざわざ、ティオーレ公爵やラディオルがいる前で言わなくても良いだろう。
ラダベルが恥じらっていると、ティオーレ公爵が咳払いする。ジークルドはハッと我に返り、ラダベルから離れた。
「ルドルガー伯爵。あなたがここにいるということは、罪人の裁判も終わったのでしょう。結果をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい」
ティオーレ公爵の問いかけに、ジークルドは首肯した。大きく息を吸って吐いた直後、目を開く。
「アナスタシア・リレナ・ディ・オースター。オースター侯爵家令嬢であり、サレオン先代公爵夫人であった罪人は、殺害計画を企て、実行犯の軍人たちに指示を出したとして、死刑の判決が下されました」
空気が重々しい。ラダベルは息を呑んだ。少しの間、呼吸をすることを忘れてしまったほどに、衝撃的だった。
アナスタシアが罪を犯してしまったのには、自身の責任も否めないため刑罰を軽くしてくれないかと進言するとジークルドは言っていたが、彼の努力も虚しく、アナスタシアに死刑の判決が下されてしまった。彼が進言しても、無駄だったのだ。ラダベルは魂が抜けたように、虚空を見上げた。
「皇帝陛下をはじめとした皇族の方々、サレオン公爵家一族の方々の強いご意志により、死刑が確定いたしました」
「そうですか……。サレオン公爵家は、代々レイティーン皇族の方々に深い忠誠心を誓っています。そんな公爵家の当主が殺されたともなれば、皇帝陛下も容認するわけにはいかなかったのでしょう」
「ティオーレ公爵の仰る通りです。死刑判決が下されたことにより、罪人の生家であるオースター侯爵家は、皇帝陛下のご慈悲によりお咎めなしだそうです」
ジークルドは瞑目した。その横顔がやけに切なく見えて……。ラダベルは彼の手をそっと握った。彼はゆっくり開眼し、ラダベルを抱きしめたのであった。
これも仕方がないことなのかもしれない。アナスタシアが味わってきた辛苦は、信じられないほど苦しいものだっただろう。しかしどれほどの背景があろうとも、レイティーン皇族と由緒正しきサレオン公爵家にとっては考慮できない、する価値もないものなのだ。それを実感してしまったラダベルは、胸を痛める。彼女がアナスタシアに何を言ったところで、アナスタシアからすれば嫌味にしか聞こえないだろう。何も言わないのが懸命だ。最後まで、会わないのが懸命だ。だが、祈るくらいは許されるはず。
彼女の魂に、恩恵があらんことを――。
今日の空は、憎たらしいくらいに、青かった。
「ラダベル」
ジークルドの声だ。ラダベルはすぐさま振り返る。ジークルドが彼女に歩み寄った。
「どこにいるかと捜したぞ」
「申し訳ございません。少し、お父様たちとお話をしていたものですから……」
「あぁ……」
ラダベルの姿しか見えていなかったジークルドは、そこでようやくほかの人々も視界に入れる。
「ティオーレ公爵、ご無沙汰しております」
ティオーレ公爵に向かって頭を下げた。ティオーレ公爵は立ち上がる。
「こちらこそ。ルドルガー伯爵」
ティオーレ公爵が握手を求めると、ジークルドがそれに応える。ラディオルとカトリーナも立ち上がり、ジークルドに深く頭を下げた。
「あなた方は……。随分と見慣れない並びですね」
ジークルドの言う通り、不自然な顔ぶれだ。かつて極東部の城を電撃訪問してきたことであまり良い印象のないカトリーナと、ラダベルの双子の兄。不自然にもほどがある。
「あ、あぁ、まぁ……いろいろとありまして」
ラディオルが焦りながら濁す。たじたじの実兄を見て、ラダベルは口端を吊り上げる。
「ジークルド様。お兄様とチェスター伯爵令嬢は婚約間近なのですよ」
「……そうだったのか。ティオーレ公爵令息、チェスター伯爵令嬢、おめでとうございます」
ジークルドが祝福の言葉を送ると、ラディオルとカトリーナは顔を紅潮させて俯いてしまった。キスだけではなくそれ以上まで進んでいるというのに、何を今さら恥ずかしがることがあろうか。ラダベルはふたりが照れるポイントがいまいち掴めないのであった。
「それより、ラダベル。いつもはジークルドと呼んでくれているだろう?」
「へ?」
「様はいらない。いつものように呼んでくれ」
ジークルドは、ラダベルの髪先にキスを落とした。ラダベルは僅かに頬を赤らめて、下を向く。城を飛び出した際にあとを追ってきたジークルドと体を繋げてからというもの、彼のことを敬称をつけず呼ぶようになっていた。しかしそれをわざわざ、ティオーレ公爵やラディオルがいる前で言わなくても良いだろう。
ラダベルが恥じらっていると、ティオーレ公爵が咳払いする。ジークルドはハッと我に返り、ラダベルから離れた。
「ルドルガー伯爵。あなたがここにいるということは、罪人の裁判も終わったのでしょう。結果をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい」
ティオーレ公爵の問いかけに、ジークルドは首肯した。大きく息を吸って吐いた直後、目を開く。
「アナスタシア・リレナ・ディ・オースター。オースター侯爵家令嬢であり、サレオン先代公爵夫人であった罪人は、殺害計画を企て、実行犯の軍人たちに指示を出したとして、死刑の判決が下されました」
空気が重々しい。ラダベルは息を呑んだ。少しの間、呼吸をすることを忘れてしまったほどに、衝撃的だった。
アナスタシアが罪を犯してしまったのには、自身の責任も否めないため刑罰を軽くしてくれないかと進言するとジークルドは言っていたが、彼の努力も虚しく、アナスタシアに死刑の判決が下されてしまった。彼が進言しても、無駄だったのだ。ラダベルは魂が抜けたように、虚空を見上げた。
「皇帝陛下をはじめとした皇族の方々、サレオン公爵家一族の方々の強いご意志により、死刑が確定いたしました」
「そうですか……。サレオン公爵家は、代々レイティーン皇族の方々に深い忠誠心を誓っています。そんな公爵家の当主が殺されたともなれば、皇帝陛下も容認するわけにはいかなかったのでしょう」
「ティオーレ公爵の仰る通りです。死刑判決が下されたことにより、罪人の生家であるオースター侯爵家は、皇帝陛下のご慈悲によりお咎めなしだそうです」
ジークルドは瞑目した。その横顔がやけに切なく見えて……。ラダベルは彼の手をそっと握った。彼はゆっくり開眼し、ラダベルを抱きしめたのであった。
これも仕方がないことなのかもしれない。アナスタシアが味わってきた辛苦は、信じられないほど苦しいものだっただろう。しかしどれほどの背景があろうとも、レイティーン皇族と由緒正しきサレオン公爵家にとっては考慮できない、する価値もないものなのだ。それを実感してしまったラダベルは、胸を痛める。彼女がアナスタシアに何を言ったところで、アナスタシアからすれば嫌味にしか聞こえないだろう。何も言わないのが懸命だ。最後まで、会わないのが懸命だ。だが、祈るくらいは許されるはず。
彼女の魂に、恩恵があらんことを――。
今日の空は、憎たらしいくらいに、青かった。
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