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第97話 アデルの出陣
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ジークルドが戦争へ向かってから五日が経過した頃。ラダベルは、自室で仕事を片していた。城ではあまりにもやることがないものだから、ルドルガー伯爵家の財務管理等を担当している使用人たちに無理を言って、簡単な仕事を任してもらっているのだ。しかしやはり、ひとつの物事に集中し続けるというのは、限界がくる。睡魔に襲われながら、転寝をしていた瞬刻、轟音で目を覚ました。意識が上手く覚醒しないまま、椅子から立ち上がる。よく耳を澄ませると、それは鐘の音であった。窓辺まで向かい大きく窓を開け放つと、見張り台の上に吊るされる巨大の鐘が揺れているのが見える。軍施設、だけではなく何やら城内も騒がしい。戦争は既に勃発しているため、わざわざ今さら鐘を鳴らす必要性はないはず。何か緊急の案件でもあるのだろうか。ラダベルの胸にぽっと違和感が生まれる。突如として、彼女の脳内にひとつの考えが浮かんだ。
「まさか、東部に攻めてきた国がいるの!?」
ラダベルは呼号する。
そんな馬鹿な、嘘であってほしい。しかしこういう時の嫌な予感というものは、杞憂には終わらないと相場が決まっている。彼女の推測通り、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。
「奥様っ!!!」
セリーヌの、切羽詰まった声が聞こえた。
「他国の軍が攻めてきたとの情報が入りました!」
(あぁ、やっぱり)
嫌な予感というものは、案外的中するのだ。ラダベルの手が小刻みに震える。しかし、なんとかその震えに辛抱する。
「今すぐ第二皇子殿下のもとに向かいましょう」
怖めず臆せず告げる。セリーヌは、深く頷いたのであった。
ラダベルはセリーヌを連れて、自室を飛び出した。向かう先は、城と隣接する軍施設。近道を駆使しながら、小走りで駆ける。行き交う侍女や執事たちは、慌ただしく走っている。その波に乗るように、ラダベルとセリーヌは急いだ。
いつもより一段と長く感じる道のりを駆け抜け、やっとの思いで軍施設へと到着すると、かき集められた少数の軍隊と指揮を執るアデルがいた。
「第二皇子殿下っ!」
「……ラダベルか」
アデルは美しい毛並みの愛馬に触れながら、ラダベルを横目で見る。
「他国が攻めてきたと聞きました」
「他国と言っても、ルシュ王国だがな」
「ルシュ王国? 滅びたはずでは、」
「残党がいるだろ。本物の特殊部隊だ」
アデルの説明に、ラダベルを目を見開いた。ルシュ王国にはありとあらゆる戦争に特化した特殊部隊が存在するとは聞いていたが、まさかレイティーン帝国の東部に攻め入って来るとは。
「まさか大事な本戦を捨てて、東部を落とすためだけにここを……。そんな無茶苦茶なこと……」
「苦肉の策だな。いくら兵の数が多かったとしても、ルドルガー率いる最強の軍勢と真っ向から殺り合うことは自殺行為に近い。ならば東部を落としにかかったほうがまだ可能性があるというわけだ。僕がいるという情報は流れているはずだが……ルドルガー率いる軍と戦うよりかは、まだ勝てる可能性が高いと踏んだのだろう」
冷静に話をするアデル。さすがはいくつもの修羅場を超えてきただけはある。ルシュ王国の特殊部隊の狙いに瞬時に気がつき、もう既に出陣の準備もしているのだから。
「ですが……さすがのあなた様でも極東部の少数の軍隊だけでは……」
「前に僕が連れてきた援軍の軍隊が……少しだがまだ残っている。それに、なんとかなるように既に手は打った。お前は今すぐ城に戻れ」
「第二皇子殿下……」
ラダベルは、拳を握る。
もし、もしの話。アデルがいなかったら、極東部は一体どうなっていただろうか。彼がいてくれて、本当によかった。しかし不安なものは、不安である。主力の軍人たちは、既に本戦に行っている。アデル率いる少数の軍隊には、経験の少ない軍人たちの姿も見受けられる。過酷な訓練を乗り越えてきたルシュ王国の特殊部隊に、果たして勝利できるのだろうか。ラダベルは胸を渦巻く不安から、今にも泣き出しそうになってしまっていた。
