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第64話 アデルの涙
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アデルが城にやって来たことにかなり驚いていたラダベルだが、ジークルドがいない今、城の主はラダベルである。軍の事実上のトップであり、帝国の第二皇子であるアデルに無体を働くことは許されていない。だがそれでも、さっさと皇都に帰還させてやりたいと目論んでいた。
「質素だがなかなかに美味いじゃないか」
来客用に用意された宮の食卓の間。豪華絢爛の一室には、アデルが座っていた。彼とラダベルは、城の料理人が作った料理を食している。食卓の間には、ラダベルとアデルのふたりきり。アデルが側近たちを追い出してしまったのだ。地獄の雰囲気にラダベルは、今にも胃に入れた物が全て出てきてしまいそうなほどの気持ち悪さを覚えていた。
「手が進んでいないぞ、ラダベル」
(誰のせいだと思っているのよこの男)
ラダベルはアデルを睥睨する。氷のように冷たい目に、アデルは僅かに恐れた。ラダベルは大きく溜息を吐いて、ナイフとフォークをそっと置く。そして、白い布で口元を拭った。
「おい、もう終わるのか?」
「はい。もうよろしいですよね? この宮は来客用ですので好きに使っていただいて構いません。困ったことがあれば執事や侍女に申しつけてください。では」
ラダベルは席を立ち、間を出るための扉に向かう。これ以上、アデルと一緒の空間にいたくはなかった。今さら、花束をプレゼントしてくれたりとよく分からない行動が多いが、そんなことをされたところで、ラダベルの思いは揺らがない。アデルに気持ちが傾くなど、万にひとつもありえないのだから。
ラダベルが扉の取っ手に手をかけようとすると、腕を引かれそれを防がれる。咄嗟に振り向くと、切羽詰まったアデルの顔が目の前に。かつて、転生前のラダベルが心底惚れ込んだ美顔。ラダベルは、目を奪われた。
「僕と……一緒にいるのは、嫌か?」
「………………離してください」
ラダベルは、アデルから逃れようとする。しかし軍人としてのアデルに勝てるはずがない。失敗に終わり、先程よりも強く動きを封じられてしまった。
「質問に答えろ、ラダベル」
ウォーターブルーの瞳が細められる。金色の睫毛が震えていた。下手な彫刻よりも美しい顔面の破壊力に、ラダベルは顔を背ける。
「答えずとも、分かっているのではないですか?」
「っ……」
「あえて私の口から聞きたいのなら、教えて差し上げましょう」
ラダベルはアデルを見上げる。意志の強いトパーズ色の眼に、アデルは息を呑んだ。
「嫌です」
一言。はっきり。下手したら、人斬りに特化したジークルドの愛刀よりも、斬れ味がいいかもしれない。ラダベルの言葉は、アデルの心を深く切り刻んだ。
「嫌に決まっているじゃないですか。私とあなた様は元婚約者です。幼き頃より健気にあなた様を想い続けて参りましたが、今ではその想いも無駄であったと実感しています。百年の恋も冷めるというものですよ」
ラダベルは若干、呆れ交じりにそう言った。アデルを好きだったのは、今のラダベルではない。アデルに恋していた時の記憶はあれど、感情に覚えはないのだ。それに今では、ラダベルはジークルドに淡い恋心を向けている。アデルの出る幕はない。お呼びではないのだ。
「………………」
アデルは黙りこくる。彼の異変を察知したラダベルは、眉間に皺を寄せながら、恐る恐る彼の美貌を見上げた。そして唖然とする。空の青さと同様の色味を持つ彼の瞳は、涙で潤んでしまっていた。一筋、シャンデリアの光に照らされた美しい涙がこぼれ落ちる。初めて見た、アデルの泣き顔。その顔に、ラダベルは愕然とした。
(どうして、泣いているの? 演技? でも、第二皇子殿下は演技で泣けるような器用な人間じゃないわよね?)
