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第110話 ジークルドの帰還

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 ラダベルのもとに、ヴォレン王国軍アレシオン教国軍との戦争に、レイティーン帝国軍が勝利したという情報が届いた。戦争が始まってから、実に二ヶ月後のことであった。
 ジークルドが到着する当日。凱旋の行進が行われるとあってか、東部はお祭り騒ぎとなっていた。ラダベルは落ち着かない様子で、軍施設の広大な広場にて、ジークルドの帰りを今か今かと待つ。
 美しい秋の空が頭上に広がる。ラダベルは、極東部の軍服の色味を参考にしたドレスを纏っている。漆黒と薄紫色を基調としたドレスは、非常に彼女の雰囲気に合っていた。体のラインが強調されたドレスだが、彼女のスタイルの良さが際立っている。万人が着こなすことができるわけではないドレスを完璧に自分のものにしている。そんな彼女の隣には、不機嫌と分かりやすく顔に書いたアデルが佇んでいた。先程から落ち着きのないラダベルを横目に見つつ、何度か大きな溜息を吐いたり、舌打ちをしたりしている。ラダベルは、ジークルドの帰還に夢中のため、まったくもって彼の態度には気がついていないが。

「あぁ、どうしよう……。ねぇ、セリーヌ。変なところはない? 髪型も大丈夫?」

 ラダベルは、背後に控えたセリーヌに確認する。

「問題ありません、奥様。今日もとびきりお綺麗です」
「お世辞じゃない?」
「お世辞ではありませんよ」

 セリーヌは圧倒的な聖母感を醸し出しながら、微笑んだ。いくら彼女のお墨付すみつきをもらおうとも、不安なものは不安だ。ラダベルがそわそわと身動ぎしていると、アデルは彼女に聞こえやすいよう、長く大きな溜息を吐いた。

「何がそんなに心配なんだ、ラダベル」
「二ヶ月ぶりに旦那様に会うのですよ? おかしなところはないかと不安になるのは、妻として当然のことです」
「……そういうものなのか?」
「そういうものなのです。第二皇子殿下には分からないと思いますが」

 ちくり、と毒を含んだ言葉を投げかける。アデルは気に食わなさそうに鼻を鳴らした。

「そんなに心配せずとも……き、き……」
「き?」
「……き、……綺麗だ……」

 か細い声だが、はっきり聞こえた。アデルの顔を見遣ると、彼の顔は熟れた林檎のように赤く染まっている。加えて、頬がもちっとして見えて美味しそうだ。ラダベルもなぜだか彼に釣られてしまい、顔を紅潮させてしまう。

「あ、あなた様のせいで私まで顔が赤くなってしまったではないですか!!!」
「なっ、ぼ、僕のせいじゃないだろ! それは!」
「あなた様のせいです! バカ!」
「バカだと!? バカって言ったほうがバカだ!」
「そんな子どもみたいなことを言って! ですからあなた様はジークルド様に敵わないのですよっ!」
「………………」

 アデルは突如、黙り込む。彼は凪いだ顔をしていた。それを見て、ラダベルは愕然とする。アデルの面様があまりにも大人びていたからだ。ジークルドと比較されることは、彼にとっては不本意。その地雷を易々と踏んでしまったラダベルは、自身を呪った。

「僕は、ルドルガー本人にはなれない。だが、ヤツのようになる努力はできる」
「……第二皇子殿下?」

 アデルはじりじりと近づいてくる。後退りするラダベルだが、腕を引かれ流れるように腰を抱かれてしまった。世界の秩序さえも揺るがすくらいの美貌を前にして、彼女の体は硬直した。

「お前がルドルガーのような男が好きだと言うのならば、僕はお前の理想に近づくために努力しよう」

 聞いたこともない口説き文句に、ラダベルは目を見張る。彼女だけではなく、傍らにいたセリーヌも、それを見守っていた軍人たちも同様に驚愕していた。

「そ、それではまるで、第二皇子殿下が私のことを……好き、みたいな感じでは、ないですか……」

 ラダベルはアデルから、目を逸らしながらそう言った。なんとか茶化して誤魔化そうとする。自然とアデルから距離を取れないかと模索もさくするも、彼の力は尋常ではないほどに強いため、まったく逃れられない。
 アデルが何かを言おうと口を開きかけたその瞬間、軍勢の足音が聞こえてきた。一面に広がる草原、その道を馬で悠々と歩く軍人たちが見える。ラダベルとアデルはどちらからともなく、ぴゃっと離れた。その動きまでも、シンクロしてしまった。

(あぁ、どうしよう……。最悪だわ……。早く顔の火照り、治まって!!! このままじゃジークルド様が到着しちゃうじゃないっ!!!)

 ラダベルは必死に自分に言い聞かせて、何度も深呼吸する。沸騰してしまったのではないかと疑うくらいに熱い顔をパタパタと手で煽ってみるが、まったく涼しくない。むしろ、逆効果になっている気がする。
 そうこうしているうちに、ジークルドが到着した。彼の隣には、オースター侯爵もいる。ふたりは華麗に馬から降りた。徐々に距離が縮まっていく。ラダベルは大きく息を吐いて、胸に手を当てた。

「お、お、お、おおおおかえりなさいませ」

(あぁ、死にたい)

 動揺のせいで盛大に噛んでしまったことに、ラダベルは白目を剥きそうになったのであった。
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