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第78話 気の毒すぎる

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 ラダベル、ジークルド、アデル、カトリーナの四人は、客間で顔を合わせていた。張り詰めた空気はラダベルの全身を圧迫する。

「で、なぜお前がここにいる?」
「………………」

 アデルに問いかけられ、カトリーナは黙する。ふわふわの生地のドレスを握りしめ、必死に涙を堪えていた。
 なぜアデルはこんなにも怒っているのか。ラダベルにはその理由がよく分からなかった。

「わたくしがここに来てはいけない理由でもあるのですの?」

 カトリーナは目を潤ませてアデルを見つめる。小動物の威嚇いかくのようだ。ラダベルは不覚にも、彼女の表情を可愛らしいと感じてしまった。だがしかし、場違いにもそんな感情を抱いたのはラダベルだけで。ジークルドは無表情、アデルはカトリーナを鋭く睨んでいた。ラダベルはアデルの殺気に違和感を覚えた。果たして好きな人をそんな目で睨みつけるだろうか、と。アデルはやはり度が過ぎるツンデレだと思うのであった。

「質問の答えになっていないな。チェスター伯爵令嬢」
「……あなたを……あなたを訪ねてきたのです。あなた様がここにいると聞いてっ、いても経ってもいられなくてわざわざここまで来たのですわっ!」

 カトリーナは目尻から涙を溢れさせながら叫んだ。淑女にそんなことを言わせてやるな、とラダベルはアデルをジト目で見る。
 恐らく、カトリーナは心配で心配で堪らなかったのだろう。アデルが向かった先は、ここ、ジークルドの城である。ジークルドの妻は、アデルの元婚約者であるラダベルだ。戦争のためならば、アデルがジークルドのもとに向かうのも頷ける。だが、わざわざ彼が出向くほどの大戦争というわけでもない。ではなぜ、彼はジークルドのもとに向かったのか。そこには、アデルの元婚約者、ジークルドの妻であるラダベルがいる。カトリーナは、何か良からぬことが起こるのではないかと瞬時に察したのだろう。
 ラダベルは誰にも気づかれぬよう、小さく溜息を吐いた。馬鹿馬鹿しい。彼女からしたら、その一言に尽きる。良からぬこと、間違いなど万にひとつどころか、億にひとつも起こるわけがないのだ。ラダベルにはもう既にジークルドしかないのだから。アデルもラダベルと結婚するという約束を果たそうとしてはいるが、それはもはや執着に近いだろう。さっさとアデルを回収して皇都に帰っていってほしいものだ。ラダベルは、大息を漏らしたのであった。

「ならば訪問してくる前に手紙の一通でも出すのが礼儀というものではないだろうか、チェスター伯爵令嬢」
「っ……! ルドルガー伯爵、申し訳ございません……。手紙を出すとしても、返事を待つ時間が惜しいと思ってしまって……本当に申し訳ございません。ご無礼をお許しください」

 カトリーナは震える声で謝罪して、頭を下げた。手紙を出さずして、唐突に訪問することは無礼に当たる。カトリーナはチェスター伯爵家の当主ではない、令嬢なのだ。そして今回彼女が無礼を働いた人物は、ルドルガー伯爵家当主であり、レイティーン帝国軍極東部司令官のジークルド。同じ伯爵家であろうとも、カトリーナの無礼は決して許されない。本来であれば、カトリーナの父であるチェスター伯爵を訴えてもいいほどだ。だがジークルドは、そんなことはしない。ラダベルの予想通り、彼は長嘆息して口を開く。

「今回は大目に見る。次はないことを心得てくれ」「は、はい……。寛大な御心みこころに感謝いたしますわ」

 カトリーナは頭を下げたのであった。ジークルドはアデルに視線を送った。続いて、アデルが口を開く。

「なぜ、いても経ってもいられなくなるんだ……。ここはお前が来ていいような場所ではない。立場をわきまえろよ。お前は第二皇子妃でも僕の婚約者でもない。あまり調子に乗ってくれるな」

 アデルは軽蔑の眼差しを向ける。カトリーナは愕然とする。

「な、んで……そんな……」

 カトリーナの絶望的な顔容を前にして、ラダベルは息を呑む。あまりにも容赦がない。カトリーナが気の毒だと思うくらいに。だからと言って、彼女を庇う気はさらさらない。ラダベルは余計な口出しはしないでおこうと口を噤んだ。

「なぜ、なぜ……」

 カトリーナは震えながら問いかける。アデルは嘲笑う顔をした。

「僕と婚約できると、本気で思っていたのか?」
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