ラダベルの心中は、非常に複雑であった。一言では言い表しようのない様々な感情がグルグルと渦巻いている。
「本当に……本当にもう、お前は僕のことを、好きではないんだな」
アデルは声を絞り出す。ラダベルは、何も言わない。ではなく、何も言えなかった。
アデルは彼女から離れ、涙で濡れた目元を拭う。彼女の前で泣いてしまったことが、途方もなく恥ずかしいようだ。しかしそれ以上に、ショックなのだろう。ラダベルにもう、想われていないという真実が。
ラダベルはアデルを置き去りにして、踵を巡らし部屋を出る。アデルの部下たちが彼女を一斉に見遣るか、ラダベルは無視をしてその場を去った。
(知らない、あんな弱気な第二皇子殿下なんて、知らない……)
ラダベルはそう思いながら、宮に帰る道を急ぐ。雪白の頬が赤く染まっているとも知らずして――。
「質素だがなかなかに美味いじゃないか」
来客用に用意された宮の食卓の間。豪華絢爛の一室には、アデルが座っていた。彼とラダベルは、城の料理人が作った料理を食している。食卓の間には、ラダベルとアデルのふたりきり。アデルが側近たちを追い出してしまったのだ。地獄の雰囲気にラダベルは、今にも胃に入れた物が全て出てきてしまいそうなほどの気持ち悪さを覚えていた。
「手が進んでいないぞ、ラダベル」
(誰のせいだと思っているのよこの男)
ラダベルはアデルを睥睨する。氷のように冷たい目に、アデルは僅かに恐れた。ラダベルは大きく溜息を吐いて、ナイフとフォークをそっと置く。そして、白い布で口元を拭った。
「おい、もう終わるのか?」
「はい。もうよろしいですよね? この宮は来客用ですので好きに使っていただいて構いません。困ったことがあれば執事や侍女に申しつけてください。では」
ラダベルは席を立ち、間を出るための扉に向かう。これ以上、アデルと一緒の空間にいたくはなかった。今さら、花束をプレゼントしてくれたりとよく分からない行動が多いが、そんなことをされたところで、ラダベルの思いは揺らがない。アデルに気持ちが傾くなど、万にひとつもありえないのだから。
ラダベルが扉の取っ手に手をかけようとすると、腕を引かれそれを防がれる。咄嗟に振り向くと、切羽詰まったアデルの顔が目の前に。かつて、転生前のラダベルが心底惚れ込んだ美顔。ラダベルは、目を奪われた。
「僕と……一緒にいるのは、嫌か?」
「………………離してください」
ラダベルは、アデルから逃れようとする。しかし軍人としてのアデルに勝てるはずがない。失敗に終わり、先程よりも強く動きを封じられてしまった。
「質問に答えろ、ラダベル」
ウォーターブルーの瞳が細められる。金色の睫毛が震えていた。下手な彫刻よりも美しい顔面の破壊力に、ラダベルは顔を背ける。
「答えずとも、分かっているのではないですか?」
「っ……」
「あえて私の口から聞きたいのなら、教えて差し上げましょう」
ラダベルはアデルを見上げる。意志の強いトパーズ色の眼に、アデルは息を呑んだ。
「嫌です」
一言。はっきり。下手したら、人斬りに特化したジークルドの愛刀よりも、斬れ味がいいかもしれない。ラダベルの言葉は、アデルの心を深く切り刻んだ。
「嫌に決まっているじゃないですか。私とあなた様は元婚約者です。幼き頃より健気にあなた様を想い続けて参りましたが、今ではその想いも無駄であったと実感しています。百年の恋も冷めるというものですよ」
ラダベルは若干、呆れ交じりにそう言った。アデルを好きだったのは、今のラダベルではない。アデルに恋していた時の記憶はあれど、感情に覚えはないのだ。それに今では、ラダベルはジークルドに淡い恋心を向けている。アデルの出る幕はない。お呼びではないのだ。
「………………」
アデルは黙りこくる。彼の異変を察知したラダベルは、眉間に皺を寄せながら、恐る恐る彼の美貌を見上げた。そして唖然とする。空の青さと同様の色味を持つ彼の瞳は、涙で潤んでしまっていた。一筋、シャンデリアの光に照らされた美しい涙がこぼれ落ちる。初めて見た、アデルの泣き顔。その顔に、ラダベルは愕然とした。
(どうして、泣いているの? 演技? でも、第二皇子殿下は演技で泣けるような器用な人間じゃないわよね?)
ラダベルの心中は、非常に複雑であった。一言では言い表しようのない様々な感情がグルグルと渦巻いている。
「本当に……本当にもう、お前は僕のことを、好きではないんだな」
アデルは声を絞り出す。ラダベルは、何も言わない。ではなく、何も言えなかった。
アデルは彼女から離れ、涙で濡れた目元を拭う。彼女の前で泣いてしまったことが、途方もなく恥ずかしいようだ。しかしそれ以上に、ショックなのだろう。ラダベルにもう、想われていないという真実が。
ラダベルはアデルを置き去りにして、踵を巡らし部屋を出る。アデルの部下たちが彼女を一斉に見遣るか、ラダベルは無視をしてその場を去った。
(知らない、あんな弱気な第二皇子殿下なんて、知らない……)
ラダベルはそう思いながら、宮に帰る道を急ぐ。雪白の頬が赤く染まっているとも知らずして――。
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