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第111話 不可解な様子

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 分かりやすく動揺してしまったラダベルは、もはや悟りを開いたかのような顔をしていた。そしてジークルドの顔を怖々と見上げる。大丈夫、バレていないはず。アデルと至近距離で見つめ合っていたことは、ジークルドには見えていないはずなのだから。自身に言い聞かせながら、腹を括ってジークルドの顔を見る。刹那、ラダベルは瞠目した。
 ジークルドは、険相けんそうな顔をしていた。遠い距離だったというのに、ジークルドには見えていたのか。ラダベルとアデルが至近距離で会話していた姿が。随分と、目がいいらしい。
 ラダベルはどんな顔をしていいのか、どんな言葉をかけたらいいのか分からず、黙然として俯いてしまった。無事で何よりだと、そう言わなければならないのに、ジークルドが帰ってくるこの瞬間をほかの誰よりも待ちわびていたのに、なぜ、言葉が出ないのか。口内はまるで砂漠さばくの如く乾いてしまっている。
 黙り込むラダベルを気遣ったアデルが口を開く。

「英雄の帰還だな、ルドルガー、オースター」

 ラダベルは口を閉じたまま、アデルに心から感謝した。たまには気が利くじゃないか、と。

「ただいま戻りました。元帥、俺がいない間、東部を守ってくださったこと、心よりお礼申し上げます」
「ふん、別にお前のためじゃない。ラダベルのためだ」

 前言撤回ぜんげんてっかい。やはり気の利かない男だ。アデルに対して余計なことを言うな、という意味合いを込めて睨む。彼はラダベルからの視線に、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。好戦的な彼に、ラダベルの堪忍袋の緒が今にも切れそうになる。喧嘩を打っているらしい彼に、ガンを飛ばうとするも、ジークルドとオースター侯爵がいることに気がつく。軽く咳払いして誤魔化し、アデルから目を逸らしたのであった。そんなラダベルを、ジークルドがどんな目で見つめているのかも知らずして――。

「兵たちも疲れているだろう。さっさと休ませよう」

 重苦しい空気を打ち破ったのは、オースター侯爵であった。ジークルドは頷き背後の軍人たちに即座に指示を出すと、それぞれの軍隊は順に軍施設に入っていく。その中にいたひとりの軍人、エリアスと目が合った。エリアスはあからさまに眉間に皺を寄せた。ところどころ怪我をしているが、見る限り大きな怪我をしているわけではなさそうだ。それを確認したラダベルは、莞爾として笑う。エリアスもいたずらっ子のように笑った。幼い少年を彷彿とさせる笑顔に、ラダベルは夢中になった。傍ら、ジークルドはふたりの微笑ましい光景を密かに見ていたのであった。


 ラダベル、ジークルド、アデル、オースター侯爵の四人は、客間に集結していた。夕方前の時間帯。太陽が空一面を赤く染め始めた頃、外では心地の良い風がなびく。

「以上が、報告です」

 ジークルドが、ヴォレン王国軍とアレシオン教国軍との戦争の内容を事細かに説明し終えた。

「まだまだ訓練の足りん輩はいるが……かなりの兵力差がありながらも二ヶ月で終戦させたとは、上出来だな」

 アデルは紅茶を飲みながら呟く。
 ジークルドとオースター侯爵の活躍ぶりは、凄まじかった。此度の戦争により、ヴォレン王国は解体され、レイティーン帝国直下の領土となる。同時に、老若男女関係なく戦争に駆り出されたアレシオン教国も、信仰者のいちじるしい減少により滅亡してしまった。
 戦勝国であるレイティーン帝国軍は、ヴォレン王族、その側近、アレシオン教国の教祖と幹部らを極刑することを定めたらしい。

「同時期に発生した南部の戦争も、サレオンの活躍によりそろそろ終結することだろう」

 アデルは腕を組み、そう言った。ジークルドはろくに返事をしないまま、心ここに在らずという状態であった。なんだか、先程から様子がおかしい。客間にやって来る直前、ふたりの侍女により何かしらの報告を受けていた。話し声はまったく聞こえなかったが、既におかしかった彼の様子が、その時からさらに悪化したのだ。何事もないフリをしているが、ラダベルの目は欺けない。一体、侍女たちから何を聞いたのだろうか。彼女が思考を巡らせたと同時に、部屋の扉が激しくノックされる。

「……入れ」

 何も言わないジークルドの代わりに、アデルが許可を出した。

「失礼します!」

 入室した人物は、ジークルドの側近であるウィルであった。顔色が酷く悪い。ジークルドもウィルも、大丈夫だろうか。
 ウィルが青くなった唇をゆっくりと開く。

「南部司令官サレオン公爵が……」

 ウィルのライトブルーの瞳が激しく左右に揺れる。


「戦死されました」


 空間に衝撃が走る。
 歯車が、ひとつ、またひとつ、狂っていく。
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