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第145話 秘密

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 西部の駅に向かい、皇都を経由した東部行きの貴族専用の列車に乗り込んだ。
 寝室の寝台に、ふたりは座る。ラダベルが口火を切る。

「まさか……ここまで追いかけてきてくださるなんて、夢にも思いませんでした」
「逆にお前は……俺が、勝手に家出してそのまま行方をくらまそうとしていた妻を放置しておく男とでも思っていたのか?」
「それ、は、ごめんなさい。でも……最近のジークルド様の様子を見る限り、私のことはどうでもいいのかなと……」

 ラダベルは今にも消え入りそうな声で本音を告げる。彼女の本音を聞いたジークルドは微かに目を見開く。そして、申し訳なさそうに俯いた。

「すまない」

 か細い声で一言。今のジークルドを見て、“剣王”とは到底思えない。ラダベルは口元に指先を当て、上品に微笑んだ。

「かの“剣王”様のそんなか弱いお姿を見ることができるのは、この世界で私だけでしょうか?」

 ジークルドがラダベルを見遣る。彼が何かを言おうと口を開いた。しかしあと一歩のところで勇気が出なかったのか、再び口を閉ざしてしまう。

「ジークルド様。言わなければ伝わらないこともあります。これからは、何か思うことがあったらすぐに言うようにしましょう」

(私も、あなたも)

 もう二度と、あなたとすれ違いたくはない。今回のようなことを未然にふせぐためにも、お互いに伝えるべき言葉は伝えなければならない。
 ラダベルの提案に対して、ジークルドが瞠目する。その直後彼は強く頷き、覚悟を決めた様子でラダベルを見据えた。

「ラダベル。俺にどんな秘密があっても……嫌いにならないで、くれるか?」

 ラダベルは、瞬きを繰り返した。

(そんな分かりきったことを聞くなんて……)

「もちろんです。どんなことがあっても、私にはあなただけですよ、ジークルド様」

 莞爾として微笑みながら強い意志を明らかにしたラダベルに、ジークルドは頬をほんのりと赤らめた。恥じらう姿があまりにも可愛くて、胸が高鳴った。彼がラダベルの手を握る。

「まず、謝罪させてほしい。アナスタシアが城に来てから……お前に冷たくしてしまって悪かった。それには理由が、あったんだ」
「理由、ですか?」
「あぁ。俺は……アナスタシアに脅されていた。城に滞在させてくれなければ、お前に俺の秘密をバラすと」
「そんな……」

 ラダベルは驚いた。まさか、ジークルドがアナスタシアに脅されていたなんて。まったく想像していなかったから。ジークルドはアナスタシアに脅されていたからこそ、ラダベルとろくに話すことができなかったというわけか。城に滞在させてもらうだけでは飽き足りず、彼の隣を陣取っていたアナスタシアの目があったため、彼はラダベルと接する機会がなかったのかもしれない。

「アナスタシアは元軍人だ。俺が目を離した隙に、お前に手を出されたら……俺がお前と話したばかりに、あの女の激情を煽ってしまったらと思うと……お前に話しかけることができなかった」

 ジークルドの手に力が込められる。恐怖からか、震えてしまっていた。

「軍人ともあろう男が、あまりにも情けなくて笑えるだろう」
「そんなことは……」
「いいや、情けない。怖かったんだ。初めて心から本気で愛したお前の命が……奪われるかもしれないということが……」

 ラダベルはジークルドの手に、自身の手をそっと重ねる。手のひらを通して彼の温もりがじんわりと伝わってきた。彼にも、ラダベルの温もりが伝わっていることだろう。ジークルドは腹を括り、顔を上げる。


「ラダベル。俺は、伝説の軍人の実子ではない」


 ジークルドの口から語られた真実。ラダベルは思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

「ただの、孤児だ。特別な血も引いていない、なんの取り柄もない、奴隷に近い平民だった。それを拾ってくれたのが、俺の義理の父だ」

 まさかの話を聞いたラダベルは、驚愕の表情を浮かべた。
 たった一代でルドルガー家を伯爵家まで押し上げた当主ジークルドは、先代の実子ではなく、養子だったのだ。それが、彼がずっと隠してきた秘密。その秘密をかつての彼の想い人であるアナスタシアは知っていたから、彼の弱みを利用して彼を脅したのだ。ラダベルは、心から納得した。しかし、一点だけ引っかかる。

「そもそもなぜそれが……秘密なのですか?」
「っ……」
「確かに驚きはしました。ですが、他人にならまだしも、に隠すようなことなのでしょうか?」

 本気で疑問に思ったことを投げかける。ジークルドは毒気を抜かれたらしく、ぽかんと口を開けていた。その数秒後、我に返った彼が咳払いする。

「特別な血も引かない孤児だと知ったら、ラダベルに嫌われてしまうかもしれない、と思った」
「………………」

 次はラダベルが呆気に取られる番だった。

「由緒正しき公爵家の令嬢と、もとは孤児の俺が釣り合うはずがないと……」

 ジークルドは悄然としている。彼も、ひとりの人間なのだと実感したラダベルは、柔らかく微笑した。彼の頬に手を添える。

「バカですね、ジークルド様。私がそんなことであなたを嫌いになるはずがないです」

 ジークルドは、くしゃりと顔を歪める。今にも泣きそうな顔をした彼は、ラダベルを腕の中に閉じ込めた。
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