132 / 158
第132話 久々
しおりを挟む
「忘れてくれ……」
久々の食事をしているラダベルの前で、アデルは両手で頭を抱えて悶絶していた。ひとしきり泣きじゃくった彼は、男としての尊厳のなさをラダベルに見られてしまったことに耐えがたい羞恥心を抱いているのだ。行き場のない羞恥心に、アデルはひとり苦しんでいる。彼の心底情けない姿を見ていたら、悩んでいることが少しだけ馬鹿らしくなったラダベルは、久々に食卓の間にやって来て、食事を取っていた。
「ご安心ください。第二皇子殿下の醜態はしかと拝見させていただきました」
ラダベルは悪女さながらの笑みを浮かべる。アデルは絶望の形相となる。
「悪魔だ……」
アデルはガシャンッと激しく音を立てながら、テーブルに伏せてしまった。レイティーン皇族としての教養の「き」の字もない姿を前にして、ラダベルは嘆息する。
やはりこの男とは結婚しなくて正解だ。アデルのおかげで格段に元気になったのは確かだが、それまでだ。ひとりの男、結婚相手として見ることは不可能。努力したとしても、厳しいところがありそうだ。
「お食事、召し上がらないのですか?」
「…………食べる」
アデルは陰鬱な空気を醸し出しながらも、ナイフとフォークを手に取り、食事をし始める。
彼と食卓を囲むことも、もうないのかもしれない。別に、それでもまったく構わないが。
恐らく関係性がぎこちなくなってしまっているジークルドとも、一緒に食事を食べる可能性は皆無だろう。彼は今のこの瞬間も、アナスタシアと一緒に温かな食事を食べているのだろうか。見たくもない光景を鮮明に思い浮かべてしまった時、言い表しようのない嫉妬心が湧き上がってくる。グッ、とフォークとナイフを握りしめた。かぶりを振って、深呼吸する。自身の心を落ち着かせて、食事を再開したのであった。
食事を終え、間をあとにしたラダベルは、アデルに誘われ庭園に連れ出されていた。滅入った気分も久々の外の空気を吸えば、少しだけマシになるというものだ。先程まではラダベルよりも消魂していたアデルは、いつの間にか復活を遂げていた。きっと自身のことよりも、ラダベルの心を心配してくれているのだろう。
「寒いだろ」
アデルが軍服のジャケットを脱ぎ、ラダベルの肩にかける。アデルの匂いがふわりと香り、鼻を擽った。
寒いのは事実のため、彼の優しさに甘えることとした。ルドルガー伯爵城の庭園も冬仕様となっている。寒い地域でしか咲かない花々が一面を覆い尽くす中、ふと人影が目に入る。そこにはなんと、ジークルドとアナスタシアがいた。
「っ……」
ラダベルは息を呑んで、立ち止まる。違和感を覚えたアデルが彼女の視線の先を追う。そして同様に、喉を鳴らした。少し距離があるため、何を話しているのかは聞こえない。ジークルドとアナスタシアのふたりの距離は、かなり近い気がする。仲睦まじい夫婦、恋人だと言われてもなんら不思議ではない。ラダベルは、複雑な心境に陥った。ギリギリのラインで保たれている自分の心が砕かれてしまう前に、さっさと目を離さなければならないのに。
アナスタシアがジークルドの耳元に口を近づける。彼女の動きに合わせて、ジークルドが少しだけ屈む。その姿を見て、ラダベルの心に歪みが生まれる。既に壊れてしまっていたが、彼へのほんの僅かな希望と期待で少しだけ修復することができていた。しかしそれさえももう、ままならなくなる。ジークルドは、本当に、本当の本当に、アナスタシアのことが好きなのだ――。
突如、隣に立っていたアデルがズカズカとふたりに近づいていった。
「えっ、ちょ……殿下っ」
「うるさい、黙っていろ」
アデルはラダベルの制止の声を一蹴して、わざとらしく足音を立てながら、ジークルドとアナスタシアに近づいていく。そして、彼らの前に仁王立ちする。その背中は、やけにたくましく見えた。
