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第132話 久々

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「忘れてくれ……」

 久々の食事をしているラダベルの前で、アデルは両手で頭を抱えて悶絶していた。ひとしきり泣きじゃくった彼は、男としての尊厳のなさをラダベルに見られてしまったことに耐えがたい羞恥心を抱いているのだ。行き場のない羞恥心に、アデルはひとり苦しんでいる。彼の心底情けない姿を見ていたら、悩んでいることが少しだけ馬鹿らしくなったラダベルは、久々に食卓の間にやって来て、食事を取っていた。

「ご安心ください。第二皇子殿下の醜態はしかと拝見させていただきました」

 ラダベルは悪女さながらの笑みを浮かべる。アデルは絶望の形相となる。

「悪魔だ……」

 アデルはガシャンッと激しく音を立てながら、テーブルに伏せてしまった。レイティーン皇族としての教養の「き」の字もない姿を前にして、ラダベルは嘆息する。  
 やはりこの男とは結婚しなくて正解だ。アデルのおかげで格段に元気になったのは確かだが、それまでだ。ひとりの男、結婚相手として見ることは不可能。努力したとしても、厳しいところがありそうだ。

「お食事、召し上がらないのですか?」
「…………食べる」

 アデルは陰鬱な空気を醸し出しながらも、ナイフとフォークを手に取り、食事をし始める。
 彼と食卓を囲むことも、もうないのかもしれない。別に、それでもまったく構わないが。
 恐らく関係性がぎこちなくなってしまっているジークルドとも、一緒に食事を食べる可能性は皆無だろう。彼は今のこの瞬間も、アナスタシアと一緒に温かな食事を食べているのだろうか。見たくもない光景を鮮明に思い浮かべてしまった時、言い表しようのない嫉妬心が湧き上がってくる。グッ、とフォークとナイフを握りしめた。かぶりを振って、深呼吸する。自身の心を落ち着かせて、食事を再開したのであった。


 食事を終え、間をあとにしたラダベルは、アデルに誘われ庭園に連れ出されていた。滅入った気分も久々の外の空気を吸えば、少しだけマシになるというものだ。先程まではラダベルよりも消魂しょうこんしていたアデルは、いつの間にか復活を遂げていた。きっと自身のことよりも、ラダベルの心を心配してくれているのだろう。

「寒いだろ」

 アデルが軍服のジャケットを脱ぎ、ラダベルの肩にかける。アデルの匂いがふわりと香り、鼻を擽った。
 寒いのは事実のため、彼の優しさに甘えることとした。ルドルガー伯爵城の庭園も冬仕様となっている。寒い地域でしか咲かない花々が一面を覆い尽くす中、ふと人影が目に入る。そこにはなんと、ジークルドとアナスタシアがいた。

「っ……」

 ラダベルは息を呑んで、立ち止まる。違和感を覚えたアデルが彼女の視線の先を追う。そして同様に、喉を鳴らした。少し距離があるため、何を話しているのかは聞こえない。ジークルドとアナスタシアのふたりの距離は、かなり近い気がする。仲睦まじい夫婦、恋人だと言われてもなんら不思議ではない。ラダベルは、複雑な心境に陥った。ギリギリのラインで保たれている自分の心が砕かれてしまう前に、さっさと目を離さなければならないのに。
 アナスタシアがジークルドの耳元に口を近づける。彼女の動きに合わせて、ジークルドが少しだけ屈む。その姿を見て、ラダベルの心に歪みが生まれる。既に壊れてしまっていたが、彼へのほんの僅かな希望と期待で少しだけ修復することができていた。しかしそれさえももう、ままならなくなる。ジークルドは、本当に、本当の本当に、アナスタシアのことが好きなのだ――。
 突如、隣に立っていたアデルがズカズカとふたりに近づいていった。

「えっ、ちょ……殿下っ」
「うるさい、黙っていろ」

 アデルはラダベルの制止の声を一蹴して、わざとらしく足音を立てながら、ジークルドとアナスタシアに近づいていく。そして、彼らの前に仁王立ちする。その背中は、やけにたくましく見えた。
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