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第125話 セリーヌとミア

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 ラダベルとジークルドは、あの晩からまったく話さないまま、東部の駅に到着したのであった。
 ふたりの到着を見越していた極東部所属の軍人たちに護衛されながら、東部の城へ戻る。相も変わらず、ふたりの間には陰鬱いんうつな空気が流れていたのであった。

「お待ちしておりました、大将」

 城に到着すると、ジークルドの代理で極東部の司令官を務めていたウィル、そしてラダベルの侍女セリーヌ、軍人のミアが出迎えてくれた。

「ただいま帰った。すぐに仕事に向かう」
「…………かしこまりました」

 ウィルが敬礼すると、ジークルドは軍施設へと歩いていく。そんな彼の後ろ姿をラダベルは咎めるような目で見つめた。取り残されたウィルは、ジークルドと彼女を交互に見遣る。

「何か、あったのですか?」
「ジークルド様に直接聞くといいわ」

 ウィルの疑問をあしらう。彼の表情が引き攣る。
 彼に対して、できもしないことを言ってしまった。目の下の隅が色濃くなってしまうかもしれないが、どうか許してほしい。ラダベルは胸中にて、彼の気苦労に謝罪した。
 ウィルの視線がセリーヌに向かう。目が合った彼女は、ぽっと顔を赤らめて深々と頭を下げる。

「行ってらっしゃいませ、ウィル様」
「はい。では、俺はこれで」

 ウィルはジークルドが去った方向へ歩を進めた。名残惜しそうに彼の後ろ姿を見つめるセリーヌに、ラダベルは羨望する。
 東部の駅から城に到着するまで重苦しい雰囲気のせいでストレスが溜まってしまっているであろう付き添いの軍人たちに、ラダベルは微笑みかけた。

「あなた方には苦労をかけたでしょう。ごめんなさい。ゆっくり休んでちょうだいね」

 ラダベルが労いの言葉をかけると、護衛を務めた軍人たちは頬を軽く赤に染め上げて、勢いよく敬礼したのであった。
 彼らも去り、城の門に取り残されたのは、ラダベル、セリーヌ、ミアの三人だった。

「おかえりなさいませ、奥様」

 セリーヌとミアが頭を下げる。

「ふたりとも、ありがとう。それよりミア、随分と久々ね……?」

 ラダベルがミアに声をかけると。彼女は苦笑を浮かべた。よく見ると、左腕を骨折していることに気がつく。既にしっかりと固定しているため、問題なさそうに見えるが、ラダベルは険相な顔をする。

「まさか、戦争で……?」
「はい」
「大丈夫なの?」
「ご心配には及びません。骨折をするのは初めてではないので」

 ラダベルは、憂慮の面持ちでミアを注視する。
 終戦を迎えた頃から現在までミアを見ていなかったのは、怪我をして休暇を言い渡されていたからか、と納得した。彼女は大丈夫だと言っているが、それでも心配で堪らない。

「私のことより、奥様。元帥と何か……あったのでしょうか?」
「…………歩きながら、話しましょう」

 ラダベルがそう提案すると、セリーヌとミアは顔を見合せてから頷いた。
 三人は、伯爵夫人が住まう宮への道を歩き始める。

「ジークルド様の、想い人の方にお会いしたわ」

 正直に打ち明けると、セリーヌとミアは黙り込んでしまった。

「まさか、あんな場所にいらっしゃるなんて、私知らなくて……。なんだかひとりで盛り上がって、馬鹿馬鹿しくなっちゃったの」

 ラダベルは引き攣った笑みを作った。セリーヌは傷心した顔をする。

「元軍人の、方ですか?」
「あら、ご存じなのね……」
「私は直接見たことはありませんが、年上の軍人の方々から何度か聞いたことがあります」

 ミアの言葉に、ラダベルは「そう」と短く返事した。

「ふたりとも、私はもう、ここにはいられないかもしれない」

 ラダベルが拳を握りながら、セリーヌとミアに告げる。

「そんな……奥様、何をっ」
「ごめんね、セリーヌ、ミア。どんな未来になったとしても、ふたりから受けた恩は、一生忘れない」

 ラダベルが諦めたような表情をしてそう言うと、セリーヌは思わず涙し、ミアは唇を噛みしめて俯いてしまった。
 そう、どうなるかは分からないのだ。ラダベルを手放す気はないと言うジークルドの思いがどれほど本気なのか。恩義を果たしたいのか。ラダベルを気遣っているのか。どちらにしても、その思いはアナスタシアの前では塵となるだろう。

(ジークルド様。優しすぎるのも、毒ですよ)

 ラダベルは心の中で呟いた。
 空には、暗雲が立ち込める。何かを予兆するかのように――。
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