久々の食事をしているラダベルの前で、アデルは両手で頭を抱えて悶絶していた。ひとしきり泣きじゃくった彼は、男としての尊厳のなさをラダベルに見られてしまったことに耐えがたい羞恥心を抱いているのだ。行き場のない羞恥心に、アデルはひとり苦しんでいる。彼の心底情けない姿を見ていたら、悩んでいることが少しだけ馬鹿らしくなったラダベルは、久々に食卓の間にやって来て、食事を取っていた。
「ご安心ください。第二皇子殿下の醜態はしかと拝見させていただきました」
ラダベルは悪女さながらの笑みを浮かべる。アデルは絶望の形相となる。
「悪魔だ……」
アデルはガシャンッと激しく音を立てながら、テーブルに伏せてしまった。レイティーン皇族としての教養の「き」の字もない姿を前にして、ラダベルは嘆息する。
やはりこの男とは結婚しなくて正解だ。アデルのおかげで格段に元気になったのは確かだが、それまでだ。ひとりの男、結婚相手として見ることは不可能。努力したとしても、厳しいところがありそうだ。
「お食事、召し上がらないのですか?」
「…………食べる」
アデルは陰鬱な空気を醸し出しながらも、ナイフとフォークを手に取り、食事をし始める。
彼と食卓を囲むことも、もうないのかもしれない。別に、それでもまったく構わないが。
恐らく関係性がぎこちなくなってしまっているジークルドとも、一緒に食事を食べる可能性は皆無だろう。彼は今のこの瞬間も、アナスタシアと一緒に温かな食事を食べているのだろうか。見たくもない光景を鮮明に思い浮かべてしまった時、言い表しようのない嫉妬心が湧き上がってくる。グッ、とフォークとナイフを握りしめた。かぶりを振って、深呼吸する。自身の心を落ち着かせて、食事を再開したのであった。
食事を終え、間をあとにしたラダベルは、アデルに誘われ庭園に連れ出されていた。滅入った気分も久々の外の空気を吸えば、少しだけマシになるというものだ。先程まではラダベルよりも消魂していたアデルは、いつの間にか復活を遂げていた。きっと自身のことよりも、ラダベルの心を心配してくれているのだろう。
「寒いだろ」
アデルが軍服のジャケットを脱ぎ、ラダベルの肩にかける。アデルの匂いがふわりと香り、鼻を擽った。
寒いのは事実のため、彼の優しさに甘えることとした。ルドルガー伯爵城の庭園も冬仕様となっている。寒い地域でしか咲かない花々が一面を覆い尽くす中、ふと人影が目に入る。そこにはなんと、ジークルドとアナスタシアがいた。
「っ……」
ラダベルは息を呑んで、立ち止まる。違和感を覚えたアデルが彼女の視線の先を追う。そして同様に、喉を鳴らした。少し距離があるため、何を話しているのかは聞こえない。ジークルドとアナスタシアのふたりの距離は、かなり近い気がする。仲睦まじい夫婦、恋人だと言われてもなんら不思議ではない。ラダベルは、複雑な心境に陥った。ギリギリのラインで保たれている自分の心が砕かれてしまう前に、さっさと目を離さなければならないのに。
アナスタシアがジークルドの耳元に口を近づける。彼女の動きに合わせて、ジークルドが少しだけ屈む。その姿を見て、ラダベルの心に歪みが生まれる。既に壊れてしまっていたが、彼へのほんの僅かな希望と期待で少しだけ修復することができていた。しかしそれさえももう、ままならなくなる。ジークルドは、本当に、本当の本当に、アナスタシアのことが好きなのだ――。
突如、隣に立っていたアデルがズカズカとふたりに近づいていった。
「えっ、ちょ……殿下っ」
「うるさい、黙っていろ」
アデルはラダベルの制止の声を一蹴して、わざとらしく足音を立てながら、ジークルドとアナスタシアに近づいていく。そして、彼らの前に仁王立ちする。その背中は、やけにたくましく見えた。
4
お気に入りに追加
1,658
あなたにおすすめの小説
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる