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第60話 戦争勃発

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 ジークルドとまったく顔を合わさなくなってから、あと数日でひと月が経つ。新婚早々だというのに、彼と気まずくなってしまった事実に、ラダベルは酷く落ち込んでしまっていた。
 彼女に落ち度はあるものの、彼女だってジークルドに謝罪する機会をなんとか作ろうとしている。しかし、徹底的に避けられているのだ。ジークルドの生活は、朝は早く、夜は遅い。渡り廊下を使い、城の主が住まう宮に向かおうとするが、見張りの軍人たちにより門前払もんぜんばらいを食らってしまう。毎度の如く、「今ジークルドは多忙のため、別の日にしてほしい」と言われるのだ。だが、それなりに頭のキレるラダベルは、理解していた。自分となんて会いたくないのだろう、と。だからと言って、「はいそうですか」と納得できるはずもなく。
 彼女は、最終手段として謝罪の手紙を書き、ミアやセリーヌ、ウィルを通じて送ってみた。結果は惨敗。未だ返事は返ってこない。とうとうウィルには、「返事は期待しないほうが良いかと」とまで、言われてしまう始末であった。その一件を機に、ラダベルの心は完全に折れてしまい、ジークルドに会いに行くことも止めてしまった。
 己の愚行が招いた結果に、絶望する。今日も今日とて部屋に閉じこもり、読書に明け暮れる。物語の世界に旅をすれば、悲しみも少しは和らぐ。ところが、今日はまったく集中できない。何やら、外が騒がしいからだ。ラダベルは本にしおりを挟み、ソファーから立ち上がる。そして窓辺に歩み寄って外を眺めた。
 軍施設にて、何か大きなが起こったのだろうか。いつも以上に騒がしく、人々が激しく行き交っているではないか。ラダベルがそれに違和感を覚えた時、見張り台の上に吊るされた巨大の鐘が卒然と鳴らされた。脳内に直接響き渡る鐘の音。不快感というか、不気味な雰囲気を感じ取ったラダベルは、窓から距離を取る。次の瞬間、何者かが扉を叩いた。

「奥様っ! 失礼いたします!」

 入ってきたのはセリーヌとミアであった。主人の許可も得ずして部屋に入るとは、とがめられるべき行いであるが、そうとも言っていられない緊迫した状況なのだろう。


「戦争が勃発ぼっぱつしました!」


 ミアの一言に、ラダベルは緘黙する。

「レイティーン帝国東部と国境を介する隣国ヴォレン王国が敵国ルシュ王国に寝返りました。ルシュ王国軍は東の領地を総攻撃するとのことです」

 ミアの口から紡がれた戦争の詳細は、ラダベルの心胆を寒からしめるには、十分すぎるものであった。
 ルシュ王国は、自然豊かな土地と、精鋭の戦闘部隊を保持していることで知られている。長年の間、レイティーン帝国と仲が悪いのだ。百年前、レイティーン帝国の傘下国であったルシュ王国が、突如として忠義を捨て、独立宣言をした。当時はレイティーン帝国に匹敵する国土を持つとされていたリーデル帝国の後ろ楯を手に入れ、見事にレイティーン帝国から独立したのだ。そのリーデル帝国は、十年ほど前にレイティーン帝国との大戦争の末、滅亡してしまったが。
 それからレイティーン帝国は、ルシュ王国の自然とさらにはありとあらゆる戦闘に適した精鋭部隊を再び支配下に置くため、隣国の傘下国ヴォレン王国に仲介ちゅうかいさせ、十年という年月において交渉をしていたのだ。しかし、どうやらヴォレン王国とルシュ王国は秘密裏ひみつりに繋がり、共にレイティーン帝国の東部を落とそうとしているらしい。

「奥様はここに」
「ま、待って。私はどうしたら……」
「大丈夫です。絶対に極東部は侵略させません」

 ミアは強く宣言をすると、そのまま部屋をあとにしたのだった。ラダベルは、あまりのショックからその場に倒れそうになるが、なんとか堪える。そんな彼女に、セリーヌが駆け寄った。

「奥様……」
「大丈夫……。心配いらないわ」

 ラダベルは無理に笑ったあと、窓の外を眺めた。

(そうだわ、何を忘れていたの、ラダベル。ここは、戦場に最も近い極東部なのよ)

 ラダベルは今一度、自覚する。自身は、レイティーン帝国軍極東部の司令官の妻なのだ、と。戦争を意識していなかったわけではない。ただ、十年前の大戦争以来、レイティーン帝国では大きな戦争はなかったため、平和や秩序は保たれているのだと勝手に思い込んでいたのだ。何を、忘れていたのだろうか。平和など、突然壊されるというのに。
 ラダベルは大きく息を吸って吐く。
 ジークルドがいつも以上に忙しいというのは、あながち間違ってはいなかったようだ。来たる戦争のために、準備していたのだろうか。今度こそ、余計なことはしないでおこう。ただ、彼の妻としては、自分はあまりにも無力すぎる。ラダベルは、ろくに役に立たない自分という存在に、歯がゆさを感じたのであった。
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