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第137話 頼もしい部下

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 執務室をあとにしたジークルドは、ひとり歩く。行き交う軍人たちが皆敬礼をしていくが、彼から溢れ出る殺気に恐れ慄く。
 ラダベルは、どこに行ってしまったのだろうか。なぜ出ていったのだろうか。最初から分かってはいたが、やはり彼女はジークルドのことなど微塵も想ってはいないのだ。一方通行の想いに、もどかしさを感じる。
 ラダベルを放っておくことなどできない。たとえ彼女が自分から離れたがっていたとしても、それは許せない。ラダベルはまだ、ジークルドの妻なのだ。ラダベルが逃げたとしても、ふたりは法的な紐で強く繋がっている。彼女がいなくなってしまった今、アナスタシアとの間にある縛りなどもはやどうでもいい。なんとしてもラダベルを見つけ出し、閉じ込めてでも己のものにする。
 ジークルドはふと、足を止める。

(子を孕ませれば、お前を俺のもとに縛りつけることができるのか?)

 ラダベルを見つけた暁に、彼女の胎に自身の種を植えつければ、彼女を自分の傍に縛りつけることができるのだろうか。もう二度と逃げようなどとは思わないように、彼女を――。そこまで考えた瞬間、ジークルドは我に返った。激しくかぶりを振り、額を押さえる。短絡的な行動に走ってはいけない。何よりも、ラダベルの意志を尊重すべきだ。しかし、離れていくことだけは許容できないし、尊重もできない。
 とにかくラダベルを見つけて、彼女と面と向かって話し合おう。そう決意した時、「大将」と話しかけられる。ジークルドが顔を上げると、目の前にはウィルがいた。

「どうされたのですか? 何か急な問題でも?」
「ラダベルが………………」
「夫人が、何か?」

 ウィルが首を傾げる。ジークルドは唇を噛みしめて、瞳の光を震わせた。

「いなくなった」

 ウィルは瞠目したあと、信じられないとでも言いたげな様子で瞬きを繰り返した。

「いなくなった、とはつまり……城を出ていったと、?」

 ジークルドが首肯すると、ウィルは天を仰ぎながら嘆息する。

「大将。俺は何度か言いましたよ」
「………………」
「もう少し、夫人を気遣ってさしあげてはいかがかと」
「………………」

 ジークルドは顔を背ける。その表情は、険しい。過去の自身の行動を痛いほど後悔しているのだ。
 過去に何度か、ウィルから助言を受けた。その助言によって助けられたことも多い。彼には深く感謝している。しかしここ最近の彼からの忠告には、あまり耳を傾けていなかった。
 ウィルは再び溜息をつく。呆れられてしまったらしい。

「協力いたします」
「………………?」
「捜されるのでしょう? 俺も協力します。まさか大将、夫人を追いかけないおつもりですか?」
「いいや、必ず見つけ出す」
「ならば、やることは決まっていますよね。今すぐに情報収集を始めましょう。途中の宿や極東部の駅に向かい、夫人の目撃情報を集めます。よろしいですね?」
「あ、あぁ……頼む」

 ウィルは敬礼して、直ちに踵を返した。頼もしい彼の背中を見送る。ジークルドはようやく落ち着きを取り戻し、ふと空を見上げる。

(ラダベル、お前に、伝えたいことがあるんだ)

 そっと、願いを込める。
 憎たらしいくらいに、晴れた空。空気が澄み渡り、風は冬の香りを運んできたのであった。


 列車で西部に移動中のラダベルは、先日出会ったばかりのソルと一緒に、部屋でゆったりとしたお茶会を開いていた。
 あと少しで、皇都に到着する。皇都に近づくにつれ、乗客も増えてきた。万が一、ラダベルの顔を知っている者がいたら面倒なことになりかねないため、列車の共有スペースにはあまり足を運んでいない。誰にも見つかる恐れのない部屋にて、友人のソルと一緒に過ごす機会が増えたのだ。

「西部に到着したら君に様々なことを紹介したいな」
「……ありがとう、ソル」

 もう互いに、敬語は使っていない。名前も気軽に呼び合う仲となっていた。ソルの目に若干の熱が含まれているのは気になってしまうが、彼は悪い人ではないため、できればこれからも仲良くしたいと考えている。

「泊まる場所に困るなら、僕の家に来たらいいよ。両親もいるんだ」
「そうなのね。なら……お言葉に甘えようかな」

 ラダベルがそう言うと、ソルは歯を見せて笑ったのであった。ジークルドも、自分にこんな笑顔を見せてくれたらよかったのに。もう二度と会えない夫を想いながら、ラダベルは窓の外に視線を向けた。
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