その時、アデルの手が彼女の頬に触れた。ふたりの間に、色なき風が吹く。ラダベルのトパーズ色の瞳が閃いた。
「僕も、ルドルガーも死なない。心配するな」
アデルは短くそう言うと、ラダベルから手を放し、馬に乗る。
「全軍、出陣だ」
アデルの低い唸り声に寄せ集めの軍人たちは、雄叫びを上げたのであった。
「まさか、東部に攻めてきた国がいるの!?」
ラダベルは呼号する。
そんな馬鹿な、嘘であってほしい。しかしこういう時の嫌な予感というものは、杞憂には終わらないと相場が決まっている。彼女の推測通り、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。
「奥様っ!!!」
セリーヌの、切羽詰まった声が聞こえた。
「他国の軍が攻めてきたとの情報が入りました!」
(あぁ、やっぱり)
嫌な予感というものは、案外的中するのだ。ラダベルの手が小刻みに震える。しかし、なんとかその震えに辛抱する。
「今すぐ第二皇子殿下のもとに向かいましょう」
怖めず臆せず告げる。セリーヌは、深く頷いたのであった。
ラダベルはセリーヌを連れて、自室を飛び出した。向かう先は、城と隣接する軍施設。近道を駆使しながら、小走りで駆ける。行き交う侍女や執事たちは、慌ただしく走っている。その波に乗るように、ラダベルとセリーヌは急いだ。
いつもより一段と長く感じる道のりを駆け抜け、やっとの思いで軍施設へと到着すると、かき集められた少数の軍隊と指揮を執るアデルがいた。
「第二皇子殿下っ!」
「……ラダベルか」
アデルは美しい毛並みの愛馬に触れながら、ラダベルを横目で見る。
「他国が攻めてきたと聞きました」
「他国と言っても、ルシュ王国だがな」
「ルシュ王国? 滅びたはずでは、」
「残党がいるだろ。本物の特殊部隊だ」
アデルの説明に、ラダベルを目を見開いた。ルシュ王国にはありとあらゆる戦争に特化した特殊部隊が存在するとは聞いていたが、まさかレイティーン帝国の東部に攻め入って来るとは。
「まさか大事な本戦を捨てて、東部を落とすためだけにここを……。そんな無茶苦茶なこと……」
「苦肉の策だな。いくら兵の数が多かったとしても、ルドルガー率いる最強の軍勢と真っ向から殺り合うことは自殺行為に近い。ならば東部を落としにかかったほうがまだ可能性があるというわけだ。僕がいるという情報は流れているはずだが……ルドルガー率いる軍と戦うよりかは、まだ勝てる可能性が高いと踏んだのだろう」
冷静に話をするアデル。さすがはいくつもの修羅場を超えてきただけはある。ルシュ王国の特殊部隊の狙いに瞬時に気がつき、もう既に出陣の準備もしているのだから。
「ですが……さすがのあなた様でも極東部の少数の軍隊だけでは……」
「前に僕が連れてきた援軍の軍隊が……少しだがまだ残っている。それに、なんとかなるように既に手は打った。お前は今すぐ城に戻れ」
「第二皇子殿下……」
ラダベルは、拳を握る。
もし、もしの話。アデルがいなかったら、極東部は一体どうなっていただろうか。彼がいてくれて、本当によかった。しかし不安なものは、不安である。主力の軍人たちは、既に本戦に行っている。アデル率いる少数の軍隊には、経験の少ない軍人たちの姿も見受けられる。過酷な訓練を乗り越えてきたルシュ王国の特殊部隊に、果たして勝利できるのだろうか。ラダベルは胸を渦巻く不安から、今にも泣き出しそうになってしまっていた。
その時、アデルの手が彼女の頬に触れた。ふたりの間に、色なき風が吹く。ラダベルのトパーズ色の瞳が閃いた。
「僕も、ルドルガーも死なない。心配するな」
アデルは短くそう言うと、ラダベルから手を放し、馬に乗る。
「全軍、出陣だ」
アデルの低い唸り声に寄せ集めの軍人たちは、雄叫びを上げたのであった。
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